女子高生連続殺害事件の第一被害者の遺体が発見されてから、早くも4ヶ月が経とうとしていた。
足を棒にしてまで歩き回った聞き込み調査、睡眠時間を削り昼夜問わず行う巡回パトロール等々、私たち刑事課は身を粉にして働いているのだが、有力な情報は全く得られず。捜査は依然として行き詰まったままだ。

「ここまで手がかりが無いってのも変な話だよな」

近藤さんはそう言って眉間に皺を寄せる。しばらくきちんと寝れていないのか、目の下にうっすら隈が見える。捜査が難航しているので、お妙ちゃんのストーキング行為も今は自重しているようだ。

「やはり、犯人は突発的にではなく計画的に犯行を行った、と考えるべきなんでしょうか」
「だろうな。目撃情報が全く無いってこたァ、ガイシャの行動パターンを把握していた可能性が高い。一人になるタイミングを狙ったんだろうよ」

土方さんが言いながら灰皿に煙草を押しつける。捜査が進まない苛立ちから本数が増えているのか、灰皿にはこんもりと灰が降り積もっている。

「一人になるタイミング······一人目は塾帰りですね」
「二人目は元々家出を繰り返す非行少女だったらしいからな。簡単に捕まえられたんだろ」
「三人目は?」
「夜な夜な公園で劇の練習をしてたんだと」
「劇?」
「演劇部のエースだったそうだ」

三人とも、まだ未来のある若者だったのに。そう思うと残虐で鬼畜な犯行に及んだ犯人に対して怒りが沸いてくる。弱者を狙うなんて下劣な行為を平然とやってのけるなんて、人間の心を無くしているとしか思えない。

「問題は犯人がどうやって被害者の子達の行動パターンを把握していたかですね」
「関係者に話を聞いても、変な奴に付きまとわれていたとかストーカーされていたとか、そういった類の話は全く出てこなかったからな」
「ストーカー······」
「え? 名前ちゃん、なんで俺のこと見るの? 誤解だからね? 俺はたんにお妙さんが心配で身辺警護を自主的に申し出てるだけだから。ボランティア精神に近いものだから」
「その理屈が通ればストーカー規制法は無意味ですよ」

まあとりあえず、近藤さんのストーカー行為については置いといて。とにかく今は例の事件の犯人の手がかりを、なんとしても掴まなければならない。
犯人はおそらく快楽殺人者だ。今は事件が注目を集めていることで形を潜めているが、報道が収まれば必ずまた動き出す。第四の犠牲者を生み出す前に、私たちが捕まえなければならない。
次なる犠牲者が出るのが先か、私たちが犯人に手錠をかけるのが先か。普段はわりと緩い第七班の中にも、珍しく緊迫した雰囲気が連日張りつめていた。

「······ここは"あの手"を使うしかねェな」

土方さんが観念したように呟く。すぐさま近藤さんが「トシ!」と驚いたように声をあげた。

「"あの手"は最終手段だろ! 失敗すればこちらのダメージの方が大きい」
「仕方あるめェよ。ここまで行き詰まったら、どんな手でも可能性がある限り試してみるしかねェだろ」
「だけど······!」
「あの、お二人とも······"あの手"って何ですか?」

概要が全く見えてこないので、話に水を差すのも悪いと思ったけれど思い切って質問してみる。近藤さんと土方さんが私に注目する。マジマジと、真剣な目で見つめてくる。え、どした? 私なんか変なこと言った?

「名前······」
「名前ちゃん······」
「······はい」

近藤さんがポンと、私の肩に手を置く。

「一肌脱いでくれないかな」

文字通り、私は一肌脱ぐ羽目になった。



私が登場した瞬間、山崎がひくりと頬をひきつらせるのが見えた。

「これは······ギリギリいけてるような、いけてないような······どうなんでしょうね、土方さん」
「あー······まあ、なんつーか······かろうじて、まあ······大丈夫なんじゃねェのか。なあ、近藤さん」
「うん、まあ······ウン! その、なんだ。なあ、総悟」
「5メートルくらい離れてから目をうんと細めれば見えないこともないでさァ」
「無理なら無理って正直に言って下さいよ余計に傷つくわ!!!」

なんだ、なんでこんな仕打ちを受けないといけないんだ。あまりの言葉の暴力に心がバッキバキに折れてしまいそう。ただでさえ、こんなコスプレまがいの格好させられて、HPが尽きかけてるっていうのに。
······はい、名字名前。花も恥じらうセブンティーンをとっくに終えた20代。JKを卒業して大分と久しいですが、今現在、現役時代に着ていたセーラー服を着用しております。
理由は言わずもがな、捜査の一環として。近藤さんと土方さんが話していた"あの手"とは、なんと私を使った囮捜査なのでありました。

