美しさに息を呑む

しろくてふわふわでわたあめみたいにあまいおとこのこ。アイリス色の瞳に、パールホワイトの髪、引き締まった薄い唇はまるでお人形さんのように美しかった。初めて会った日、あまりの秀麗さに天使なのではないかと思った、とあとから話したら一瞬驚かれたものの可愛らしく笑われた。

手元にある大量の資料を元に、依頼された作曲やBGMをこなす時間がもう何日も続いた。所謂缶詰状態の中、効率的な作業が出来ているとは言えず、無理やりアイディアを絞り出しては手を動かしている。いくつかの依頼が重なることはよくある事だが、締切までもが同時期になると流石に休む暇もない。

「シオン…」

愛しい彼の名前を呟くが、その声は自分しか居ない虚しい空間に放り出されただけだった。

それからまた数時間が経った。事務所で作業していた私は、少し気分転換をしようと財布と携帯を持ち、自販機へ向かっている。ガラス張りの廊下から見える空はたくさんの星が散りばめられていて、すっかり夜も更けていたことに気づき、そう思った瞬間ドッと疲れが出てきた。

できるだけ甘い物を、と思ってカフェラテを買いベンチに座る。足をだらんと前に出し、重心を前に預けた。ここのベンチの悪いところは背もたれがないことよね、なんて悪態をつくがベンチが置いてあること自体には感謝する。廊下とはいえ空調の効いた空間は心地がよく、疲れた体を1度預けてしまえばもう動く気が失せた。

コツコツ、と誰かが廊下を歩く音がする。足音はふたつ。これが社長だったら嫌だなぁと思いながらも振り返って挨拶する気力もなく、ただゆっくり近づいてくるのを感じた。

「っわ!」

突然両頬に感じる肌の感触に、私は心臓が飛び出るのではないかというくらい驚いた。視界に入ったのは見覚えのある綺麗な細い手。

「ふふ、驚いたか?」

頭の上から降ってきた声は大好きな人の声で、私は頬に触れられた手を自分の手で重ね上を向いた。少しだけ、その愛おしさにドキドキする。

「シオン!…とナギくん、お仕事お疲れ様」
「ボクはおまけ?いいけど」
「ごめんごめん」

隣にいたナギくんに笑われながらため息をつかれてしまった。仕方ないじゃない、数日ぶりに見た愛しい彼を前にしたら誰だってこうなってしまうわ。シオンは頬に触れていた手を離すと優しく頭を撫でてくれた。

「名前は休憩中だろうか」
「そう、休憩してる暇なんてないんだけどね…」

私はここ数日間のことを話した。たくさんの依頼があるのは嬉しいがまともに休めていないこと、同時に締切が迫っていること、改めて話すとなんとも依頼のタイミングが悪かったなと思う。

「ま、少しの気分転換は大切だよね。名前にしては行き詰まってるみたいだし」

意外にもナギくんは私のことを肯定してくれた。名前にしては、って言葉が私のことを良く評価してくれてる上に心配してくれてるみたいでなんだか少し申し訳ない。

「ナギくんの優しさが身に染みるよ…。流石にろくに寝れない日が続くと疲れちゃって」

ナギくんはやれやれという表情で私を見ていたのだが、不意に彼の携帯が鳴った。それは瑛二からの連絡だったみたいで、瑛二との約束忘れてた!と言ってナギくんは颯爽とその場を離れてしまった。パタパタと走り去っていくナギくんの後ろ姿に手を振る。

「癒し……。天草は名前を癒したい」

視線をシオンに向けると、なにやら難しい顔でそんなことを考えていたらしい。

「癒してくれるの?」
「なにを、すればよいのだろうか…」

そう言うとまた少しだけ眉間に皺を寄せて考え込んでしまった。私のことで一生懸命に考えてくれる彼は可愛らしい。ふんわりとした髪の毛が揺れる。私はシオンがここにいるだけで癒されるし幸せなんだけど、そう言っても納得してくれないだろうと思ってひとつの提案をした。

「じゃあ、ハグしよ!」
「ハグ?」
「好きな人を抱きしめるのはリラックス効果があるんだよ」
「そうであったのか…!そんな効果が…」

ぱぁっと表情が明るくなる。彼は私の両手をつかんでベンチから立ち上がらせると、キラキラとした笑顔でこう言った。

「さぁ、来い」

その瞬間私はこれまでの疲れとか、眠気も全部吹っ飛んだ気がしてニヤケが収まらなかった。ゆっくりとシオンの広げた両腕の中に収まれば、柔らかく暖かい身体に包まれて胸がときめく。太陽のような香りとか、細いけれど強く抱き締めてくれる腕、頬に触れる彼の柔らかい髪、174pという身長は案外遠くはなくて思ったより距離の近い整った綺麗な顔。私は彼と恋仲になった今も、本物の天使なのではないかと思うのだけど、また笑われてしまうから言ってあげない。

「名前はふわふわしていてきもちがいいな」
「それは誉めてるの?」
「もちろんだ。もう名前なしではいきてゆけぬ…」

二人で静かに笑いあう。しかし、ここが事務所の廊下だということを思い出して名残惜しいけどゆっくりと離れた。その代わり、というように私の指に自分の指を絡ませるように手を繋ぐシオンはなにかを企んだように色っぽく笑う。

作業場に戻った私が息をするのも苦しいくらいシオンに甘やかされるとは、このときはまだ知らなかった。



美しさに息を呑む
(それでも彼と私は同じもの)




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