第四訓 「で?なんでココに」 「謹慎くらったから」 「ハァ?!」 坂田銀時の大声が響き渡ったのは、スナックお登勢のカウンター席。 ボックス席で飲んでいた酔っぱらい達の視線が、カウンターに座る男女に集まる。少し離れた席で大盛りの卵かけご飯を食べている神楽も、何事かと食べる手を止めていた。 屯所襲撃事件の翌晩。 花見で所持金を全て使い切った銀時達は、タダ飯を食べに大家であるお登勢の店に訪れた。すると、銀時がカウンター席に見慣れた顔を見つけたのである。それが清音だった。銀時は清音の隣の席に着くと、頬杖をつきながら絡み始めたのだった。 「屯所襲撃されて後始末に忙しい、って昼間近藤さんが言ってましたよ?」 一緒に来ていた新八が清音に尋ねる。清音は視線を逸らしながら、ばつが悪そうににブツブツと経緯を話し始めたのだった。 「攘夷浪士全員ぶった斬ったせいで、副長に幹部の居所吐かせられねえって怒られて屯所から追い出された……」 「まぁ、あれだけ暴れりゃあな」 「なんで銀が知ってんの」 屯所襲撃事件はその日のニュース番組で報道されていたが、詳細までは情報公開していない。どうしてその目で見たかの様な言い方なのか。その謎はすぐに解けた。 「それはだな、襲撃の件を知った銀時が屯所の近くまで様子を見に来ていたからだ!あっお登勢殿、熱燗ひとつ」 「「えっ?」」 二人の視線が、清音の席の反対側、空いているはずの席に向けられる。 そこに腰を下ろしたのは青い着物に水色の羽織を纏ったロン毛の侍。桂小太郎だった。 「桂さん?!」 思わぬ人物の登場に、銀時達より先に声を荒げる新八。 「なんでオメーが知ってんだよ」 「その後ろから俺も様子を見ていたからな。はっはっは!」 「はっはっは!じゃないですよアンタ、隣に座ってる女性が何者か分かってるんですか?!清音さんも!」 なんたって敵同士である二人が並んで座っているのだ。彼の慌てている様子が本来なされるべき反応だろう。 桂は、余裕綽々とお登勢から熱燗を受け取っている。清音に関しては、瑣末なことと気にせず柿ピーを摘んでいる。 「只今お巡りさんお休み中なので」 「そんなんでいいのか国家公務員……」 「いいの。それに小太郎がいなかったら、被害も最小限に抑えられなかったし。ね?」 「友の身を案ずるのは普通のことだろう?」 「どういう事ですか?」 「銀と私と小太郎。幼馴染なんだ」 「えぇぇぇぇェェェェェェェェェェェェーーーー!!???」 今日イチの絶叫が店の中に響き渡る。流石に煩かったのかお登勢に怒られる新八。神楽はそんな事より空腹を満たす事の方が重要なようで猫耳の生えた店員におかわりを要求していた。 「えーと。話を纏めると、 銀さんと清音さんがいた寺子屋に、桂さんがやってきて仲良くなったと」 「そうだっけか?」 「そうだぞ銀時。そしてその後俺たちは攘夷戦争に参加した。勿論、清音もな」 「清音さんも?!」 「まぁ、訳あって途中で離脱したけどね」 清音はチラッと銀時を見やるが、銀時は気付いていない。気だるそうに鼻くそをほじっている。 桂はお猪口の中の酒をと思ってたけど飲み干し、話を続ける。 「そしてこのかぶき町で、まず最初に俺と清音が再会したんだ。まさか幕府の犬になっていたとは思わなかったがな!」 「その言葉そのまま打ち返すね」 清音は返答し終えると、黙々と柿ピーを食べ始める。表情が崩れていないので酔っているのか、ただ柿ピーが好きなだけなのかは分からない。 「たとえ敵同士であろうとも、幼馴染であり、嘗ては互いに背を合わせ戦った戦友だ、その身を心配するのはおかしい事ではないだろう? 裏で過激派の攘夷浪士に動きがあれば、清音に時折情報を流している。他の奴らのせいで、俺が動きにくくなっても困るのでな。その対価として、真選組の追跡を掻い潜らせてもらっている。所謂Win-Winの関係という訳だ」 「追跡に関しては、手は抜いてないけどね」 真顔で答える清音。 「ヅラ、お前Winしてねえぞ」 「寧ろ、戦力総動員して追跡してる」 「桂さん1ミリも得してねえ!!」 新八の鋭いツッコミが響き渡った。 「そんな馬鹿なッ……?!」 「マジで気付いてなかったのかよ」 心の底から驚いている桂に、銀時はドン引きだ。 「そろそろ追跡部隊でも創設するかな」 「『月からの使者』でも送り込んでくるってか?」 「なッ!銀っ!!」 それまで表情を変えなかった清音が、銀時の言葉に顔を真っ赤にする。 「もう!そのネタで揶揄うのやめてよ」 慌てて銀の口を塞ごうとするが、ニヤついた顔で躱される。 「なんだいそのネタって」 「お登勢さん?!」 「ババアも気になるってよ」 まさかお登勢までその話題に乗っかるとは思っていなかったので、桂に助けを求めようとするが、 「話した方が楽アルよォ?」 満腹になった神楽が話に混ざってきたことで退路を断たれてしまった。 「銀時には『白夜叉』、俺には『狂乱の貴公子』との呼び名があるが、清音にもその名があってな。