「いや無理でしょ、普通に考えて無理でしょ! 高校卒業してから何年経ってると思ってるんですか!? 今更女子高生に扮装しろだなんて無理! 絶対に無理!」
「しょうがねェだろうが。うちの班の女っていったらお前しかいないんだから。山崎に女装させるよりマシだろ」
「苦肉の策ってやつでさァ」
「苦しまぎれで悪かったわね!!!」

更衣室で着替えた際、全身鏡で自分で自分の姿を確認してみたけど、まあなんていうか············色々と無理があった。
なんだろ、顔のパーツひとつひとつはそんなに変化があったように思えないんだけど、強いて言うならオーラ。内側から光る若さという名のオーラは、仕事と合コンと酒にまみれ、汚れた大人になった自分からは発しないということを身を以て学んだ。悲しい。正直まだまだイケるでしょ、とか思っていた数分前の自分を激しく殴りたい。殴打して海に沈めてやりたい。調子乗ってマジすみませんでした。
無垢さの象徴と言わんばかりに真っ白なセーラー服に、胸に輝く赤いリボンは浮かれているみたいでとにかく恥ずかしい。さらに紺色の襟と同じ色をしたプリーツスカートは、膝上何センチだと突っ込みたくなるくらいに短い。よくこんなの履いていたな自分、風邪引くぞ――と心の中で思ってしまうあたり、それなりに年齢を重ねたのだと、否が応でも実感させられる。

「死にたい······こんなコスプレ姿で今から街を歩かないといけないだなんて、死に値する恥ずかしさ······」
「お、良い写真が撮れたぜィ。題して『失われた青春』」
「止めんかァ!!!」

いつの間にかスマホのカメラを向けていた総悟くんに慌てて飛びかかる。今削除させなければ、きっと一生このネタで強請られ続けるに違いない。恐怖。

「まあ、とりあえず今日はその格好で適当に外をブラついてりゃいいから」
「え゙え゙っ!? 本当に今から外出るんですか!?」
「当たり前だろ。なんの為の囮捜査だと思ってんだ」
「いやいやいや、いくらなんでも怪しすぎますって! 犯人見たらきっとドン引きしますよ! 出くわした瞬間回れ右で速攻ダッシュBボタンですよ!?」
「つべこべ言わず行ってこい」

鬼畜・上司土方さんが私を事務所の外へと蹴り出す。鬼だ、この人本当に鬼。廊下を歩いていた職員達がギョッとした顔で私を見た。そして私と目を合わせないように前を向くと、早足で廊下を駆けていってしまう。······控えめに言って、死にたい。
いたたまれなくなった私は、事務所にも帰れず、そっと警視庁舎を後にするしかなかった。


***


「ギャハハハハハ!!! 名前おま······お前、なんだそれ仮装大会か?」
「······死にたい」

街に出て数時間もしない内に、一番会いたくない人に出会ってしまった。銀兄だ。

「昨日の夜ガサゴソ箪笥ん中探ってると思ったら自分の制服探してたのか。で、なに? 刑事止めてイメクラで働くことにでもしたとか?」
「ンなワケあるかァ!!! 仕事よ仕事!!!」

囮捜査中なの、と声を潜めて答えるが、銀兄はニヤニヤといやらしい笑みを止めない。くそう、腹立つなコンチクショウ。そのムカつく顔に一発決めてやろうか。

「······刑事さんって大変なんですね。ご苦労様です」
「新八くん······」

銀兄の隣にいた新八くんが優しい言葉をかけてくれるので、ふと泣きそうになってしまう。いかんいかん、今は仕事中だっての。でも新八くん、ちょっと顔をひきつってるような。ひょっとして引いてる? 私のセーラー服姿に引いてる?
この地味······というかごくごく平凡な容姿に眼鏡がトレードマークの少年は志村新八くん。銀兄の教え子だ。今日は部活で使う道具の買い出しに、二人で来ていたらしい。新八くんが所属しているのは剣道部。その顧問を銀兄が担当している。ちなみに新八くんは、近藤さんの想い人――お妙ちゃんの弟だったりする。本当に世間って狭いよね。

「ああもう······絶対にからかわれるって思ったから顔見知りには会いたくなかったのに······」
「お前に女子高生の格好させるなんて、警察もよっぽどせっぱ詰まってんのな」
「悪かったわね。せっぱ詰まった結果がコレで」

