こんにちは、名字名前です。囮捜査の一環として、セーラー服を着て街を歩くことを強要されて早数時間。気づいたことがある。

――囮捜査って、普通何人か後ろから付いてくるもんじゃない?


警視庁の廊下を、競歩並のスピードで闊歩する。すれ違う人々は「ヒィッ!」と悲鳴を漏らして私を避けていくが、そんなものに構っている暇はない。目指すはもちろん、第七班が使用している事務室。

「土方さあぁぁぁん!!! ちょっとこれどういうことですか!?」
「あ、帰ってきた」

事務室の中には、第七班のメンバーが勢ぞろいで輪になっていた。お前ら、捜査はどうした捜査は。

「なんだ、名前。思ったより早かったじゃねェか」
「早かったじゃねェかじゃないですよ土方さん!!! ひとりで外歩いてこいって言われた時から何かおかしいなとは思ってましたけど、普通囮捜査って数人で行うものじゃないんですか!? これだと私、単にコスプレして街を歩いただけじゃないですか!」
「普通もっと早く気づくだろ」

土方さんはポーカーフェイスのまま、煙草を灰皿へと押しつける。悪びれた様子は全くない。え、これはつまり。

「え······本当の囮捜査だと思ってたのは私だけ······?」
「囮捜査つっても、結婚適齢期の奴にセーラー服なんて着せるわけねェだろ」
「なっ······こんな服着せたのは土方さんじゃないですか!」
「誤解を招く言い方はヤメロ」

全身の力が抜けて、思わずガクリと膝をつく。酷い、酷すぎる。私は真剣に捜査の手助けになると思って、恥を忍んでこんな格好をしたっていうのに。なにが最終手段だバッキャロー!

「うう······土方さんは総悟くんと違って、もっとマトモな人だと思ってたのに······」
「誰がサイコパスのドSでィ」
「いや······そこまでは言ってないけど······っていうかみんな集まって何してんの?」

第七班の男達は、窓際に置かれたホワイトボードの前に集まっていた。刑事という仕事は、事件が解決していない時は事務室より外にいる時間の方が長い職種だ。まだ定時前なのに、事務室に全員揃っているなんて珍しい。
前に置かれたホワイトボードは、中央にペンで縦線が引かれ、二つに島が分断されている。ひとつの島には『帰ってくる』、もうひとつの島には『帰ってこない』。その下には、それぞれの名前が書かれている。
総悟くんが、チェッと短く舌打ちを打った。

「俺は定時までに名前が『帰ってこない』に賭けたのに。ボロ負けでさァ」
「人をダシに賭けてんじゃねェェェェ!!!」

最低だ、コイツら。本当に最低。
私が嘘の囮捜査にいつ気づくか賭けていたらしい。『帰ってこない』に賭けている奴が微妙に多いのがムカつく。あ、土方さんは『帰ってくる』に書いてくれてるってほっこりしてる場合じゃないわよ、私。全員今から賭博罪でしょっぴいてやろうか。

「事件の為だと思ったから、がんばってこんな格好したのに······。知り合いにもたくさん笑われたし······私もうお嫁にいけない······」
「予定も無いくせに」
「無いよ!? 無いですけど!?」

予定があるとかないとか、そういう問題じゃない。私の純情な乙女心を弄んだことが問題だって言ってんの!

「ってことで、名前お前今日はその格好で帰れよ」
「なんで!? っていうか総悟くん、私が先輩だって忘れてない!?」
「賭けに負けて悔しいから、その憂さ晴らしでィ」
「悪い方に素直すぎ!」

私のことを先輩だなんて微塵も思っていない総悟くんによって、私は再びセーラー服姿のまま、警視庁の門をくぐる羽目になったのである。
見せもんじゃねーぞ、コラ。



「絶対に辞める。今度こそ辞める。明日には辞表出してやるからな······!」

呪詛を口にしながら、すっかり暗くなってしまった夜道を歩く。高校生の頃に部活で遅くなった時も、こんな風に道が暗かったな、なんて思い出に浸る余裕も無い。私の頭は、あの無神経な男共が集まる職場をいつ辞めてやろうかという考えでいっぱいだった。
この格好のまま帰ったら、また銀兄に爆笑されるんだろうな、と思うと足が重くなる。どこかで着替えてしまいたいけど、ロッカーにいれていた私服は、いつの間にかどこかに隠されてしまっていたので制服を脱ぐことすら出来ない。
くそう、アイツら絶対に私のことオモチャかなんかだと思ってる。少なくても総悟くんはそう。後輩にからかわれて何も出来ない私も私だけど······。

