04
「このバカチンがー!」
「いっだー!!!」
怒号と共に名前の脳天に落とされたのは、大きな拳骨だった。名前は衝撃で尻餅をつくと、そのまましゃがみながら頭を押さえる。うう〜と低く呻く声が雑多な部屋に響く。
「何すんだよ風丸!」
涙目になりながら、名前はキッと拳骨の主を睨む。拳骨を名前に落とした張本人──風丸は、腰に手を当てながら名前の前で仁王立ちしていた。
普段は割と穏やかな性格をしている風丸であるが、今は茶色がかった瞳に静かな怒りを漂わせている。その何ともいえない威圧感に、名前は思わずヒッと短い悲鳴を漏らした。
「Impero」のアジトから逃げおおせた「Flimine」のメンバー達は、無事に自分達のアジトへと帰ってくることができた。人質となって捕まっていた壁山も栗松も、そして二人を助け出そうとして逆に捕まってしまった名前も特別目立った怪我は無い。マフィアの手から無事逃げ帰られた事に「Flimine」のメンバー達は喜び合う。そしてゆっくり身体を休める暇もなく始まったのは──もちろん名前へのお説教タイムだった。
冷たいコンクリートの床に名前は正座させられる。そしてそれをぐるりとメンバー達が円になって囲む。今の名前に逃げる場所はどこにもなかった。
「名前······俺はいつもお前に言っているよな」
風丸が怒りを堪えた声で名前に問う。
「単独で危ない行動はするな! 喧嘩をする時はまずチームのみんなに相談する! お前はいつになったらチームのルールを理解するんだ!」
「理解はしてる。守ってないだけ」
「お前なあ!」
名前が反省している様子は微塵も無い。風丸は怒りからワナワナと身体を震わせた。
今回のように名前が単独行動で無茶をする事は、実は今日が初めてでは無い。喧嘩っ早く考えなしで行動する傾向のある名前は、度々自分の仲間に相談もせずに無茶な行動に出ることがある。その度に風丸は名前を叱ったり窘めたりしてきた。それが幼い頃から、「Flimine」が結成される前から、名前の側にいた自分の役割だと風丸は思っているからだ。
しかしどんなに風丸が怒ろうと、時に拳骨によって制裁を下そうと、名前には全く効果がない。暖簾に腕押しとはこういうことを言うのかと、風丸は遠い国の諺を身を持って実感した。彼は日系の血を引くハーフであるため、少しばかり「日本」の文化に詳しい。
「風丸、そのくらいにしておけよ」
「染岡······」
怒りに震える風丸を制したのは染岡だった。染岡は一歩前に出ると、ニタリと怪しい笑みを浮かべて名前を見下ろす。そして準備運動をするかのように足首を回した。ポキポキと間接の鳴る音が響く。
「今度は俺が一発蹴り入れてやる。それでちっとは懲りるだろ」
「ふ、ふざけんなよ! 染岡に蹴られたらケツ粉々になるだろうが!」
染岡の言葉に、名前の顔色がサッと変わった。
染岡はジュニアキックボクシングの元イタリアチャンピオンだ。故障によりキックボクシングを止めざるを得なくなったことが原因で現在少し道を踏み外してしまっているが、現役時代同様、彼の蹴りの強さは健在である。「ドラゴンソメオカ」の異名が伊達ではないことを、「Flimine」の仲間達はよく知っていた。
にじり寄る染岡に、名前が慌てて輪の中から逃げ出そうとする。しかし、
「おーっと、どこ行くんだよ名字」
「今回はいくら何でも無茶しすぎ。痛い目見て少しは反省しなよ」
半田とマックスが、素早く名前の両腕を拘束するように抱える。「Flimine」に入る前、スリを稼業として生活していた二人は身のこなしが早い。
「ちょ······止めろお前ら! 助けて風丸!」
名前は必死で暴れるが、二人がかりで押さえられれば身動きは取れない。先ほどまで叱られていたことも忘れて、咄嗟に幼なじみの風丸へと助けを求めた。しかし風丸は呆れたように小さく首を横に振るだけ。
「おい壁山! 栗松! 助けてやったんだからどうにかしろよ!」
