婚約者


倒れたミツバに一番最初に駆け寄ったのは他でもない土方だった。無言で彼女を抱き起こすと、家の中に駆け込んだ。

せっかく遠くから出てきた昔の友人に一言も声をかけずに仕事に出た土方にも、そういう態度を取られても会いたいと思っていたミツバの2人には何かしらあるとは感じていた。そしてお互いに顔を合わせた時に走った動揺。なのに迷うこと無く倒れた彼女を助けた土方に、***は酷く気持ちがザワついた。
傍から見るととても冷たい態度に見える。倒れてから医者にみせるまで助け起こしてもひと言も声をかけていなかった。なのにこうして朝から仕事で出ていたのに、容態が落ち着くまでこうして隣の部屋で一緒に待っている。

「ん…?あれ?」

はっと思い至り顔をあげれば目の前に座っていた銀時と目が合う。なに?そう問いだけな顔をされるも今はそれどころでは無い。さっと逸らした。

「土方さんと山崎さんはどうしてここに?」

わざわざ会いに来た?朝から避けていたのにも関わらず、仕事人間が?会った時にあんなに戸惑っていた人が会いに来たわけがない。

「…なりゆきだ」

振り返った顔には黙ってろという威圧。
自分が至った答えが正解だと言われたようなものだった。
数日前監察方から、闇取引で武器の売買が行なわれているという報告が上がっていた。書類に目を通す仕事だと、土方が***に触れさせたくはないだろう案件も自然と目に入る。その中でも危険な捕物になるだろうと思われていた一件で***の記憶に残っていた。
土方本人が調査をするものは、ここ一番に危険な任務になるだろう件ばかり。それを調査するうちにここに辿り着いたのは明らかだった。

「それにしてもツラ見ただけで倒れちまうたァ、よっぽどの事あったんじゃねーのおたくら?」
「てめーには関係ねェ」

この場の重い空気を一切気にとめない発言。

「すいませーん。男と女の関係に他人が首突っ込むなんざ野暮ですた〜」
「ダメですよ旦那〜。ああ見えて副長、純情ウブなんだから〜」

さっきまでミツバを気遣っていたのに、土方相手になると清々しいくらい斬れ味のいい嫌味。お互いに我慢する相手でもない。土方は刀を抜いた。

「関係ねェつってんだろーがァ!!だいたいなんでてめェここにいるんだ!!」
「副長おちついてェ!隣に病人がいるんですよ!***さんもっ!副長止めてくださいよ」
「いや、今それどころじゃなくて…」
「何がそれどころじゃないの?いまめっちゃ大事になりかけてる!」

もし闇取引に関わりがあるのなら、縁者になろうとしているミツバはどうなるのか。
落ち着くまでここに居るところを見ると、土方だって少なからず思っているはずだ。どうするつもりなのだろうか。

「いらねーこと考えてんじゃねェよ。お前ェには関係ねェ話だ」
「考えるくらい自由じゃないですか、ね?」
「なにがね?だ!お前の場合は考えるだけで済まねェだろうが」



「みなさん。何のお構いもなく申し訳ございません。ミツバを屋敷まで運んでくださったようで、お礼申し上げます」

サッと隣室の襖が開いて堅苦しく挨拶をする家主が現れた。
貿易商「転海屋」を営む、蔵場当馬。凛々しい眉毛にえらの張った顔つきの貫禄のある男。ミツバの婚約者。

「もしかして皆さんその制服は…真選組の方ですか。ならばミツバの弟さんのご友人…」
「友達なんかじゃねーですよ」
「総悟くん、来てくれたか、ミツバさんが…」

蔵場が連絡を入れたのか、そこには沖田がいた。声をかける義兄を無視してずかずかと部屋に入ると土方の前で止まる。

「土方さんじゃありやせんか。こんな所でお会いするたァ奇遇だなァ。どのツラさげて姉上に会いにこれたんでィ」

いつもの冗談でも軽口でもない。その言葉には軽蔑に似た感情が込められていた。


* * *


「ごめんなさい、こんな事になってしまって」

数日後、ミツバの容態は落ち着いたものの入院という形になってしまった。

「また私の身体のせいで式がのびてしまったわね」
「いいんだよ焦らずゆっくり治そう」

式は形式にすぎず、もう夫婦のつもりだという当馬に、少し申し訳なさそうにミツバはお礼を言った。

「それじゃあ僕は仕事があるから行くけど、辛いものとのかとっちゃダメだよ。身体に障るから」
「分かってます。私もそこまでバカじゃありません」
「それじゃあまた夜来るよ」