肉体的にも精神的にも疲れた身体を引きずり、人気の無い道を歩く。すると、ふと、違和感を感じた。
足音が、私以外にも、もうひとつ。
まさかと思いつつ、携帯電話を取り出しカメラを起動させる。画面を触るふりをして、インカメで背後を確認。――少し離れた位置に、黒いパーカーにキャップを被った男が、いる。一定の距離を保ったまま、私の後ろをついてきている。
私は不自然にならないように、通りにあった自販機の前で立ち止まる。財布からお金を取り出し、水を一本買う。喉が乾いたわけじゃない。ここで男が私を追い抜けせば、シロ。立ち止まっていれば、クロ。
チラリと横目で確認する。電柱の陰に隠れて、こちらの様子を窺っている男がひとり。――クロ、だ。
まさかこんな所で当たりを引いてしまうとは。再び歩きながら、私は思案する。仲間に連絡しようにも、現場に到着するまでには時間がかかるだろう。一度自分の家まで帰り、銀兄と一緒に犯人を捕まえるっていう手もあるけど、銀兄が帰宅している保証はないし、家の中でどうこうしている内に逃げられてしまったら元も子も無い。それに犯人逮捕の為とは言え、自分の家を犯人に教える行為は危険すぎる。
色々なパターンを、何通りも頭の中でシュミレーションさせる。――うん、これしかない。私は心の中で覚悟を決めると、いきなり足を速め、全力疾走した。後ろから、犯人らしき男が舌打ちを打つ音が聞こえる。私は曲がり角を曲がると、壁を背にして息を殺す。そして男が私を追いかけて角を曲がった瞬間、私は持っていた鞄を思いっきり男の顔へと投げた。

「······ッ!」

よろめいた男の腹に、すかさず蹴りを打ち込む。男は低く呻くと、腹を押さえてうずくまった。

「狙う相手が悪かったわね」

手錠も縛る物も持ってはいないけど、まあしばらくは動けないだろう。そう思って私は、スカートのポケットから携帯電話を取り出す。まずは土方さんに連絡だ。

「聞きたいことは沢山あるけど、とりあえず署に······ッ!」

目の前を銀色の刃が掠める。寸での所で交わしたので、刺されてはいない。けれども代わりに、ストラップとしてつけていた神楽ちゃんに貰ったクマのマスコットが、大きく切り裂かれた。

「なんでナイフなんて物騒なモン持ってんのよ······!」

慌てて飛ぶように一歩下がるが、犯人は構わず踏み込んでくる。滅茶苦茶に振り回されるナイフを、私はどうにか避ける。
この男、刃物に関しては素人に違いない。私に向かって振り下ろされる切っ先は、でたらめな動きをしている。不意をついてナイフを取り上げることは一見簡単に思えるかもしれないが、実は素人の動きの方が先を読みにくいので対応しにくい。さらには男女の体格差。こちらの方が圧倒的に分が悪い。

「······ッ!」

壁際に追いつめられる。まずい。向かってくる刃を、男の手首を掴みどうにか堪える。鈍く光る切っ先が、目の前にまで迫る。このままだと、顔面に刃を突き立てられてしまう。なにか挽回出来る手だてはないか、素早く周りに視線を巡らせた、その時、

「名前!!!」

棒状の"何か"が、男のこめかみにヒットする。男の手が緩まった。その瞬間に私は男の腹に蹴りを打ち込む。男がよろめている隙に、アスファルトの道路に転がった"何か"を私は拾った。
ずっしりとした重みを感じる。懐かしくて、けれども身が引き締まる感覚。うん、手によく馴染む。

「クソッ!」

男が私に向かって突進してくる。私は棒状の"何か"――使い古された木刀を両手で構えると、スッと後ろ足を引いた。男の動きを真正面から見据える。ここはもう、私の間合い。

