残響


土方と別れてしばらく経った。
夜も深まり、船灯も疎らで辺りは闇に包まれる。頼りになるのは月明かりと、闇取引の行われている場所のぼんやりとした灯りだけ。
合図が来るまで待っていた。だが、突然激しい爆発音が鼓膜を揺らす。

「土方さん…?土方さん!!」

無線機も破裂音を伝えただけで一切反応をしなくなる。

想定外の事態に駆け出した。
首魁二人を捕縛するだけならこんな爆発は必要ない。次第に発砲音や叫ぶ声が聞こえてきた。開けた場所に出るとその姿を見つける。

「なにしてんだ、っ…くるんじゃねェ!」

周囲を取り囲まれコンテナの上に隠れていたのか頭上から弾が飛んでくる。こんな開けた場所で囲われ上から攻撃されれば苦戦を強いられる。銃の射線を敵で阻みながから土方を取り囲む男たち目掛けて突っ込んでいく。

「数が多い、!」
「だから来んじゃねェっつったろうが!」
「見捨てろって言うんです?そんな無茶な」
「無茶はこっちだバカが」

弾が体を擦る。

「っ、、こっちです」

同時に攻めていた場所に綻びが出来る。そこから土方は囲いを突破した。
開けた場所から抜けると、追いかけてくる奴らを去なしながら目指す先は、少し離れた安全なコンテナの上を陣取る二人の男。一人は初めてみる顔だったが、もう一人の男は先日ミツバを案じた男、蔵場当馬その人だった。
だがそこには先程より多い人数が待ち構えていた。後ろからも迫る人垣。
土方に駆け寄れば、いつ撃たれたのか片足に滲む血が目に入る。

「残念です。ミツバも悲しむでしょう。古い友人を亡くすことになるとは。」

安全な場所から二人を見下ろす蔵場は残念そうに言った。
自分が自由に貿易をするために真選組を後ろ盾にするため、真選組の縁者に近づき抱き込むためだけに縁談を持ちかけた。

「なのに、まさかあのような病持ちとは。姉を握れば総悟くんは御しやすしと踏んでおりましたが、医者の話ではもう長くないとのこと。非常に残念な話だ」

長くないことを悲しむのは商売に利用出来なくなるから。そう事も無げに言う姿に、怒りで刀を持つ手が震えた。

「…ハナから俺達抱き込むためにアイツを利用するつもりだったのかよ」
「愛していましたよ。商人は利を生むものを愛でるものです。ただし…道具としてですが」

幸せになって見返すの。そう言っていた気持ちを、想いの一欠片すらもこの男は理解しようとすらしていなかった。

「あのような欠陥品に人並みの幸せを与えてやったんです。感謝して欲しいくらいですよ」

屋敷の前で倒れた時に落ち着くまでそばにいたり、入院をした時お見舞いに来ていたのは、物としての愛を注ぐため。それもミツバが危篤になれば愛する意味すらないと言い放った。

あまりのことに怒りで***は動けない。
何を言っても通じ合えない人はいる。でも、少なからず人を愛する気持ちはあるのかと思っていたのに、この人にはそれが一切なかった。

「……クク、外道とは言わねェよ。俺も似たようなもんだ。ひでー事腐る程やってきた。挙句死にかけてる時にその旦那叩っ斬ろうってんだ。ひでー話だ」
「同じ穴のムジナという奴ですかな。鬼の副長とはよく言ったものです。あなたとは気が合いそうだ」

ちがう、土方さんは同じなんかじゃない。

「そんな大層なもんじゃねーよ。俺ァただ、惚れた女にゃ幸せになってほしいだけだ」

土方は下ろしていた刀を構える。

「こんな所で刀振り回してる俺にゃ無理な話だが、どっかで普通の野郎と所帯持って普通にガキ産んで、普通に生きてってほしいだけだ」

ただ大切に想っているだけだけだ。

「ただ、そんだけだ」
「なるほど。やはりお侍様の考えることは、私達下郎にははかりかねまするな」

周囲の浪士たちに指示を出す。

「撃てぇえ!!」

それと同時にこちらを狙っていた浪士たちのいる場所が爆破される。どん!っと上がる爆煙。
突然の攻撃に混乱する場に囲いを崩してなだれ込んできたのは見慣れた真選組の制服を着た男達。場は一気に浪士と隊士の混戦になる。
その混乱に乗じて闇取引の首魁二人は姿を消していた。