今度は数時間前まで人質として捕らえられていた壁山と栗松に助けを求める。しかし染岡達より一つ年下の彼らに出来ることはなにもない。少林と宍戸も同じだった。四人はハラハラと、事の成り行きを見守ることしかできない。
影の薄い影野は、ぼーっと風丸の側へと立っていた。
「あーもう! お前らその辺にしとけって!」
大きく手が二回鳴らされる。すると、混沌としかけていた場の空気が一気にしんと静まりかえった。
全員がオレンジ色のバンダナをした少年へと注目する。「Flimine」のリーダーである円堂は、輪の中心へと移動した。
「とりあえずさ、栗松も壁山も······そして名前も無事だったんだからいいじゃんか。あんまり怒るなって」
「さっすが守! お前は優しい奴だな!」
半田とマックスの拘束からスルリと抜け出した名前が、円堂の背中へとサッと隠れる。名前は円堂のことをファーストネームで呼ぶ。それは風丸と同じく、名前と円堂が古くからの知り合いであるからだ。
「円堂! あまり名前を甘やかすな!」
「そうだぜ。甘くすると名字はつけあがるだけだぞ」
円堂を盾にする名前に、風丸と染岡が抗議の声をあげる。間に挟まれる形になった円堂が、まあまあと二人を宥めた。
「落ち着けよ二人とも。確かにルール違反は良くないけど、名前だって悪気があってやったわけじゃないんだし」
「でも······!」
「風丸、お前の気持ちはよく分かるよ。お前は名前のことが心配だったんだよな」
円堂に優しく言い聞かされ、風丸は押し黙る。風丸だって好きで名前に怒っているわけではない。円堂の言うとおり、名前のことが心配で、つい口うるさくなってしまうのだ。
円堂は身体をクルリと半回転させると、今度は名前と向き合った。
「名前も名前だぞ。お前が捕まったって知ったときは肝が冷えたんだからな」
「······ごめん」
真剣な眼差しで円堂に見つめられ、さすがの名前も素直に謝る。名前は円堂の背中から顔を出すと、「ごめん、みんな」と今度はメンバー全員に向かって謝罪した。すると風丸の眉間に寄っていた皺が少し和らぐ。
「······反省してくれたならいいんだ。これからは無茶するなよ」
「それは約束できないけど」
「おっまえなあ!」
あっけらかんとし続ける名前に、風丸以外のメンバーはもはや呆れて何も言えない。円堂すらも困ったように笑った。
生まれも育ちもバラバラで、個性豊かなメンバーが集まる。それがヴェローナを縄張りとして生活する半グレ集団──「Flimine」というチームだ。
「でも名前さん格好良かったでヤンス」
「イタリアマフィア相手に全然負けてなかったッスよ!」
名前に助けてもらった壁山と栗松が、口々に名前を誉める。「だろ?」とニヤリと笑った名前を、「調子になるな」と風丸が小さく小突いた。
「名字は壁山と栗松をどうやって助け出したわけ?」
マックスに尋ねられ、名前が答える。
「奴らのいる階に石を投げ入れて、最初に何人かおびき寄せたんだ。とりあえず出てきた二人を襲撃して捕まえといて、残りが何人いるかは分かんなかったけど、まあ何とかなるかと思ってさ」
「敵の数も分からない状態でよく突っ込めたよね······」
「ウチらみたいなチンピラ相手にするのに、そんなに人数いらないだろ。実際先にボコった二人合わせても全部で四人しかいなかったぜ」
「でも向こうは銃持ってんじゃん」
「だから煙幕使ったんだ。一瞬で噴射して真っ白になるやつ」
「ああ、目金から貰ったヤツか」
染岡の言葉に名前がそうだと頷く。
「視界奪えばなんとか逃げきれるかなーと思ったんだけど······」
「だけど?」
「······すげー強いヤツがいてさ」
名前の顔が忌々しそうに歪む。周りは意外だと言わんばかりに目を丸くした。
「名字が強いって言うんだから相当だな」
「確かに。ケンカで名前さんに勝てるヤツなんて中々いませんもんね」
半田と少林が互いに頷き合う。ケンカに関しては、「Flimine」の中で名前はかなり腕の立つ方だった。
「······あの噂、本当だったみたいだね」
「噂?」
ボソリと低い声で呟いた影野に、名前が聞き返す。影野はコクリと頷いた。
