朝起きると、隣に超ハイスペックな彼氏が寝ている、なんてことは無かった。


「つーことで、今日は交代で朝まで巡回すっから全員覚悟しておくように」
「へーい」
「土方さん、巡回って具体的にどういうルートなんですか?」
「今からそれを説明すんだよ。急かすんじゃねえよ、山崎」
「あはは、すみません。つい気になっちゃって。それと······もうひとつ気になることがあるんですけど」
「なんだ?」
「······名前ちゃん、何かあったんですか?」
「私の恋人は仕事私の恋人は仕事私の恋人は仕事」
「······ほっとけ。頭の病気だ、多分」
「あの様子じゃ昨日の合コンは空振りだったようですねィ」
「私の恋人は仕事私の恋人は······あれ? 何か言いました?」

おっと、いけない。自分は恋人など欲しない人間なのだと言い聞かせるのに夢中になって、土方さんの話を聞いていなかった。気づいたら、なんだか皆微妙な顔で私を見ている。なんだか哀れむような、同情するような顔で。なんで?
ポンと山崎が慰めるように私の肩に手を置いた。なぜだかムカついたので手で払っておいた。

「名前、てめェ仕事中だぞ。しっかりしろ」
「ちゃんと話聞いてましたって。今日は徹夜で巡回するんでしょ? オッケーオッケー、ガンガン仕事私に回して下さい。もう私には仕事しかないんだから······」
「じゃあ巡回ルート張り出すぞ。頭に叩きこんどけ」
「無視? あれ、無視ですか土方さん」

昨晩の合コン失敗の傷に塩を擦り込むような仕打ち。相変わらず私の上司は鬼のようです。
鬼のような土方さんの口から、今日の巡回について説明される。未だに捕まらない「女子高生連続殺人」の犯人。手がかりを掴む為にも、今日は第七班総出で街中をくまなく見張るのだ。
え? そんなに警察がウロウロしてたら犯人も出てこないだろうって? いーの、いーの。犯人を抑止できるならそれでオッケー。次の犠牲者を生まないことが第一なんだから。


――女子高生連続殺人事件。現在、世間で一番注目を集めている事件だ。
最初の被害者は都内の進学校に通う一年生の女の子だった。娘が塾から中々帰ってこないという両親からの通報があったのは夜の23時。塾側は娘さんはとうに帰宅したという。
周辺を捜索後、塾からすぐ近くの橋の下で遺体を発見。死因は溺死だった。貴重品は全て無事、乱暴された形跡もないことから、犯人は身近な人物ではないかという線で捜査が始まる。
しかしそのたった二日後、次の犠牲者が見つかる。

次の被害者は、都内から何十キロも離れた山奥で見つかった。山菜取りに出かけた老夫婦が遺体を発見。遺体の損傷が激しく身元の確認が遅れたが、数ヶ月前から行方知らずになっていた都内に済む高校三年生の女子生徒であることが判明。
死亡日時から逆算すると、最初の被害者より随分と前に殺されていたことが分かった。死因は絞殺。

次の被害者が出たのは、二つ目の遺体が発見されてから三ヶ月も後のことだった。報道を受け、しばらく犯人が身を隠していた可能性が高い。
深夜近く、都内の公園にて女の子がベンチに横になったまま動かないという通報有り。救急隊員が駆けつけた頃、すでに女の子は絶命していた。死因は刃物による刺殺。身体には数十カ所もの刺し傷があった。

遺体発見場所も様々、手口もバラバラなこの事件がなぜ同一犯によるものと判明したかというと、被害者は全員、生前長く綺麗に伸ばしていた髪を短く刈り取られていたからだ。殺人者の中には、自分の犯行であることを印す為に遺体の一部にメッセージを残す場合がある。被害者の髪が短く刈られていたのも、そのひとつであると現在考えられている。
しかし現場の範囲が広く、殺害方法も統一されていないことから、しばらくの間は同一犯の犯行である可能性は低いとされていた。三人目の犠牲者が出てようやく、警視庁のお偉いさん方は重い腰を上げたのだ。
土方さんが苦々しく舌打ちを打つ。

