舌三寸に胸三寸


あの人が帰ってくる。真選組はその話で持ちきりだった。
真選組参謀、伊東鴨太郎。真選組に人材をと隊士募集に勤しみ、屯所にいる時には持ち前の頭の良さから隊士達に教えを解いていた為、隊内でも半数ほどの隊士が慕っていた。
***も頭の良さを鼻にかけることなく、人の話を聞いてくれる人柄の良さには親しみを感じていた。

「土方さん、伊東さん帰ってくるのっていつでしたっけ?」
「知らねェ。無駄話してねェで手動かせ。俺らもう二徹目だぞ」

つい先日あった大きな捕物の報告書と始末書に追われていた。

「うふふ、そうでしたね。それにしても沖田くんの始末書、無駄に多いですね」

その中でも断トツに多い器物破壊についての書類。どんだけものを壊せば気が済むのやら。

「ゆっくりお風呂に入りたいです私」
「何言ってんだ。お前は毎日家帰って風呂入ってからまた来てんだろ」

男所帯で女ひとりは色々とやりにくい。

「副長がそんななのに、のんびりお風呂に入ってるわけないじゃないですか。薄情ですか私」
「あれ、おまえってそんな気が利いたっけか?どっちかって言うとこう、わがままじゃなかったか」
「言葉を選んで欲しいですね。もう思考回路が落ちてます?、お茶入れてくるんで休んでください」
「悪ィな、」

筆を置き台所へと向かった。
ポットから暖かいお湯を急須に注ぎ、糖分補給にとお昼に買っておいた大福をつけて部屋へと戻る。

「どうぞ」
「なぁ###、ここにお前の大好きな大福がふたつある」

土方の向かう机にお皿に乗せた大福とお茶を持っていくと、霞む目を擦りながら自分の大福と***の大福を指さした。

「はあ、ありますね」
「どちらか一方を選ばなきゃいけねェとなるとどっちをお前は選ぶ?」
「…土方さん、ほんと休みましょう。大福はどっちも同じ種類です」
「……そうじゃねんだよ!」
「なんですか急に叫んで。みんなが起きたらどうするんです。大福ふたつしかありませんよ」

あれ、私も何言ってるんだろう。

「好きなものふたつ、どっちか選ばねェといけねー時が来たらどっち選ぶんだって事だよ」
「あー、大福と睡眠どっちがいい的な?うーん、今は大福がいいです。仕事は片付けないといけないですからね」
「だから、!そうじゃなくてだな、お前、アイツのこと嫌いじゃねェだろ」
「はい?」

さっきからなんのことを言っているのか的を得ない土方を置いて***は大福を手に取ると、包装をペリペリと剥がしてぱくり。疲れた体に餡子の甘さが染み渡る。

「伊東だよ、」
「あっ、伊東さん。そうですね、嫌いではありません」

落ち着きを払っていて荒っぽさもない。頭の良さをひけらかすようなことも無く、学の薄い隊士に教えを解く姿は荒くれ者ばかりの真選組の中では客観的に見て菩薩にすら見える。なにより近藤が慕っている。嫌う理由は***には無かった。

「ただちょっと近藤さんに対する態度が気になる時もありますが、土方さんとは違ってなんでもスマートにこなしますよね」
「どういう意味だコラ」
「少し不安になるくらい、どこから見ても完璧でとても器用な方だなって」

そんなこともあり、伊東を慕う人達が集まり伊東派なる派閥を作っていることは少し気にはなっていた。それに反発するように土方派なんてものも出来ているが、担ぎ上げられた土方は対立する素振りは見せていない。

「人柄も良くてしっかりしてて。隊士募集のお仕事にぴったり」

それに比べて土方は休息も満足に取らず、目の下に隈をつくりせっせと働く。隊士を前にすれば隊規がどうのこうのの鬼っぷりを発揮するが、何よりもその掟を自分が一番守っている鋼の精神の持ち主。そして想い人を思って突き放す優しさも強さも持ち合わせている。
少しは甘いものでも食べてその甘さを滲み出してくれと大福を口に突っ込んだ。

「ふごっ…、!てめ、なにすんだ」
「ふふっ、私は土方さんの不器用なとこ嫌いじゃないですよ」
「ちげーよ、俺じゃなくてだな…あぁ、もう」

土方は押し付けられた大福を口に放り込む。
近藤さんと伊東、おまえはどちらかを選ばなければならない時が来たらどっちを選ぶ。そう聞きたかった言葉は心の内にしまい込んだ。起こっていないことを問うのは詮無きこと。