「「Impero」には俺たちと同じ年くらいの次期総帥候補がいるって」
「総帥候補?」
「「Impero」の次のボスってことだよ」
影野の言葉に、名前達の顔に少し緊張が走る。
「Imepro」はイタリアで裏社会に携わる者なら誰でも知っているほど大きい反社会組織だ。そのような巨大な組織の次期ボスに内定されている人物がいる。しかも名前達と変わらない14、5歳の子供が。その次期総帥候補と呼ばれる人間がが並大抵の人物でないことは明らかだった。
「······そいつ、どんなヤツなの?」
名前が少し緊張気味の声で尋ねる。影野はボソボソと囁くような声で話を続ける。
「「Impero」の現ボス、ミスターKの養子らしいよ」
「養子?」
「戸籍は入れてないみたいだけどね。でも息子同然に可愛がってて、武術とか銃の扱い方とかさらには帝王学まで、ありとあらゆるスキルを幼い頃から叩き込まれているらしい」
「そいつが名字を倒した相手だってのか?」
「可能性はあると思う」
染岡の問いに影野が頷く。先ほどまで騒がしかった部屋の中が、嘘みたいに静まり返った。
名前が対峙した敵が「Imepero」の次期総帥候補だとすると、事態は名前達が考えているより大分深刻かもしれない。
「······キドウ」
ポツリと呟かれた声に全員が注目する。
「キドウ、って呼ばれてた。ソイツ」
名前の言葉に、影野は小さく首を横に振った。
「じゃあ間違いない。鬼道有人──それが「Impero」の次期総帥候補の名前だ」
全員が言葉を飲む。そしてしばらく経ってから、誰もが重いため息を吐き出した。
「これさあ······思ったより大分ヤバいんじゃないの?」
「ミスターKのお気に入りが出てくるなんて相当だよな」
半田とマックスがげんなりした顔で呟く。
どこにでもいるような一介のチンピラ集団がマフィアに狙われた。それは「Flimine」至上最大の危機といっても過言ではない。何しろ相手は戦いに関しては"プロ"なのだ。組織の規模の桁が違いすぎる。
しかも次期総帥候補と呼ばれる人物まで出てくるのだから、相手は本気に違いない。
「やっぱり······「Impero」が関わってるヤマに手ェ出すのは不味かったッスかね」
「でも俺たちが止めなきゃこの街にクスリが流通し出す。そうすると街全体の治安が余計に悪くなるだろ」
「そうッスけど······」
弱々しく後悔を口にする壁山を風丸が窘める。けれども壁山は納得がいかなさそうに唇を尖らせた。
「そもそも俺たちみたいなチンピラがそんなことしたって、誰にも感謝なんかされないッスよ」
拗ねたような言葉に誰もが口を閉じる。
そもそも、彼ら「Flimine」が「Impero」に目を付けられた原因は、「Impero」が「Flimine」の縄張りであるヴェローナ地区でクスリを売りさばいていたのを、「Flimine」のメンバー達が押しとどめたことにある。「Impero」が市民に売りつけたクスリを取り上げたり、取り引き現場に遭遇したフリをしてわざと潰したり。しかしそれは、誰かに頼まれて行っているわけではない。彼らが彼らの正義の為に、働いているだけであった。
「それは違うぞ、壁山」
静まり返る場に、芯の通った声が響く。リーダーの円堂が真剣な目で壁山を見据えていた。
「俺たちは見返りが欲しくてやってるわけじゃないだろ。俺たちみたいに身よりのないチンピラ達を、受け入れてくれる人たちの為にやってるんだ」
「キャプテン······」
円堂の真剣さに気圧されたように、壁山が目を見開く。
「Flimine」はヴェローナを縄張りとする半グレ集団だ。属するメンバーのほとんどは身寄りがなく、スリや万引きなどの軽犯罪によって生計を立てている。それ故に街の住民のほとんどは、彼らの存在を良く思っていない。見るからにガラの悪い彼らは、冷たい目を向けられることにすっかり慣れてしまっている。