「小手!」

まずは男のナイフを叩き落とす。男は小さく呻くと、打たれた利き手を庇うように握る。

「胴!」

すかさず男の横っ腹に木刀をたたき込む。男の身体が横へぶっ飛ぶ。そして仕上げは、

「面!」

額を打たれた男は、白目を剥いて、ゆっくりと倒れた。
長い息を吐き出すと、身体の緊張が一気に解れる。額に滲んだ汗を、制服の裾で拭う。ヒュウと甲高い口笛が聞こえた。

「さっすが元インターハイ優勝者。瞬殺だったな」
「ひ〜じ〜か〜た〜さ〜ん!!!」

やる気のない拍手をしながらあらわれた土方さんを、私はジト目で睨む。男に向かって木刀を投げたのは、きっとこの人だ。

「助けに入るタイミング遅すぎませんか!? っていうか、いるならいるって最初から言ってくださいよ!」
「しょうがねェだろ。後つけてるなんて言ったら、お前絶対挙動不審になるだろうし。囮捜査の意味が無くなっちまう」

土方さんの後ろから、ゾロゾロとスーツ姿の男達があらわれる。近藤さん、総悟くん、山崎、その他諸々、全員第七班のメンバーだ。強面が多いので、パッと見、ヤクザの集まりみたいに見えてしまう。
そういうことか。筋書きの全てを理解した私は、一気に脱力した。

「······本物の囮捜査はこっちだったってわけですね」
「まあな。まあこんなに早く引っかかってくれるとは思っちゃいなかったけど」
「良い男は引っかからないのに、なんでこういうのは引っかかるんだろ······」
「お前の男運が無いせいでィ」
「納得いかない」

なーんか釈然としない。けど世間を騒がせていた女子高生連続殺害事件の犯人を捕まえることはできた。

「な、なんだよ! うわあ!」

ようやく目を覚ました犯人の男は、強面の刑事達にズラリと囲まれ情けない声を上げている。これから署まで連行し、事情聴取をしなければならないが、とりあえずは一件落着だ。

「これで残業続きの毎日から、やっと解放される······!」
「名前ちゃん、お手柄だったな! さっすが元インターハイ全国優勝者! 見事な木刀捌きだったぞ」
「······恥ずかしいんで、それ、あんまり言わないでもらえますか、近藤さん」

近藤さんが満面の笑みで近づいてくる。褒められるのはありがたいけど、正直"その件"については、あまり触れてほしくない。
幼い頃から習っていた剣道は、私の唯一の特技だったりする。師範の先生が奇特な人で、私や銀兄みたいな孤児にも無償で教えてくれるような人だったのだ。
夢中で続けた剣道は性に合っていたのかめきめきと上達し、気づいたら私は高校生の時、インターハイ全国優勝を果たしていた。自分の手で掴み取った優勝は誇らしかったし、これがきっかけで警察官への推薦状も書いてもらえたんだけど、今ではちょっぴり複雑。この話をすると、たいていの男の人は引いちゃうから。

「この件については、しっかり上にも報告しとくからな! 名前ちゃん出世しちゃうかもよ〜! ヨッ、第七班の期待の星!」
「あの、近藤さん、お気持ちは嬉しいんですけど」
「ん?」
「私、刑事辞めようと思ってるんです」
「え? ······エエエエェェェェ!?」

住宅街に近藤さんの絶叫が響きわたる。ちょ、もっとボリューム落として近藤さん。動物園に強制連行されちゃいますよ!

「なななななんで!? なぜ!? ホワイ!?なにか嫌なことでもあった!? トシによるパワハラとか、総悟によるセクハラとか······」
「いや、どう考えても近藤さんのストーカー癖のせいでさァ」
「俺のせい!?」
「ああもう、落ち着いてください。どれも違いますから」
「じゃあ一体なんで······」
「このまま刑事続けてたら、一生結婚できなさそうだからです」
「「「············」」」

微妙な沈黙が場を包む。ええ、分かってます。分かってますとも。くだらない理由だって、みんな呆れてるんでしょ? でも私にとったら死活問題なのよ!

