<AM10:00>

「はあ〜」

私の口から盛大なため息が漏れた瞬間、時計の針がカチリと鳴った。現在午前10時。多くの社会人が仕事に精を出している時間だ。例に漏れず、私も現在デスクワーク中である。
いわゆる刑事という職種についている私たちは、現場に行って捜査して犯人を捕まえることだけが仕事ではない。現場に行ったら必ず報告をするし、捜査の過程は細かくメモしておかないといけないし、事件が解決したら必ず報告書を提出しなければならない。意外に思うかもしれないが、案外事務仕事も多いのだ。
基本、捜査はペアを組んで行う為、報告書はどちらか一名が作成すればいい。私のペアは、我らが七班副班長の土方さんだ。上司に報告書を書かせるわけにもいかず、面倒くさい雑務は基本、私が担当する。土方さんは優秀だ。勘の鋭さ、判断力の速さ、有無を言わせない押しの強さ。これらの能力から今まで様々な事件を解決してきている。そして土方さんが事件を解決すればするほど、私が書かなければならない報告書は増えていくわけで。

「上司が優秀過ぎるのも考えもんだわ······」
「おい、名前!」
「ひゃ、ひゃい!」

いきなり土方さんに名前を呼ばれたので、思わず噛んでしまった。土方さんは自分のデスクに座っていた。座ったまま手を仰向けて人差し指を動かし、私を無言で呼びつける。命じられたまま私は席を立ち、土方さんのデスクへと向かう。

「どうしました、土方さん」
「例の事件について情報が入った」
「例の事件······女子高生連続殺人事件ですね」
「そうだ」

現在、私たち刑事部は総出をあげて追っている事件がある。都内で三人の女子高生の遺体が見つかったのだ。『女子高生連続殺人事件』と呼ばれるこの事件はニュースでも報道がなされ、世間で今一番注目されている事件でもある。

「繁華街で女子高生を追い回す不審な男が度々目撃されているらしい」
「防犯カメラの映像は?」
「山崎が解析中だ」
「了解しました。すぐに現場に向かって聞き込みしましょう」
「それなんだが······」

土方さんが難しい顔で言葉を濁す。情報が入ってすぐに動かないなんて珍しい。近藤班長と同じく、会議より現場が好きなタイプなのに。

「俺は上に呼ばれてんだ。中々事件が解決しないもんで上が痺れを切らしている。どうにか説得しなくちゃならねえ」
「近藤さんはそういうの苦手ですもんね······。分かりました。私ひとりで行ってきます」
「いや、それはダメだ。犯人が街をうろついている可能性もある。手の空いてそうな奴連れて行け」
「手の空いてそうな奴って言われても······」

部屋の中をぐるりと見渡す。聞き込みやら現場検証やらで、午前中はほとんど人が出払ってしまっている。残っているのは············。

「誰もいませんね」
「いや、いるだろ」
「みんな出てます。しょうがない、解析室にこもってる山崎でも連れていきます」
「いや、アイツ仕事中だから。つーかいるだろ、暇そうなヤツ。窓際の席で爆睡こいてる馬鹿が」
「知りません見せません分かりません。土方さん普通の人には見えないものでも見えてるんじゃないですか?」
「こんな昼間っから幽霊が出るかよ。おい、総悟!」
「あああああ土方さん待った! 起こしちゃダメ! ドSが! ドSの魔神が目覚めてしまう!」
「仕事中に寝てるヤツ起こして何が悪いんだよ」

私の忠告を無視して、土方さんはくしゃくしゃに丸めた紙を、あたたかい日光に当たりながらスヤスヤと上下する栗色の頭に向かって投げつけた。

「う」

机に伏せていた顔がゆっくりとあげられる。人をおちょくったような、目の部分に目玉のイラストが描かれたアイマスクが姿を見せる。みんなが忙しそうにしている中、ひとり爆睡こいてた馬鹿──もとい総悟くんは、アイマスクをズリ下げると、大きな欠伸をひとつこぼした。

