07


薄暗い部屋だった。カーテンはすべて閉められ、外からの光りは一切遮断されている。天井からぶら下がる吊り型のランプは古く、ぼんやりとした明かりしか灯さない。だいだい色の明かりが人々の顔を照らす。お世辞にも広いとは言い難い部屋の中に、多数の人間が集まっている。部屋の中にいる人間達の表情は、皆どこか緊張感に満ちていた。
視線は一点に集中している。吊りランプの下、中央に置かれた椅子の上に、ひとりの少年が座っていた。

「······以上が俺個人の考えだ。意見のある者は遠慮なく言って欲しい」

少年が厳かな声で告げる。すると、周りにいた人々にざわめきが広がった。

「嘘だろ?」
「いやでもボスのやり方は······」
「万が一失敗したら······」

ざわざわと波紋のように大きくなるざわめきに、パンパンと二回、手が鳴らされる。ざわめきはピタリと大人しくなった。

「動揺する気持ちは分かる。けれども今は、自分の気持ちに正直になって考えて欲しい」

決意のこもった声に、皆、口を噤む。手を叩いた少年――佐久間はゆっくりと中央に座する少年へと顔を向けた。誰よりも、組織のボスよりも、敬愛する人間へと。

「鬼道さん、俺は鬼道さんを誰よりも尊敬しています。俺は命ある限り、貴方について行くまでです」

簡素なパイプ椅子に腰掛け腕を組んでいた鬼道は、難しそうに寄せていた眉の力をフッと抜いた。

「······ありがとう、佐久間。俺も誰よりもお前を信頼しているよ」

佐久間は嬉しそうに表情を緩めた。

「佐久間だけじゃないぞ」

群衆の中から落ち着いた声が響く。背の高い少年がひとり、前へと出る。源田だった。

「俺だって今のボスのやり方には納得がいっていない。ここにいる人間のほとんどが、俺達と同じ気持ちだと思う」

なあ、と源田が呼びかける。先ほどまで動揺を見せていた男達は、今度はしっかりと頷いた。佐久間と源田の言葉を聞いて、決心が固まったのだろう。

「みんな······本当にそれでいいのか」

鬼道ひとりが、不安げに尋ねる。

「数ではこちらが上回っているとはいえ、相手はあのミスターKだ。命の保証はないぞ」
「ハッ、今さら分かり切ったことゴチャゴチャ抜かしてんじゃねーぞ」

粗暴な言葉に、皆が一斉に注目する。部屋の隅、壁にもたれながら不動が心底面倒くさそうに顔をしかめていた。

「こっちとしては、ようやく覚悟決めたかって感じなんだよ。ったく、長々と待たせやがって」
「不動······」

鬼道が驚いたように目を見開く。

「とか言って不動のヤツ、自分から鬼道さんの妹の警護を申し出たんですよ。天の邪鬼め」
「お、おい余計なこと言ってんじゃねーぞ佐久間!」
「本当はお前も戦闘に参加したいくせに。鬼道さんの妹を守る役目は俺くらい強い奴じゃないとダメだ〜とか言っちゃってさあ」
「いい加減にしねェと頭ぶち抜くぞ!!!」
「コラ、佐久間に不動。お前達がケンカしてる場合じゃないだろ」

近距離をメンチを切り合う二人を、源田が引き剥がす。源田は呆れたようにため息をひとつこぼした後、顔を引き締めて鬼道に向き直った。

「鬼道、俺たちの覚悟はもうとっくに決まっている。俺たちはただお前について行くだけだ」

迷いのない強い声。皆の想いを全身で受け止めるかのように、鬼道は静かに目を伏せた。

「······ありがとう、皆」

鬼道がゆっくりと顔をあげる。ゴーグルの奥の瞳は、強い決意が込められていた。

「これより俺たちが行うのは『革命』だ。新たな「Impero」を創りあげるため、ミスターKを倒し、俺たちが組織を掌握する。皆、覚悟はいいな!」
「Si、capo!」