「最初から俺たちに任せときゃよかったのに。事件の関連性の発見が自分たちのミスで遅れたと気づいた瞬間丸投げにしやがって」

もし、もしの話だけれども。警察側が早い段階で同一犯の犯行であると気づいていたら、三人目の犠牲者は出なかったかもしれない。そう思うと、悔やんでも悔やみきれない。一度失った命は、もう二度と戻ることはないのだから。
次の犠牲者を出さない為に、いち早い犯人の逮捕が求められる。それが私たち、捜査一課の使命なのだ。



「あ、総悟くん。こっちの洞窟に道があるよ。行ってみようよ」
「おい、名前。やたらめったら掘るんじゃねえやい。水道にぶちあたったら面倒だぜィ」
「······おい」
「わわ! 水落ちてきたヤバイヤバイ!」
「ほら、言わんこっちゃねえ」
「······おい、聞いてんのか」
「あー死んじゃったー。どうしよう、アイテムまで流されちゃったかな」
「しょうがねえなァ。少し分けてやっからまた金探しに行くぞ」
「······ねえ、君たちさっきから何してんの」
「「マ○クラ」」
「仕事はァァァァァ!?」

土方さんの怒号がオフィスに響きわたる。あ、スゴい。ブラインドまでビリビリ行ってる。大声選手権出れるんじゃないですか、土方さん。

「なんなんだよ、さっきまで"それが私たち、捜査一課の使命なのだ"とか言ってリシアスに決めてたクセになに遊んでんだよお前らはァ!」
「人の独白読まないで下さいよ」
「だいたい俺たち今待機なんだから特にすることねェじゃないですか。あ、もしかして仲間に入れて欲しいんですか土方さん。一緒に洞窟探検に行ったり、マイホーム建てたりしたいんですか土方さん」
「なんだ、それならそうと早く言ってくれればいいのに土方さん。一緒にネザーに行きます? 土方さん」
「······お前らといると頭が痛くなってくる」

そう言って土方さんは本当に頭を抱えてしまった。ドンマイ、土方さん。

「······名前てめェ、さっきまでガンガンに仕事やる気だったんじゃねェのかよ。色々とブレてんぞ。情緒不安定か」
「だってしょうがないじゃないですか。誰からも連絡来ないし」

現在オフィスにいるのは私、土方さん、総悟くんの三人だけだ。オフィスを空にしてしまうと、緊急の通報があったときに即座に対応出来ないので数人残ることになっている。今の時間は、私と土方さんのバディの番。
え? なんで総悟くんがここにいるかって?

「山崎に俺の分まで働いて来いって言ってあるから大丈夫でィ」

との事です。あれ、総悟くんと山崎ってどっちが先輩だったっけ。

「そういえば前から名前に聞きたかったんだけど」
「なに?」

総悟くんがふと思いついたように顔をあげる。近頃全く敬語を使われていないし、呼び捨てが定着しつつある気がするけど、注意するのも面倒になってきたので特別何も言わないでおく。

「お前彼氏が欲しいってずっと言ってるけど、ちゃっかり男と一緒に住んでるらしいじゃねェか」
「ああ······その話ね」

総悟くんが何を言いたいのか理解して頷く。同棲してるって言うと色々と勘ぐられるのよね。

「勘違いしないでよ。別にそういうんじゃないから」
「男と女が同じ屋根の下で暮らしてんだから何も無いわけないだろ」
「もーそうやって勘ぐられるのが嫌だから黙ってたのに。だいたい総悟くんも知ってる人だよ」
「俺が?」
「ほら、神楽ちゃん達の担任やってる高校教師。あの人私の兄貴なの」
「あの目の死んでる先生が?」

総悟くんが驚いたように目を見開く。
少し前、神楽ちゃんが夜の繁華街をプラプラしていた所を総悟くんに補導されたことがあるのだが(神楽ちゃんは中々家に帰ってこない半グレのお兄さんを探していたらしい)、その時に銀兄も署のほうに呼び出されたので二人は面識があるのだ。
ちなみに補導の際に総悟くんがいらぬちょっかいをかけたみたいで、あれ以来総悟くんと神楽ちゃんは犬猿の仲である。

「あの不良教師、まだクビになってねェのか」
「まあ、今の所は」

吐き捨てるように言った土方さんに、苦笑して返す。詳しいことは分からないけど、土方さんと銀兄は、私が土方さんの下で働き始める前から知り合いらしく、これまた二人も犬猿の仲なのだ。世間は狭いね。