「なんでィ、母ちゃん。まだ十時じゃねえか」
「俺はお前の母親でもないし、もう十時だ」
「土方さんは細かいなあ。朝の七時も十時も同じ午前中じゃねえですか。ということで十時は俺の中でまだ早朝なんでさァ、おやすみなさい」
「寝るんじゃねえ! やる気あんのかお前は!!!」

土方さんは怒鳴るとツカツカと総悟くんの席へと詰め寄る。そして今度は丸めた紙じゃなくて、拳骨を総悟くんの頭に振り下ろした。

「いってえ! これパワハラですぜ。訴えてやる」
「それなら俺はお前を職務怠慢で更迭してやるよ。仕事ナメるのも大概にしろ」
「俺がいつ仕事ナメたってんでさァ。俺がナメてるのは土方さんだけでィ」
「んだとコラァァァァ!!! 表出ろォォォォ!!!」
「ひ、土方さん落ち着いてください。えーっとえーっと、そうだ! 土方さん上に報告しに行かなきゃならないんですよね!? 早く行かないとさらに長官の機嫌が悪くなりますよ!」

今にも殴り合いが始まってしまいそうな雰囲気を慌てて止める。土方さんは短く舌打ちを打つと、掴んでいた総悟くんの胸ぐらを突き飛ばすように離した。

「······おい、名前」

土方さんが低い声で私を呼ぶ。

「この馬鹿連れて聞き込み行ってこい。手がかり掴むまで帰ってくんじゃねえぞ」

ああ、やっぱりこういう展開になるんですね。おそるおそる総悟くんの方を振り返る。総悟くんは新しいオモチャを見つけた子供のような、けれどもどこか邪悪さが感じられる顔で笑った。

「よろしく頼みまさァ。名前せ・ん・ぱ・い」

先輩なんて思ってないくせに。沖田総悟くん──警視庁刑事部捜査一課七班に配属された新米刑事。私はこの新人くんが入ってから、彼の指導について頭を悩ませ続けている。


***


<AM11:30>

「······ねえ、総悟くん」
「へい」
「私たち、聞き込み調査中なんだよね」
「そうですね」
「じゃあ······なんで今デザートバイキングに来てるわけ?」
「俺が来たかったから。丁度昼時だし」
「いやいやいやおかしいでしょぉぉぉ!?」

女子高生連続殺人事件の有力情報があると聞いて、都内の繁華街に調査にやってきた私たち。今現在、若い子の人気のデザートバイキングでご飯を食べてます。
若い子向けのお店らしく、内装はポップで鮮やかに彩られている。私と総悟くんが向かい合わせに座る椅子と机も、フルーツの形を模している。スーツ姿で店内にいる私たちは、どこか浮いた存在だ。

「いや、分かってたよ? 分かってたけど、なんでこう毎回毎回総悟くんと調査に来ると脱線するのかな。仕事サボって食べ放題のお店に来てるなんて、土方さんにバレたら大変なことになる。怒鳴られて殴られて事務所に吊されそう」
「バレなきゃいいんでィ。バレなきゃ」

そう言いながら、総悟くんは優雅にカレーを頬張る。このお店、デザートだけじゃなくご飯メニューも豊富なのだ。
まだまだ若い総悟くんは(って言っても私もまだ二十代だけど)食欲旺盛らしく、取ってきたおかずやデザートを絶え間なく胃の中に吸収していく。ハムスターのように頬袋を膨らませながら、食べ物を咀嚼する総悟くんの顔はあどけなくてなんだか可愛い。母性にも似た感情がわき上がってくる。でもね、毎回毎回破天荒な彼に付き合うのは、結構大変なんです。

「あのさあ······総悟くんって本当に採用試験トップの成績で合格したの?」
「もちろんでさァ。じゃねえといきなり刑事部に配属なんてされねえでしょう」
「確かに異例の配属だから、余程優秀な人間が入ってくるに違いないって部内では騒がれてたけど······」

総悟くんが刑事部に配属されたことは、ちょっとした事件だった。入社して数年にも満たない新人が、警察庁の第一線でもある捜査一課に配属されることはまず無いからだ。特例があるとすれば、大きな手柄を挙げたとか、大きなコネがあるとか························ちょっと待って、総悟くんって確か近藤さんや土方さんの昔からの知り合いだったような。