「ん、うめェ」
「よかったです」

さあ休憩はおしまいとお茶を流し込み書類に向かう土方に***も自分の机に向かう。
それから数時間後、太陽が昇る時間には山積みの書類は片付けられ、2人して机に伏して寝息を立てているところを山崎に起こされることになる。


* * *

ちりんちりんと心地の良い音が客が入店したことを知らせる。店の奥から出てきた店員が客を席に案内する声が聞こえた。
時間はお昼すぎ。やることも無く家でぼんやりしていると、頭の中に考えたくないことが浮かんでくる。こんな時に限ったことではないが万事屋に依頼は少なく、色々と考えてしまうのを振り切りたくてかぶき町をぶらりとした銀時はファミレスに落ち着いていた。ぐるぐると悩んでしまうのは空腹がいけないから。そう思いいちごパフェをお腹に入れるもほっと一息着けばまた頭の中に浮かぶ。思わず顔を覆うも消えてくれはしない出来事は容易に頭を埋めつくした。
病院の屋上入口で階段に腰掛け隣ですやすやと眠る***の頬に引き寄せられるように思わずくちづけてしまった。今でも蘇ってくる涙の味が残って消えない。それどころか触れたところから染み渡るようにじりじりと侵食してくるようで日毎に***のことを考えるようになっていた。
求めてはいけないと心に決めていたのに***の本心に触れた瞬間から、じわりと溶ける氷のように溢れてくる感情。
触れたい。抱きしめたい。温もりを感じたい。名前を呼んで欲しい。笑顔を俺に向けて欲しい。
かつてのように。
このままでいいと自己完結していた気持ちが少しの希望にその先を求めようとしてしまう。
そんなことは許されるはずもないのに。
自分勝手な思考を振り払うようにうつ伏せばテーブルに頭をぶつけた。

「痛ェ…」

思わずこぼれた呟きは頭と心どちらか。

それに輪をかけて、あの時暗闇の中でひょこりと覗いた顔。普段であれば気を使うことも無くずかずかと土足で踏み入ってくるあの沖田が、「***さんが迷惑かけましたね」なんて淡々と口にして何も聞かずに***を回収していった。
やべーよ、一番やべーやつに見られた。
柳生の一件から何か察しているとは思っていたけど、何も聞かずにいられたことがより不安を煽った。

そんなことを考えていれば視界の端に入る男の姿に思わず身を小さくして隠れた。すりガラスで阻まれた反対側の席に着いた男、土方は、いつものかっちりとした制服ではなく、ゆったりとした着流しに袖を通していた。
なんでよりにもよってこんなに悩んでいる時にそんな近くに座るのか。向こうは気がついていないようで、食事をするわけでもなく飲み物を注文しタバコを更すだけの土方に、少しだけ気になった。
再びドアベルが鳴り来店を報せる。入ってきた姿に慌てて今度はシートの上に横になりテーブルの影に隠れる。
可愛いとは言い難いがシンプルな着物に身を包み、腰には大刀を差したなかなか見ることは無いだろう風体の女、***だった。
足音はこちらに近づいてきて、すぐ横で立ち止まると席に着く。
え、まってなに?あいつらふたりって外で待ち合わせとかする関係?!は?いけませんよ!銀さんそんなマヨラー許しませんっ!
起き上がるとすりガラス越しに見える2人の影。
どうやら同席はしていないようでお互いに背を合わせ別の席に座っていた。

「土方さん、どうなってるんです」
「どうもこうもねェよ」
「なんともない人があんな奇行に走ったりします?」
「奇行っつったな!?」
「言い得て妙じゃありませんか、私」

聞くつもりはなかったが、これだけ近いと聞こえてきてしまい思わず耳をそばだてた。なんの話しをしているのか皆目見当もつかないが、困ったように笑う***。

「自分で決めた隊規が守れてないのは拙いですよ。どこで根性ねじ曲がったんです?私の信じてた土方さんはどこにいっちゃったんですか」

だがそう訴える***は半分ふざけているようにもとれる。

「テメーの信じる土方さんってなに?根性もねじ曲がったりしてねーよ」

傍から見ると態々別の席に座る意味があるのかと言いたくなるレベルの内容。

「土方さんマヨネーズが好きだったはずなのに最近はアニメにはまっちゃって。屯所の冷蔵庫のマヨの減りが遅くなったんですよ」
「どこ見てんだよ!つーか、冷蔵庫事情詳しくね?え?なに?お前は一体何をしてんの?」
「知らないんです?マヨネーズは月の入荷分が無くなると、おばちゃんにお使い頼まれるんですよ」

