第三訓 屯所に帰ると、顔面ボコボコにされた近藤と全身煤だらけで不機嫌真っ只中の土方が清音を出迎えた。恐らくそれぞれストーカーしていたお妙と、仕事の邪魔をしようとした沖田にやられたのだろう。 「何やってるんですか、あんたら……」 「これも愛の鞭というヤツよ。清音、元気になったようで良かったな!そして、おかえり」 「はい。ただいま戻りました」 「何処にいたか知らねえが。仕事溜まってんぞ」 「……すみません。ご迷惑お掛けしました」 清音は土方に頭を下げる。 ぶっきらぼうに話す土方は万事屋に居たとは知らない様子。言ったら言ったで面倒になるのは近藤も分かりきっていたようだ。強引に話題を切り替えた。 「まぁまぁ!そろそろ花見の季節になるしな!可能な限り事務仕事は片付けてくれると助かる」 「えっ、今って春なんですかィ?」 土方の背後からひょっこり沖田が顔を出す。 「この小説、今の今まで季節の表現なんてなかったんで知りやせんでした」 「総悟、シッッッ!!」 沖田の口を慌てて塞ぐ近藤。 「総悟テメェ、作者の力量を考えろよ」 土方は沖田に飛び蹴りを喰らわせようとするが、僅かの隙に沖田は近藤の腕から抜け出す。土方の蹴りは近藤が喰らうこととなった。 「副長、もうディスはいいです。これ以上自虐ネタ入れても、書いてて悲しくなるだけなんで」 遠い目をしながら清音は言った。 ……話を元に戻す。 世間はもう時期お花見シーズンに突入する。 ニュースでは開花状況を知らせるアナウンサーの声が日々聞こえてきていた。 このような祭り事に真選組が無縁なわけが無い。例年通り、警察庁から花見スポットの警備の御達しがあった。江戸の中で最も人が集まり、トラブルが絶えない場所を割り当てられるのも例年通りであった。 「副長、今年の人員の割り当てはどうなっていますか?」 「去年と同様、監察含め全部隊を現地へ割り当てる。お前含め新人数人を屯所に残す算段だ」 「出来れば今年は山崎を此方へ借りたいんですが」 「別に構わねえが……」 「ありがとうございます」 「なんかあるのか?」 「パシ……緊急時に遣いに出すのに都合がいいので」 「まぁ、そうだが」 突っ込まれると思ったが、この人が一番山崎をパシリに使っているので肯定しか返されなかった。ちょっとは否定してあげてほしい。 そして清音が溜まった仕事をあらかた片付けた頃。 江戸の街も本格的な花見のシーズンに突入したのである。 局長や副長は、朝から晩まで現地で指揮を取っている。ここ数日屯所内で見かけていない。 清音はというと、屯所から見回りなどの通常業務を指揮していた。 手薄になっている分、警察が見回り業務のフォローをしてくれているが、完全と言うわけではないので、屯所近隣はいつも通り自分達で見回りを行っている。 「こんなに落ち着いてるのに、俺ここにいて良いんですかね……? 山崎は気まずそうに庭の方へ視線を向ける。普段なら忙しなく隊士が行き来する廊下も静かだ。庭の木には、沖田のバズーカを警戒して滅多に寄り付かない鳥の囀りが心地良い。 「私の指示だ。気にしなくて良い」 「そうですか……」 山崎はそれ以上聞いては来なかった。 清音はパソコンのモニターに視線を戻す。 ふと思い出す、先日の屯所への帰り道。 橋を渡る私に一声掛けてきた修行僧がいた。 「これ、そこのお嬢さん」 最初は自分の事ではないと、無視して通り過ぎた。 「受難の相が出ているぞ、三河清音殿」 その言葉に一瞬身体が強張るが、声を聞いて緊張はすぐに解けた。 「……何の用、ヅラ」 僧侶の隣で川の様子を眺めるように、橋の欄干に凭れる。 「ヅラじゃない桂だ」 男が被っている編笠を少し上げて此方に少しムッとした表情を見せる。 「そこで正体バラしちゃダメでしょ。相変わらずだね、小太郎」 僧侶の格好をしていたのは、銀時と同様共に青春を過ごした桂小太郎だ。昔から変わらずの長髪を銀時達はヅラと弄っていたっけ。 現在は攘夷志士として江戸中で指名手配されている男だが、こうして時折、清音に接触してくる時があった。 「南斎党が屯所襲撃計画を練っている噂を聞いてな」 「……まぁ、うちの塀白くてキャンバスにはもってこい、か」 南斎党。ある絵師に影響され、アートと称して建造物に落書きなどの悪戯をしている悪ガキどもというのが警察側の認識だ。