傍から見てると妻を思いやるとてもいい人そうなのに、本当に転海屋は武器の裏取引に関わっているのだろうか。
病室から出てきた男の姿が遠くなるのを見届けると、***は入れ違いでミツバの病室へと入った。

「こんにちは、ミツバさん」
「***さんどうされたの」
「お見舞いです」

近くの花屋で買ったアレンジメントの花を棚の上に飾る。

「まあ、私のために。とても嬉しいわ。ありがとう」

嬉しそうに笑う反面少し残念そうだった。

「あ、お花、お好きじゃありませんでしたか?」
「いいえそうじゃないの。あのね、入院してから辛いものが食べられてなくて」

真選組に定期的に送られてくる誰も食べられない激辛煎餅を思い出す。体に触るだろうに、それを好んで食べるということは美味しいのもあるだろうが、病のせいで食欲不振もあるのか。

「私なにか買ってきましょうか?」

食べないよりは何か食べた方がいい。

「***さん、お気持ちはとても有難いのだけど、そっちはもう大丈夫なの」
「大丈夫?ですか」
「ええ、もうすぐしたら届くようになってるから」

宅配便でも頼んだのかそういうミツバはとても嬉しそうだった。
それから他愛のない話をした。主に沖田くんの話を重点的に。そして土方さんのお話も交えながら話した。その度に少しだけミツバは複雑そうに、そして嬉しそうに話を聞いていた。

「ふふ、ねえ。***さんにはばれてるのかしらね」
「なにがです?」
「私が心のうちに残した想い」
「なんのことですか」

私だったら何も事情を知らない人にきっと触れられたくない。触れてほしくない。複雑な感情。だから知らない顔をした。

「***さん、嘘が下手ね」
「…え、、」

姉弟揃ってなんてことを言うんだ。

「私ね、ずっと一緒にいられるんだって昔は思ってたの。でも男の人は男同士でつるんでる方が楽しいみたいで、女の私が入り込む余地なんてなくて」

みんな私を置いていった。振り返ることも無く。

「だから、ごめんなさいね。***さん、あなたが真選組にいるって知った時、いいなって思ってしまったの」

ぽつりぽつりと語るミツバは少し寂しそうに笑うと、言わずにいられなかった思いを零していく。

「私が一緒にいられなかった人達といられる。同じ事を見据えて隣にいられる。もう吹っ切れているのに、少しだけ羨ましかった。何より***さんが大切な人を守りたいっていう気持ちを持って、自分の意志でそこにいることがとても素敵だと思えたの」

ミツバの言葉が腑に落ちた。刀を持つことが、守りたいから刀を持っていると言った時に、素敵だと言われた意味が。
でもそんなに立派な人間じゃない。

「ミツバさん、私って弱くて情けなくて自分の考えの甘さに気がつけない様な人間なんです」

全くおなじとは言えない。でもとても似ていると思った。

「力はないのに一緒にいたいって後先考えずに、甘い考えや自分勝手な思いばっかり押し付けて。だからね、大切な人達に置いてかれちゃった」
「え…」
「今だってそう。その大切な人を捜して見つけても、いざ前にすると色々怖くなってしまって嘘ついちゃった。酷いでしょう。だからそんな褒められたものじゃないんです。弱かったから強くなりたいって気持ちの延長線。真選組にいるのも刀を握る理由も、ただの我儘で自分勝手なの」

力があれば隣に立てる。強くなればそばにいられる。この思いはどこまで行っても独り善がりでしかない。

「でも今の私にはこれしかないから。素敵って言って貰えたこと嬉しかったです、ありがとうミツバさん」
「私もよ、話してくれてありがとう。あなたのことを知ることができてよかった」

ミツバの優しい言葉に、ずっとひとりで抱えていて、どこにも行き場のなかった気持ちが優しく解かれていく感覚があった。

「やっぱり私たち似ているわね」
「そうですね。でも私の辿り着いた答えはこれだったけど、ミツバさんは違うんですよね」
「ええ、そう。だから私はめいっぱい幸せになって見返してあげるの。幸せにならなきゃね」

自分に言い聞かせるように言うミツバに、頭の中を闇取引のことが過ぎったが確証がないことだ。そっと心の中に押し留めた。





積もる不安

♭21/10/10(日)

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