「WHITE」

人生は儚い…と、私は思う。生まれてから死ぬまでが80年だとしても、私はどれだけの時間をこの清潔な白い空間で過ごすのか、と考えるだけで、嫌気というよりは諦めの感情の方が強くなっていた。…少し前までは。

小さい頃から身体が弱く、長年入退院を繰り返す日々だった。それでも大人になるにつれて少しは丈夫になり病院に来る回数も減ったが、ひとよりは病院暮らしが長いことは実感している。一般に“子供”といわれる時期が過ぎ、心も身体も“大人”といえるようになったいま、私はまたこの白い空間に閉じ込められていた。

そんな私は今のこの目の前の状況から目を離すために、少し昔のことを思い出してみようと思う。

たしか初めて“彼”に会ったのは、私が中学生の頃だったはず。最初の彼の印象は、小さくてふわふわでなんとなく甘そうで、美味しそうだなと思った。たまたま廊下ですれ違っただけなのだが、なぜか異様に目を惹かれたのを覚えている。あとで看護師さんに聞いてみたら、短期入院している子だそうで少し変わっているらしい。そのときは興味無さそうに“ふーん”とだけ返事したが、内心は興味津々で、また会えないかな、なんて考えながらその日は眠りについた。

次の日、私は運良く彼に遭遇した。入院している子供たちが集まるスペースの隅の方で、小さくなって本を読んでいるふわふわの物体はすぐに彼だとわかる。

「こんにちは」
「……」

声を掛けてみたら、ちらりと目だけこちらを向き、じーっと見つめてきた。昨日の看護師さんが“変わってる”といったように、彼のまわりには誰もいなかった。多くはないが、他にも子供はいるのに誰も彼には話しかけようとはしていない。その代わり、ちらちらと様子をうかがうように私たちをみていることはわかる。

「私は名前。貴方のお名前はなんて言うの?」

私はまわりの子や、彼の少し不安そうな視線に負けずに話しかけた。

「………しおん」

少しだけ開いた口から聞こえた声は微かだが確かに“シオン”と呟く。なるほど、声が出ないわけではなさそうだ。隣座ってもいい?というと、こくりと頭を縦に振ってくれたので、ゆっくりと床に腰を下ろす。

「シオンくんは何歳?」
「……12だ」

その答えに私は一驚した。申し訳ないがまだ3、4年生くらいだと思っていたので、この子は高校で大きくなるタイプだな?と一人で考えを巡らせる。その間もシオンくんは私の様子を観察するように、じっとただ見つめてきた。手に持っていた本は、当時中学生の私でも読みたくはないような少し難しい内容のもので、変わっていると言われるのも無理はないかなと苦笑い。

「…名前は…、我を恐れぬのか…?」

透き通るような綺麗な声で紡がれた言葉は、なんとも残酷な言葉だった。それは誰かがシオンくんを怖がったということであり、本人が自分は怖がられる存在という認識をしてしまっているという事実が、その一言に込められている。可哀想だとは思わない、ただ純粋に仲良くなりたいと強く思った。

「怖くないよ、私はシオンくんと仲良くなりたいな」

なるべく怖がらせないように、私は精一杯の笑顔で答えた。

あれからシオンくんは私の病室に来るようになった。お気に入りの本を教えてくれたり、好きな音楽を聴いたり…、たった数日だったけど、私にとってはとても色づいた時間であり、幸せに満ちた空間だったと思う。

彼は自身が退院しても、私のお見舞いに来てくれていた。連絡先もなにも、彼と私を繋ぐものは何一つ無かったのだが、何故か彼は私が入院すると決まって足を運んでくれていたのだ。

しかし時が経ち、彼が高校生くらいになったころからは忽然と姿を現さなくなった。私自身、入院する回数も減り見舞いなどということに縁がなくなってきたのは確かだが、こうもめっきり姿を見なくなると寂しいという気持ちでいっぱいになる。時間とは残酷なもので、そんな気持ちも薄らいでいってしまった今、とても不思議なことが起きていた。

「…し、シオンくん?」

数年ぶりにたった数日だが入院することになって、見慣れた病室から空を眺めため息をついていたとき、ガラガラと扉が開く音がした。個室なわけではなく、出入りする人間がいるのは珍しくないのだが、今回はやけにその音が気になったのだ。ふと、視線を向けるとふわふわと揺れる白い髪の毛が見えた。あぁ、同室の人がいま出払っていて良かったな、と冷静に考えたのだが、口から出てきた言葉は動揺を隠せていなかった。

「久しぶり、だね…。どうしたの?」

ゆっくりとこちらに向かってくるシオンくんは柔らかく笑っていて、私は少し涙ぐむ。小さい頃から綺麗だったけど、こんなに美人に成長するものなのかと感心した。

シオンくんはベッドに座っている私の目の前に立つと、小さく深呼吸をして、ずっと後ろに隠していた左手を私の目の前に差し出した。そこには彼のように美しく、綺麗な花束があった。

「そなたを、迎えに来た」

まるでプロポーズのような言葉と共に贈られた花束は、はるか昔に1度だけ好きだと話した事があった花。連絡先も知らない、年に数回会うか会わないかの彼にこんな感情を持つのは到底可笑しいと自分でも思うのだが、私は心の底から彼のことが愛おしいと感じた。

「暫く会うことが出来ず、すまなかった…」
「そんな、約束してたわけじゃ、ないから…」
「それでも、天草は名前と会えぬ間、心が満足に癒えず苦しかった」
「っ…」

彼は花束を私の身体の上に置くと、自身もベッドの端に座った。人はたった数年でここまで成長するのかと、可愛らしい男の子から大人の男性に変身した彼を見て思う。不意にシオンくんは私の手に触れ、優しく包み込む。

「今日は、想いを伝えに来たのだ」

トクントクンと自分の心臓の音がやけに大きく聞こえた。

「天草はそなたを…、名前を好いている。これからを、そなたと共に生きたい。恋人、という関係になってはくれぬだろうか」

白いカーテンから漏れる光に照らされ、少し照れたようにはにかむ彼は、私に純粋な気持ちで想いを伝えてくれた。宝石のように輝く瞳と視線が重なる。私の返事はひとつしかない。

「私も、シオンくんが好き。こんな私でよければ、付き合ってください」
「こんな、などと言うな。天草にとって、唯一無二の存在なのだから」

彼の細い腕が私の体に伸び、優しく抱きしめられる。変わっている、と言われていた彼に差し伸べた手。それが今度は恋人として、私に差し伸べられることになるなんて思いもしなかった。壊れ物を扱うかのように優しくまわされた腕が離れ、私の頬を撫でる。

「そなたの全てが愛おしい」

彼に送られた花束が、日の光を浴びてキラキラと輝いていた。



「WHITE」
(私がHE★VENSを知るのは、まだ少し先の話)




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