ひとりぼっちでいる必要なんてないんじゃない

「優等生って私だけでは?」
ゴールデンウィークに入って術師としての任務をこなして、みんなと仲良くなるうちにそんな疑問が湧き上がる。自販機で買ったばかりのソーダのペットボトルを開けるとちょっと吹きこぼれて手が汚れた。

「海、優等生は同級生をパシりにしないよ」
「夏油くんも同罪じゃん」
じゃんけんで負けた人が買いに行く、ってことで悟が頑張って自販機で買ってきてくれたコーヒーを夏油くんも飲んでいる。勿論、硝子ちゃんも。

「海は絶対負けないよね」
「硝子ちゃん、それは気付いちゃいけないところだよ」
「コイツズルしてまーす!」

悟くんが私にコーラのキャップを向ける。それ、振ってないよね。

「運がいいだけじゃない?」
「六眼持ってないしな」
「それは悟くんだけ」

六眼なんてなくても空間を把握能力で誰がどんな手を出そうとしているとか、その予備動作とかで大体分かる。瞬間移動は瞬間を切り取るわけだから、じゃんけんというゆっくりとした時間の流れの中での対応は簡単だ。

「海が負けたら瞬間移動で買いに行けよ。それが一番早くね? もう負けなくても行け」
「確かにそれは便利だね」
「だったら夏油くんの呪霊に頼めばいいじゃん。誰も動かなくていい」
「海は突拍子もないことを……」
「そしたら煙草も酒もいつでも買えるか」
「あー、硝子ちゃん制服で行くと面倒って言ってたもんね」
「そうそう。最近厳しくなってきてるよ」

喫煙者である夏油くんは頷いた。ここには未成年しかいないが、喫煙者も飲酒する人もいる。

私は煙草はやらないが酒は飲む。お祝いごとで「未成年なんで」とか断るのが面倒で出されてるものをそのまま飲んできたし、最近はそれ以外でも飲むようになった。

「時間平気かい? 海と悟は任務だよね?」
「わ、ほんとだ。夏油くんありがと」

ケータイを開くと時間が迫っていた。そろそろ行かないと補助監督さんに言われてしまう。腕時計はこの間の任務で壊れしまった。

「海のせいで休めてないんですけどー」
ペットボトルを鞄の中にしまって立ち上がる。
「はいはい、悟くん行くよ」
悟くんの腕を引いて立ち上がらせる。

「瞬間移動させろよ」
「呪力の無駄遣いはちょっと」
「いってらっしゃい」と手を振る二人を背中に教室を出た。

私たちは学校に通い始めて面白いくらいポンポン昇級していった。それに比例して任務も増えて4人が集まる時間は減った。さっきみたいにみんなが集まるのは久しぶりで、授業も全員が揃うことは珍しい。

「悟くんって強くなったんだなぁって思うよ」
「海は成長しなさ過ぎ。瞬間移動しか出来ないし」
「悟くんは増えてるよね。出来ること」
「だから海が増えてないだけっしょ」
「私だってこれから色々出来るようになるし。例えば……」
「例えばぁ?」

悟くんが煽るような、あの下品な顔を作るから笑ってしまった。高専に来てから悟くんはどんどん下品なことをするようになった。

「あはは、念力とか?」
「超能力あっても使い方がなぁ」
「入学早々五条くんいじめちゃったし」
「いじめられてねーし」
「ごめんね」
「何度も謝んなよ」

五条くんは御三家の生まれで、相伝の術式持ってて、六眼まで持ってる。お金持ちの男。生まれた時から自分より偉い人だとか、強い人だとかはいただろう。けれど、上がいなかった。尊敬できる人も手本になる人もいたかもしれない。

だけど、五条くんは少なくとも環境に許されてしまった。自由だけれど、自由ではない。最強故の扱いを受けて傲慢の塊になるのは当たり前。

私は生意気で傲慢で、ここに来るまで少なくとも生活に苦労したことのない程度にお金持ちで、後ろ盾のある家に生まれた。

女故に相伝の術式だろうが差別されて、呪術界では家制度と性差別が当たり前にインストールされてる術師たちに将来の嫁ぎ先だの婿だの子どもだのを想像された。御三家に生まれた人間は等しく悪だと思っていたし、男はみんな加害者だと思っていた。

私だって家が御三家で、男に生まれて、六眼持ったたら完璧なのに。

傲慢ってことに気付いた。

悪いのは女に生まれた私じゃなかった。家制度が憎くても、悟くんは好きで御三家に産まれたわけじゃない。

悟くんが家を好いていなかったから、分かったこと。
ちゃんと話したこともなかった私は五条くんが「御三家」の「男」というステレオタイプだと思ってた。どうせこの人も家が大好きなんだろうな、誇りの一部なんだろうな、って。

五条悟が悟くんになるまで表面上じゃない会話をして、一緒に過ごさなければ私は腐っていた。
やけになって自殺でもしていたのかもしれない。
幸いにも術師には死ぬ機会は沢山ある。
特に今日みたいに、呪霊を祓う任務とか。




「逃げんな!」

五条くんが呪霊がいる場所に蒼を発動させる。当然呪霊は逃げるからそれを追いかけるように発動させて、辺りは穴だらけ。そして私の近くでも蒼が来た。

「あっぶな!!!」

逃げた呪霊を瞬間移動で五条くんの蒼の中に送る。ジュッ、と音がして綺麗さっぱり跡形もなくなった。

「祓えたよね?」
「六眼で消えた瞬間確認したから」
「じゃ、祓えたか」

私の瞬間移動と悟くんの蒼を使うと呪霊がちゃんと消えたのか分からなくなる時がある。空間を把握しても不安なのだ。肉眼では移動すると同時に消えてしまうから。

「うわ、暗っ」
「帳下ろした時点で夕方だったし、早いなぁ」
「今から帰るのダルくね」
「いやだよ車ごと瞬間移動は。ダルい」
「俺たちだけでも先帰ろうぜ」
「だめだよ、補助監督さん可哀想じゃん」

あ、いや、可哀想って言ってしまった。気まずくなって口を閉じる。
補助監督さんに対して下とか上とかそういう意味で言ったんじゃないんだけど、そう感じさせるのも思ってしまうのも、事実で嫌。

早く帰りたいのも眠りたいのも、私だけじゃない。戻って報告書出すまでが任務。
分かっているけれど、車に乗っていると眠気が我慢出来ず寝てしまう。

補助監督さんからの印象最悪なんだろうなっていつも思う。嫌がらせされるし、ボソッと悪口言われるし。ただそれが悟くんも同じだって分かってちょっとだけホッとした。私は嫌な奴だ。
ありがとうとごめんなさいを忘れない。
送り届けてくれた補助監督さんにお礼を言って車から降りる。
悟くんと報告書書いて、提出して、私たちが解放されたのは月が明るくなってからだ。


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