第二訓



 あれから一週間。
 三河清音は馬車馬の如く働いた。
 特に大きな事件は起きる事はなかったのだが、屯所敷地内で建物を破壊する部下や副長暗殺を企てる部下や、相変わらず市中でバズーカをぶっ放す馬鹿がいてくれるので……って、コレ全部一人がやってんな?
 ある種の天才なのか、沖田総悟という男は。
 それ故に屯所修復の依頼やら反省文の回収やらで、気にする余裕などなかった。いや、そんな隙など作らなかったのだ。何もかも忘れたくてがむしゃらに仕事をした結果、こんな事になるなんて。
 
「三河さん、アンタ風邪だね」
「……え」
 消毒された医療機器が並ぶ診察室。眼鏡をかけた中年の医者が、カルテに何やら書き込みながら淡々と病名を告げる。
「先生、私はただちょっと顔が赤っぽいからと、上司の指示でここに来ただけです。風邪じゃありません」
「いやいや、熱は三十九度近くあるし目は充血してるしアンタが話しかけてるのは看護師だし」
「絶対に風邪じゃありません!」
「そんな強く反論されても完全に風邪だよ?!インフルエンザじゃなかっただけマシだと思いなね。それじゃ処方箋出しとくからお大事にー」
「チッ」
「舌打ちしても無駄!」
 
 医者にどやされながら診察室を出る。すれ違う看護師達は皆清音の方へ視線を向けてくるのはきっとアレだ。真選組の隊服を見て警戒してるだけだろう。
 決して体調の悪さに心配されてる訳ではない。きっとそうだ。そうだと言ってくれ。
 待合室に向かうと、三人ほどだったはずが診察を受けている間に十人程まで増えていた。
 長椅子の背凭れに身を委ね、会計を待ちながらなんでこうなってしまったのかと、今朝の出来事を思い出す。
 
 
(回想始まり)
 
 朝礼に集まった時点では、まだ普段通りだと思っていた。いつも通り身支度をして、朝礼が終わり、一般の隊士が粗方部屋を出て行った頃、土方に声を掛けられた。
「三河、お前はまず病院な」
「?」
 意味が分からず首を傾げると土方は少し驚いた表情をした。
「どーみても隊長悪いだろ」
「ホントだ清音、顔真っ赤だぞ?!」
 そばに居た近藤が清音の顔を覗き込む。その声がやけに大きく聞こえたのは気のせいだろう。
「この程度平気で……んぎゃっ」
 突然背後から膝関節に衝撃が走る。それが沖田の膝カックンだと気付いたのは尻餅を付いて上を見上げた時だった。
「あーらら、隙だらけじゃねェですかい」
「丁度いい。総悟、パトカーで巡回のついでにコイツ大江戸病院まで送ってやれ」
 土方が顎でクイっと清音の方を示す。近藤はそれが得策だな、と何度も頷いていた。
「姐さん、付き添いは俺に任せてください」
「オメーは入らなくていいんだよ!!仕事しろ仕事!」
 堂々とサボり宣言をする沖田に怒号を飛ばす土方。その声が頭にガンガンと響く。
 これはアレだ。私の聴力が一晩で鋭くなったんだと自分に言い聞かせる。
「トシも総悟もそこまで。総悟、早く清音を連れてってやってくれ」
「近藤さんの頼みなら仕方ねえ。姐さん、立てますかい?」
 手を差し出されるが、清音は自力で立ち上がる。その様子に近藤は少し安堵しながら清音に今日は非番にするから養生する様に告げたのだった。
 
(回想終わり)
 
 
 ……とまぁ、そんな訳で渋々診察を受けていた訳だ。
 目を背け続けていたが、いざ風邪であると自覚してしまうと、どんどん身体が弱っていく感覚に陥る。先程までは普通に歩けていたはずなのに、時折足から力が抜けそうになる。
 
 会計と処方箋の受け取りを済ませた清音は、病院の入口へ向かいながら携帯を取り出す。
 巡回に行った沖田を呼び戻そうとするが、奴がまともに仕事をしている機会などそうそう無い。このまま巡回をさせておくのが良いだろう。
 仕方ない。タクシーでも拾って帰るか。
 タクシー乗り場に向かって一歩踏み出すと視界がぐらりと歪む。
(やっば……)
 身体に力がうまく入らない為、受け身が取れない。
 このまま地面に頭を打ち付けてしまえば病院に逆戻りだ。咄嗟に目を瞑る。
 その瞬間、身体に大きな衝撃が走った。下の方で袋が地面に落ちる音が聞こえた。
 