黒いスーツに身を包んだ男達が手を挙げる。全体的に年齢の若い者が多い。皆、ミスターKの強引なやり方についていけず、組織のあり方に不満を持っている者達だ。彼らに内々に声をかけ、ミスターKに気づかれないようこの場に集めたのは鬼道だ。
鬼道が予想していたよりも、かなり人数が集まった。彼らは皆、鬼道に命を預けてくれるというのだ。失敗は許されない。鬼道は覚悟を決めて顔を引き締めた。

「それにしても······あれだけボスに忠実だったお前が下克上を言い出すなんて驚いたぞ。何かあったのか?」

源田が尋ねる声に、鬼道は眉をあげる。何かあったのかと聞かれればあったのだが······ひとりの人間のアホ面が思い浮かび、鬼道はクスリと笑みをこぼす。

「夜風に当たりすぎたせいで、馬鹿がうつったのかもな」
「は?」

新たに誕生した年若いボスは、肩を竦めると口の端をあげニタリと笑った。


***


「おい、名字。······名字!」
「······へ?」

ぼんやりと遠くを眺めていた名前は、肩を揺らされようやく意識を覚醒させた。眠たげな眼を何度も瞬かせる。目の前に広がるのはヴェローナの美しい街並み。そうだと名前は合点がいく。自分は豪炎寺に差し入れを届けるために、廃ビルの屋上へとやってきたのだ。心地よい風が吹き付けるせいで、いつの間にか意識がどこか遠くへと飛んでしまっていた。
名前はゆるゆると視線を横に向ける。銃口が目の前にあった。

「······っ、わっ! な、なんだ!?」

名前は思わずのけぞり、勢い余ってひっくり返る。ライフルを構えた豪炎寺はため息をひとつこぼすと、銃口の狙いを名前から外した。

「何をボーッとしているんだ。さっきから何度も呼んだのに」
「だからって人に銃口を向けんじゃねーよ! ビビるだろうが!」

名前が目を剥いて言い返す。豪炎寺はフッと小さく笑うと、ライフルを担ぎ直し体制を整えた。狙う先は通り沿い。標的は未だに現れないようだ。

「それにしても珍しいな。お前が殺気に反応できないなんて」

豪炎寺の言葉に、名前は気まずそうに視線を逸らす。

「······別に。ちょっと寝不足なだけ」
「夜遊びならもう少し控えた方がいい。円堂と風丸が心配してたぞ」
「アイツら······」

苦虫を噛み潰したように名前が顔をしかめる。最近妙にぼんやりとしてしまう理由を名前は自分自身でよく分かっていた。
それにしても、夜な夜な外に出ていることが仲間達にもバレていたとは。眉を寄せた名前に、豪炎寺がクツクツと肩を震わせる。

「お前のことだ。「Impero」が夜中に襲撃をかけてこないか、見張っていたんだろ」
「······違う。そんなんじゃない」
「じゃあなんだ、男でもできたか」
「もっと違うから」

豪炎寺の似合わない冗談に、名前は呆れたようにため息をつく。けれども心中は穏やかではない。豪炎寺の冗談は、『半分は』正解であったからだ。

名前が夜な夜な出かける理由――それは「Impero」の鬼道を探しているからだ。鬼道の言うとおり、あれから「Flimine」に対して「Impero」からの接触は一切無い。「Impero」の内部分裂が本当の話であれば、内部のゴタゴタで手一杯で、街のチンピラ集団に構っている暇などないのだろう。
このままいけば、放っておいても「Flimine」は「Impero」の手から解放される。マフィアに狙われることのない、平穏な日々が戻ってくる。それは名前達にとって喜ばしいことである。
しかし――どうも気になって仕方ない。月明かりの下で見た、鬼道の何かに迷うような表情が、名前は気になって仕方がないのだ。

「まあ······「Impero」のことは気にするな。おそらく直に方が付く」
「え?」

名前が眉を上げて聞き返す。豪炎寺はスコープから目を離さないまま答えた。

「「Impero」の次期総帥候補が、現ボスに対して反旗を翻そうとしているらしい」
「なっ······!」
「近々あの組織内では大きな抗争が行われるだろう。クスリの売買を邪魔するチンピラ集団なんかに構ってる暇なんかないさ」
「なんでお前そんな情報······」
「俺は顔が広いからな。それに「Impero」の情報を仕入れて欲しいと頼んできたのはお前だろう。クーデターがいつ行われる予定かの情報もちゃんと掴んである」
「······っ、豪炎寺!」