「ま、叩き上げの名前からしたら、エリートの俺の立場なんて分かんないかもしれねえけど」
「叩き上げゆーな! てか名前"さん"! 敬語も使う! 私の方が先輩なんだからね!?」
「へいへい」

聞いているのか聞いていないのか、いや、この生返事は絶対に聞いてないな。目の間で美味しそうにタルトを食べる後輩を見て、思わず盛大なため息が漏れた。
警察官になる道は、大きく分けて二通りある。高校を出て採用試験を受けると、大学を出て採用試験を受けるか、だ。中には専門学校や短大を出て警察官になる道を選ぶ人もいるが、給料や待遇面、昇進試験を受けられる年数等を考えると、やはり高卒か大卒かの違いはかなり大きい。
総悟くんは大学を卒業してから採用試験を受けた"大卒組"だ。警察官になるための試験は"警視庁"と"各都道府県の県警"の2パターンがあり、警視庁に採用された警察官は一般的にキャリア組と呼ばれる。出世も早く、将来警察組織を動かす立場の人間へとなるべくして採用された人間。いわゆるエリートというやつだ。
え、私? 私は高校卒業して採用試験を受けた"高卒組"。長い下積みを経て、昇進試験を受け、やっとこさ刑事部へと配属された身だ。それでも同じ年代の中では出世の早いほうらしく、同期からはよく叩き上げの星だと言われる。けれども総悟くんみたいなエリート様と比べると、どこか泥臭さが拭えない感じがするもので。部内では珍しい"女"であるという点も相まって、私はこの年下の後輩くんから絶賛ナメられまくりなのである。

「なんだヨ、名前。完全に童顔チビドSチワワにナメられてるアルな」

まるで心の中を読まれたかのような言葉に心臓が跳ねる。驚いて声がした方を向くと、

「神楽ちゃん! それにそよちゃんも!」

可愛らしい女の子が二人いた。二人は私たちが座る席のすぐ隣に、学生鞄を置いた。ちょうど席に案内された所だったのだろう。白いセーラー服が眩しい。

「あれ······今日って平日だよね? 二人とも学校は?」
「サボりアル。こんな天気の良い日に大人しく授業なんて聞いてられないネ」
「サボるにしてもケーキバイキングに来るなんて、堂々としすぎじゃない······?」

大人として注意すべき場面なのだろうが、神楽ちゃんの開き直り方が潔いのでつい言葉が出てこなかった。学校を昼間からサボっても悪びれた様子が見られないのは、文化の違いなのだろうか。
神楽ちゃんはこの近くにある高校に通う中国からの留学生だ。日本では珍しい赤い髪を、頭の横でお団子にしている。可愛らしい見た目に反して、毒舌がすごい。
向かいの席で可憐に微笑むのは、そよちゃん。綺麗な黒髪を腰まで伸ばし、もみあげを姫カットにしているお淑やかな女の子。雰囲気からしてお嬢様感が漂っている。そう、彼女実は、

「おいチャイナ、総理大臣の大事な妹君を不良の道へ唆すんじゃねーやい」

総悟くんがカレーを食べていたスプーンで、神楽ちゃんの指差す。総悟くんと神楽ちゃん、この二人は馬が合わないのか犬猿の中なのだ。
そして先ほどの総悟くんの台詞の通り、そよちゃんは我が日本の現総理大臣の妹君であります。

「学校サボってケーキバイキングに行くなんて贅沢JKの内にしか味わえないことネ。多少ルールをはみ出しても、その時にしか出来ないことをするのもまた勉強······って銀ちゃんが言ってたヨ」
「銀兄······生徒になに教えてんのよ······」