 ゆっくり目を開けると、足元に袋から飛び出たらしい処方箋が落ちている。
「おい!」
 少々切羽詰まった男の声が清音の頭の少し上から聞こえてくる。誰かが清音の身体を支えてくれたらしい。怪我負わずに済んだようだ。
「ったく何やってんだ」
(この、声、はーー)
 呆れる声は聞き覚えのある声だった。しかし、声の主の正体を思い出す前に三河清音の意識は限界を迎え、すうっと水底へと沈んでしまったのだった。
 
 
 
 それから目を覚ましたのは数時間後の事だ。
 
(さむい……)
 
 背筋がゾクゾクする。
 体の震えで意識がぼんやりと浮上してきた。
(だけど、あったかい)
 不意に自分の身体が何かに包まれていることに気づく。ゆっくりと目を開けると毛布と白い着物が目に入った。
「んが……。あ?」
「ぎ、ん……?」
 顔を上げると、銀時も目を覚ましたばかりのようで大きな欠伸をしていた。
 覚醒した清音は漸く状況を理解することができた。
 此処は万事屋で。清音はというとソファに座る銀時の膝の上で毛布に包まれていたのだった。
「どうして……?」
「どうしてってお前、俺の依頼帰りに見かけたと思ったら突然倒れるわ高熱だわで、とりあえずウチまで連れ帰った訳よ」
「でもなんでこの状態?」
「嘘だろ?!お前ガキの時から風邪で寝込む度に一人になるのは嫌だって俺の着物掴んで離さなかったじゃねーか!自分の手ェ見てみろよ!!」
「あ、ホントだ」
 自身の左手はしっかりと銀の着物を掴んでおり、掌はうっすら汗ばんでいる。本当に覚えてなかったのかと銀時は呆れ顔だ。
「真選組に入ってから風邪引いたのなんて初めてだったから……」
 最後に寝込んだのは銀の言う通り、子供の頃だったかもしれない。あの時は先生が夜通し看病してくれて、友達が見舞いに来てくれていたっけ。銀はみんなに引きづられて渋々来ていた気がする。
 銀時は何やらぶつぶつ呟いてため息ををついていた。
「よし、目覚めたなら飯食ってさっさと治しやがれ。粥持ってくっから降ろすぞ」
「あ、うん」
 膝から降りて改めてソファに腰を下ろす。空気や、ソファの腰掛けた部分がやけに冷たく感じて、慌てて毛布を肩に掛け直す。十分程すると、小さな土鍋が乗った盆を片手に銀が戻ってきた。蓋を開けるの美味しそうな香りと共に卵粥が目に入る。
「美味しそう……!銀が作ったの?」
「お前がしがみ付いてんのに作れるワケねーだろ。たまたま下でババアが、色々と察して勝手に持ってきただけだ」
 ババア、とは先日ここで会った大家さんの事だろうか。初対面があんな場面だったとはいえ、一度会っただけの他人にここまでするだろうか。きっと情の深い人なんだろう。
 ひと匙口に入れると、優しい味付けが身体も心も温かくなった気がした。
「おいしい」
「そりゃ良かったな」
 隣に座り込む銀の手には粥の入った茶碗が。お前も食うんかい。
「確かに不味くはねえな」
「失礼な言い方しなッ……」
 食欲があるとはいえまだ本調子とはいかないらしい。身体を容赦なく悪寒が襲う。匙を持つ手がブルリと震える。
「うぅ……」
「また熱上がってきたんじゃ「ご飯の匂いアルぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」うっせーな!静かにしろ!」
「いや、アンタの声もうるさいですよ」
 少女の甲高い叫び声と隣にいる銀の叫び声が脳にガンガンと響く。思わず両耳を手で塞いだ。
 部屋に飛び込むように入ってきたのはチャイナ服を着た赤い髪の少女と、二人にツッコミを入れていた眼鏡の青年と、静かに此方へ微笑む女性の三人が部屋の入り口辺りに立っていた。女性は何処かで見た事があるような……
「おめーら今日は新八んとこで飯食うんじゃなかったのかよ」
「そうだったんですけど、食べ放題に行くなら銀さんも誘おうと思って来たんですけど。お邪魔だったようですね」
「私達のいない内に女連れ込んでシッポリ決め込むつもりだったネ」
「んな訳ねーだろ!どう見てもこの状況、俺がコイツを看病してるようにしか見えねーだろうが」
「あら、其方の方もしかして……」
 女性が清音の顔を見てハッとした。
「確か、真選組の参謀さんですよね?以前お店にいらっしゃった事があるもの」
「んん…確か……『すまいる』の。局長がいつもご迷惑を……」
 頭を下げるが力が抜けて、フラフラと銀に凭れ掛かる。
「まぁ、此方こそごめんなさいね。また日を改めてご挨拶しましょ。銀さん、何か困った事があったら連絡くださいね」
「そうだぞ清音、屯所への連絡は俺に任せておけ!」
 ローテーブルの下からニュッと近藤が顔を出す。清音はついに熱で幻覚を見始めたのかと思った。しかし、凭れ掛かっている銀時の身体が強張った事でこれが現実だと思い知らされる。
「何してるんですか局長……」
「お妙さんが何やら怪しげな場所に入っていく姿を見てな!先回りしておいた訳だ!」
「何ドヤ顔で説明してんだクソゴリラァ!」
「ぐはぁ!」
 近藤の顔面に妙の踵がクリティカルヒットする。鼻血を流しながらも近藤は話を続けた。
「屯所じゃあゆっくり休めないだろう。回復するまで休みで構わんから、清音の看病頼んだぞ万事屋!」
「いや、あんたこそ頭の病院行ってください近藤さん。なんでその状況で会話続けるんですか」
 眼鏡の青年が近藤にツッコミを入れる。思っていたこと全て彼が言ってくれたので余計な体力の消費は免れた。
「チッ、依頼料ふんだくってやるからなゴリラ。つーことだ、お前らに風邪移す訳にはいかねーし。神楽、暫く新八んとこ泊まれ」
 神楽と呼ばれた赤髪の少女はやれやれと言った表情だ。
「しょうがないネ。依頼料に酢昆布も計上するヨロシ」
「はいはいそれについてはまた後日ね。お邪魔してすみませんでした。ほら姉上、神楽ちゃん、行くよ」
 青年が神楽と妙を玄関へと急かす。
 妙は此方へと軽く頭を下げて帰っていった。
 
