にゃあと鳴いて蝶を捕る | ナノ


▼ 06

フクの飲み屋での仕事を終えて市子が家へ帰ったのは今日はいつもより早い時間だった。ただいま、と言って家に入ればおかえり、と夫の声が帰ってくる。

「おつかれさま、今日は忙しかったかい?」
「ううん、今日はぼちぼちよ。フクさんの用事があるから早くお店を閉めたの」

夫は市子を迎えに出てくるがその身体はどこか酒臭い。市子が仕事に出ている間にまた酒を飲んだようだ。

「…ねえ、どうして止めれないの?」
「なにがだ?」
「お酒よ。前にそれで身体を壊したでしょう、お医者様にももう飲むなと止められているじゃない」
「医者は大袈裟なんだよ、少しぐらい飲んだって大丈夫さ」
「大丈夫じゃない!」

呑気な夫の言葉に市子を声を荒げると夫は少し怪訝そうな目で市子を見た。

「なんだ、市子も飲んでるのか?」

夫の言う通り市子は酒を飲んでいた。いつもより早く店を閉めた後フクがたまには市子ちゃんも一杯飲みなと勧めてくれたのだ。ここ最近仕事の事で夫と口喧嘩する事が多くどことなく疲れた様子の市子を気遣ってくれたのだろう。

「お医者様は大袈裟だと言うのなら私の言う事を聞いてくれたらいいじゃない、当たり前の事を言っているだけよ!」

夫に対して強い口調の市子だがそれは酒のせいではない。我を忘れる程飲んじゃいないし普段から同じことを言っている。

「…うるさいな、俺だって辛いんだ。飲まないとやってけるか」
「それでまた身体を壊しでもしたらどうするのよ!」

だが夫には通じない。

「あなたの為を思って言ってるのにどうしてそんな事が言えるの?!」
「おい、大声出すなよ」
「誰のせいよ!」

夫はいつもこうだ。夫の事で口論になっていると言うのに返ってくる言葉はどこか的はずれな事ばかり。

「お酒の事だけじゃないのよ、他にも言いたいことまだあるのよ」
「なんだよ、言ってみてくれよ」
「自分から言いなさいよ、心当たりはあるでしょう!」
「人に鎌をかけるような事言うな!」
「どうして素直に謝れないのよ!!!」

夫は女遊びこそしないが黙って家の金を持ち出しては酒や博打などに使ってしまう。市子に見つからない訳がないのに黙って手をつけて直接追求するまで知らばくれる。賭博に使った金は今は無理だが必ず返すからといつも言うが返ってきた事は一度もない。

「…ねえ、仕事は見つけたの?」
「今その話はしてないだろう」
「まだなのね…」
「知り合いに条件の良い仕事を紹介してもらうって言っただろう、今日その人と話をしてきたんだ!」

その話は本当なのか嘘なのか。仕事はまだかと聞けばいつも同じような事を言って仕事が決まった事はない。仕事に関する夫の言葉は信用が出来なくて呆れるように市子がああそうと言えば夫はチッと舌打ちした。

「ったく、気分が悪い」
「自分のせいでしょう!」
「ああそうさ悪いのは全部俺だ。どうせ市子も俺と結婚したのが間違いだったと思ってるんだろう、俺と別れたいと思ってるんだろう!もう俺の事を愛していないんだろう!」
「そんな事言ってないじゃない!」
「言わなくたって分かるんだ」
「どこへ行くの?」
「どこだっていいだろう!」
「よくないわ、どこへ行くのよ!」
「市子が疑っているから、仕事を紹介してくれると言った人と話をしてくるんだよ!仕事を決めてくれば市子は満足なんだろう!」
「ちょっと!!」

そう言って夫は市子の制止を聞かず家を飛び出た。市子は追いかけようとしたが夫は早足でどこかに行ってしまい市子はハァとため息をつく。

残された市子は考える。
何も無理な事は言っていないつもりだ。持病を持っていたとしても無理をしなければ働き盛りの男とそう体力は変わらないのだから出来る仕事はあるはずだ。なのにいつも言い訳ばかり。挙げ句には金は持ち出し身体に悪いのだから酒を止めろと言ってもやめてくれない。家のために働いているのは市子だと言うのに喧嘩をするとどうしてあんなひどい態度をとれるのだろう。

「…どうして、」

どうしてなの。
愛しているからここまで来たのに。
愛してるからあなたを信じてここまで着いて来たのに。
愛しているから許してきたのに。
愛しているから、これから頑張ってくれたら全てを許せるのに。

「…」

飲み過ぎは身体に悪いけどね、でも飲めば少しは嫌な事は忘れちまうよ。
市子はフクの言葉を思い出して居間に残っていた夫の飲み残しの酒をグイと一気に飲み干した。フクがくれた酒よりだいぶ強く飲んだ直後は頭がクラッとしたが慣れない酒を呑めば気分が良くなる。

これなら夫が戻ってきたとき穏やかに迎えれるだろうか、おかえりなさいと言って仲直り出来るだろうか、悩まずすんなりと眠れるだろうか。市子はフラフラと玄関の方へ向かった。少し通りの方まで夫を探しに出てみよう。夫がいたら戻ろうと言ってあげよう。そう思いながら玄関を出て通りに出ようとした時に出会ったのは。

「市子」

こんな所に何故、と市子が酔いが少し覚めた。

「尾形さん…」

何故なら家から出てすぐの所に尾形百之助が待っていたからだ。


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