それでも、社会のゴミと呼ばれる彼らにも、優しくしてくれる人は存在する。非合法な金貸しに追われていた酒売りの男、DV男から逃げ出してきた娼婦、身よりのいない盲目の老婆。「Flimine」のメンバーたちは、金貸しを追っ払ったり、DV男を叩きのめしたり、時折様子を見て話し相手になったりと、社会から見放された弱き者に対し手助けし、彼らに救われた人間は彼らに多大な感謝を寄せる。
ただの自己満足なのかもしれない。それでも彼らは、ヴェローナという街の為に、彼らの守るべき者達の為に、日々戦っているのだ。
「でも円堂、このままだといくらなんでも分が悪すぎる。実力行使でこられたら太刀打ちできないぞ」
「そうだよなあ······」
風丸の意見に、円堂が難しい顔で腕を組む。しばらく考え込んだ後、円堂は大きく頷いた。
「とにかくまずは情報収集だ。敵の動きを把握しておけば、次の襲撃に備えて準備ができるだろ」
「ウシッ! そうと決まればいってきまーす!」
意気揚々と手を挙げたのは名前だった。ヒラリとパーカーの裾を翻すと、名前は素早く部屋を出ていく。
「あ、こら名前! 単独行動は危険だって······」
言ってるだろ、と風丸が言い終わる前に、名前の姿は見えなくなっていた。
「逃げたな、アイツ······」
染岡が呆れたようにこぼす。ハアとため息をついた風丸の肩に、円堂が慰めるように手を置いた。
「ほんっとすばしっこいよね、名字は。昔からああなの?」
マックスがからかうように笑う。円堂と風丸は苦笑いを浮かべながら頷いた。
円堂と風丸、そして名前は、幼い頃同じ孤児院で暮らしていた。特別仲の良かった三人は、孤児院から逃げ出した後もこうして一緒に生活している。
「あれで女ってのは信じられねーよな」
「ほんと、嫁の貰い手が見つからなさそう」
名前は見た目のボーイッシュさ、そして粗暴な言動から、生物学上は女子でありながら少年に間違えられやすい。名前の去った後を見送りながら、染岡と半田が呆れながら呟いた。
突然「あ」と円堂が何か思い出したように声をあげる。隣にいた風丸が「どうした?」と尋ねる。
「ちょっと思い出してさ、名前が言ってたこと」
「名前が言ってたこと?」
風丸が小首を傾げる。
「捕まった時、その鬼道ってヤツに男に間違えられたらしいんだけど」
「ああ······まあよくあることだしな」
「それで本当に女か確かめる為に、服に手ェ突っ込まれたって触られたって」
「え?」
風丸の目が見開かれる。風丸はしばらく呆然とした後、震える唇で尋ねた。
「触られたって······どこを······?」
「胸」
「げっ」
苦々しい声を上げたのは染岡だった。
「その鬼道ってヤツ、趣味悪ィな。俺だったら願い下げだぜ」
「確かに。触って確認できるかも怪しいとこだよ」
マックスの軽口にどっと笑いが広がる。しかし笑っていない、笑えない人物が、ひとり。
「風丸?」
風丸はゆらりと歩き出した。彼の手に握られているのは、彼が好んで使っている武器──日本刀だ。
「······今から、鬼道ってヤツぶっ殺してくる」
「え!?」
「ちょ······風丸のやつ本気だぞ! 取り押さえろ!」
目の据わった風丸を、他のメンバー達が慌てて止める。風丸が名前を執拗に心配する理由は、単に二人が幼なじみであるというだけではないようだ。
***
少年はライフルについた小さなスコープを通して、ある一点を見ていた。スコープの先にいるのは、スケボーを小脇に抱えた一見少年に見える少女。誰かと待ち合わせをしているのか、古いポストに背を預け暢気に欠伸をこぼしている。彼女の短い髪が風に靡く様を、少年はスコープ越しに眺めていた。
照準はちょうど彼女の額のあたりに合わされている。少年はゆっくりと引き金に指をかける。あと少し、彼が人差し指に力を込めれば、少女は頭から血を流し、その細い体躯をゆっくりと傾けるだろう。誰も困る者はいない。彼女は身寄りがないのだ。チンピラがケンカに巻き込まれて死んだのだと、警察も簡単に片づけるに違いない。彼女の周りにいる仲間達は、黙ってはいないかもしれないが。
