<PM6:00>

私、名字名前は今現在重要なミッションを背負っている。
どれほど重要かというと、私の人生をかけた大仕事といっても過言ではないレベルのものだ。失敗は許されない。それ故、準備は十分すぎるくらい念入りに行った。計画も綿密に立ててある。後は、実行あるのみ。
鏡を見て最終チェックを行う。服装良し、髪型良し、メイク良し。少しの抜かりも無い。意を決して、私は女子更衣室のドアを引いた。

「おい、どこ行くんだよ」

三秒後、早々に土方さんに見つかった。なんで? なんでこの人このタイミングで帰ってくるの? おそるおそる振り向く。思った通り、土方さんが怪訝そうな顔で私を見ていた。

「······ひょっとしてもう帰るつもりじゃねーだろうな」
「そのつもりだったりして。えへへ······」

図星の言葉を、笑ってどうにか誤魔化す。

「············」
「············」

沈黙が痛い。お願い神様。今日だけは、今日だけはマジで勘弁して!

「馬鹿なこと言ってないで事務所戻れ。今日こそ絶対に犯人捕まえんぞ」
「そんな殺生なぁぁぁぁ!!!」

土方さんは私の腕を掴むと、問答無用で事務所に連れ戻そうとする。ちょっと待って、マジで勘弁して。大体おかしくない? もう定時過ぎてるんですけど。

「土方さん今日くらい勘弁してくださいよお! 最近張り込みやなんやらで私ロクに休みとってないんですから!」
「奇遇だな、俺もだ。数日家に帰ってねえ」
「開き直らないでください!」
「刑事に労働基準法が当てはまると思うなよ」
「うう······おかしい······こんなの絶対おかしいよ······。そもそも今まで何の手がかりも掴めなかった犯人を、今日中に捕まえられるわけないじゃないですか······」
「いつ何時情報が入るか分かんねえだろ。そういや名前、お前昼間の聞き込み調査どうだったんだよ。手がかり掴むまで帰ってくんなつったよな」
「············」
「残業決定だな」
「そんなぁぁぁぁぁ!!! 私今日絶対に外せない大事な用事があるんですぅぅぅぅ!!!」
「大事な用事? なんだよ、それ」

聞かれて思わず口ごもる。そう、私名字名前は今日どうしても達成しなければならないミッションを背負っている。それは、

「PM7:00。駅前の魚侍にてさっちゃん、ツッキーと合コン」
「ひっ······!」

なぜ。なぜ、それを知っている。慌てて声の方向を振り向くと、総悟くんが壁にもたれて立っていた。見覚えのある手帳を開いて、目を通している。

「わ、私の手帳······!」
「机の上に開きっぱなしだったぜ」
「だ、だからって音読しないでよ! プライバシーの侵害!」

土方さんの手をふりほどき、慌てて総悟くんの元へと走る。手帳を奪い返そうとするが、総悟くんはひょいと頭の上に私の手帳を掲げてしまう。ジャンプしてみるが全然届かない。くっ······コイツおちょくってやがる······!

「合コン······?」

背後から土方さんの低い声がして、思わずぎくりと肩が跳ねた。戦々恐々としながらゆーっくり振り返る。土方さんは呆れを通して、どこか可哀想なものを見るかのような視線を、私に向けていた。

「名前お前······いい加減諦めろ」
「諦めろ!? なにを!? 婚期を!?」
「諦めて仕事に全力を尽くせ。色々と楽になるぞ」
「嫌ですよ! 私だって若い女なんだからもっと人生にトキメキが欲しいんです!」
「合コンねェ······だからそんな格好してんだな」

総悟くんが、私のことを頭の天辺からつま先まで観察するように眺める。土方さんも総悟くんにつられてか、同様にする。気まずい。あまりジロジロ見ないで欲しい。
そう、私の今の服装はいつものスーツスタイルではない。合コンという戦に向けて、戦闘服に身を包んでいるのだ。題して、清楚系女子アナ風コーデ。上品な丸首のブラウスに、ふんわりとした膝丈スタート。髪の毛は緩く巻き、メイクもケバすぎず控えめに。けれども隠す所はしっかりと隠す。女子更衣室に籠もって20分。丸の内のオフィス街に多く生息していそうな量産型OLが完成した。

「45点だな」
「いや、いいとこ20点でさァ」
「それ何点満点中!?」

50点満点か? 100点満点だったらさすがに泣くぞ。
総悟くんから何とか手帳と取り返し、土方さんの文句を振り切り、なんとか私は警視庁を飛び出した。イジられまくって、HPは0に近い。

「近々寿退社してやるんだから今にみてろよ!」

そびえ立つ無慈悲なビルに叫ぶ。通行人がギョッとした顔で振り向いた。


***


<PM7:00>

「······ねえ、さっちゃん」
「なに?」
「今日の合コンは相手がハイスペック揃いだから期待していいって言ってたわよね」
「ええ、言ったわね」
「じゃあ······これは一体どういうことなのかな······?」

