自惚れをあおる仕草
かっちゃんはやっぱり優しい。私がなるべく気を遣わないように、無理しないように、かっちゃんがさしだした優しさを断りにくいように仕掛ける。
ある意味ズルい。

これで荒々しい言葉遣いをしなかったらお手本のようなヒーローだ。
そうしたらクラスメイトともすぐに仲良くなるだろうし、私にかける時間は少なくなる。

かっちゃんが私に沢山かまったりしなくてもいいように、私は強くなりたい。オールマイトみたいな敵を倒す強さじゃなくて、頼らずとも生きていけるような強さが欲しい。
体育の授業でヘトヘトにならなかったり、パニックの中で踏まれずにいられるような強さ。個性に振り回されずに、“普通”に暮らせる強さ。

残念ながらそんな強さを獲得するのはとても難しいとこれまでの経験で分かっている。だから今すぐかっちゃんに手を離されたら私は困ってしまう。でも、今すぐに手を離されても単に私が困るだけだ。かっちゃんは、手のかかる奴の手を離せる。

かっちゃんに手を引かれて歩いたおかげで、誰にもぶつからずにA組の教室まで辿り着いた。
入ってもいいのかな、と考えているうちに、A組に入ってしまった。
机を避けながらずんずん突き進み、誰かの席の前で止まった。机の下には足が見える。男の人だ。

「オイ、眼鏡貸せや」
「どういうことだ。爆豪くんの後ろの君は? せめて説明を――」

彼が戸惑うのも無理はない。かっちゃんの口調は乱暴だし、いきなり見知らぬ生徒が教室に入ってきたら誰だってそうなる。

「勝手に入っちゃってごめんなさい。私は普通科の目時陶子です。
コンタクト外れちゃって、予備の眼鏡もコンタクト使えないから、誰かに眼鏡を借りたかったの。そうしたら、かっちゃんが貸してくれるかもしれない人がいるから、って連れてきてもらったの。
もしよければ、予備の眼鏡を貸してください。かっちゃんを通すかもしれないけど、ちゃんと返します」

顔も見ずに言うのは失礼だって分かってるけど、顔が見れないんだ。足元しか見えない男の子のズボンはピシッとしていた。

「貸すのはかまわないが、度はボ…俺に合わせてあるから君に合うかどうか……」
「レンズさえあれば大丈夫です。お願いします!」


男の子は鞄から眼鏡を出して、私に渡してくれた。銀色のハーフリムタイプの眼鏡だった。

「かけてもいいですか」
「勿論だ」

眼鏡を顔に当てる。ミシッとか嫌な音はしない。テンプルが広がった気配もない。
レンズが目の前に来ると、度がキツいと理解させられた。
世界が歪んでいる。
目眩がしてバランスを崩した。

「ありがとうございま――うわっ」
慌てて机に手をついた筈なのに、そこに机はなくて、手が空を切る。
何かに捕まろうと手を伸ばしたら、強く腕を掴んで支えられた。

支えてくれたのはかっちゃんだった。

「大丈夫かい? 合わないのなら無理をしない方がいい」
「でも眼鏡ないと帰れないので……」
「八百万くんが図書室に行くと言っていた。まだ図書室にいるかもしれない。八百万くんなら作ってくれるんじゃないかな?」
「教えてくれてありがとうございます」

こんなにお世話になっていいんだろうか。
八百万さんは眼鏡を作れるらしい。ヒーロー科の個性ってやっぱりすごい。

かっちゃんが舌打ちをして教室の外へ向かう。私も図書室に行かなければ。

「待って! そんなに早く歩かないで」
「お前はそこで待ってろ! 八百万を連れてくる!」

かっちゃんは私の手を振り払って早足で駆けていった。八百万さんにもかっちゃんにも申し訳ない。

「座るかい?」
「いいんでしょうか」
「僕以外誰もいないからね」

隣の席の椅子を引いてくれたのでありがたく座る。
「そういえば、あなたのお名前を教えてくれませんか」
「飯田天哉だ」
「飯田さん。ありがとうございます。色々お世話になってすみません」
「人助けもヒーローの仕事だからね。目時くんは目が悪いのか?」
「目は……悪くないです。ただ、裸眼で人を見るとパニック起こして迷惑かけちゃうから、眼鏡とかコンタクトしています」
「そうか……。大変なんだな」