名前は豪炎寺の胸ぐらを掴むと、自分へと引き寄せる。豪炎寺の抱えていたライフルがガチャンと音を立てて倒れた。

「おい、痛いぞ」
「それ、いつだ!」
「······は?」
「だから! 「Impero」内でクーデターはいつ始まるんだって聞いてんの!」
「······それを聞いてどうするつもりだ」
「いいから教えろ!」

名前の締め上げる手がキツくなり、豪炎寺は思わず顔をしかめる。けれども名前の気迫に押されたように、彼は口を開いた。

「確か······今日の正午だったはずだ」
「正午!?」

名前が豪炎寺の腕を引っ張る。正確に言えば豪炎寺の腕についている腕時計を。手首側に向けられた文字盤は、正午十分前を指していた。

「もうすぐじゃん!」
「名字、痛いぞ」
「······ッ、あの馬鹿!」

豪炎寺の腕を放ると、名前は一目散に駆け出す。掴まれた跡がくっきり残る手首を押さえながら、豪炎寺は不可解そうに眉を寄せた。

「馬鹿って······誰のことだ?」

答える者は、もういない。


***


その屋敷は閑静な森の中にあった。白い石材を積み上げられ建てられた、格調高いデザインの洋館。隠れ家のようにひっそりと、樹木に囲まれた場所に位置する屋敷は、その実、世間から身を隠す為に木が生い茂る森の中に建てられた。
荘厳な屋敷の周りは静まりかえっていた。森の中、鳥のさえずりが聞こえる。穏やかな木漏れ日の下を、黒いスーツに身を包んだ男達が走り抜ける。

「準備はいいか」

大理石の柱に背をつけ、鬼道が無線機に向かって呼びかける。無線機から数多の『Ve bene』が返ってくる。

「lo vado!」

鬼道は号令の声をかけると同時に、裏口のドアを蹴破った。

「なんだお前達······わっ!」

突然屋敷に押し入った鬼道達を見て、ミスターKの配下の者が顔をしかめる。鬼道はすかさず、消音器のついた銃で男の胸を打ち抜いた。男は血を流しながら倒れる。鬼道はその横を素早く走り抜ける。後ろから佐久間と源田も続いた。
いつもと比べると、今日はアジトにはほとんど人がいない。適当な用を言いつけ、鬼道が事前に人払いを行っていたからだ。ミスターKに不満を持つ者が多いといっても、ボスに逆らえない、または逆らおうとしない層は一定数存在する。鬼道はクーデターを確実に成功させる為に、そして組織内の犠牲者を減らす為に、事前準備から念入りに計画を練った。
しかし、それでもそれなりの数がまだこのアジトに残っている。異変に気づき、男達がわらわらと廊下に顔を出し、驚愕した顔を鬼道達に向ける。鬼道は迷わず撃ち抜いた。
本命に逃げられては、計画は失敗に終わる。いかに速く、ミスターKをしとめるかが重要だ。

「······ッ!」
「鬼道!」

激しい銃撃戦が行われる。頬のすぐ横を縦断が掠め、鬼道は物陰へと身を隠した。すぐさま源田が、鬼道に向かって銃を撃った男を打ち落とす。
弾の雨が止んだ隙を狙って鬼道が物陰から飛び出そうとする。しかし、鬼道は足を止めた。

「佐久間?」

佐久間が手で鬼道を制したからだ。

「鬼道さん、ここは俺たちに任せて早く上へ。ボスは最上階にいます」
「な······」

鬼道は一瞬言葉を失った。慌てて佐久間の腕を掴む。

「お前達を置いていけるわけがないだろう······!」
「早くしないと逃げられてしまいます。ミスターKに逃げられれば、仲間の犠牲も無駄になる」

鬼道はハッとした。銃弾の嵐の中、仲間がひとり、ふたりと倒れていく。彼らは皆、自分の為に命を捧げてくれたのだ。
組織の上に立つということは、倒れていった仲間の意志を引き継ぐということ。