しかし黒い噂の絶えない集団である為、真選組がマークしている組織の一つでもある。 「確かに普段はただの悪ガキの集団だが、幹部共は過激派思想なのは知っているだろう?」 「えぇ」 「そろそろ動き出すかもしれん。気をつけろよ」 「……ありがとう」 桂は情報を伝え終わると、迎えにきたバケモノ(エリザベスと言うらしい)白い布を被った生物と共に去っていった。 立場は違えど友である事に変わりはない。清音に危険が迫る事があれば忠告をしに度々現れていた。それと引き換えに桂の目撃情報があれば、多少なり逃げやすいように隊士を誘導する。……と向こうは思っているだろうが実際のところ、それほど手は抜いてない。にも関わらず毎度毎度うまく逃げ切るのだから、逃げの小太郎の名は伊達ではない。歯が立たないのは少し腹が立つけども。 そのような経緯もあり、今回山崎を屯所へ配置したのであった。戦力としてではなく、万が一の場合の伝達係として。 「俺、そろそろ見回りの交代なんで行きますね」 「あぁ、頼んだ」 そう言うと、山崎は支度すべく執務室から出ていった。少し前に屯所の門が開く音が聞こえたので、清音は戻ってきた隊士の報告を待つ。普段なら五分もせずに隊士がやってくるのだが、この日は十分経っても現れなかった。その時点で何かを察するべきだったと、後々に後悔することとなる。 あまりにも遅いので様子を見に行こうと椅子から立ち上がった直後。 鋭い殺気が屯所中を包み込む。 清音は側に置いていた愛刀を手に取りあげると同時刻、衝撃音と地響きが足から伝わってきた。音の方角からして恐らく正門を破壊されたのは正門。 普段なら門兵を配置しているが、人手を花見会場に大きく割いていた為に門はガラ空きであった。 続いて男達の怒号と足音が聞こえてくる。 「我々は南斎党!今からこの屯所は我々が制圧し拠点とする!者共、出会えーッッ!!」 主犯格の男がそう叫び終えると、チャラい格好をした若者達が様相とは不釣り合いな日本刀を握り、敷地内へと入ってくる。 「全く……。たったこれだけの用意で此処が獲れると思うなんて、どれだけ頭が弱いのか」 「アァん?!」 先程名乗りを挙げていた男が、声のする方向へ視線を向ける。 清音はゆっくりと侵入者達に向かって歩を進める。 攘夷浪士はざっと三十人程度だろうか。もしかすると門の外に控えている者がいるかも入れない。 残っている隊士には事前に緊急時の行動を指示してある。 あとは外に出た山崎が気づいてくれるかどうか……。 「なんだ兄ちゃん、と思ったら女じゃねーか!」 「人手が足りないからって遂には女にまで助けを得るとは。幕府の犬め」 清音の存在を知らぬ男達はどっと笑い声を上げる。普段表に出る事がない為知名度がないのは理解している。ただ、女『だから』と言う理由で真選組がナメられるのには黙っていられなかった。 「局長達が襲撃を警戒していなかったのは認めるがな。これだけの人員で構わないと判断したのはこの私だ。お前達の相手は女である私一人で十分と言っているんだよ。クソガキども」 「なんだと?!」 その言葉を聞いて背後にいた男たちは怒号を上げる。 「文句があるならその刀でかかって来い。言っておくが私は慈悲などくれてやらんぞ」 「お前達、かかれェー!」 男達が一斉に清音に向かって走り出す。 一閃。 何かがボトリと落ちる。 それが生首だと気づいた時には、その場にいた攘夷浪士もどきは真っ青な顔で足を止めていた。首から上を無くした人間だったものはバランスを崩して倒れ込む。地面に赤い血溜まりが広がって行く。 「屯所に入り込んだ時点で命はないものと思え」 清音はニヤリと意地悪い笑みを浮かべる。 屯所の庭に鮮血が舞った。 一方では。 「きょきょきょきょ局長ぉぉぉぉぉおお!」 「おぉ、山崎じゃねえか」 山崎が花見会場へ辿り着くと、十番隊隊長の原田右之助が呑気に出迎えた。 山崎の表情は顔面蒼白。 見回りの為、パトカーで屯所を出て数分後。門を破壊した音は山崎にも聞こえていた。 その直後、清音から一通のショートメールが携帯に届いたのである。 【一部隊応援を求む】 たった一文。 屯所に残っている隊士の数は指折り数えられる程。 助手席に座る連れの隊士にパトランプを着けるよう指示を出すと、山崎は車を飛ばした。 