裸眼で見ると未来の情報の流入によって、私の脳はキャパを超えてしまう。だから倒れたりしてしまうし、周囲を石化させれば周囲がパニックになる。

個性社会のせいでトラウマ持ってたり、精神的被害に遭うことは珍しくない。

個性社会になってから心理的な病気の患者が増えたらしい。教科書には載ってないが、専門書には書いてかった。犯罪と事故の増加による精神的な被害、それから個性のせいで苦しむ患者。個性がなければ病名が付けられることはなかったであろう病気がたくさんある。

そのおかげか偏見は減り、病気なのだと理解が得られるようになった。
きっと、飯田くんもそう思ってる。

「でも何か通せば大丈夫なので。今も飯田さんを見れなくてすみません」
「謝らなくていい。自分の身を優先してくれ」
「ありがとうございます」


バン!と、大きな音を立ててドアが開いた。
かっちゃんが生徒を連れてきた。きっと八百万さんだ。

「来る途中で話を聞きました。もしよろしければ眼鏡を見せてくれませんか」
「はい。ありがとうございます。迷惑かけてすみません」
「まぁ、迷惑だなんて……。そんなこと言わないで下さい」

八百万さんは女の子だった。優しそうで、それでいて凛とした感じの。

眼鏡を渡してしばらくすると、八百万さんが下を向いた私に二つの眼鏡を差し出した。
一つは壊れたままのもの。もう一つは真新しくて壊れてないもの。
ずっと下を向いていたからどこから出したのか作ったのか分からなかった。

「あ……ありがとうございます」
「かけてみて変なところがありましたら作り直すので行ってくださいね」

八百万さんはこの眼鏡を作ったらしい。度が入ってないとはいえ小さな部品まで作られている。私は自分で作れそうもない。

眼鏡をかければ、壊れる前の眼鏡とかけ心地は一緒で、どこも痛くない。

八百万さんは背の高い女の子だった。女の子でも身体は鍛えられていて、私とは全然違う健康的な身体だった。

「すごい、どこも痛くないっていうか快適です。ありがとうございます」
「どういたしまして。いい眼鏡ですね」
「あの、お礼はまた今度ちゃんとします。八百万さん……ですよね」
「いえ、その必要ありませんわ。当然のことをしたまでです」
「させてください。プロヒーローもお礼受け取っているので、断らないでくれると嬉しいです。飯田さんも、後ほどお礼させてください」
「それなら……」

八百万さんも飯田さんも満更ではない表情をしていた。プロヒーローという単語が効いたらしい。
ヒーロー科はナチュラルに人助けできる人が多いのかもしれない。自分のことに精一杯にならず、他人を助ける余裕があるんだ。

「陶子、歩けそうなら帰るぞ」
「あっ、それじゃあ失礼します。本当にありがとうございました!」

教室を出て、歩き始める。久しぶりの眼鏡は顔にいつもと違う違和感がある。
かっちゃんが私側の手をポケットに入れていないのが見えた。さっきまで私と繋いでくれていた手。
私の考えすぎかもしれないけど、私が転んだ時とかすぐ支えられるようにしてくれているのかも。なんて、自意識過剰気味だな。

かっちゃんのその手を私から掴んで、ぎゅっと握った。今思えば、私から手を握ることは滅多にない。

「どうした?」
「なんとなく。……なんとなく、繋ぎたかった」

かっちゃんは何も言わずに俯いた。手を振り払われないから繋いだままでいいようだ。かっちゃんから手を振り払われたことは一度もないけど。


「かっちゃんもありがとう」
「何回言う気だよ」
「何回でも言うよ……ってウザいか」
「ヒーローは何度もお礼言われるし、ウザいなんて言わねーよ」
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