「兄貴って······」
「ん?」
「······いや、あんま似てねェなって思って。それに、」

珍しく総悟くんが歯切れ悪そうにする。ああ、なるほど。あのことか。

「名字が違うのは血が繋がってないから。同じ養護施設で育ったってだけで、血縁関係ではないのよ」

変にはぐらかして誤解されるのも嫌なので、先手を打って説明しておく。
私と銀兄は血の繋がりはないけれど、兄妹であると自称している。二人とも親がおらず、同じ場所で生活し育ったので、まあ嘘ではない。
施設にいられるのは高校を卒業するまで。高校卒業と同時に警察学校の寮に入隊した私は、配属先が決まった後も寮暮らしを続けていた。施設を出た後も時折連絡を取り合っていた銀兄と暮らし始めたのは、ここ数年のことだ。
きっかけは、私たちの恩師――松陽先生が亡くなったこと。

「ふうん······」

納得のいかない部分もあるのだろう。総悟くんは曖昧に頷く。けれどもこれ以上、無遠慮に踏み込んでは来ない。生意気な面が目立って仕方がないけれど、案外優しいのだ、この子は。

「総悟くんは寮暮らしだよね。出たいとか思わないの? 彼女と同棲したりとか」
「残念ながら連れ込めるような相手はいねェんでさァ」
「え、意外。総悟くん顔だけはいいのに、顔だけは。土方さんも······彼女いないんでしたっけ」
「残念なことにな」
「ここにいる全員フリーかあ······」

全員相手がいないにも関わらず、何かが始まりそうな気配は全くない。摩訶不思議ミラクルファンタジーオフィス。

「だいたい刑事なんて仕事してたら、恋愛なんてたるい事やってる暇ねェだろ」
「止めてくださいよ、そんな人権をまるっと無視した発言。刑事やってるのが空しくなります」
「そうでさァ、土方さん。だいたいウチの班はトップが仕事よりプライベート優先タイプじゃねェですか」
「まあ······そうだけどよ」

土方さんが少し困ったように深いため息をつく。我らが班長の"奇行"について、一番心配し一番頭を悩ませているのは土方さんなのだ。

「あ、電話」

急にデスクの電話が着信を告げる。外線1番。外からの通報だ。

「おい、名前出ろよ」
「電話取るのは新人の役目でしょ!?」

総悟くんは小さく舌打ちを打つと、渋々電話を取った。全くどんな新人教育受けてるんだ。······教育してるの私たちだけど。
電話に耳を当てながら、総悟くんがへえへえと気のない返事を返す。大した通報じゃなかったのかな? 総悟くんは受話器を置くと、眠たそうに欠伸をひとつこぼした。

「ああ、眠ィ。そろそろ日付越えそうですぜ。土方さん、交代で仮眠とりやしょうよ」
「そうだな······交代が来るまでちょっと寝とくか。じゃんけんするぞ」
「勝ったほうから仮眠ですか? 負けたほうから?」
「そんじゃ、勝った方から一抜けでいきやしょう」

三人で輪になって、総悟くんの「さーいしょーはぐー」のかけ声で全員グーを出す。

「あ、そう言えば」
「ん?」
「さっきの電話、東四丁目で女が襲われたって山崎からの連絡でさァ」
「「は?」」
「パー。お、やった俺の一人勝ち〜。ということでおやすみなさい、二人で現場に行ってせいぜいがんばってくだせェ」
「「お前も行くんだよ!!!」」

新人類世代ってこういうこと? 私と土方さんは総悟くんの襟首を掴むと、慌てて署を飛び出したのだった。


***


現場に着くと、ゴリラがメスゴリラを襲っていた。

「お妙さァァァァん!!! ご無事ですか······ぶへらっ!」
「あらイヤだ。こんな所に大きなゴリラが。動物園から逃げ出したのかしら」

訂正。現場に着くと、メスゴリラがゴリラをめった打ちにしてました。

「······ねえ、山崎。これどういう状況?」
「えーっと······簡潔に話すと、被害者は志村妙さん。勤務先から帰宅途中、背後から男に襲いかかられたと通報」
「近藤さんやらかしやしたね。これで前科一犯でさァ」
「懲戒免職は免れないかあ······」
「いやいやいや俺じゃない! 俺じゃないからね!!!」

