艷麗セデュース

PM9:12
薄暗い夜道にコツコツとピンヒールとコンクリートがぶつかる音だけが響く。今日は比較的早く終わったかな…。ゆっくりとした足取りで帰路へ着き、部屋の鍵を開けようと手をかけた瞬間違和感に気づいた。…鍵が空いてる。ゆっくりとドアを開けて玄関を確認すると見慣れた靴が見えてさっきまでの疲れが吹き飛んだ。

「ただいま」

君が居るといつもの部屋も新鮮に思える。私の声に気付いてトントンと足音が聞こえ、ひょこっと顔を覗かせた。

「……おかえり」

私の顔を確認するなり口角をあげ、荷物を受け取ってくれる。なんだか久しぶりだな、こうやって会えるの。

「ごめん、遅くなって。結構待ってた?」
「そんなことは、ない」

合鍵を渡したのはそう昔のことではないのだが、こうやってたまに使ってくれると会いたいって思ってくれてるんだなって心の底から思う。

「ご飯は?食べた?まだなら一緒に食べよ」
「…あぁ、…そうだな」

冷蔵庫になにか入ってたかな、なんて考えながら綺羅の後をついていく。荷物は綺羅に任せて冷蔵庫を開けると、そういえば最近買い出し行けてなかったな、なんてため息をつく。心配そうに後ろから覗いて来たから、簡単なものでいい?と聞くと彼は静かに頷いた。

ありもので夕飯を作りテーブルを囲む。こうして一緒にご飯を食べることができたのはいつぶりだろう。綺羅はメンバーのみんなと一緒に生活してるから、あまり外泊することはない。メンバー愛が強いのがHE★VENSだし、なにより一緒に生活することにより得るものはとても多いと思う。恋人としては寂しいけれど、綺羅がアイドルとして成長するのはそれ以上に嬉しいことだって、そう思えるくらい私には勿体ないくらい素敵な人。

「お仕事順調?」
「あぁ、瑛一が会いたがっていた…」
「うげ、なんか好かれるようなことしたっけなぁ。あ、この間の歌番組よかったよ!ダンスもだけど、また歌上手くなったね」
「名前は嘘つかないから…、本当なんだろうな。…ありがとう…」
「日頃の練習の成果、ちゃんと出てる」

そう伝えると彼は少し頬を染めて俯く。美味しそうにモグモグと私の作った料理を食べるその姿をみてると、まるで一緒に生活しているような気になる。

食後、食器を洗っていると後ろからペソっと大型犬のような顔をした綺羅が抱きついてきた。ぎゅっと大好きな人に抱きつかれて嬉しくない訳がないけど、全部終わってからたくさん甘やかしたい。

「お皿洗ってるからあぶないよ?」
「ずっと、…我慢してた」

私よりもずっと大きい彼。首元にかかる髪の毛がくすぐったくて身じろぎすると頬にチュッとキスをされる。このままだと本当に食器を割ってしまいそうだ。

「最近会えなかったもんね、お互い忙しくて。私色々済ませるから、先にお風呂入ってきな?」
「…わかった」

素直にうなずいて浴室に向かう彼を見届けた。

「あ、それ台本?ってことは明日朝早い?」

私も軽くお風呂を済ませリビングに戻ると、そこに綺羅の姿はなく寝室の明かりがついていた。ベッドに横たわり台本を読む様は私の前でしか見せないそうだ。寝室に入った私をちらっと見ると台本を仕舞い、ベッドの端に座った私の背後に近寄る。

「…いや、明日は撮影はない。…仕事は昼から」
「そっか」

私が肩に乗せていたタオルをするりと下ろし、乾かしたばかりの髪の毛を弄る。時折うなじに当たる指がくすぐったい。

「だから…」

そのまま髪の毛を避けられ首筋に柔らかな唇が当たる。ゆっくりと腹部に回された腕が意外と逞しく、何回触られても心臓の鼓動が激しくなってしまう。

「私の予定は考えてくれないの?」
「…そう言う時は、…いつも大丈夫」
「……ほんと、よく見てるわね」

どさり、と身体が倒れる。背中に触れた彼の身体が暖かくて愛しい。瑛一やナギちゃんたちの前では一切見せない、甘えてくる綺羅をみると本当に私のことが好きで愛されてるんだと実感する。

「名前…」
「なぁに」

ちょうど頭の後ろで囁かれる心地のいい低音。

「…好きだ」

その言葉とともに、洋服の中に入れられた手を断る術を、私は知らない。



艷麗セデュース
(愛しく撫でて、骨の髄まで)




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