*一月三舟 ここのところ隊士を募り入隊者も増え、真選組に活気が出てきていた。 それについて良い部分と悪い部分が浮き彫りになり土方は頭を悩ませていた。 人員が増えたことで一人一人の負担が減り、効率的に仕事をこなせるようになってきたが、その反面統率が取りにくくなってきている。人が増えればそれだけ沢山の考え方がある。似通った考え方のもの達が集まり派閥を作っているのが目に付いた。そして何より***の存在。気心知れた者達だけなら情報統制も取れるが、こうなっては無理が目立って来る。 「どうしたもんか…」 選択肢としてはふたつ。 ひとつは多くの隊士に知れ渡る前に隊を退かせ、今後真選組と関わり合いにならないように遠くへ飛ばす。警察の仕事は真選組のような斬り合いばかりの職場だけではない。事務方の仕事は手際はいいし、それなりのところで働けるだろう。 ふたつめはあまり考えたくはないが、他の隊士と同じ仕事をさせ同じように扱うこと。剣の腕はそれなりあるのは目の当たりにしている。見極めてもいいと思える程には扱えていた。 ──試すか。 土方は監察方からの報告書を手にひとりごちた。 * * * 天気の良い朝。しかし本日起床時刻は始業時刻を20分前を切っていた。朝食も程々にボサボサの髪を整えることもせず、***は家をかけ出す。間に合え! 長い屯所の塀の前を通り門から滑り込んだ。腕時計を見ればきっちり始業時刻。ほっと胸を撫で下ろせば門番に良かったですねと声をかけられた。 真選組屯所には住み込みや通いで食堂で働く所謂、食堂のおばちゃんがいる。出勤したら殆どが副長室の隣室に篭っているため、ほぼ一般の隊士の前にも出ることの無い***は、初期からいる隊士や幹部以外にはそういう認識で通っていた。 さて、ここで間に合っても鬼の副長は許してくれない。怒りが大きくなる前に仕事部屋に行こうと足を進めた時だった。門番が怪訝そうな声を上げる。何事かと振り返れば、誰かに似た、それでいて儚げな雰囲気の女性が立っていた。 「ごめんなさいね、***さん」 そう言って隣に座る女性、ミツバは頭を下げた。 ほんの少し前のこと。屯所に現れた女性は、沖田総悟の姉で結婚のために田舎から江戸へ来たらしく、長く離れた弟を訪ねてきていた。既知の仲である近藤らに挨拶をし、せっかくの機会にと沖田は姉に江戸を案内して回ることになった。 「いいえ、初めてなんですよね江戸。私で良かったらご案内します」 姉弟水入らず。そうなるはずだったのに、何故3人でファミレスにいるのか。 「そうですよ姉上。***さん僕たちよりも江戸は短いからあまり役に立たないんで」 女性同士で話も合うだろうなんていう安易な近藤の考えと、幼い頃に両親を亡くしひとりで弟を育てたこと、病弱であまり友達と遊ぶということをしてこなかった姉を思いやる沖田に引き摺られて、***はここにいた。 「まあ、そうなんですか、私達似たもの同士ですね」 似たもの同士とは江戸の滞在期間のことか、それとも役に立たないということなのか。本来であれば滞在期間と受け取りたいが、この沖田総悟のお姉さんだ。一瞬どちらか迷った。だかその笑顔に弟に似たものはない。 「ねえ、***さんはどうして真選組にいらっしゃるの?」 純粋な目に純粋な質問。 「刀も差していらして、もしかしてそーちゃんと同じお仕事されてるの?」 とても危険なお仕事ですよね?そう不思議そうに首を傾げるミツバに返答に困った。どう答えるのが正解か。 「***さんは大切な人を守りたいんだそうですよ」 「まあ、素敵」 見たとこのない態度と喋りで珍しく助け舟を出す沖田は気味が悪いが、ミツバの言葉に胸がほっこりした。刀を握ることが素敵。そんな言葉が帰ってくるとは思わなかった。 「素敵、ですか?」 「ええ、とても素敵です」 そう言って笑うミツバは少し寂しそうに見えた。 「ところで総ちゃんは皆さんと仲良くやれてる?いじめられたりなんてしてない?」 「たまに嫌な奴もいるけど、僕くじけませんよ」 「じゃあお友達は?あなた昔から年上ばかりに囲まれて友達らしい友達もいないじゃない。悩みの相談ができる親友はいるの?」 チラりと向かいの席から向けられる沖田の視線。友達と言えという威圧。 そんな視線に気がついたのかミツバは首を振った。 「異性のお友達もいいけど、***さんに相談できないことだってあるでしょう。同性のお友達は?」 「大親友の坂田銀時く…」 「なんでだよ」 机に並んだ食事に沖田の顔面が叩き込まれる。 「オイいつから俺たち友達になった?」 沖田がいそいそとケータイを出して誰かに連絡を入れたかと思えば、もう何度も見た顔の男が目の前に座っていた。 ***に対する嫌がらせではなく想定外のことらしく、席を立つ銀時を慌ててパフェで釣る。 「旦那、頼みますぜ。姉上は肺を患ってるんでさァ。