お妙ちゃんにガンガン蹴られながら、近藤さんが涙目で私たちに訴えかける。けれども近藤さんを見る周りの目がとても冷え切っているので、私は日頃の行いの大切さをひしひしと感じるのであった。

近藤さんは私たちが所属する第七班の班長である。つまりは私たちのトップでありリーダー。そう、このゴリラによって私たち七班は統率されているのであるウホウホ。
と、まあ冗談はこれくらいにしておいて、一見ゴリラだけど実は近藤さん、とても優秀な人。まだ二十代なのに班長を任されるんだから相当なものだ。それに情に厚く、部下にもフランクに接することから人望もかなり厚い。鬼のように厳しい土方さんと、優しい近藤さん。この二人の絶妙なバランス加減によって、我らが七班はまとまっているのである。
ただひとつ、近藤さんにはちょっとして"奇行"がありまして。

「お妙さん! この近藤勲が来たからにはもう心配ありませんよ!貴女を無事家まで送り届ける所存です!」
「お前が一番信用できないんだよ」

近藤さんにボディーブロー一発。はい、お見事。
近藤さんの"奇行"――それは、その······少し情熱的というか······純情というか············ハイ、すみません。はぐらかすの止めます。少々ストーカー気質があるんです、私の上司は。
そしてそのストーカー行為の対象になっているのが、

「それにしても最近物騒だわ。ほら、例の女子高生連続殺人事件もまだ犯人捕まってないんでしょ? あら、アナタ達が事件の担当だったの。それは捕まらないはずだわ。だってストーカー上司の一人さえ刑務所に送れないんだから」
「······本当にすみません」

笑顔のまま毒を吐く女性――志村妙さんことお妙ちゃんが、近藤さんの想い人なのである。
お妙ちゃんはとある繁華街にある、女性がお酒を出す感じのお店で働いている。しかし水商売をしている女性特有の派手さはなく、その清純さ、見た目の可憐さに近藤さんは一目惚れしたというわけだ。しかも両親を早くに亡くし、まだ高校生の弟の面倒を一人で見ているというから驚きだ。外見だけでなく、内面も素晴らしい女性。近藤さんが夢中になる気持ちも分かる。······少々暴力的なのが玉に傷だけど。

「とにかく近藤さんは自首しましょうか。その方が罪は軽いから」
「あら、現行犯逮捕になるんじゃないかしら。罪なんて軽くしなくていいのよ。もう死刑でいいわよ、死刑で」
「お妙さん、そんな殺生な!」
「南アフリカに流刑の刑でもいいわね」

現在の日本にそのような刑罰はございません。
まあ起訴するかどうかはおいといて、とりあえずの体裁は保たなければと近藤さんに手錠をかけようとする。すると近藤さんは「俺じゃない! 俺じゃない!」と言って必死の抵抗を見せた。

「近藤さん、私だって近藤さんに手錠なんてかけたくないけど、さすがに言い逃れできませんよ」
「じゃなくて! 本当に俺じゃないんだって!」
「ええー······信用ならないなあ······」
「俺って名前ちゃんからの信用そんなに無いの!?」

信用? そりゃしてますとも。バナナの皮一枚分くらいなら。

「ほら、お妙さんもちゃんと説明して下さい!」
「後ろから急に抱きつかれたから、驚いて背負い投げ決めたら茂みからゴリラが飛び出してきたの」
「ホラ! 俺は犯人が投げ飛ばされてから飛び出してきたでしょ!?」
「近藤さん、それ自分がゴリラだって認めてまさァ」

詳しく話を聞くと、こういう訳だった。
勤務先から帰宅途中のお妙ちゃんは、人気の無い路地でいきなり男に背後から羽交い締めにされた。普段近藤さんからストーキング行為を受けているお妙ちゃんは、近藤さんが発情して抱きついてきのだと思い、男を勢いよく背負い投げし強かに地面へと打ち付けた。
するとびっくり、男は近藤さんでは無く別の男。驚きで唖然としていると、起きあがった男がお妙ちゃんに殴りにかかってきた。するとどこからともなく近藤さんが「お妙さん、大丈夫ですかァァァ!」と登場。近藤さんはお妙ちゃんを庇いながら犯人と対峙するが、いきなり現れた近藤さんに驚いた犯人はその場から逃走。追いかけようとしたが、お妙ちゃんを一人きりにするわけにも行かず、近くを巡察中の仲間に詳細を伝え、私たちが駆けつけるまで待機していたというわけだ。