花見会場へ到達すると、パトカーを乗り捨て、去年と同じ場所に設置してある警備本部へと走る。この人混みと騒音の中では携帯の通知など無意味である事を山崎はよく知っていた。 息絶え絶えな山崎の背をさすりながら、原田は桜の木の方を指差す。 「局長ならあそこにいるぜ」 視線の先にある桜の木の根元では、馬乗りになったお妙に現在進行形で殴られている近藤の姿があった。 「何やってるんですか局長!」 「お妙さんと万事屋達の花見にまたもや遭遇してなぁ。リベンジにと潜り込んだらあの始末さ」 よく見ると沖田と神楽も何やらバチバチと火花を散らしている。 先日、休憩にと近藤含めた主要メンバーが花見をしようとした際に、毎年使っていた花見スポットをお妙含む万事屋が先取りしていた。結果として場所の奪い合いになり、双方大惨事になったのだった。 「副長は?!あの人はどこに……」 辺りを見回すと、互いのお猪口に酒を継ぎ合う坂田銀時と土方十四郎の姿があった。 「いい加減にしろよアンタら!それどころじゃないんですよ!」 「なんだァ?山崎、男の勝負を邪魔すんなら切腹させんぞ?」 「屯所が攘夷浪士に襲撃されてるんですッッ!」 「何?」 屯所、襲撃の言葉を聞いて普段の思考回路に戻った土方。詳細を山崎に問いかけた。 「屯所は三河参謀を含め数名の隊士で防戦中。敵の人数は不明です。参謀からの応援要請が一部隊との事なので、攘夷浪士の人数それ程多くはないかと」 それだけ聞くと土方は、近くにいた原田に屯所へ急行するように指示を出した。 「俺もすぐに後を追う。山崎、てめェは原田と先に屯所に迎え」 「了解です!」 花見会場から数台のパトカーがサイレンを鳴らし、走り去っていった。 その様子を、銀時は死んだ魚のような目でじっと見ていた。 土方が屯所へ着いた時には、襲撃事件はとうに終わっていた。 門の前には先に出した十番隊の面々が棒立ちになっていた。 「何やってんだてめえ……ら……」 普段開きっぱなしの土方の瞳孔が、更に広がった。 目に入った景色がここ暫く遭遇する事がなかったレベルの惨劇だったからだ。 門から屯所の玄関へ続く石畳には死体が折り重なるように転がっている。灰色だったはずの石は固まった血で赤黒く染まっている。死体のいくつかは首や腕が切断されているものもあった。あまりの血生臭さに鼻を摘んでいる隊士もいる。 その中心。 血塗れで立ち尽くしているのは、三河清音だった。 呆然としている隊士達を押し除けて門を潜り抜ける土方。 「おい、三河」 その声を聞いてハッとする清音。門へと視線を向けた事で山崎が応援を呼んできた事に気付くのだった。 「報告は」 「……南斎党の浪士二十七名が正面から屯所を襲撃。参謀、三河清音が全員を刺殺。屯所に残っていた隊士には局長・副長・参謀の執務室の警備を任せています。そちらの状況は把握していません」 「分かった。おい、十番隊はそれぞれの部屋の状況確認に向かえ。それと他の場所に浪士が残っていないか見回ってこい」 「はい。行くぞお前ら!」 原田が隊士達に声をかけると、彼らも漸く我に帰ったようで走る原田を追いかけて行った。 その場に残っているのは土方と清音と死体達。 「副長」 「……これじゃあ情報吐かせらんねえな」 「すみません」 「逃走者はいるのか?」 「門から中に入ってきた者は全員ここに転がっています。門の外までは……。すみません、確認不足です」 「すみませんを連呼する余裕があるなら、とりあえずこの惨状をどうにかしやがれ。夜までには片せよ」 「はい」 忙しなく隊士達が行き来する中、清音は暫くその場に立ち尽くすたままであった。その目は僅かに翳り、死体を通して何かを見つめている様でもあった。 路地裏を慣れた足取りで駆ける影一つ。 「はぁ……ハッ、……ハハッ」 男は走りながらも、抑えきれない笑いが時折零れ落ちていた。 片手に握り締めている携帯電話の液晶には先程撮った写真が表示されている。血を浴びながらも浪人を圧倒する女の姿。 「やはり、あの女……!」 刀を帯刀するその男は、その太刀筋に心当たりがあった。 「いい土産話が出来た……ハハハ……」 あまりに大きな収穫に口角が上がるのを抑えられない男は、不気味な笑い声と共に路地裏の闇へと消えて行ったのだった。 20230527 ←/戻/→ |