※年齢操作、色々と捏造あり。


幼い頃、小さな胸に抱いた未来への希望を、あなたは覚えてますか? 成りたかった職業や、憧れていた大人の姿、夢を、あなたは叶えられていますか?

確かまだ、小学校に上がる前だったかな。施設の仲間達と話をしたの。大人になったら何になりたいかって。その時、一緒になって話をしていた先生に尋ねられたをよく覚えてる。「名前の将来の夢はなんですか?」って。私は張り切って答えたの。「おまわりさんになりたい!」って。今思えば、前の日に銀兄とテレビで見た「実録! 警察24時!」の影響をモロに受けてたのよね。本当に子供って単純。
もし過去に戻れるのならば、私は幼き頃の自分にこう言ってやりたい。現実はそんなに甘くねーぞ、と。そしてテレビはドキュメンタリーなんかじゃなくて、流行のトレンディドラマなんかをみせるの。月曜9時にやってるような、苦難を乗り越え男女が結ばれる幸せなドラマを。
だってあの時、自分の将来の夢を聞かれた時、"警察官"なんかじゃなくて"お嫁さん"と答えられるような女の子だったら、私の人生もっと上手くいってんじゃないかって思うから。




<AM7:00>

いつものお決まりの、嫌になるくらい聞き慣れた電子音で目が覚めた。本能は睡眠の継続を訴えているのに意外と頭は冷静で、私の手は不快な音を鳴らし続ける電子機器を探り始める。手に当たる振動。捕まえた。枕の下に隠れていたスマホを取り出す。アラームを止めて、今にも閉じようとする両目で時間を確認する。──現在AM7時0分。

「やば······!」

眠たいなんて言ってらんない。一気に覚醒した。布団をはねのけベッドから飛び降りる。すぐさま洗面所に飛び込んで、顔を洗って歯を磨いて髪をとかす。途中通り抜けたリビングで、妙な臭いが鼻をついた。ああ、またか。うんざりする気持ちは置いて、とりあえず自分の部屋に戻る。
パジャマを脱いで、かけてあるスーツを身に纏う。グレーのスーツには埃ひとつ付いていない。昨晩、しっかり整えておいた自分を褒めてやりたい。薄くメイクをして、髪を適当に引っ詰める。朝の身支度はこれで終わり。充電器からスマホを引っこ抜き、時間を確認する。現在AM7時20分。うん、なかなかの最速記録。朝ご飯を食べる余裕くらいはありそう。
キッチンに向かい、戸棚の中から食パンの包みを取り出す。包装を破り、二枚トースターへと突っ込んでおく。出来上がりを待つ間、シンクに置いてあったコップを取り出し、軽く水を切って机に置く。ひとつには普通の牛乳。もうひとつには、甘ったるいいちご牛乳。二つのカップを持って、異臭を放つリビングへと足を踏み入れる。カーテンを引くと、攻撃的な朝日が一気に部屋の中へと差し込む。
案の定、ソファーの上で寝転がっている死体を発見。

「銀兄! いつまで寝てんの!」

死体の頭を軽く叩く。するともじゃもじゃの銀髪が、朝日に照らされ少し揺れた。あ、生きてる。

「んあ?」

まぬけな声とともに寝ぼけ眼が開かれた。ぼんやりした顔に鎮座する双眸は、まるで生気がない。まあ起きたばかりでパッチリ目の開いている人なんて、早々いないだろうけど。でも残念ながらこの人、朝も夜も関係なく普段から目に生気がないんです。
銀兄は生気のない目に腕を乗せると、あーだとかうーだとか苦しそうなうめき声を漏らす。眩しい朝日攻撃が、よく効いているのだろう。ワイシャツ姿に、下はトランクス。ソファーの下には、スラックスが脱ぎ捨てられてあった。昨晩ベロベロに酔っぱらって帰ってきて、そのままソファーにダイブコースだったらしい。一週間に二、三回はこんな状態だ。