そして神楽ちゃんとそよちゃんの二人は、私の兄貴分であり高校教師をいている男、坂田銀時の教え子でもある。銀兄を通して、私はこの女子高生二人と知り合ったのだ。

「ま、とうに青春過ぎたジジイには分かんないかもしれないアルな」
「なんだと? 誰がおばさんだって? 名前、悪口言われてんぞ」
「いや悪口言ってるの総悟くんね」

とんだトバッチリである。この二人顔を合わせるといつもこうだ。てか女子高生相手にムキになる総悟くんも、社会人としてどうなのよ。
通路を挟んでバチバチとにらみ合う神楽ちゃんと総悟くんを、どう静めるべきか頭を悩ませる。するとふと、神楽ちゃんとそよちゃんの学生鞄につけられた、お揃いの小さなマスコットが目に入った。

「二人ともそれって」
「ん?」

私が指差すと、二人ともマスコットに目を移す。そして合点がいったように、ああと頷いた。
ハート型のチャームがついたクマのマスコットは、今若い女の子の間で馬鹿売れしている商品らしい。見た目の可愛らしさも人気の理由のひとつであるが、それよりももっと大きな理由がある。このマスコットを身につけていると、"恋が叶う"という噂があるのだ。なんの根拠もない眉唾物の噂だが、有名な芸能人が自身のSNSで紹介した為、人気に火がついたらしい。

「どのお店も品切れで全然手に入らないって聞いたけど、二人ともどこで買ったの?」
「ここに来る前、路地でお店を開いてた怪しげなおじさんから買ったんです〜」
「え······それ大丈夫なの?」

マスコットを手にしてニコニコと笑うそよちゃんを見て、思わず心配になってしまう。お嬢様として育てられたそよちゃんは、どこか浮き世離れしているのだ。

「怪しげなおじさんって······そんな人から買っちゃダメじゃない。危ないよ」
「君たちは可愛いから特別だ〜って言ってたアル」
「悪い大人はそうやって都合の良い言葉で子供を騙すのよ。そのマスコット転売商品だったり偽物だったりしない? ちょっとお姉さんに見せてみて」
「仕方ないアルなあ······」

神楽ちゃんは渋々といった様子で、鞄からマスコットを外した。そして私の差し出した手のひらにマスコットを乗せると、ぎゅっと握らせる。

「これは名前にあげるアル」
「え?」
「名前、これ欲しかったんでショ? 私たちには良い男と出会うチャンスがまだまだたくさんあるけれど、名前は婚期ギリギリアルもんな。こういうまじない的な何かに縋りたくなる気持ちもよく分かるネ」
「え······別に私······」
「なんでィ、名前。欲しかったんなら最初からそう言えよ。女子高生に気使わせるなんて、情けなさすぎんぞ」
「ま、本当に彼氏ができるかは名前次第アルけどな」
「名前さん頑張ってください! きっと名前さんなら素敵な人と巡り会えますよ!」
「でも今の今まで巡り会えてこなかったんだから、きっとどこか問題があるに違いないネ」

······とんだ、トバッチリである。ダメよ、名前。泣いちゃダメ。こんな若い子達の前で冷静さを欠いたら、大人としての威厳が地に落ちてしまう。これだけナメられてるってことは、もはや威厳なんて無いに等しいのかもしれないけど。

「あ、ありがとう······」

顔をひきつらせながら、一言返すのがやっとだった。


***


<PM2:00>

「はあ〜」

本日二回目の盛大なため息を、自分のデスクで吐き出す。
結論から言えば、聞き込み調査は失敗に終わった。神楽ちゃんたちと別れ、デザートバイキングの店を出た私と総悟くんは、気を取り直して二人で捜査に励むはず、だった。うん、少なくとも私はその予定だった。
ただ総悟くんの中では、その予定は無かったらしく、結局あの後、総悟くんはフラリと私の前から急に消えた。焦った私は捜査よりも総悟くんを探すことを優先した。けれどもクソ生意気な後輩は見つからないどころか連絡も取ることができず(絶対にどこかでサボってるに違いない)、私はおめおめと事務所に戻ってきたのである。唯一の救いは、土方さんがまだ戻ってきていなかったことだろう。相当上に絞られているらしい。