いい? これは仕事なの。仕事で仕方なくこんな格好をしているの、と私は銀兄に懇々と訴えるけれども銀兄は聞く耳持たず。ムカつくくらいのニヤニヤ顔で、お前着る前は結構ノリノリだったんじゃねえの? 内心まだイケると思ってただろ、なんて言ってくる。
う、鋭い。さすがは長年のつき合い。銀兄にかかれば、私のことなんてスルっとマルっと何でもお見通しなのだ。

「とにかく······私仕事中だから。もう話しかけないで。ホシに見られたら怪しまれちゃうでしょ」
「へいへい。まあ別にお前がコスプレ姿で何しようが勝手だけれどよぉ」
「コスプレって言わないでよ」
「場所は変えた方がいいと思うぞ」
「え?」
「お〜い、きんとき〜! おんしそがん所で何しよーと······ん? 名前?」
「どうした坂本」
「ヅラ、あそこにコスプレした名前がおるきに」
「名前が? ······本当だな、なんだアイツ風俗嬢にでも転職したのか。けしからん」

背後から、妙に聞き覚えのある声。

「今ウチの高校、教師による見回り活動やってっから」

······顔見知りに会うことだけは避けたかったのに。
結局私は、小太兄、辰兄、さっちゃん、ツッキー、その他諸々。銀兄の同僚の方々に、この死ぬほど恥ずかしい姿を見られイジられ続けたのである。ちなみに皆が声を揃えて私に言った言葉は、「転職した?」だ。
誰が風俗嬢だ、誰が。


***


駅の券売機で隣町までの切符を買う。今は電車に乗るには、どこでもICカードが使える時代だから、制服姿で切符を買うなんて少し目立つんじゃないのかと不安だったが、見知らぬ制服を着た女の子が券売機でICカードにお金をチャージしていたので、こっそり隣に立って素知らぬ顔で切符を買った。
チラリと隣に立つ本物の女子高生を盗み見る。う、化粧っ気が全くないのに肌が綺麗。やっぱり現役は違う、とさすがに落ち込む。

顔見知りがウロつく場所では捜査にならないと思った私は、とりあえず少し離れた隣町まで移動することにした。隣町は第三の被害者が発見された場所だ。
注意深い犯人が同じ場所で犯行に及ぶとは少し考え辛いが、もしかしたら犯人の行動範囲内かもしれないので一応。知り合いだらけの今の街から逃げたいとか、そういうわけじゃないから、ウン。

切符を通し、改札の中に入る。長い階段を上りホームを目指す。駅の構内は帰宅途中の学生や会社員でごった返していた。
高校生時代は自転車通学、現在は定時退社とは無縁の私は、帰宅ラッシュの光景に思わず目を丸くしてしまう。こんなにも人が集中するものなのか。数分間隔で流れてくる電車は、人がぎゅうぎゅうに詰め込まれていて、まるで押し寿司のようだ。お腹空いたな。回るやつでもいいからお寿司食べたい。
今からこの人でひしめく電車に乗るのだと思うと、考えただけで疲れてしまう。やっぱりタクシー使えばよかったかな。でもタクシー使う高校生なんて、どこのお嬢様って感じよね。そんなの総理大臣の妹であるそよちゃんくらいしか······いや、あの子レベルだったら送迎の車があるか。でもそよちゃん、よく警護振り切って神楽ちゃんと遊びに出かけてるらしいからなあ。
結局人の流れの波に乗って、私は狭い箱の中に足を踏み入れるしかなかった。

ぐ、ぐるじい。満員電車は思ったよりも辛いものだった。人と人にプレスされて、まるで圧縮袋の布団状態。この時間に帰る人はこんな苦しい思いをして帰宅しているのか、と同情を禁じ得ない。私、毎日残業続きで終電ギリギリでよかった。······いや、なんにも良くないわ。定時で帰らせろよ、コラ。
学生鞄を抱きしめるように胸に抱えながら、とにかく耐える。二酸化炭素だらけの淀んだ空気が苦しいけれども、ひたすら耐える。すると······ん? なんだ? なんだか下半身に違和感があるような。

「!?」

気づいた瞬間、ゾワリと嫌な寒気に襲われた。勘違い、だろうか。いや、でもこれは確実に"触られている"。プリーツスカートの上から、手の甲でお尻のあたりを撫でられているような感触。言わずもがな、痴漢だ、コレ。
え〜〜〜ちょっと待って、まさか、まさかこのタイミング? 連続殺人犯を釣り上げる囮捜査中に、とんだ雑魚が引っかかってしまったみたいだ。ていうか私? なぜに私? 狙うなら現役狙いなさいよって······ダメダメ、誰を狙っても許される行為じゃないわよ、痴漢なんて。
正直に言って、今すぐに痴漢の手を捻り上げ、現行犯逮捕で手錠をかけてやることは簡単だ。でも、出来ない。ここで変な騒ぎを起こしたら、囮捜査が無意味になってしまうからだ。しょうがない。気持ちが悪くて仕方ないし、すごく腹も立つけれど、ここは我慢することにしよう。大丈夫、次の駅で降りちゃえばいいんだし。一駅なんてすぐよ、すぐ。
なんて思ってたら、調子に乗って痴漢の手がサワリ、私の内ももを撫でた。
あ、やっぱ殺そう。
指の一本くらい折ってやろうかと手を伸ばした時だった。