「風邪引くからソファーで寝ないでっていつも言ってるでしょ。てか酒クサ······。昨日何時に帰ってきたの?」
「え······何時だっけ······? そもそも俺どうやって帰ってきたんだっけ······?」
「知らないわよ、そんなの」

ピンク色の液体が入ったほうのコップを、ずずいと銀兄に押しつける。銀兄は渋々身体を起こすと、ボサボサの頭のまま、どんよりした顔でコップを受け取った。

「あー頭痛え。決めた、俺ァ今度こそ酒止める」
「それ先週も言ってたけど」

自分のコップに口をつけながら、間髪入れずに突っ込んでやる。銀兄は頭を抱えるばかりで何も言わなかった。相当二日酔いがしんどいのだろう。いつまでたっても学習しないんだから。馬鹿だなあ。

「あーもう今日は無理。絶対に無理。俺学校休むわ。名前、電話しといて」
「社会人なんだから自分で何とかしなさいよ」

こんな人が高校教師なんだから、本当世の中も末だわ。
チンッとパンが焼けた合図。キッチンに戻り皿を二枚出す。一枚は私の、もう一枚は銀兄の分。二枚の皿を持ってリビングに戻る。

「名前、トーストにあんこのっけてくんね? 戸棚の一番上にあるやつ」
「残念、ここはセルフサービスでーす。自分でやってくさだーい」
「妹が冷たすぎて学校に行けない」
「ラノベのタイトルか」

だらしのない格好で立ち上がる銀兄をよそに、テレビの電源を入れる。チャンネルを押して朝のニュース番組に変える。アナウンサーが女子高生連続殺人事件について、原稿を読み上げていた。

「おい名前、優雅に朝飯なんて食ってていいのかよ。そろそろ出ねェとマズいんじゃねーの?」
「えっ、もうそんな時間!?」

テレビの左上を確認する。現在AM7時50分。やばい、銀兄とくだらない漫才をしすぎた。
口の中のトーストの欠片を、慌てて牛乳で流し込む。食器を流しの上に置いて、部屋の隅に置きっぱなしだった自分の鞄を掴む。

「じゃあ先に行くから。戸締まりよろしくね」
「あいよ」

パンプスを履きながら振り返ると、キッチンから銀兄が顔を出した。口にはトーストをくわえている。狭いマンションなので、キッチンと玄関の距離は近い。

「あと私今日も遅くなるから。夕ご飯もいらない」
「ふうん······」

銀兄は何か言いたげな顔で相づちを打った。仕事や知人との約束等で帰りが遅くなる時、一応互いに一言言っておく決まりになっている。別に特段珍しいことでもないのだけれど、何その顔は。

「······なに?」

若干気まずい思いで聞き返すと、銀兄は「別に?」といつもの間抜け顔に戻った。そして「いってらっさい」と気の抜けた声を出しながら、ヒラヒラを手を振ってくる。

「? 行ってきまーす」

考え過ぎ? まあ、いいや。ちょっと引っかかるような気もしたけど、時間が無いので気のせいという事にしてしまおう。
足を踏み出す度、カツカツとヒールがアスファルトを叩く音が鳴る。戸を開けて、閉める。
扉の横、「坂田銀時、名字名前」二人の名前が並ぶ表札が、朝日に反射して少し光る。
坂田銀時──私の同居人。ちなみに彼氏では、ない。血は繋がっていないけど、私のお兄ちゃん的存在なのです。


