触れぬが花
体育祭までの二週間の放課後は私がかっちゃんの教室に行くことになった。
しばらくは人の波が途絶えないだろうというのと、ヒーロー科の方が終わるのが遅いからだ。
体育はレクリエーションの種目の練習ということで、少しは辛くなくなったけど、やっぱりしんどい。
だからのんびりとA組の教室に行けばいいっていうのは結構楽だったりする。室内だし、空調が効いてて快適だし。

A組の人はトレーニングをしたり、調べ物をしたり忙しそうだ。緊張してたり、ソワソワしてたり、試験前みたいな顔をしてる。

「爆豪くんいます――」
「陶子ちゃんだよね!?」
「へ!? 何!? なに!? かっちゃん何かしたの!?」

私に心当たりはない。体育の成績ヤバすぎてヒーロー科に伝わってるとかならあり得るけど、多分ない。
聞かれるのにうんざりして、かっちゃんが私のこと彼女とか言ったとか?

「体育祭でプロヒーローに見られるって話の流れで、爆豪が緊張しない理由がプロヒーローに何度も見られてるからって言って、俺らが聞き出したら陶子ちゃんの母親がプロヒーローだってやっと吐いたから」
「かっちゃん吐かされたのか……」
「いや吐いたのは緑谷」
「ごめんね」

かっちゃん吐かなかったのか。
そういうとこイイ奴なんだよな〜。口悪いけど。
緑谷くんは押しに弱そうだししょうがないと思うけど。

「そっか〜〜。いや別にいいけど。いいけどさ! しょうがないし。でもみんなあんまり言わないでね!」
「ごめんなさい! で、誰?」

その謝罪にも興味が隠せてないよ。いいんだけどさ。ガッカリさせそうだ。

「元だし、知ってるか分からなけどいいの……? 期待するほどじゃないと思うんだけど……」
「大丈夫! で、誰!?」
「知ってるか分からないけど――」

口に出したのは母のヒーローネーム。母のヒーローネームとか知ってるの緑谷くんとかヒーロー大好き人間じゃないと分からないんじゃないかって思っていたけど、そうではないらしい。

知ってるか? みたいな微妙な空気にはならなかった。
むしろ盛り上がった。

「有名やないかーい」
「すご!?!? ヒーロー番組の解説やってたり、夜のニュースのレギュラーじゃん!? みんな知っとるわ!」
「そうなの? 私は大してテレビ観ないから……」

多分だけど、ヒーロー目指してなかったらヒーロー番組とか見ないし、この教室では知名度が比較的高いのだと思う。
母親がどこで何やってるのかとか知らないし。聞けば教えてくれるんだろうけど、興味がない。
母親はテレビの向こうの存在ではなく、間近で接してくれる存在だから、気にかけたこともない。

「体育祭来るの!?」
「毎年行ってるし、私の学校行事には全部参加してるから来ると思う……確認してないけど」

そろそろかっちゃんの機嫌悪くなってそうだな、と思ってかっちゃんを見ると、機嫌が悪そうには見えなかった。
早く帰りたいとかないのかな。

「ヒーロー目指してるの?」
「私は別に……」
目指してないですね。

運動音痴で、運動が好きでもない。ヒーローを目指すという選択肢は生まれたことがない。いくら母親がそうでも、私が目指す必要もない。
ヒーロー目指さないっていうのは人生のやる気ないんかって思われることが多いけど、無個性って言い続けたせいで、毎回納得されていた。


「親は許してくれたのか」

今まで話に参加していなかった男の子からの質問だった。興奮した様子もなく、冷静で、少し冷たいと感じるのは相対的なテンションからだろうか。

赤と白の髪をした男の子は小学校の図書室にあった天才医師の漫画の主人公を彷彿とさせた。

「ヒーロー目指さないことを? 許してくれるっていうか、私の人生なんだから好きに生きろって言ってくれてて、それを応援してくれるって感じ……かな?」
「そうか」

男の子は鞄を手に教室を出て行った。
「気にすんなよ。轟はいつもあんな感じだから」
「轟くんって言うんだ」
エンデヴァーの苗字と同じだ。

苗字を聞けば大体個性が分かるっと言っていたのは母だったか。「轟って苗字は音系の個性だと思うよね。個性は炎でもさ」と言っていたのをよく覚えている。

それと、エンデヴァーの子どものうちの一人が私と同級生だと聞いていた。
「どこかで会うかもね」と言われたその時は会うとは思っていなかったけど。

轟くん、雄英のヒーロー科にいるんだ。

親がヒーローだとヒーロー目指す以外の道がないってたまに聞くけど、もしかしたら轟くんもそうなのかもしれない。
自分が恵まれていると自覚させられる。

轟くんは何になりたいのだろう。ヒーローに憧れることが一般的過ぎて、他のなりたい職業って一般的には何なんだろう。
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