ストレスに弱いんです。余計な心配させたくないんでもっとしっかり友達演じてくだせェ」 2人してこそこそとなにやら話しているのを横目に隣に座ったミツバは運ばれてきたパフェに手を伸ばす。 「え、あれ?ミツバさん…?」 何をするのかと思えば手にはタバスコ。 最初は少し。さらに振られる瓶。 「アレ?ちょっとお姉さん何やってんの?ねェ」 銀時も自分の大好きな甘い甘いパフェに降り注ぐ、あまりにも似つかわしくない調味料に気がつくも時すでに遅し。 最終的にはまるまる1本をひっくり返した。 「お姉さんんんん!!これタバスコォォォォ!!」 * * * 「今日は楽しかったです」 日暮れまで江戸の街を3人で案内して回った。 沖田や銀時ほど長く居着いた場所では無いため詳しい訳では無いが、いつも通うスーパーや休みの日に息抜きにくる公園などオススメのお店や、場所を案内した。それにはミツバも喜んでくれていたようでほっとする。 「そーちゃん色々ありがとう。また近うちに会いましょう。坂田さんも***さんも、今日はつき合ってくれてありがとうございました」 沖田が真選組の屯所に泊まるように言うも、結婚相手の家に逗留しているらしく、大きな御屋敷まで送り届けた。 「あー気にすんな」 「こちらこそ、ありがとうございました。楽しかったです」 女性とお茶をしたり何気ないお話をして街を歩く。***にとっても楽しい時間だった。 「それじゃ姉上僕はこれで」 「あっ…そーちゃん!…あの……あの人は」 「野郎とは合わせねーぜ。今朝方もなんにも言わず仕事にでていきやがった薄情な野郎でィ」 訊ねにくそうに口篭るミツバに、吐き捨てられる悪態。誰のことか直ぐに分かる。 「…仕事か、あいかわらずみたいね」 残念そうに言うミツバになんとも言えない感情を抱く。 武州にいた頃からの仲ということは、近藤だけでなく土方とも旧知の中のはず。なのに、一度も顔を合わせていない。 「あっ!***さん、旦那頼みますよ」 遠くから聞こえてくる声には?!と返したくなるもさっさと無視をして進む背中。 「え?なに?俺にこいつ送れって言ってんの?それとも俺が送られるの?」 「悩むとこそこ?!自分で呼び出しといて丸投げなとこに突っ込もうよ。もう沖田くんは」 しかたないなぁ、と笑えば申し訳なさそうにミツバが謝った。 「ごめんなさい、我儘な子で。私のせいなんです」 親を早くに亡くして、寂しい思いをさせまいと甘やかして育てた。そのせいで身勝手で頑固で負けず嫌いな性格になってしまった。その性格が災いして昔から友達一人おらず、近藤に出会うまでひとりぼっちだった。 「今でもまだちょっと恐いんです。あの子ちゃんとしてるのかって。ホントは…あなたも友達なんかじゃないんでしょ。無理矢理付き合わされてこんなこと…」 尻窄みになる声に、銀時は面倒くさそうに頭をかいた。 「アイツがちゃんとしてるかって?してるわけないでしょそんなもん。仕事サボるわドSに目覚めるわ。不祥事起こすわドSに目覚めるわ。ロクなもんじゃねーよあのクソガキ。一体どういう教育したんですか。友達くらい選ばなきゃいけねーよ。俺みたいのとつき合ってたらロクな事にならねーぜ、おたくの子」 次から次へと出てくる知らせなくてもいいような醜態。でも最後に出てきた言葉はとても温かかった。 「……おかしな人。でもどうりであの子がなつくはずだわ。なんとなくあの人に似てるもの」 「あ?」 「***さんも、これからもご迷惑おかけすると思うけど、そーちゃんのことお願いします」 「ミツバさん、沖田くんはね真っ直ぐでとても素直なんです。そんなところに私は一度救われました」 酷い意地悪はいくらでもされてきた。でもどんな時でも、真っ直ぐに思ったこと、感じたことをぶつけてきてくれている気がする。 「***さん、ありがとう。ねえ、また時間があったら一緒にお出かけしましょう。そーちゃんのこと、聞かせて」 え、、他にはロクな話題が無い。なんて口が裂けても言えずに頷いた。次までに話題を探しておかなければ。 すっかり話し込んでしまった。 これ以上は病を抱える体に良くないと別れを惜しみつつも帰ろうとした時だ。屋敷の前に泊まるパトカー。車内から出てきたのは見覚えのある隊服。 「オイ、てめーら。そこで何やってる?」 土方と髪がもっさりとした山崎だった。 「この屋敷の……」 はっと見張られる土方の目。その視線の先は銀時でも***でもなく、まっすぐにミツバを見つめていた。 「と、十四郎さ…」 ミツバも土方の姿を認めると、動揺する。どうしてここにいるの?そうお互いに問だげな2人。そこには誰にも踏み込むことは出来ない空気があった。 「ッ…げほっ、ごほっ!」 「ミツバさん…!」 口元を抑え激しく咳き込むミツバはふらりと意識を失いその場に倒れた。 ♭21/09/21(火) (7/11) ← |