「名前ちゃん······そんな理由で······?」
「そんな理由じゃないです。私にとっては人生における超重要懸念案件なんです」
「だからいつも言ってんだろ。そろそろ諦めて仕事に身を捧げろって」
「無責任なこと言わないでもらえますか? 土方さん」
「刑事続けようが続けまいが、どっちみちお前は結婚できねェよ。なァ、クマ五郎。『ウン、名前ハ男運ガナイカラネ!』
「あ! それ私のクマ!」

いつの間に拾ったのだろう。襲われた際に落としてしまったクマのストラップは、今総悟くんの手の中にあった。
総悟くんは裏声を使って、まるで腹話術師のようにクマを喋らせる。しかもちょいちょいと指でクマに動きをつけて。けれども残念。私の身代わりに刃物の餌食となったクマは、頭と胴体がすっぱりと切り離されてしまっている。
私は慌てて、無惨な姿に成り果てたクマのマスコットを取り上げた。

「神楽ちゃんに貰ったやつだったのに······」
「恋を叶えるクマのストラップが、すっぱり切れちまってる。しばらく良い縁は無さそうでさァ」
「諦めて仕事に精を尽くせってこったな」
「で、でもこのクマまがい物だもん。最初から恋を叶える効果なんてないよ、きっと」
「そう言いつつ、なんだかんだ捨てられなかったんだろ? ったく、女ってやつは占いやらおまじないやらに踊らせられやすいねェ」
「ぐ······」

私が単純なのか、総悟くんが鋭いのか。何もかも見透かされてる気がする。怖い。
でも、いいもん。このクマのおかげで、私は怪我せずに済んだんだし。お守り代わりにはなった気がする、ウンウン。
なんてひとりで納得していたら、上からひょいとクマのマスコットを取り上げられてしまった。

「土方さん?」

土方さんが難しい顔をして、惨殺死体のようなクマを睨む。土方さんと、ファンシーなクマのマスコット。なんだか笑ってしまうような、ちぐはぐな組み合わせだ。
しばらくして土方さんは、あろうことかクマのマスコットの胴体を指で割り始めた。

「ちょちょちょ土方さん! なにサイコパスみたいなことしてるんですか!?」
「おい山崎! ちょっと来い!」

私の問いかけには答えず、土方さんは山崎を呼ぶ。山崎は飼い犬のような速さで、土方さんの元へとやってきた。

「どうしたました? 副班長」
「ガイシャの遺留品リスト持ってこい。パトカーにコピーが積んであっただろ」
「え? なんで今さら······」
「いいから早く持ってこい!」

土方さんに怒鳴られ、山崎はパシリの如く駆けていく。私と総悟くんと近藤さんは、訳が分からず顔を見合わせた。

「どうしたトシ、なんか気になることでもあったか?」
「チッ······どおりで何かがおかしいと思ったんだよ」

土方さんは苦々しく舌打ちを打つと、煙草に火をつける。そしてゆっくりと紫煙を吐き出した後、私に向かって手を差し出した。

「なんですか? これ」

土方さんの手のひらには、マイクロチップのような薄くて小さい小型の機械が乗っていた。

「おそらく発信器だ」
「発信器?」
「お前のクマの中に埋め込まれてたぞ」
「え? ············ええ!? 嘘!?」

慌てて土方さんから発信器を奪う。小型の機械は、黄緑色のランプを絶えず点滅させていた。

「なるほど······そういうことか」
「え、近藤さん何か分かったんですか?」

珍しく難しい顔をした近藤さんが、私に向き直る。

「つまり犯人は、この発信器を使って被害者の子達の行動パターンを把握していたんだ」
「え? でもこの偽物のクマ、お妙ちゃんも持ってましたよ? かなり出回ってるみたいだし、普通に考えてそんなに大勢の発信信号、管理しきれませんよ」
「ンなの簡単でィ」

総悟くんが私の手の中にある発信器を、指でつまみ上げる。プチッと小さな音を立てて、発信器のランプは点滅するのを止めた。

「発信器入りのクマと入ってないクマの二種類を用意しとくんでさァ。そんでめぼしいターゲットが現れたら、発信器入りのクマを渡す。それなら無駄にバラまく心配もねェだろ」
「なるほど······」
「土方さん! ガイシャの遺留品リスト持ってきました!」

山崎が持ってきた分厚いファイルを、みんなで輪になりながらめくる。鞄、携帯電話、ポーチ――予想どおり、どの子の遺留品にも、私と同じクマのマスコットがつけられていた。鼻が四角いので、間違いなく偽物だ。
私はこのマスコットを神楽ちゃんから貰った。つまり、ターゲットにされていたのは――。

