第五訓 チクッ。 「……!」 万事屋のソファで寛いでいると、身体が何者かの殺気を感じた。まるで心臓を針で刺すかのような感覚。神妙な面持ちで背後を見つめる清音。新八はその様子を不思議そうに見ていた。 「どうしたんですか?」 「いや……」 あれは明らかに清音自身に向けられたものだ。この数日間、このような事が何度もあった。 特に、万事屋にいるタイミングでこの現象はよく起こった。 しかも相手も相当の手練れなのだろう。普段はこの殺気が抑えられているので、未だ正体が掴めずにいた。 (新八くん達は気づいていない……?) と言う事は、的確に私だけに狙いを定めている、と言う事だろうか。しかし、何故この場所で……? 「どうしたアルか?清姐」 神楽も心配そうに清音の顔を覗き込む。 「うーん。言っていいものか……」 「……しゃーねえなぁ」 「銀?」 椅子から立ち上がった銀時は清音の前までくると、細い腰に腕を回し、自身へとグイッと抱き寄せた。その瞬間、清音の身体に過去一番の殺気が全身を突き刺した。 「銀さん?!!」 銀時の奇行に新八の眼鏡はずり落ちる。 「ったく……。今ならわかんだろ」 耳元で銀時が呟く。 清音の身体は何者かの殺気に反応し続けている。 今なら分かる。 「……ッ!」 銀時から離れ、着物の袂から小苦無を取り出すと、天井のある一点に向かって放つ。 すると、何者かは腰を抜かしたのか天井裏でドシドシと暴れた数秒後、外れた天井板と共に居間へと落下してきた。 「いったた……」 「やっぱりてめえか」 「さっちゃんさん?!」 落ちてきたのは薄紫のロングヘアーのミニスカくノ一。赤いフレームの眼鏡をかけており、泣きぼくろが特徴的だ。 新八にさっちゃんさんと呼ばれたくノ一は腰をさすりながら立ち上がる。よくよく顔を見ればその顔には見覚えがあった。 「貴方、御庭番の猿飛……?!」 「知り合いアルか?」 「昔、将軍様の護衛の打ち合わせで、何度か見かけた事があるだけ……」 「あーもう元よ、元。今は始末屋さっちゃんって名乗ってんだから。そういう貴方は真選組の参謀の三河清音だったかしら?」 猿飛あやめ。 伊賀者のくノ一で、嘗ては幕府お抱えの忍者集団、御庭番衆に所属していたエリートである。真選組も幕府の下につく組織である為、護衛任務の際にはよく連携を図っていた。 「始末屋、ね……」 「なによ?」 「貴方に私の暗殺を指示した誰かがいる、という事?」 真選組の幹部であると言うだけで、命を狙われる理由には十分だ。 「言っとくけどねぇ? 私は私の意思でここに居るの。変な憶測はやめてくれない? ねっ、銀さん」 「はぁぁ……」 「へっ?」 肩から項垂れる銀時に、素っ頓狂な声を上げる清音。 その場の空気を読んだ新八が、さっちゃんと初めて会った時のことを事細かに説明してくれた。(アニメ第22話参照) 「……と言うことは、猿飛は銀のストーカーという認識で間違い無いのかな、新八くん」 「えぇ、そういう事です」 「違うわよ!私と銀さんは結婚を誓い合った仲なんだから!」 「でもそれも自身の身を隠す為だったんですよね?」 「ヴッ!」 新八からの1ヒット。 「それに万事屋の天井に穴開けてたヨ」 神楽からの2ヒット。 「あと普通に不法侵入ですよね」 清音からの3ヒット。 あらゆる面から指摘されて反論の余地がない。ダメージを受けながらも猿飛はまだ張り合おうとしている。清音を指差し、声を張り上げる。 「なっ、何よ! 貴方こそ銀さんの前に突然現れて!貴方、銀さんとどう言う関係なの?!」 「幼馴染です」 「ンガッッ?!!」 きっと漫画で言うところの雷が落ちた様な衝撃なんだろう。猿飛は膝から崩れ落ちた。 「そ、そんなの……。そんなのってないわよ……」 「あの、猿飛……」 俯き、表情がわからない彼女にどう声をかけるか迷っていると、猿飛は突然立ち上がりキッと清音を睨みつける。 そして。 「ふんっ、覚えてなさい!」 とだけ叫ぶと、玄関を突き破って立ち去った。 「いや、一緒に仕事したことあるし名前も覚えているんだが」 「清音さん、そう言う意味じゃないです」 呆然としていた新八が、やんわりとツッコミを入れた。 「そういえば、清音さん。さっちゃんさんが天井裏にいるって、よく分かりましたね。それに銀さんも」 嵐が去り、破壊された玄関をある程度片付けたところで、お茶にすることにした。新八それぞれにお茶(銀時にはイチゴ牛乳)を出している所に投げられた疑問。普段生活をしている彼らが気づかなかったのだから、気になるのは当然だろう。 「昔からそういうのに敏感なの。それで苦労した事も多かったけど」 「……」イチゴ牛乳を飲む銀の手が、少しの間止まる。 「そうなんですか……。すいません、嫌なこと思い出させてしまったようで」 「いいのよ。気になるのは当たり前だと思うし」 「多少はマシになったかと思ってたら、全然そんな事ねーのな」 銀時が新八におかわりを頼みながら、話に割り込む。新八はグラスを受け取ると台所へと戻っていく。 「そりゃ環境が環境なんだから仕方ないでしょ」 「確かに昔、一回くらいはソレのおかげで敵の目を掻い潜ることは出来たけどよ……」 「な・ん・ど・も・ね!」 念入りにと言わんばかりに清音が主張する。 攘夷戦争時代。 幕府に抗う攘夷派より、圧倒的に数が多い幕府軍。日に日に見たことのない見目をした傭兵たちがぞろぞろと戦地へ投入される日々。 仲間の軍が、敵軍に囲まれる事は常々あった。 そんな時、清音の殺気センサー(桂命名)が役に立った。清音を先頭に、此方に向けられた殺気の薄い場所を潜り抜けるように進軍することで、被害を最小限に抑えつつ、本陣へ帰還することが出来た。 銀時の得意とする隠密奇襲作戦の際にだって、どの方角が手薄か探ることもできた。 欠点だと思っていたこの体質も、戦場では仲間を生かす上で十分役立っていたのだ。 「私が最後までいたら、何人が今も生きていられたんだろうね……」 「きよー「うわァァァァァ!!!」 銀が声を上げようとした瞬間、廊下から新八の叫び声が響き渡る。 清音を先頭に神楽と銀時も新八のいる廊下へ向かうとそこには、ボロボロになったエリザベスが倒れていたのであった。 20230726 ←/戻/→ |