マヨネーズは月イチで業者から入荷をしているらしい、どうでもいい情報。

「いやすみません。マヨネーズのことはとりあえず横に置いてくれますか?」
「おめーが持ち出したんだろうが!」
「だから謝ったじゃん!」

このふたりは屯所で話せないことを話しに来たのではと思っていたが、一向に本題へと入らない。
痺れを切らした***がため息をついた。

「土方さんが刀を抜かないって噂、信じてるわけじゃありませんけど外出すればするだけ怪我が増えるし、知らない間にアニメにはまってるし、買う雑誌がマガジンからジャンプに変わってるし。誰がみてもおかしいって思いますよ」
「お前やけに詳しいな」
「仕事中は隣の部屋にいますから。聞きたくなくても襖一枚で隔てられた声は聞こえてくるんです」

最初の刀を抜かない事以外は殆どどうでもいい事な気もするが、職務中に仕事以外の事が聞こえてくるとは土方の性格上ありえない話にも聞こえる。

「何かあったんじゃないんですか?みんなには言えないことですか」
「大事じゃねェんだよ」
「大事ですよ。話があるって言ったら外で話したいって言うし」

くるりと振り返った***は身を乗り出して土方の顔を覗き見る。
やべェ!みえる!銀時は椅子から滑り降ちるようにテーブルの下に隠れた。

「…うるせェ」
「外出する時お供しましょうか?」
「要らねェよ。大体てめーには二度と抜かせる気はねェ」

勢いに任せて言ってしまった、しまったという土方の大きな溜め息が聞こえる。

「どういうことですか?」
「最初っからそういう約束だっただろうが」
「そうですけど、、じゃあなんで一度使ったんです…?」
「試そうと思ったからだ。でも駄目だ」
「使えると思わかなかったんですか?思わなかったのに私未だに真選組にいられるんですか?」
「……チッ」
「土方さん」

完全に失敗した。そう言いだげな土方の舌打ち。
疑問を持たせたら、引っかかったら***はとことんうるさいしめんどくさい。

「お前が守ることの意味を履き違えてるからだ」
「…は?」

とっとと諦めろ。そう言いたげな投げやりな言葉。

「話は終わりだ。俺はどうもしてないし、お前は使わない。分かったら頭に入れとけ」
「いやいや、すごく気になるんですけど」

席を立とうとする土方を***が引き止める声がする。

「私が納得できるように説明してください」
「あのなァ、少しは自分で考えろ。それでも納得できねぇなら隊を退け」
「まって、そんな冷たい事言わないでください」
「とにかくその無い頭で考えろ」

べしり。困って追い縋る***の額を軽く叩くと本題である話を横に置いて、今度こそ土方は立ち去った。

テーブルの下から顔を出して***が席に着いたことを確認すると、銀時も再び椅子に座り直す。すりガラス越しにはどんな表情かなんて見ることは出来なかったが、不機嫌そうなことだけはわかった。

以前沖田に聞いた通り***は危険な仕事はしていないようだが、そうなると2つ疑問が浮かぶ。
紅桜の一件でなぜあそこに居たのか。危険な仕事をさせないイコール重要度の高い情報は耳に入らないはずだ。なのにあの場にたった1人でいた。それも怪我をして、腕に刃物を突き立てられて。もうひとつは、土方はなぜ一度***に沖田の姉の件で刀を抜かせたのか。
前者は容易に想像がつく。昔と行動も考え方も変わらないから。今土方と言い争いをしたように自ら渦中に飛び込む癖がある。そこまで求めていないのに、枠を飛び越えてまで傍にいる人と一緒にいようとする。鬱陶しい。たまらなく煩わしく思うと同時に傍にいたいと言われているようで、どれほど充たされてきたか。その気持ちが今は自分ではなく真選組に向かっていると思うと、とてもつまらない。
大体なんで真選組?なんでそんな危ないところにいるわけ。似てるから…?あの時の俺達と。今もまだ***は俺の言葉に囚われているから、その場所を選んだのか。ふとたどり着いた答えに腑に落ちた。
すりガラス越しに見える***の姿。お互いに嘘をついてしっかりと相手を認識していない。まさに今の自分たちを表しているようでもどかしく感じた。





♭22/02/12(土)

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