「あはは、おつかれみたいだね、名前ちゃん」

鬱々とした顔で机に突っ伏していたら、コトリとデスクに何かが置かれた。顔をあげると、同僚の山崎がいた。私のデスクのお隣さん。相変わらず特徴の無い地味な顔をしている。机の上に置かれたのは、入れ立てのコーヒーだった。疲れ切った私を見て、山崎が持ってきてくれたらしい。
軽くお礼を言って、カップに口をつける。香ばしい匂いが鼻を擽る。少し落ち着いた気分になった。

「調査はどうだった? なんか成果あった?」
「全然ダメ。調査所か総悟くんのお守りで手一杯って感じ」
「うーん······沖田さんかあ······。優秀な人材だとは思うんだけどね······」
「能力は高いのかもしれないけど、やる気が全然無いのよ。もう何しに仕事来てんのって感じ。そのくせ顔はイケメンだし、吉沢亮だし」
「······途中からなんか褒めてない?」
「あーあ、土方さんが帰ってきたら絶対に怒られるだろうなあ」
「今頃上に、事件が解決しないことについてネチネチ嫌み言われてるだろうしね。帰ってきたら相当荒れてると思うよ」
「だよねー······」

戻ってきた土方さんに怒鳴られることを思うと、陰鬱な気分がさらに重くなる。土方さんは刑事部の鬼と呼ばれているほど、仕事に厳しいことで有名なのである。かく言う私も、刑事部に配属されてからどれほど怒られたことか。

「でも名前ちゃんはスゴいよ。土方さんと組んでもう2年だっけ? 最短3日でリタイアした新人もいるくらいだから、長く続いている方だと思うよ」
「私も何回辞めようと思ったことか。パワハラで訴えられなかったことを感謝して欲しいわよ、マジで」
「いやー······でも厳しく指導するのはさ、きっと名前ちゃんに期待してるからだと思うよ。ほら、土方さんも同じ高卒組だし。色々と思うところがあるんじゃない?」
「そうかなあ······」

期待されている、と言われると素直に嬉しい。嬉しいけれども、警察官になって数年。年齢的なことも考慮して、私は今人生の岐路に立たされている。

「ねえ、山崎」
「ん?」
「実はさ、私警官辞めようかなーって思ってるんだよね」
「え!? なんで!?」

山崎が心底驚いたように目を剥く。なんでって言われたら、そりゃあ······。

「出会いがないから」
「······そんな理由で?」
「あのねえ! 女からしたら死活問題なのよ!? 私この仕事続けている限り、絶対に結婚できない気がする。労基ガン無視レベルで休みはないし、同僚は強面のオッサンばっかだし、上司はパワハラ寸前だし、やっと入ってきたイケメンの後輩はクソ生意気だし······ああああもうダメだ。絶望的な未来の予感しかしない」

幼い頃の憧れを抱き続けて就いた仕事だったけど、理想と現実のギャップが大きかった。もちろん楽しさを全く感じないというわけではないけれど、正直私は今"警察官"という仕事を選んだことについて少し後悔している。もし別の仕事を選んでいたのならば、同世代の他の女子のように素敵な男性に巡り会い、今頃幸せな家庭を築けていたのではないだろうか、と。

「名前ちゃん、そんなに悲観しなくても······」
「悲観してくもなるわよ。今日だって女子高生にまで彼氏がいないことを心配されたのよ!? やめて! もう私のライフはゼロよ!」
「······出会いが全くないってことは無いんじゃない?」
「え?」
「た、例えばさ、少し地味だけど優しくて気が利く隣の席の同僚とか······」

あ、そうだ。

「じ、実はさ! 知り合いから映画のチケット貰ったんだけど、もしよかったら今度の休みに······」
「忘れてた。出張報告書出さなきゃいけなかったんだ」
「え?」
「ごめん山崎、私ちょっと総務部行ってくる。話はまた後で聞くから」
「え······ちょ······」

危ない危ない、総務の神山くん結構ネチっこいんだよね。報告書を掴んで立ち上がる。ヒラヒラと山崎に手を振って、私は事務所を後にした。

「······今度の休みは金魚鉢の水の入れ替えでもしようかなあああ!!!」

背後から山崎のやけくそめいた絶叫が聞こえる。どうしたの、アイツ?


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