彼女と携帯


前回と今回のポアロの代金はいらないから携帯の番号を教えてくれ、と頼んでも「そんなに安くないんで」と一蹴されてしまった。
ニヤリと勝ち誇った顔をした世良真純をレジの前で横目に見た。沢田千代は前回と今回のお代をぴったり払うとそのままポアロを後にした。

ここは沢田さんの携帯番号を持っている世良さんにお願いするしかない、と話しかけてても、教えてくれなかった。信用を失う訳にはいかないからね、と。
彼女は蘭さんたちと打ち解けるのが異様に早かった。まるで昨日もずっと前からも友達だったようだ。
『安室』に対しての態度を見れば、明らかに警戒している。ポアロで顔を合わせてからバーボンとしては会っていないので、組織内で顔を合わせないよう手を回されている可能性もある。

「それにしても、安室さんがこんな姿を見せるなんて千代さんもやるね」
「安室さんって女性に翻弄されるより翻弄する側だと思ってたから意外かも」
「千代さんって何者なんだろう。チラッと見えたんだけど、彼女の携帯のアドレス帳は有名企業の社長やら大物だらけだった。コナンくんの言う通り、本当に社長か園子ちゃんみたいなお嬢様かもな」
安室が手こずっている名前と顔しか知らない人の話題は彼女が去った後にも尽きることはなく、何処かの国の姫という意見まで出た。
途中から何かに悩み始めた園子が頭をバッと上げて、晴れやかな顔をした。
「そうだ思い出した!」
「どうしたの園子」
園子は興奮した面持ちで勢いよく一気に喋った。
「千代さんの時計よ! あの時計、何処かで見たと思ったら姉貴が見てたカタログに載ってたの! 確かイタリア限定モデルで日本じゃ手に入らないって言ってたの」
「そのカタログって今もある?」
コナンが聞くと、園子は携帯を取り出して操作し始めた。
「ないと思うけど、調べたら出てくるんじゃない? 一時期ニュースにも取り上げられたから。ほら、これよ」
園子の携帯の画面には時計の写真が映っていた。シリアルナンバー入りで100個限定。確かに沢田さんがつけていた時計と同じだ。
レモンチェッロはイタリア産、そしてイタリア限定の高級時計。
何者なんだろうね、と世良がポツリと呟いた。





彼女を調べると日本戸籍を放棄していた。当時の資料によると家族構成は父、母、弟。生まれ育ち共に日本。しかし明るい茶色の髪に琥珀色の瞳は外国人でもおかしくない。
SNSも調べてみるが、それらしき人物はいない。どうせ出てこないと高を括ってインターネット上で検索してみると会社のホームページがヒットした。
防犯・セキュリティの会社の代表取締役社長。顔写真はなし。それ以上の情報はなかった。

組織内で彼女を探ると、彼女はイタリア出身ということになっていた。名前もイタリア系。沢田千代の戸籍を確認出来たのでこちらは偽名。組織で働き出した当時の家族構成は母のみ。その母も一年前に他界している。
組織に入る前、彼女はヴェルデの側で働いていたようだ。世界的な大天才、ダヴィンチの再来と呼ばれた科学者ヴェルデには黒い噂もあった。
組織はヴェルデを引き込もうとしたが失敗し、彼女が組織に入った。
その後期待を上回る成果をいくつも上げてコードネーム獲得に至る。科学力や技術力からしてもヴェルデの側にいたのは本当らしい。

謎が残るが、それを除けば非常に単純な人間だった。隠しごとが出来ない、思っていることが顔に出るタイプ。どう考えても諜報には向かない。彼女が高級品を身につけず組織と関係のない時、例えばポアロで初めて出会っていたらただのOLだと思っただろう。
名前を聞かれて咄嗟に本名を答えるあたり危機管理能力は欠如している。組織内で呼ばれたらどうするつもりだったのか。
三つの携帯電話の内訳は組織用、会社用、プライベート用だろうか。危機管理能力が欠如している割には世良真純に渡した携帯電話番号は会社用。有名企業の社長のアドレスが入っているならばプライベート用ではない。

携帯電話をポアロに忘れるのが作戦でなければ、やはり危機管理能力が欠如している。
彼女がポアロを出て三時間後、ポアロに電話がかかってきた。内容は携帯電話を忘れたから明日取りに行くということ。解析しようとしたら爆発するからなるべく触るなということだった。
後半は嘘だろうが技術者ならやりかねない。念のため会話を聞かれないよう冷蔵庫の中に入れた。

翌日、携帯電話を受け取りに来た彼女は私服だった。時計は前回と同じもの。指輪は今日も右手中指と薬指。ポアロに来る時の指輪と組織内にいる時の指輪は分けているようだ。ポアロに来る時は彼女の瞳と同じ琥珀色、組織内では鮮やかな緑色だった。
「ありがとうございます。なんかちょっと冷えてる」
彼女は冷たいからか携帯の端を持ってさっさと鞄にしまった。
「ええ、冷蔵庫に入れてましたから。爆発する可能性があるんでしょう?」
「爆発してなくてよかったです。ロック解除も出来なかったんですね。試したけど途中で電源が落ちたように見えた。違いますか?」
生年月日も知らない状態でロック解除は無理があった。例え4桁の数字でも電池が切れれば開かない。充電器に繋いだものの画面が明るくなることはなく、バッテリーが弱っているように見えた。
やはりプログラムには細工がしてあったのだ。

「僕は触ってません。故障では? 携帯ショップに預けた方がいい」
「自分で直したいですね。携帯電話って結構面白いので」
「電子機器の解体は素人には危ないですよ。感電の恐れがある」
「知ってるくせに」
そう言って彼女は笑った。

「そういえば、ハムサンドってテイクアウト出来ますか?」
「混雑時はお断りしてますが今なら大丈夫ですよ」
今日は平日の午前中。梓さんもいるのでそこまで忙しくはない。
「じゃあお願いします。四人分って迷惑ですかね」
「それなら大丈夫です。六人前を超える場合も前日までの予約があれば受け付けてますよ」
「近いうちに頼むと思うんで、その時はよろしくお願いします」
「その人たちと一緒にポアロにいらしたらどうですか」
彼女の交友関係が分かればそこから探ることが出来る。高校時代の友人でも会社の人でも連れてこればいいのに。
「なら安室さんがいない時に来ないとですね。イケメンに夢中になって私と話してくれなくなっちゃう」
曖昧に笑うと彼女はかっこいいって罪ですよ、とため息を漏らした。
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