密な眼差し
新曲の打ち合わせをしたい、と瑛一から連絡が入ったのは先日のことで、事務所に来たのだが予定の時間より少し早くついてしまいガラス張りの練習室を眺めている。ひとりひとりが負けず嫌いなHE★VENSだから、誰よりも練習量は多いし、沢山努力していることを知っていた。今日も今日とて瑛一の指導は厳しく、みんな尋常じゃない汗の量。
「普段もかっこいいけど、アイドルしてるみんなもかっこいいなぁ」
アイドルをしていない時の彼らばかりを見ていたから、あんなにキラキラ輝いてるHE★VENSを真近で見たのは久しぶりだった。ナギくんの笑顔は幾人を魅了する素敵なもの、瑛二くんの歌声は世界にも通用するもの、ヴァンの大胆な振りは見るものを圧倒するもの、大和の力強いダンスは目を引き付けて離さいもの、シオンくんのパフォーマンス力は他にない魅力があるもの、瑛一のリーダーとしての気質は誰もが安心出来る道筋であるもの。そして綺羅は…。
「うわ、えっちだ」
チラッと衣服を捲る彼に、どう頑張っても贔屓目で見てしまう自分がいる。見た目も歌もパフォーマンスも全てにおいて完璧ではないかと思ってしまうくらい、彼は私の目を惹き付けて離さなかった。
「あ、」
ふと、綺羅と目が合った。その瞬間練習は終わり、みなそれぞれ休憩にはいるところで、足早に綺羅がこちらに向かってくる。
「…すまない…遅くなって……」
「ううん、私が早く着いちゃっただけだし、みんなの…綺羅のカッコいい姿見れてよかった」
「っ…」
片手で顔を覆う綺羅は耳まで真っ赤だった。そんな彼があまりにも可愛くて思わず笑みがこぼれてしまう。パタパタと綺羅のうしろからナギくんが歩いてくるのが見え、軽く手を振ると満面の笑みで近づいてきた。
「なになに?綺羅照れてるのー?まったく本当に名前のこと大好きなんだからぁー」
「……打ち合わせ…」
ナギくんに茶化されてムッとしたのかいつもの表情に戻った綺羅。そんな様子を見てぷーっとほっぺを膨らませるナギくんはまだまだ幼い子供のようでつい甘やかしてしまいそうになる。打ち合わせ、と呟いた彼は、時間になってしまうという意味で言ったのだろう。けれど、時計を見ると予定していた時刻よりまだ早かった。
「うん、そうだね。みんなは少し休憩してからで大丈夫だよ、いつもの会議室にいるから」
「…俺も行く」
「え、休憩しなくて大丈夫?まだ時間あるからゆっくりしててもいいのに」
そう言うと彼はふるふると首を振り、大丈夫だと言った。その後ろで瑛二くんがこちらに向かってきてるのが見えたけど、綺羅の目が私に何かを訴えかけているようなそんな気がして、仕方なく折れる。
「そかそか、じゃあナギくん先に行ってるからって瑛一に言っておいてくれる?」
「はぁーい、楽しんでねぇ」
ひらひらと手を振るナギくんに見送られながら私と綺羅は会議室に行くためのエレベーターに乗り込んだ。
「ふふ、二人は本当に仲良しだね」
「瑛二…、あれ仲良しで済まされるのぉ?」
移動中は一言も話さなかった。居心地の悪い静寂ではなく、安心感のある静寂。いつもHE★VENSが使う会議室は決まっている。部屋に入りドアを閉めると、スっと腕を触られゆっくりと手首までなぞるとそのまま手を繋がれ、私の心臓の鼓動が早くなる。ふたりきりになると急にスキンシップが激しくなるのは彼の癖だけど、最近は会えてなかったからついに事務所でもやるようになったか…。
「綺羅、手つきがえろいんだけど、ちょっ、だめ」
それは席に座っても辞めず、むしろヒートアップする。指の間をすりすりと擦り、ねっとりとした動きで手を愛撫してくる。その瞳は熱を持ったまま。
「手…握ってるだけだ……」
「それ握ってないし、みんな来るから離れた方が…、そもそもここ事務所だし…」
「………」
「そんな悲しい顔されても…」
あからさまにしゅんと落ち込まれてはこちらも罪悪感を覚える。大型犬のような彼に手を伸ばし、そのさらさらな黒髪に指を通し優しく撫でてやると少し頬が緩んだ。キラキラと会議室に入り込む太陽の光が綺羅のすべてを包んで、どこか連れていってしまいそうで私は手が離せなかった。しかし廊下から聞こえた足音と会話に私は現実に戻され、惜しみながら手を離す。
「すまない、待たせたな」
「ううん、大丈夫だよ。じゃあ次のシングルについてなんだけど…」
休憩が終わった他のメンバーが次々に入って定位置に座ると、私たちは予定通りに話を進めた。いくらか話がまとまったところで瑛一からとりあえずいくらか作ってくれるか、と言われこの場はお開きになる。
「こんな感じでデモ作ってくるね、簡単にできたらまた瑛一に連絡するから」
「あぁ、よろしく頼む」
私が資料を片付けていると、瑛一は立ち上がり私の頬に触れた。なんの前触れもなく触られてビクッと反応してしまったけど、瑛一は私の顔を自分に近づけると期待しているぞ、とだけ言い会議室を出ていった。私としてはよくあることだけど、他のメンバーにも殺気が伝わったのかピシッと糸がピンと張ったような時間が流れる。それを破ったのは殺気を出した本人。
「…下まで、送る」
「うん、わかった」
ゆっくりと綺羅は立ち上がり、私の荷物を持って歩き出した。じゃあまた、と他の人に伝え私も綺羅の後を足早に追う。
「べったべたやんなぁ、名前ちゃんに」
「今に始まったことじゃねぇけどよぉ、バレバレなんだよなぁ」
急いで綺羅の元まで追い付き、一緒にエレベーターに乗る。それでも決して私を置いていくわけではなく待っててくれる彼がとても愛おしい。
「瑛一に触られた事が嫌だったの?顔に出てるよ」
「……そんなことは、ない」
「じゃあその手はなによ」
瑛一が触った頬を悲しそうな顔で触れる。綺羅はあまり顔に出ないタイプだと最初は思っていたものの、こうも私のことになると表情に変化がよく現れることがわかった。それだけ私のことを考えてくれてるのがわかるからくすぐったい気持ち。綺羅をどうしようかと考えてるうちにエレベーターは目的の階に到着し、手は離された。
「とりあえず、仕事戻りな?私も今日聞いたこと忘れないうちに譜面に起こしたいし、またあとでね?」
「…あぁ…」
彼の持っていた私の荷物を受け取り、お礼を言ってその場を離れようとするが、あの寂しそうな顔が脳裏に張り付いて剥がれない。ふと振り返るとちょうど綺羅も歩き出したところで、彼の背中がやけに小さく見えた。私は思い切って歩き出す、彼の元に。
「どこか、休みあけるから都合のいい日連絡して、家においで」
彼の腕を掴んでそう伝えると、驚いた表情をしたあと頬を赤くして静かに頷いた。
「!…すぐ連絡する」
「えぇ、約束よ」
テレビの中ではクールな彼だけど、私にしか見せないたくさんの表情はとっても人間らしくて純粋でとっても綺麗なものなんだ。
数分後に鳴ったメールを開くと予定のない日付とメッセージに今度は私が頬を赤くしたのだった。
密な眼差し
(二人きりの時は、沢山甘えてほしい)