「安心してください。「Impero」のボスとなった鬼道さんの右腕を勤めるのが俺の夢です。夢を叶えるまで、俺は死にませんから」

佐久間の整った唇が、穏やかに微笑む。ここが戦場であることを忘れさせるような、優雅で自信に満ちあふれた笑みであった。
鬼道は奥歯をかみしめる。ここまで来たら、もう引き返すことはできない。

「絶対に死ぬな······!」
「Senz'altro!」

佐久間が敵に向かって銃を撃ち隙を作る。鬼道二階へと続く階段を駆け上がった。
二階の廊下には異変に気づいた男達が待ちかまえていた。鬼道はひとり、ふたりと、的確に相手の急所を狙って銃を撃つ。しかし数では圧倒的に鬼道が不利である。それに弾切れも近い。
鬼道は身を屈めて銃撃を避けると、いったん近くにあった部屋の中へと転がり込んだ。内側から鍵をかけ、手近にあった机と椅子を並べ簡単にバリケードを作る。これで少しは時間がかせげる。まずは弾の補填が先決だ。鬼道は愛銃をホールドオープンさせると、素早くマガジンを入れ替える。いつでも発射できるようにスライドを引く。手慣れた手つきであった。
どうにか部屋の扉をぶち破ろうと、外から男が扉に向かって体当たりを行う音が聞こえる。この部屋は来客が宿泊する時に使うベッドルームだ。何か使えそうなものはないかと、鬼道は素早く部屋の中を見渡す。
すると、ベッドの脇で、何かがもぞりと動いた。

「······っ、誰だ!」

鬼道は迷わず引き金を引いた。銃弾がマットレスを引き裂き、羽毛が舞う。

「ぎゃあ! うわっ!」

しかし標的には当たらなかった。ベッドの脇に隠れていた人間は、銃弾に驚いたのか声を上げて大きく動く。ベッドのそばにあったサイドテーブルが倒れ、ルームランプが派手な音を立てて割れた。
鬼道は眉をしかめながら、ゆっくりと一歩を踏み出す。銃で狙いをつけたまま、クイーンサイズの大きなベッドへと近づく。そして、

「なっ······!」

目をこれでもかと見開いた。

「いってー······」

ベッドの脇にいたのは、サイドテーブルにぶつけた頭を押さえてうずくまる名前だった。

「な、なんでお前がここに······」
「あのっさー······撃つなら確認してからにしてくんない? 危うく死ぬところだったじゃん」
「質問に答えろ! なんでお前がここにいるんだ!」

思わず鬼道が怒鳴る。名前はたんこぶが出来た頭をさすりながら、涙目のまま、ゆっくり身体を起こした。

「そんなの鬼道がミスターKを倒して「Impero」を乗っ取ろうとしてるって聞いたからに決まってんじゃん」
「誰から聞いた······」
「豪炎寺ってヤツ。知らない? イタリア内では結構有名なスナイパーなんだけど」
「アイツか······」

鬼道が眉をしかめながら呟く。裏社会に身を置くもので、豪炎寺の名前を知らない人間はほとんどいない。さらに豪炎寺は情報屋としても有名だ。ヤツなら知っていてもおかしくはないと鬼道は納得する。
しかし、今はそんなことよりも。

「名字、お前は何しにここに来たんだ」

鬼道が難しい顔のまま問う。名前はあっけらかんと答えた。

「だってさ、元はと言えば下克上唆したのアタシだしさ。これでお前が死んじゃったら、さすがに後味悪いなーって思って。なんつーか······責任? 感じちゃった的な?」
「軽い感じで言うな、軽い感じで······!」
「つーか、なんでお前も急にクーデターなんか起こそうと思ったワケ? あの時は全然乗り気じゃなかったクセに」

