心覚


穏やかに息を引き取ったミツバと、縋り静かに涙する沖田の姿に2人をそっとしておきたくてその場を立ち去った。
病院は離れることが出来ずに何気なく足を向けた場所。そこにその男はいた。屋上の入口に陣取り座り込んで一歩も動こうとしない。
その姿を認めるとふと土方の言葉が思い出された。
“そんな大層なもんじゃねーよ。俺ァただ、惚れた女にゃ幸せになってほしいだけだ”
“こんな所で刀振り回してる俺にゃ無理な話だが、どっかで普通の野郎と所帯持って普通にガキ産んで、普通に生きてってほしいだけだ”
二人は想いあっていた。だから片方は離れ、片方は違う道を選んだ。
どちらの気持ちも分かってしまう。見つけた時に大切に思うからこそ言い出せなかった気持ちと、強くありたいと思った気持ち。
なら目の前の銀時はあの時、一体どう思っていたのだろうか。
自分の気持ちだけで手いっばいで、ついて行くことに必死だった私はただ守りたいと自己主張するばかり。守ってもらっていた事実を目の当たりにした時も、自分が変わればそれでいいと、いつか認めてくれると思ってきた。この人の危険から遠ざけようとする思いの根幹は一体なんだったんだろう。私がただ弱いから、ずっとそう思ってきたが、本当にそれだけだったのか。

あの時よりも少し伸びた背と、大きくなった体。少年特有の尖った険しさよりも柔らかくなった印象が増えた表情。その存在を確かめるように、不躾にも視線を投げたのは船上で再会してから初めてな気がした。そうして変わった姿を認めるとじわりと涙は滲み出してくる。感傷的な気持ちのせいか目の前の人が好きな人を守るために突き放した土方にも、突き放されて土方以外の幸せを見つけようとしたミツバにも重なって見えると、ぽつりぽつりと床に滑り落ちていった。
突っ立ったまま涙をこぼす***に銀時はため息をついた。

「座われば?」

もう彼の前では泣きたくはないと思っていても、ぽたぽたと落ちる涙が床を濡らす。

「…いい、」

見られたくなくて、来た方向へと足を向ける。

「そんな不細工な面ァ晒してどこ行くんだよ。他に行くとこあんの」

立ち上がった銀時に腕を掴まれ引き止められた。

「不細工な泣き顔誰にも見られたくなくて、ひとりになりたかったんじゃねーの。だったらここにいれば」

行き場がないのは事実。危篤だったミツバのため彼女の病室周りだけ電気が付いているが、ほかの場所は時間帯的に電気が消えている。そしてその場には未だ死を悼む隊士たちがいた。
しふしぶと銀時の手に促され階段の段差に腰掛けると、何も言わずに背を撫でてくれる暖かい手。いつもは逃げたくなるのに、ミツバの言葉が背を押してくれるようで何故だか今はほっとした。
お互いに無言のままゆっくりと時間は過ぎていく。一定の間隔で背を撫でる手に、泣いて腫れぼったくなった瞼は次第に重くなる。いけないと思うも、自分の意思とは反対に下がってくる。何度も何度も繰り返して、最後は負けてしまった。今日だけはたくさんの想いで頭の中がいっぱいだからだと言い訳をすると、その優しい手に甘えるように***は身を委ねた。


***が落ち着くようにと撫でていた背がゆるりと傾く。慌てた銀時は傾ぐ***の体を受け止めた。

「…***?」

顔を覗き込めば泣き濡れた目は静かに閉じられ、心地の良さそうな寝息が聞こえてくる。

「おーい…、おめーよくこの状況で眠れるな」

泣き疲れて眠る顔は先程の何やら色々と考え込んでいた顔とは違い、あどけない。
一度は起こそうと思うも、直ぐにやめた。本来であれば眠っている時間だ。怪我もしていて疲れているだろう。それにこんな状況はそう易々とはこないだろうと思うと離れ難かった。
背を撫でていた手をそっと肩に回す。力の抜けた体を自分の側に引き寄せた。***の頭がこつりと肩に落ちる。心地の良い重さにくすぐったくてもう一度顔を見た。
久しぶりにこんな間近で見たが、涙で濡れてぐしゃぐしゃの顔はお世辞にも可愛いなんて言えない。

「…不細工」

そっと、涙の痕が残る頬をなぞる。
たまたまミツバに頼まれた激カラせんべいを持っていった時、聞こえてきた二人の会話。
桂の船で手を叩かれた時からずっと名前を呼んでくれず、昔のように接してくれないのは拒絶されているからだと思っていた。それだけの事はしてきたと自覚もしている。でも***にとってはそうではなかった事に驚いた。
“色々怖くなってしまって、嘘ついちゃった”
その言葉が、紅桜の一件で船の甲板で戦った時に見た怯えた表情と一致する。怖いのはお互い様だ。大切にしたい気持ちを押し付け傷つけて、約束まで破ってしまった。どう思われているのか分からなくて俺だって怖くてたまらなかった。それなのに、本当はいつまでも思い続けていてくれた事実に、胸がいっぱいになる。

「馬鹿なやつ」

そっと顎を掬い濡れた頬に口付ける。ぺろりと舌を這わせれば口内に広がる涙の味に、蘇ってくる己の不実な行為。

「苦…」

俺のことなんて忘れてしまえばいいのに。忘れていない事に、どうしようもなく嬉しくなる。
自分の大切なものを守ることを少し前まで止めてしまっていた自分とは違い、どんな形であろうと大切なものを守ろうとする***の変わらない強さがそうさせるのかもしれない。
でもそれが離れていた時間の長さを、互いの歩いてきた道があまりにも違うことを銀時に痛感させた。

なにより前よりも頑なになってしまった***の態度はそう簡単に解けるとは思えない。だからといって今まで長い年月触れずにいたことに、こちらから触れることも躊躇われてしまう。迎えに行くと約束をして守らなかったのは自分だ。どの面下げて何を伝えたらいい。全てを話したらどうなるのか。もし罵られたら、もし目に見えて怯えられたら、なにより目の前から逃げ出されたら。考え出すと何も出来なくなっていた。
なら例え昔のように道が交わらずとも、それとなくこのまま真選組と万事屋として接することの方が穏やかでいられる気がした。
それが良い事だとは思っていない。
***と再会する可能性を、もしも。いつか。たまたま。その程度にしか考えていなかったくせに、こんなにも近くにいると傍にいたい。少しでも関わりを持ちたい。我儘な想いからそんな下策しか浮かばなかった。

「…悪ィな、***」

眠る相手には届かないと分かっているから口にできる言葉が、夜の闇に溶けた。



つくづく自分はタイミングがいいのか悪いのか、沖田は分からなくなる。
姉のミツバが息を引き取った直後、病室を出ていった***に、礼を言いたくて捜した。
なんの事か詳しくはわからなかったが、姉の死に際に手を取り声をかけてくれたことを。だが、柄じゃないことはするものじゃない。
聞きなれた声なのに、聞いたことの無い優しい響きでそっと呟かれる声。階段の先。踊り場付近から屋上の入口をこそりと覗けばかさなるふたつの影。銀時と捜していた***だった。





♭21/12/27(月)

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