ポアロとストーカー


安室さんは引き止めたことを悪く思っているのか、お代は払わなくてもいいと言われてしまった。どうしても気になるならまた今度でも大丈夫とも。
安室さんが引き止めようと、約束があるのに時間を過ぎていたことに気付かなかった私が悪い。
罪悪感を感じさせてお代を払うためにまた来させる気だろうが、気遣いはありがたかった。

あまり乗り気ではないが今日は前回のハムサンドとアイスティー代を支払いにポアロのドアに手をかけた。
今日はベルに虐待はしない。心地よい音が鳴ってくれた。

「あの人じゃない!? ほら! コナンくんが言ってた特徴とピッタリ合う!」
混んでいないが、全く客がいない訳でもない時間帯を予想して喫茶店ポアロのドアを開けた瞬間、女子高生が私の方を見て大声で言った。
緑色のネクタイのブレザーはポアロに来るまでに何度か見たから近所の高校だろう。
「私ですか?」
自分を指差して女子高生に向かって話しかけた。声が聞こえた方のテーブル席にはグラスが4つ。三人の高校生は制服を着ていて、一人はコナンくんだ。
「そう! 今ちょうど沢田さんの話をしてたんだ」
「私の?」
私はこの女子高生たちと面識があっただろうか。いや、ない。黒い髪をショートカットにしたボーイッシュな感じの子、茶髪のショートカットにカチューシャをした子、黒髪を長く伸ばした子。初めて会ったばかりだ。
「だって安室さんがナンパしたんだろ? 気になるじゃないか」

気にされないでください、とは言えずあれよあれよとコナンくんの隣に座らされていた。今日は前回のお代を払ってさっさと帰るつもりだったのに。
私に声をかけた黒髪ショートの子は世良真純、茶髪ショートの子は鈴木園子、黒髪ロングの子は毛利蘭。帝丹高校の二年生。コナンくんは帝丹小学校の一年生。
安室さんはイケメンなだけあってお客さんにモテモテ、しかしアプローチされてものらりくらりとかわすらしく、執拗に声をかけたのは私が初めてではないかと言うこと。そして女子高生は恋バナが大好きだと言うことが分かった。
「安室さんってイケメンじゃない? 千代さんとしてはどうなの?」
園子さんはイケメンに弱くてこの中で一番恋バナに興味があるようだ。とはいえ、蘭さんも興味津々だし、コナンくんと真純さんは恋バナではなく私自身に興味があるように感じる。
「私にとっては拷問を受けてる感じがして、ちょっと怖いかな」
「そういうもんなの?」
「だってすごんだよ。初対面の男の人に名前とか仕事とか聞かれて、コナンくんがいてもお店が空いてるからってずっと話しかけられるの、怖いよね」
「アハハ、それは、まあ、怖いかな」
ほら女子高生が驚いてるよ。おかしいのは安室さんの方だ。
「でも好きな人のことを知りたいって思う気持ちは千代さんにもあるでしょ?」
「うーん。分からなくもないけど、でもあれは」
テーブルに影が落ちて目の前にアイスティーが置かれた。
「怖い思いをさせて申し訳ありませんでした。でも僕たちは何度も会っているでしょう?」
顔をあげるとやはり安室さんだ。
「聞いていたんですか?」
「聞こえたものですから」
「安室さんのさっきの台詞、ストーカーみたいだよ」
そうだそうだ! 真純さんの言う通りだ。
「千代さん、もしストーカーされたらいつでも言ってね。ボクも探偵だから」
「真純さんも探偵なの? コナンくんもそうなんだよね?」
探偵多くない? 小学生、女子高生と流行っているのかな。
「うん! それにポアロの上は毛利探偵事務所だし、安室さんも探偵だよ」
「まって、あのテレビに出てる毛利探偵って蘭さんのお父さんなの!? てか安室さんも探偵なの!?」
事件を次々に解決するあの名探偵 毛利小五郎の事務所はこんなに近くにあったのか。
「言ってませんでしたっけ? 僕は毛利さんの弟子でもあるんですよ」
安室さんは人のこと散々聞いておいて自分のことは黙ってたのか。
「そうなんですか……。探偵がストーカーして探偵に捕まるってニュースになりますよ」
探偵ってこんなにいっぱい現実に存在したんだ。テレビとミステリーの中だけだと思ってたよ。テレビの向こう側だと思っていた毛利探偵が意外と近くにいるって少し不思議な感覚。
「まだストーカーはしてませんよ」
まだって! これからする予定なのか。やめてくれ、ストーカーは嫌いなんだ。
「いやほんとやめて下さいね! 少なくとも私にとって安室さんはめちゃくちゃ怖いんですから!」
「そうなったら女子高生探偵の世良真純がストーカーした探偵を捕まえてあげるよ」
胸を張った真純さんが逞しく見える。
「その時は依頼させていただきます」
「じゃあさ、携帯の番号教えてよ! ボクも教えるからさ。そしたらすぐに駆けつけられるだろう?」
「わー! 頼もしい! 番号はね……」
教えてもいい携帯番号は社長としての番号しかない。
残りの二つのうち一つは潜入先の組織用、もう一つは私の所属のボンゴレ用。
普通は仕事とプライベートで分けるんだろうけど友人や母親と連絡をとってはいけない今はプライベート用の携帯を持っていない。裏向きの番号を教えるのはリスクが高すぎる。アドレス帳が見えたかもしれないがこの携帯の中のアドレス帳なら比較的、見られても構わない。
「僕には教えてくれないんですか?」
「何で教えないといけないんですか?」
携帯に新しく登録された世良真純の番号を確認した。彼女を何処かで見た気がするが、漢字を見ても思い出せない。
ポアロを出ても疑問を解決することは出来なかった。しおりを挟む
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