ふと、少年の視界の先で何かが揺れる。少年は目を凝らす。スコープの先、今まさに狙いを定めていた少女が自分に向かって手を振っていた。少年は少し苦々しい笑みを浮かべる。指の力を抜き、設置された銃から身体を離す。
そして少女がこの場に来るのを、大人しく待った。
「相変わらず目がいいな」
「ふふん、まあね」
少年──豪炎寺修也が誉めると、名前は満足気に笑った。名前は豪炎寺に向かって紙袋を投げて寄越す。豪炎寺は上手くそれをキャッチすると中を確認する。野菜と肉を挟んだパンと、水の入った瓶が入っていた。
「わざわざ悪いな」
「別に。今日もターゲット来ないの?」
「ああ、この時間だ。今日はもう現れないだろうな」
「これで何日目? 暗殺ってのも大変だねえ」
豪炎寺の隣に腰掛けると、名前は炭酸の入ったボトルの封を開けた。プシュッとサスプレッサーのついた銃を撃った時と同じ音がした。
二人が並んで座るのは、人気のない廃ビルの屋上だった。二人の話す声以外は、風の音が響くだけである。
「「Impero」と一悶着あったらしいな」
「げ、なんで知ってんの」
唐突に切り出された話に、名前が思わず顔をしかめる。豪炎寺は静かに笑った。
「お前たちの動きは派手だからな。すぐに話は耳に入ってくる」
「さすがはイタリア一の狙撃手サマ。顔が広いこって」
「一体何があったんだ」
名前は正直に打ち明ける。「Imepro」がここヴェローナでクスリと売りさばいていること。それを「Flimine」が止めようとしていること。そして「Impero」にそれが知られ、見せしめのように壁山と栗松が誘拐されたこと。
「これまた厄介なことになったな······」
話を聞いた豪炎寺が難しい顔で呟く。名前はわざとらしく、大きなため息をついた。
「ほんとそれ。なんか「Impero」に関する情報があったら教えてよ。ウチらとお前の仲だろ?」
「名字」
豪炎寺が厳かな声で名前を呼ぶ。
「あまり深入りはしないほうがいい。向こうはプロのマフィアだ。チンピラのお前たちが相手にしていい敵じゃない」
「それは分かっちゃいるけどさー」
まるで緊張感のない声で名前が答える。
「でもうちのリーダーは納得しないよ、きっと」
名前の答えに、豪炎寺の表情がフッと緩んだ。
「円堂か。相変わらずだなアイツは。チンピラのくせに妙に正義感が強い」
「まあね。豪炎寺のことも気にかけてたよ。そろそろウチの仲間に入らないかって」
「······そうだな」
豪炎寺が軽く目を伏せる。色素の薄い睫が彼の頬に濃い影を落とす。
「円堂やお前たちには前にとても世話になった。恩もある。だが······お前たちは人を殺さないことを信条としているだろう。俺には無理だ。この仕事を止めるわけにはいかない。狙撃手として、人を殺す仕事が」
「······病気の妹さんの為に?」
小さく頷いた豪炎寺に、名前は「そっか」と短く答えた。
裏社会に身を置くものの事情はそれぞれだ。豪炎寺修也という少年は、一部では名のしれた狙撃手である。狙った獲物は例え誰であろうとも逃がさない。彼に暗殺できない人間はいない、とまで言われるほどの腕前だ。
彼が人を殺める仕事に就いている理由はひとつ。たった一人の家族である妹が重い病気に侵されており、彼女の治療費に莫大な費用がかかるのだ。
ある日、ちょっとした仕事のトラブルから武装した集団に追われていた豪炎寺を手助けしたのが、「Flimine」と豪炎寺との出会いであった。それからというもの、彼らは情報を共有し合うことで交流を続けている。単独で仕事を行う豪炎寺は、時折「Flimine」の絆の強さを羨ましく思うことがある。
「でもさ、アタシ達はいつまでも待ってるから。いつか豪炎寺の妹さんが元気になって、お前が今の仕事から足洗えたらウチらの所に来いよな。ケンカの強いヤツは大歓迎だ」
青い空を背景に名前が白い歯を見せてニカリと笑う。
「ああ、もちろんだ」
遠い未来を思い描きながら、豪炎寺はゆっくりと目を瞑った。
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