「二人が、いません」
「…くそ、追うぞ、!」

そちらに行かれては困るとでもいうように、コンテナ上から掃射される弾が土方と***を襲う。
振り向きざまに手にした貫級刀を投げつける。銃を持っていた男の手に命中し銃撃が止むも、後ろから迫ってくる浪士たち。その中に肩に見慣れたものを担ぐ浪士がいた。

「え、、それは…」

弾が発射される音がする。それはマズイ。前を走る土方の肩を支えるとコンテナの陰に引っ張り込む。すぐ脇を通ったバズーカの弾は爆風で2人を吹っ飛ばした。

激しい爆風に耳が聞こえなくなるほどの音に目眩がする。視界を遮る紫煙の中に土方を見つける。

「###!」
「私は大丈夫です、土方さんは2人を追ってください」
「無茶するなよ」

煙が晴れると追ってきた浪士がちらほらと見える。その中に背を向け走る土方に銃口を向ける姿があった。
咄嗟の行動だった。射線を遮る為に身を乗り出す。

「…っ!」

脇腹に走る鈍い痛み。肉を抉る鈍痛に足がふらつくも踏みとどまる。こちらを一瞬振り返るが足を止めることなく駆けていく姿に安堵すると、浪士達と向き合った。
大丈夫とは言ったものの相手はそれなりの人数。少し見栄を張ったかもしれないと思うも手にした刀を構えた。

複数を相手にしつつも、一人ずつ片付けていると、コンテナの角から浪士を追いかけてきた真選組の隊士の姿が出てきて慌てて物影に隠れた。隊士たちは我先にと浪士に飛びかかりあっという間に縄を掛けていく。加勢をするわけにもいかず、彼らに後を任せ土方を追いかけた。

開けた場所に出ると逃げようとする車1台とそれを前に刀を構える沖田の姿。どうしてここにいるのか。そんなことを思っている間に真っ二つに斬られた車体は轟音を上げ火を噴き煙を上げる塊へと姿を変えた。

「なんて顔してんですかィ」

沖田は刀を収めるとなんでもない事のように***に笑ってみせた。
ミツバが倒れた時に土方に見せた感情は今は何処にも無いようで、ほっとした。

「あんたが勝手なことしてるって聞いて、いても立ってもいられなくて思わず駆けつけて来ちまいましたよ」
「…ありがとね」

来ないでいいと、ミツバさんのそばにいて欲しいと思っていた。だけどきっと沖田くんはいっぱい迷って悩んで選択をしてここにいるはずだから。
そっとその頭に手を乗せ撫でた。頑張ったね。来てくれてありがとう。そんな意味を込めて。

「早く帰ろう、待ってる」

沖田は何をされたのか分からずぽかんとするも、***の頭を撫でる手を掴んだ。

「この手はなんですかィ」

しまった。安易に頭を撫でていい相手じゃない。気がついても後のなんとやら。

「あ、いや…頭にゴミがついてたよう、な…」
「ゴミ?あぁ、***さんもでさァ」
「ギャーー!!!痛いっ!酷いっ!ごめんなさいっ!私が沖田くんの頭撫でるとか出しゃばりました!」

頭をわしゃわしゃと混ぜくられ髪が縺れて爆発する。構うことなく***の頭を掻き回すように撫でると沖田は笑った。

「あんたもな」
「…なにそれっ」

意図が伝わったのか伝わっていないのか。前者であれば頭を掻き回された意味を考え少しだけ嬉しくなった。



病院について怪我の手当もそこそこに病室に向かった。
多くの真選組隊士達が廊下で俯き力なく項垂れる。
つい今日の昼までは無かった、沢山の機械が病室に並び、そこから出た管がミツバの体へと繋がれていた。