***


<AM8:20>

家から駅まで徒歩5分、電車に揺られ8分、下車して歩くこと5分。途中コンビニに寄ったとしても、片道20分という近さで私は自分の職場へたどり着くことが出来る。
今の課に配属されて1年、他の人より少し早く出勤することを私は心がけている。最初は新人ながらも少しでも役に立てるようにと、雑用を積極的にこなす為の早めの出勤だったが、いつのまにかすっかり習慣になってしまった。
暗がりの事務室は、人の気配が全くない。部屋に入り、まず始めにブラインドを開ける。目映い明かりが一気に差し込み、部屋の埃を反射させる。男所帯のせいか、私がいくら片づけても事務室は常に散らかってる。
棚からゴミ袋を取り出し、デスクの下に設置されているゴミ箱のゴミを回収していく。事務室には私たち平隊員の机が向かい合わせに二列、ズラリと並ぶ。隊員はひとりひとつずつ、自分のデスクが与えられるのだ。各々好きに使えるため、机周りは個性がでる。書類が山積みになっているもの、趣味のグッズを机周りに飾るもの、手の着けられない腐界の森のようになっているもの、様々だ。
そんな個性豊かなデスクが並ぶ部屋の一番前、中央に座するのは班長の机だ。班長の机はいつも片づいている。これは我らが班長がデスクワークを苦手とし、常に現場にいるような人間だからだ。そして班長の机の後ろには、もうひとつ部屋がある。ガラス張りで中の様子が見えるようになっている部屋は、いつもは会議室として使われている。ガラス越しに部屋を覗いてみると、人の足が見えた。
なるべく音を立てないように、部屋の扉をそっと開ける。会議用の椅子を数個並べて、その上に横たわる人間がひとり。またか。すうすう寝息を立てる男に近寄ると、私はその男の肩を揺らした。

「土方さーん、もう朝ですよ。もうすぐ始業ですよ」
「······ん」

くぐもった声を漏らしながら、鋭い双眸がぼんやりと開けられる。

「泊まるなら仮眠室使ってくださいって、いつも言ってるじゃないですか」

何回口にしたか分からない台詞を、今日も言う。土方さんは聞いているのか聞いていないのか、あーとかうーとか生返事を返しながら身体を起こした。

「······もう朝か」
「もうすぐ始業ですってば。みんなが来るまでに顔洗って着替えてきてくださいよ」
「あー······そうだな」
「コーヒーでいいですか? 用意しときますよ」
「ああ、頼む」
「あとパンとか食べるもの適当に買ってきましたから食べてください。朝ご飯食べないと頭働かないでしょ?」
「悪いな」
「あ、中にタバコも入ってるんで。マルボロのソフトで良かったですよね?」
「······なあ、名前」
「はい?」

名前を呼ばれ振り返る。土方さんが未だ目覚めきらない、それでも真剣な顔で私を見つめていた。

「なんでお前は彼氏ができないんだろうな」
「······私が一番知りたいです」

朝っぱらからなんだ。セクハラで訴えるぞコラ。
そうこうしてる間に、おはよーございまーすと間延びした声とともに人が集まり出す。全員、私も含めてスーツを着用しているが、男性陣でネクタイを締めている者の割合は少ない。そしてこの職場は、それが許される所でもある。

警視庁刑事部捜査一課第七班。捜査一課とは、刑事部の中でも殺人事件や窃盗など凶悪犯罪を担当する大変重要な課である。課は一班から七班の計七つの班で構成されており、私が属するのは第七班。一番最後の、その、つまり、捜査一課の中では変わり者が集まると言われている、班でもある。
そして先ほどまで会議室でうだうだ寝ていたのは土方十四郎さん──我が第七班の副班長であります。私の直属の上司であり、仕事のパートナー。若くして副班長を務める非常に優秀な人。捜査一課の鬼として、一部の界隈では超有名人。
まあイケメンだし? 仕事も出来るし? よく他の部署の女子からは「名前さんうらやましい〜」とか言われたりもする。だけど残念ながら、たとえ女だろうと仕事に関しては容赦をしないのが、この土方さん。パートナーになって早一年、毎日怒鳴られまくって、今の私がいるわけです。

そうなんです。実は私、ちゃっかり将来の夢を叶えてしまったのです。
名字名前、警視庁刑事部捜査一課第七班所属、一応二十代。ちなみに現在の夢は、寿退社です。


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