やっとの思いで会社を飛び出したどり着いた合コンという名の合戦会場。私はそこで、信じられないものを見た。

「いいか女共よく聞け。ここは絶対割り勘だからな。最初に言っとくけど俺金無いから。賭け麻雀で負けてすっからかんだから」
「銀時、お前また職員室で賭け麻雀などという教師らしかぬ行為を······! いいか、学校はお前の私物では無いのだ。もっと節度を持ってだな······」
「アッハッハ! そういうヅラもこの間調理室で勝手に蕎麦うって怒られちょったじゃろーが!」
「ちょ······うるっせえな。辰馬てめー声がでかすぎんだよ」
「なんじゃ? なんか言ったかきんとき?」
「銀時だっつーの! お前いつになったら俺の名前覚えんの!?」

······お分かり頂けただろうか。この、なんのトキメキも感じない男性メンバーのクズっぷりを。もう見ているだけで頭が痛くなるし、なんだか泣きたくなってくる。我慢できず、私はワッと顔を覆った。

「もうヤダー! すごく気合いいれて来たのに、全員昔からの腐れ縁ってどういうこと!? 銀兄は同じ施設で育ったから兄妹同然の存在だし、小太兄は銀兄の小学校からの同級生だから小さい頃よく遊んでもらってるし、辰兄は銀兄の高校の同級生だから何回も会ってるし······ってかさっちゃんとツッキー含めて私を除く全員同じ学校に勤めてるよね!? ねえさっちゃん、合コンって何か知ってる!? これじゃあ教師達の飲み会に私が参加したようなもんじゃん!?」
「男と女の合戦、それが合コン。合コンの"合"は合戦の"合"なのよ」
「合同コンパの略だから!!!」

アッハッハ! と豪快な笑い声が、私の嘆きをかき消す。相変わらず声が大きいな、辰兄は。

「いやあ、驚いた。おぼこかった名前もいつの間にか、男漁りに精を出す年齢になったとはのう! 時が経つのは早いもんじゃき!」
「あいにくお前が長年片思いをしてきた挙げ句、アッサリ振られた相手である高杉は今日は来られなかったようでな! 残念だったな名前! 元気を出せ!」
「ヅラ、それ傷口に塩塗ってるようなもんだから」

なにこれ? 公開処刑かな? 男性陣は私の存在なんてお構いなしに、次々と私の恥ずかしい過去を暴露し始める。全員昔から、特に銀兄なんて物心ついた時からずっと一緒にいるからネタは尽きないのだろう。おい、お前ら私の恥ずかしい過去をツマミに酒を飲むんじゃない。晋兄にフラれたなんて、何年前のことだと思ってんの!?
ちなみに、女性陣営側のさっちゃんとツッキーはというと、

「銀さああああん! このあと私と一緒に教育界の未来について語り合わない!? お向かいのお城みたいな施設の中で!」
「痴女は黙らんし」

············お分かり頂けただろうか。相変わらず、二人ともマイペースだ。異常なほどに銀兄に対して執着をみせるさっちゃんに、クールにそれを止めるツッキー。二人とも銀兄と同じ高校で教師をしている(ツッキーは養護教諭だけど)。
銀兄の紹介で私たちは出会った。独身、結婚適齢期、働く女等々、多くの共通点を持つ私たちはすぐ意気投合した。たまに三人で飲み歩いては(ツッキーは酒癖が悪すぎるのでアルコール禁止だけど)、仕事のグチを言い合ったり、合コンしたり(ちなみに本気なのは私だけ)と、女三人仲良くツルんでいる。
今日の合コンも、さっちゃんがセッティングしてくれたものだった。それが間違いだった。そうですよね。ストーカーばりに銀兄を追っているさっちゃんが、銀兄以外の男を連れてくるはずがないですもんね。期待した私が馬鹿でした。

「日本の教育界の未来も、私の未来もお先真っ暗だわ······」
「教師も所詮人間だということさ。名前、お前は······そろそろ諦めたらどうだ? 仕事に心血を注ぐ女性も魅力的だぞ?」
「土方さんと同じこと言わないでよ、ヅラ兄」
「ヅラ兄じゃない! 小太兄だ!」
「そういえば名前、お主こんな所に来て大丈夫なのか? 例の事件まだ解決してないのだろう?」

労るように、ツッキーがビールを注いでくれる。ありがとう。でもごめん、今は仕事のことは考えたく無かった。私は半ばヤケクソ気味で、グラスに入ったビールを一気に飲み干した。

「いーのいーの。最近働き詰めだったから、たまにはリフレッシュしないと。あ、でも生徒さん達には気をつけるように言っといてよ? まだ犯人捕まってないんだし。今日も繁華街で変な男が女子高生追い回してるって通報があったし」
「ああ、分かっておる。早めの下校を促したり、わっちらもそれ相応の対応はしているさ」
「つってもなあ······あのガキ共、俺たち教師がどんだけ口酸っぱくして真っ直ぐ帰れっつても聞きゃしねーんだよ」
「今日も昼間、繁華街で銀兄の生徒さん見たよ。神楽ちゃんとそよちゃん」
「アイツら······昼から姿が見えないと思ったら······」