「おい、胸クソ悪ィもん見せんじゃねェよ」

低くて妙に色っぽい声が、頭の上で響く。すると、どうだ。私の下半身を撫でていた気持ちの悪い手がパッと離れた。

「いで! いでででで! 何すんだよお前!!!」
「この指折られるか、今すぐ消えるか選べよ。ま、警察に突き出されたくなかったら選択肢は限られてるけどな」
「······チッ、クソッ!」

背広を着たサラリーマン風の男は、人混みをかき分け別の車両へと駆けていく。周りの乗客が至極嫌そうな顔で男を見送った。
しかし、私はそれどころではない。私は私を痴漢の手から助けてくれた人から、目が離せなかった。

「し、んにい」

やっと、喉の奥から絞るように乾いた声が出た。「あ?」と面倒くさそうに振り返る不機嫌そうな瞳。その瞳が、驚いたようにわずかに見開かれた。

「名前、か?」

そうだと頷く前に、ガタンと車両が大きく揺れた。よろけて扉に背中を打つ私を、咄嗟に庇うように晋兄が覆い被さる。顔を上げるの、晋兄の紫がかった黒髪がサラリと私の額を撫でた。

「お前こんな所でなにしてんだ」
「し、晋兄こそ······」
「俺ァただの野暮用だ」

背広姿や制服姿がひしめく車両の中、Tシャツにジーパンというラフな格好の晋兄は少し目立つ。相変わらず、何をやっているのか分からない不思議な人。トレードマークになりつつある左目の眼帯は、昔と変わらず今も健在だ。

「ククッ······」

喉の奥を振るわせたような笑い声。形の良い唇が弧を描くのを惚れ惚れとしながら眺めていると、晋兄がついと私の制服の襟を引っ張った。

「随分前に卒業したと思ってたけど、素行が悪すぎて留年でもしたのか?」
「ち、ちが······これは仕事で······っていうか、晋兄に素行の悪さがどうとか言われたくない······」
「ハハッ、まあそうだな」
「い、一応言っとくど風俗嬢に転職したとかじゃないから。イメクラの衣装じゃないからね!」
「お前がどういう仕事してるかくらい知ってるっての」

至近距離で声を潜めて会話しているせいで、晋兄の艶っぽい声が耳にダイレクトに入ってくる。ああ、ダメだ。なんか頭クラクラしてきた。この電車酸素薄すぎでしょ。
大した会話も出来ずに、あっという間に次の駅に到着するアナウンスが流れる。都会の一駅ってほんと短い。
私と晋兄は、人の波に流されるように電車から押し出された。

「じゃあな、あんま危ないことすんじゃねェぞ」
「あ······」

声をかける暇もなく、晋兄は今降りたばかりの電車へと再び乗る。ただ単に、扉の付近にいたから邪魔にならないよう降りただけだったみたい。ベルが鳴り、あっさりと電車のドアが閉まる。最後に一瞬だけ晋兄と目が合ったような気がした。
高杉晋介――銀兄と小太兄の幼なじみであり、悪友のひとり。
私の、初恋の人でもある。

「······お礼、言いそびれちゃった」

電車の過ぎ去ったホームにポツリと呟くが、答えてくれる人はいない。皆立ち止まり行ってしまった電車の後を見送る私を、不思議そうに追い抜かしていく。

まだ私が違和感なくこのセーラー服を着ていた頃、大好きで憧れて仕方がなかった人がいた。誰よりも大人で、優しくて、少し悪い雰囲気なんかも格好よく思えちゃって、今考えるとバカバカしくなるくらい私はあの人に夢中だった。その人のちょっとした言葉や行動で一喜一憂し、よく銀兄達を困らせたりもして。――結局その想いを受け入れてもらえたことは、一度としてなかったけれども。
同じ服を着ているのに、あの頃の私と今の私は全く違う。今の私は、あの人の背中をみっともなく追いかけたりしないし、真っ正面からガムシャラに想いを伝える勇気も無い。
けれども、少しだけ、ほんの少しだけ、とうに過ぎ去った青い春の恋心を思い出して胸が切なく疼くのは、久しぶりに着たセーラー服のせいよね、きっと。


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