「······狙われたのが私で良かった」

もう少しで、神楽ちゃんが危ない目に合う所だった。思わず安堵のため息が漏れる。しかしホッとしたのもつかの間、土方さんが「いや、まだだ」と低い声で呟いた。

「まだ?」
「犯人はまだ捕まっちゃいねェ」
「捕まっちゃいないって······さっきの男は? 発信器をつけたクマを持っていた私が狙われたってことは、あの男が犯人で間違いないんじゃないんですか?」

土方さんの不可解な発言に困惑する。土方さんはファイルを閉じると、再び煙草に火をつけた。

「名前、今までのガイシャの死因全部言ってみろ」
「死因? えっと······」

私は頭の中に記憶していた事件ファイルをめくる。確か――、

「一人目は溺死、二人目が絞殺、そして······三人目は刺殺。ですよね?」
「今回の犯人はお前を何で襲った?」
「何って······ナイフ、です」
「今まで殺害方法が全部バラバラだった。なのに今回は三人目と同じ殺し方を選んでいる。犯人は殺人を楽しんでるような快楽殺人者だ。四人目のターゲットは、殺害方法を変えてくるはずだ」
「それってつまり······」
「あの男はただの模倣犯である可能性が高い。それに発信器を利用している辺り、真犯人はかなり計画性の高い人間だ。発信器を利用して、ターゲットの行動パターンを綿密に調べ上げているはずだ。囮捜査の為だけに、今日たまたま制服を着ていたお前を襲ったりはしねェだろうな」
「そんな······」

思わず言葉を失う。未来ある若者の命を狙う犯罪者が、まだこの街を彷徨いているだなんて。

「でもとりあえず一歩前進だな。名前、お前そのクマどこで手に入れた」
「これ貰い物なんです。確か駅前のビルの裏にある露店で購入されたはずです」
「すぐに調査に行くぞ。おい山崎! 車一台回せ!」

正直言って落胆していないわけではないが、土方さんの言うとおり全く進展していないわけでもない。私は気を取り直して、土方さんの後に続いた。
が、ふと、不思議な違和感を感じる。何か、とても重要なことを見落としているような。

「あの、土方さん! もう一度事件ファイル見せてもらってもいいですか?」
「あ?」

土方さんから奪い取るようにファイルを開く。なんだ、なんなんだ、この違和感。理由が分からないけど、なぜか鼓動が逸る。手が汗ばみ、ファイルをめくる手が滑る。

「おい、どうした名前」

全神経をファイルに集中させている私には、土方さんの声もくぐもって聞こえてしまう。三人の被害者。殺害方法、殺害場所はバラバラ。共通点は、全員同じクマのマスコットを持っていたということ。
いや、違う。共通点はそれだけじゃない。確かもうひとつ――。

「······ッ! 総悟くん私のケータイは!?」
「は? ここにあるけど······」
「貸して!」

総悟くんから自分のケータイを引ったくると、私は迷わず着信履歴を開く。一番上にあった名前を躊躇わず押す。コールが鳴ること数回。出た。

「もしもし銀兄。お願い、今すぐそよちゃんに連絡取って。いいからお願い早く、理由は後でちゃんと説明する。は? 個人情報? そんなの警察の権限でどうにでもなるから! 今すぐお願いね!」

用件だけ伝えて、終話ボタンを押す。私は祈るような気持ちで携帯電話を握りしめた。
折り返しの電話は、すぐに来た。

『······もしもし』

私と銀兄のつき合いは長い。同じ養護施設で育った者同士、まるで兄妹のように常に一緒にいた。だから――わずかな声のトーンの違いで、何を考えているのか、よく分かる。それが電話越しであっても。
思わず手から携帯電話が滑り落ちそうになるのを、懸命に堪える。

『徳川のヤツ、放課後神楽と別れたっきり行方知らずらしい。今家の人が探してる。名前、お前何か知ってんのか?』

もうひとつの共通点。それは――被害者は全員、長い髪をバッサリと切られていたこと。

そよちゃんの髪は、艶やかな長い黒髪だ。


.
TOP