名前の不思議そうな顔に、鬼道は思わず口を噤む。
ずっと、心の中でくすぶっていた気持ちがあった。ミスターKへの恩義を感じながら、彼のやり方を百パーセント肯定できないという捻れた現状。組織の中には同じような想いを抱える者も多く、もしミスターKの政権を崩すとしたら、その筆頭を務めるのは自分しかいないという考えもあった。
ミスターKにとって、鬼道は子でも部下でもない。彼のノウハウを全てたたき込まれ、この「Impero」を継ぐ為だけに育て上げられた、"最高の作品"である。養父などとは呼ばれているが、鬼道はミスターKを父親のように思ったことは一度としてない。ミスターKは鬼道にとって、神であり、そして越えられない壁であった。
鬼道はずっと黒い箱の中にいた。ミスターKが創り上げた世界の中で、ただ彼の忠実な僕として尽くす為だけに生きてきた。しかしある日、その箱の中に亀裂が入っていることに気づいた。最初は些細な傷であった。あまりに小さすぎて、気にとめることも無かった。けれども亀裂は日を追うことに大きくなり、次第にその亀裂から箱の中に光が射し込み始めた。月明かりのように優しく、それでいて眩しい光。光の向こうには何があるのだろう。箱の外の世界は、鬼道の想像力をかき立てる。

『そんな腐った目ェしてないで、もっと自由に生きてみたら?』

耳に響くのは、ひとりの少女の声だった。

「まあ······言いたくないなら別にいいけど」

黙りこくってしまった鬼道に、名前は眉を寄せながらも小さく呟く。鬼道は気まずそうに、名前から顔を逸らした。

「それよりもアレ、どうする」

名前が部屋の戸を指さす。頑丈な造りの扉は木材が軋んで変形し、今にも壊れそうであった。
鬼道は顔を引き締めると、名前に向き直る。

「名字、お前ここにはどうやって入ってきたんだ」
「窓から。こないだ来た時、この部屋なら進入できそうだなって目星つけてたんだよ」

鬼道は窓から外を見る。屋敷の中は騒がしいが、外はまだ平和なままだ。

「さっさと帰れ。他の連中に見つかると厄介だぞ」
「帰らねーよ。お前が死んだら後味悪いって言ったろ。鬼道がミスターKの玉座を奪う所を見届けたら帰ってやるよ」
「冗談も大概にしろ。ここで行われているのは本物の銃撃戦だ。もはや戦争に近い。お前達みたいなたかがチンピラの喧嘩とは訳が違う」

名前は一瞬キョトンとした後、ニッと口の端をあげた。

「誰が"たかが"チンピラだって?」



ダンッ! 鈍い音と共に扉が蹴破られる。机と椅子を重ねて置いただけのバリケードは一瞬にして倒された。黒いスーツに身を包んだ男達が、次々に部屋となだれ込む。
男達は厳しい顔のまま銃を構える。そしてこの部屋に隠れているであろう人物を探す。

「······いない?」

先頭に立った男が眉を顰める。部屋の中には誰もいなかった。

「どういうことだ。確かにここに逃げ込んだはず······」

男が訝しげに呟いた時だった。ベッドの下から床を滑るように、細い筒状のものが投げられる。筒の先端から煙がモクモクと吹き出す。

「煙幕だ!」

誰かが叫んだ時には、もう既に部屋の中は白い煙に包まれていた。

「ぐあっ······!」
「なんだ!?」
「うわあ!」

真っ白な視界の中、男達の口から悲鳴が次々と上がる。固いもので人体を殴ったような鈍い音が何度も響く。手はず通り、鬼道は5分経ってから窓を開けた。煙が風に乗って外へ逃げていく。クリアになって視界の中、倒れる無数の黒服の中、一人の少女が立っていた。

「「Flimine」の特攻隊長サマをナメんなっつーの」

名前が不敵に笑う。名前の足元には、伸されて気絶した男たちが転がっていた。
鬼道はもう何も言えなかった。それなりに腕が立つ奴だとは思っていたが、これほどとは。

「······本当についてくる気か」
「もちろん」

鬼道が真剣な顔で問う。名前は当然のように頷いた。
鬼道は心の中で呆れる。鬼道にとって名前の行動は理解の範疇を越える。愚かでバカバカしくて突拍子もなくて。でも――不思議と惹かれるのはどうしてだろうか。
鬼道は覚悟を決めた。ここまで来たら、もう連れて行くしか無い。

「死んでも文句は言うなよ」
「死人が口聞くかよ、ばーか」
「············」

鬼道の拳が、名前の脳天へと振り下ろされた。


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