「ミツバさん」

ガラス越しの室内から微笑む姿。
咄嗟に土方の姿を探すも、ここには来ていなかった。
惚れていると、そう言っていたのに。
好きだから傍にいたい、大切にしたい、守りたい。当たり前の感情だと思っていた。でも好きだからこそ大切にしたいからこそ離れていく愛し方が、もどかしくて辛くなる。こんなにも想っているはずなのに。

「***さん、来てくだせェ」

一度病室に入っていた沖田が顔を出す。

「姉上が呼んでます」


室内に入るとミツバの命を繋ごうと音を立てる機械が一定のリズムで鳴る。初めて会った時とは全く違う姿に、「素敵ね」そう言ってくれた彼女のために何も出来なかった自分に足が震えた。
前に進もうとするも上手く足が前に出ない。

「何してるんでィ」

腕を掴まれ引かれる。そのしっかりと歩く姿に情けなくなった。
この現実から逃げてうずくまって泣き出してしまいたいのは、きっと沖田くんのはずなのに。

「***さん、きてくれてありがとう…」

なんで私を呼んだんだろう。沖田くんと2人きりで話したいことがいっぱいあるはずなのに。

「ふふ、、どうしてって、かお…」

弱々しく紡がれる言葉に涙が溢れた。

「お願いが、あるの…」

ゆっくりと伸ばされる手をそっと掴んだ。

「わたし、のできなかったこと、想いを***さん、あなたに…、託していいかしら」
「私に出来ることなら」

少しばかり申し訳なさそうに目を伏せるミツバに応えようと握った手に力をそっと込める。

「わたしは別の道をいったけど、***さんは、***さんのみちを…諦めないで、叶えて」

こんな状態のミツバを置き、婚約者の悪事を暴き捕まえようとした事で責められる覚悟をしていた。それなのに、全く予想していなかったミツバの言葉に戸惑う。

「あなたの大切な人の隣に立って、同じ景色を見て。一緒に歩いていって…」

それはこれから先叶うことの無いものだと諦めていたこと。今のまま不必要に関わることをしないでいようと。

「それは…、」
「あなたが納得できる形でいいの。諦めなかった***さんになら、できるわ、…きっと」

心のうち全てを見抜かれた気がした。
探し歩いて見つけて、こうして今また未練がましくここにいる。吹っ切ることもできないまま、いつまで経っても心の中に居座っている彼の影を。

「…だからできなかったわたしの分も、ね。おねがい、」

息苦しさからか荒くなる息も気に留めず、言葉を押し出すミツバに自然と頷いていた。

「分かりました。約束です」
「ありがとう、***さん」

お互いに少し違うが同じような環境で想い人と別れなければなからなかった2人。でも幸せの形は違った。だからこそ、ミツバは形になることのなかった自分の“もしも”を***に託したいと思った。
諦めなかった彼女ならきっと出来る。そしていつか乗り越えたときにその人と笑って欲しかった。

「***さんは、いままで、頑張ってきたでしょう」

長い間離れ捜していたことも、出会ったら怖くなって嘘をついてしまったことも。大切な人の事を想っていたから起こした行動だから。
ミツバだって立派になって夢を叶えた真選組を初めて見た時圧倒された。この人達と自分は釣り合うかしら。邪魔ではないかしら。少し気後れしてしまった。
きっと同じように***も感じたのではないだろうか。知らない世界があって、そんな場所に自分がいていいのかと。だから怖がって何も出来ない。なにも相手に望もうとしていない。だったら誰かがその背中を押していいんじゃないかと思った。

「だから、きっと大丈夫よ、ね」

あなたを信じてる。ミツバにそう言われた気がした。
出会って共にいられたのはたった数日の間だけ。でも、その時間はなくなったりはしない。
素敵だと、諦めないでとかけてくれた言葉は心にいつまでも響き、残っていた。




離れても消えないもの

♭21/12/16(木)

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