銀兄が不機嫌そうに眉を寄せる。小太兄が慰めるように、銀兄の肩をポンと叩いた。

「銀時、安心しろ。最近俺は、空き時間に繁華街の見回りをしているんだ。リーダーと姫様を見かけることがあったら、すぐさま学校に連れ戻そう」
「ヅラ、お前そんな仕事までしてんの? 暇なの?」
「そうか、ヅラは体育教師じゃき。授業の空きが多いんじゃな」
「今まで空いた時間は、趣味の料理為に使っていたんだが······勝手に調理室を使うなと怒られたものでな。今は時間を持て余しているんだ」
「つまり暇なんじゃねーか」

同じ教師という職業でも、色々と違いがあるらしい。やる気がある方とはいえないが、銀兄は部活やら授業の準備やらで結構忙しくしているので(職員室では麻雀ばっかしてるみたいだけど)、小太兄の夜回り先生的な行動には少し驚く。刑事にも色々いるように、教師にも色んなタイプがいるようだ。

「でも小太兄スゴいね。生徒さんのこと考えて見回りまでしてるなんて」
「うむ。最終的に体験談を元にエッセイを出し、情熱○陸で密着取材を受けるのが目標だ」
「めちゃくちゃ動機が不純だったわ······」
「セブン○ールでも構わんぞ」
「ヅラ、見回りちゅうても実際はどんなことをしゆーのか?」

辰兄の質問に、小太兄は姿勢を正すとかしこまってゴホンと咳払いをひとつ落とす。

「えーまずはだな、少年少女が非行に走る原因として······」
「そがな前置きはいらんき」
「······具体的に言うと、昼間から制服姿で街をウロツいている生徒達に、片っ端から声をかけている。ここで何をしているんだ? 学校はどうしたんだ? と」
「片っ端? 自分の学校以外の生徒さんにも?」
「ああ、そうだ。教師たるもの、自分の教え子だけを見ていれば良いというものではないからな」

小太兄は頭のネジが少し飛んでいる所があるが、基本的に真面目だ。動機が不純とはいえ、中々ここまで出来る人はいないだろう。熱心な仕事ぶりに感心してしまう。

「小太兄は偉いなあ······。私少し見直しちゃった」
「フフン、そうであろう。名前、もっと見直しまくって俺のことをお兄ちゃんと呼んでくれても構わないのだぞ?」
「それは勘弁して」
「でも思春期の子供なんて素直に言うことを聞くヤツばっかりじゃないきに。苦労するんやないんか?」
「まあ······一筋縄ではいかないな。今日も変質者と間違われて通報されそうになってしまった」

ドッと笑いが広がる。真面目に仕事していただけなのに、変質者と間違われて通報されただなんて。可哀想だが、その時の小太兄の姿を想像すると少し笑えてきてしまう。
まあ確かにやたらめったら若い子に声かけまくってたら、変な人だと思われて通報されちゃうよね。······ん? 通報? まさか。
同じことを思ったらしい。テーブルの向かいに座る銀兄と目があった。

「······名前、お前今手錠持ってる?」
「えーっと、午後7時26分、桂小太郎容疑者、青少年保護育成条例違反の疑いにより逮捕」
「え······? おい、名前何をするんだ? なぜ俺は手錠をかけられてるんだ? おい名前? 名前!?」

繁華街に出没する不審者の謎が解けた。明日土方さんに報告しようっと。



<PM10:30>

深夜が近いせいか住宅街は静かだった。街灯の人工的な明かりを頼りに私は歩く。足取りは重い。精神的に、といより物理的に、だ。具体的に言うと、ぐでんぐでんに酔っぱらった銀兄を肩に担いでいるせいだったりする。

「もー重いなあ······。銀兄いい加減一人で歩いてよ」
「あークソ気持ち悪い······。決めた。決めたぞ、名前。俺ァ今度こそ酒止める」
「それ今朝も言ってたけど」

大して強くもないくせに、周りに煽られるがままに飲むから痛い目を見るのだ。これだけ学習しない人間も珍しい。我が兄貴分ながら呆れる。このまま道ばたに置いていってやろうか、という考えも浮かばなくはないが、さすがにそれは可哀想なので止めておこう。朝になって銀兄が冷たくなってたら、いくらなんでも後味が悪すぎる。あーあ、こりゃあ明日の朝も銀兄を起こすのに一苦労するだろうなあ。
日付が変わるまで、残り1時間と30分。今日も一日が終わろうとしている。朝起きて銀兄のお世話をして、仕事に行って上司に怒鳴られ後輩にナメられ、そして時たま気分転換も兼ねて飲みに行く。私の毎日は大体こんな感じ。たまーにトキメキを求めて合コンなんかに行ってみるものの、ほとんど空振りだ。
毎日同じことの繰り返し。代わり映えのない平凡な日常。

「あーあ······私って一生幸せになれないのかなあ······」

閑静な住宅街に、虚しい言葉が響く。神様でもクマ様でもなんでもいいから、どうか、どうか私に結婚という名の幸せを与えてください。夜空に煌めく一等星に向かって祈る。
お昼に神楽ちゃんから貰ったばかりのクマのマスコットは、私の鞄の底で眠ったまま、何も答えてくれやしない。


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