 騒がしかった部屋が再び静寂を取り戻す。
「……さむい」
 凭れかかっている銀時の腕にしがみつく。空いていた手が此方に近づくので解かれるのかと思っていたが、その手は清音の頭を優しく撫でた。
「とりあえずもう一眠りしとけ」
 ただそれだけ言って、幼子をあやす様にただそっと頭を撫でていた。
「……っ」
 清音が声を振り絞る。
 伝えなければ。これだけはどうしても、伝えなければならなかった。
 清音は視線を下に落とす。
 静寂の中にか細く清音の声が落とされた。
 
 
「局長、いい加減も帰ってもらっていいですか……」
 
 

 
 
 三日後。
 近藤は本当に気を遣ってくれたようで、屯所からの連絡は一度もなかった。
 何事も起きなかったと思いたいが、テレビから破壊された建物の話題が聞こえていたので、恐らくまた沖田がバズーカをぶっ放したのだろう。戻ったらどれほどの書類が溜まっているのか、考えるだけで恐ろしい。
「銀、おはよ」
「おぅ」
 台所に顔を出すとエプロン(フリル付きの)姿の銀時が朝食を作っていた。
「なぜフリル……」
「なんか言ったか?」
「いや、何も」
 
 朝食を食べ終えると、清音は帰るべく支度をしていた。
 熱も下がったし、これ以上迷惑を掛けるわけにもいかない。
「銀,色々と迷惑をかけた」
「良いんだよ。こちとら一週間分の食材たーんまり買いこめたしな。酢昆布もあれだけありゃ神楽も満足だろ」
 ローテーブルの上に積まれた酢昆布の山は銀時が駄菓子屋やスーパーで買い占めた代物だ。
「新八くんに何も用意できなかったんだけど、どうしよう」
「あぁ…適当に寺門通のCDでも渡しとけば?アイツ好きだからよ」
「そうなんだ、何か探しておく」
 清音が養生している間、銀時が営んでいる『万事屋銀ちゃん』や部屋にやってきた青年たちについて話を聞いた。
 曰く、この町で銀時はひょんなことから実家の道場を復興するという目標を持つ青年、志村新八と密入国してきた(敢えて詳しくは聞かない事にした)神楽と家の前に捨てられていたという巨大な犬、定春と共に何でも屋を営んでいるらしい。
 それにしても局長がストーカーしている相手の弟が銀の所で働いているなんて、世間は広いようで狭いというのは本当らしい。

 洗濯してもらった制服に袖を通し玄関に向かう。
「それじゃあ屯所に帰る。看病してくれてありがとう」
 素直に礼を告げると、銀は目を逸らしながら「おぅ」と間延びした返事をした。
 
 屯所への帰り道。
 晴れ渡る空を見上げる。
 結局あの三日の間、先日の出来事はお互い一言も話題に上げることは無かった。傷口に触れぬように、会話には特に気をつけた。
 そう簡単に解決できるような話ではないし、きっと銀は真意を語ろうとはしないだろう。昔からそういう男なのはよく知っているはずなのに。
 天気とは違って清音の心には曇天が広がっていた。






 





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