「近藤さんのストーキング行為が役に立つ日がくるとは······」
「あら、普段私にとんでもない迷惑をかけているんですもの。それくらいして当然だわ」
「お妙ちゃんはブレないなあ······」

近藤さんが颯爽とお妙ちゃんを助けようと、日頃の行いのせいで近藤さんの株はあまり上がらなかったようだ。残念。

「近藤さん、犯人の特徴は?」
「身長170センチ代、中肉中背、20代から30代の男って感じだな。顔はマスクとサングラスのせいであまり見えなかった。黒いパーカーにジーンズ。暗い色のキャップを着用」
「典型的な犯人像って感じですね······」

近藤さんが特徴をあげたような男なんて、繁華街に出れば巨万といる。見つけるのは難しいかもしれない。

「一応今、原田達に捜索に当たらせてる」
「例の事件との関連性はありますかね?」
「どうだろうなあ······今までの被害者は全て制服を着た女子高生だったし、可能性は低いかもしれんな」
「そうですね······」

結局今日も進展はなし。犯人に怯えずに平和に暮らせる日は、いつ来るのだろうか。

「お妙ちゃん、今日は家まで送るよ。ゆっくり休んで。怖かったでしょ?」
「······じゃあ、お言葉に甘えてお願いしようかしら」
「お妙さん! 安心して下さい! 明日からこの近藤勲が全身全霊をかけて貴女をお守りしますから!」
「近藤さん、これ以上罪は重ねない方がいいですよ」

お妙ちゃんを送るといって聞かない近藤さんを、どうにかこうにか宥め山崎の運転するパトカーで志村家へと向かう。後部座席に私とお妙ちゃん、二人が座り他愛のない話に花を咲かせる。
今の所、お妙ちゃんはリラックスした様子を見せている。犯人に襲われた恐怖は感じていないようだ。けど――フラッシュバックというものは突然に起こるものだ。いくらお妙ちゃんが腕に覚えがあろうとも、男に襲われて恐怖を感じない女性はいない。
その恐怖が少しでも和らぐように、私は何でもない話を続ける。同性として、少しでも彼女達に寄り添えるように。それが女性刑事として、私にしか出来ない役目だと思っているから。
ふと、お妙ちゃんの鞄にぶら下がり揺れる物に目が止まった。

「お妙ちゃん、それってもしかして······」
「あら、これのこと?」

車の振動に合わせて揺れる、ふわふわのマスコットをお妙ちゃんが手にする。私が持っているものと全く同じ。恋が叶うとのジンクスがある、ハート型のチャームのついたクマのマスコットだ。

「今若い子達の間で流行ってるみたいね。お客さんに貰ったんだけど、そのお客さん、娘さんに頼まれて買いに行ったものの偽物だったみたいで、いらない! って娘さんに突っぱねられちゃったらしいのよ」
「偽物?」
「本家は品切れ状態が続いてるから、似せた物が出回ってるらしいわよ。ほら見て、鼻の形が四角いでしょ? 本物はもっと丸いんだって」

お妙ちゃんに見せて貰ったクマは、確かに鼻が四角い。私は自分のポケットから携帯電話を取り出すと、ぶら下げてあったクマの顔を凝視した。
鼻は、四角い。

「なあんだ。これ偽物だったんだ」
「あら、名前さんも? 偽物掴まされちゃったかしら」
「神楽ちゃんに貰ったものなんだけどね。そういえばあの子、怪しげな路地で買ったとか言ってたかも。どうりで効果がないわけだ······」
「あら、名前さん。意外とそういうの信じるタイプなんですね」

フフッとお妙ちゃんが柔らかく笑う。その屈託のない笑顔を見て、私の心も少しホッコリする。そのまま、今日あった事は忘れてしまえばいい。か弱い女性ばかりを狙う、下劣な犯人のことなんて、すっかりさっぱり記憶から消してしまえばいいのだ。

「いい仕事したじゃない」

こっそり、クマに向かって話しかけてみる。クマのマスコットは、つんと四角い鼻を上に向けたまま、当たり前だけど何も答えなかった。


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