その名前がーー」 「『鮮血の輝夜姫』ちゃん♪って、いってえなバカ!」 「だから言うなって!!」 清音のアッパーカットが銀時の顎にクリティカルヒットする。 「別に恥じる名ではなかろう? 戦場での舞う太刀筋はまるでなよ竹のよう、満月を背に漆黒の髪を靡かせる様は、月に帰り道を探すかぐや姫のようであった……。と、仲間の誰かが言い出してな。知らぬうちにその名が広まったという訳だ」 「その名に美人だとか化けた狐が正体とか、目が合えば石にされるとか、よくわかんない噂が付き纏い初めて、迷惑極まりなかったんだから!」 「しかも銀時が新しい噂が増える度に揶揄っていたな」 「だからって俺だけアッパー?!バラしたのはヅラもだろうか!」 「小太郎はあの頃庇ったりしてくれたもん。はい、もうこの話はおしまい!呑もう!あ、新八くん達も食べたいものあったら注文してね。奢るから、小太郎が」 「清音?!」 「ふふっ、冗談だって」 「ご馳走になります!」 「きゃっほう!さすが清姐は天パとは違うアル!」 舞い上がる神楽と新八の横で、銀時も清音に向かって頭を下げる。 「ゴチになりまーす!」 「銀は自腹ね」 「エッ」 「はははっ」 スナックお登勢からは絶えず笑い声が響いていた。 旧友と酌み交わす酒は、どんな酒よりも美味い。 皆違う道を進めども、根底にあるものは何も変わっていなかった。 それがなんだか嬉しかったのだ。 ここには居ない彼らもそうなのだろうか。 茶髪の天然パーマの男と、紫の髪をした隻眼の男が脳裏に浮かび上がる。 「一体何やってんだか……」 「どうしたアル?」 「ううん、なんでも。それより神楽ちゃん、このだし巻きたべる?」 「貰うネ!」 そうして、夜は更けて行くのであった。 数日後。 「銀さん、あの」 「ンだよ新八」 「清音さんにこんなにお通ちゃんグッズ頂いたんですが、良かったんですか?」 新八の抱えるダンボールには、フィギュアからトレーディングカードのBOXまで、沢山の寺門通のグッズが詰め込まれていた。 「この前の風邪の時に迷惑かけた礼だとよ。ありがたく貰っとけ。あ、いらねえんなら売ってパチンコで資金を増や」 「しません!!これは大事に部屋で飾るんですから!」 銀時に中身を奪われる前に箱を閉じ、封をする。 お登勢の店で盛り上がった夜以降、「謹慎で暇だから」とちょくちょく顔を出すようになった清音。風邪の回復の際に約束通り、沢山の酢昆布を貰った神楽はすぐに清音に懐いた。清音も妹のような存在が出来たのが嬉しいのか、外に出る度に、二人で駄菓子屋に寄り道している。 新八も、清音が家事の手伝いや食材を買ってきてくれたり、志村邸に侵入したゴリラストーカーの対処をしてくれるので頼れる大人と認識されているようだ。 そんな当人は、漏れなく今日も万事屋に遊びに来ており、今は神楽と一緒に定春の散歩へ出ている。 「おめーら、あっという間にアイツに懐きやがって……」 「そういう銀さんだって、清音さんが来ないとちょっとソワソワしてるじゃないですか。あの人の事、どう思ってるんですか?」 「まぁ、食費が浮くから助かるな」 「そういう事言ってんじゃねえよ。あんたら本当に幼馴染?」 まぁ、いいや。と新八は、はたきを手に取って部屋の掃除を始めた。 「ただいまアルー」 「わんっ」 暫くすると、玄関の扉が開く音がする。神楽と定春の声が聞こえたかと思うと、廊下を走る音が聞こえてきた。 「銀、定春くん凄いね!私達乗せて副長の乗ってるパトカーと、互角の速さだったんだよ!」 勢い良く引き戸を開け放して現れた清音。子供のように目をキラキラと輝かせている。 今日はいつもの真選組の制服ではなく、裾やたんぽぽの柄の入った薄黄緑色の着物を着ていた。着物は特注なのか、裾にスリットが入っていたり、襦袢の代わりにTシャツを着ていたり、個性的な着方をしているのは銀時と通じるところがある。 後から入ってきた定春は誇らしく「わんっ!」と鳴いた。 「定春何やってんの?!清音さん、変な事に巻き込んですみません」 「新八。あのマヨラーに最初に喧嘩売ったのは清姐アル」 「清音さん?!!」 「中指立てて煽ってたアル」 数少ない常識人ポジションだと思っていた新八は、大きな衝撃を受けた。その様子を見て銀時は「ほらな」と取れた鼻くそを指で弾き飛ばす。 「ガキの頃から俺たちとつるんでるんだ。常識人な訳ねーだろ」 「お前それブーメラン発言なの分かってんのか天パ」 「ウッ、何コレくっさ!!ー」 銀時の顔面に定春のエチケット袋(使用済)がヒットする。 「私は常識持ち合わせてますから」 「そう言うヤツは普通、うんこ入った袋を顔面向けて投げてきません!!」 「じゃあ銀よりはマシ」 「お前らホント、仲がいいアルな」 「「良くねえ(ない)!」」 「息ぴったりじゃないですか」 「「たまたま(だ)!」」 神楽と新八は、見事にハモる二人に、やれやれと首を振るばかりだった。 20230611 ←/戻/→ |