にゃあと鳴いて蝶を捕る | ナノ


▼ 07

尾形と市子、二人は今待ち合い茶屋に来ている。
家を出てすぐの所で尾形と出会って「何故尾形さんがこんな所に」と言いかけた市子だったが言い終わる前に尾形に手を引かれこっちだと連れてこられたのが待合茶屋だった。酔いが完全に覚めていない市子からしたら何が何やら分からぬまま茶屋に到着したのはあっと言う間で、座敷に着いてピシャリという襖の閉まる音が聞こえ顔をあげれば尾形がいる。

「市子」
「…尾形さん」

尾形はヘタリと座り込む市子のすぐ前に腰を下ろした。市子の頬はほんのり赤い。

「飲んでいるのか」
「ほんの少しですよ、意識はちゃんとありますよ」
「でも酒には慣れてないだろう」
「飲めば…良い気持ちになれるから」

嫌な事忘れるでしょう?と言って市子が首を傾げれば尾形は哀れむように目を細めた。

「やはり市子は俺と一緒になるべきだ」
「え?」
「また旦那と喧嘩しただろう」
「喧嘩なんてしていないわ」
「嘘を言うな」

実は尾形は市子と夫の口論を聞いていた。夫が飛び出していたのを知っていて市子が出てくるのを待ち伏せしていたのだ。

「旦那とは別れちまえと、誰もが思ってる事だぞ」
「…それはまた噂で聞いた話?」
「噂を聞かずとも分かる事だ。市子を助けてくれる人間は誰もがそう思っているはずだ」

数時間前、尾形はフクの店を訪れた。いつもなら空いているはずなのに今日は早くから店の明かりが消えてシンとしている。休みなのだろうか、そう思えば店じまいを終えたフクが出てきて市子ならもう帰らせたと言う。その時フクはジッと尾形を見た。何か言いたげに尾形を見ていて「なんだよばあさん、俺に言いたい事でもあるのか」と尾形が言えばフクはハァとため息をついた。

「あの亭主はろくでなしだよ」
「市子の旦那のことか」
「ああそうさ。外面だけは良いみたいだが、あんな男別れちまった方が市子ちゃんの為さ」
「ああそうさ、俺もそう思うぜ」
「…市子ちゃん元気がなかったよ、亭主が勝手に金を使っちまうんだってさ。酒や賭博に消えちまって、今の働きだけじゃあ足りないからまた新しい仕事を探すと言っていたよ。当の亭主は寝てばかりだと言うのにどうして市子ちゃんばかりが苦労しなきゃならないのかねぇ」

一緒に過ごすうちにフクは市子の事を娘のように思えてきたのかもしれない。働き者の市子…なのに夫は家で過ごしてばかりいる。家を世話してやったフクだからたまに二人の家の方まで様子を見に行く事がある。その時に二人の口論が聞こえてくるとフクはとても辛くなる。夫の市子に対する態度を聞いていっそのこと別れた方が楽なのにといつも思うのだ。

そして別れ際フクは「市子ちゃんは店の裏手にある一軒家に住んでるよ」と言って帰って行った。フクが市子の家を教えてくれたのは、尾形が会いに来るのを夫には伝えず黙認しているのは、市子は夫と別れて尾形と一緒になった方が幸せだと思ったのかもしれない。

「市子」

尾形が市子にズイと近づく。

「なぁ市子、ここがどういう場所だか分かるか」
「いいえ…」
「男女が逢い引きするところだ」

そう言われ市子は部屋を見渡す。そこには一組の布団は敷いてある。男女が逢い引きするところと言われ市子はハッとする。

「私帰ります」
「待てよ」
「あっ」

急いで出ようと立ち上がろうとするが尾形に腕を掴まれて体制を崩し市子は座り込んでしまう。そんな市子をグイと引き寄せると尾形は市子を抱き締めた。

「何故俺と関係を持ってくれない?」
「何故って、持てるわけがないじゃない」
「それは結婚しているからか?あの亭主がいるからか」
「そうよ…私にはもう夫がいるの、なのに夫以外の人と関係を持つなんてそんな事」

市子は尾形に抱き締められながらどうにか抜け出そうと必死に尾形の胸を押す。だが男の力には敵わなくて尾形は少しも動かない。夫がいる身で他の男と関係を持つ事など出来ないと真っ当な事を言って尾形の誘いを断ろうとするが尾形は諦めない。

「なら金を出そう」
「なに言ってるの?」
「市子を抱くのに金を払う、それならいいだろう」
「よくないわ、なに言ってるのよ!」
「生活の為に俺に抱かれてくれ。もし亭主に見つかったらこう言えばいい、お前のせいでこうでもしないと金が足りないと、お前のせいでこんな事になったとな」

それは市子の弱味につけこむ行為だったかもしれない。しかしそうまでして尾形は市子に近づきたかった。

「金の為にやっていると割りきっていい…市子」

尾形がゆっくりと市子を押し倒す。市子を組み敷く形になったが市子はもう尾形から逃げようとしない。それは金の話を出されたからか、それとも先程の夫の態度を思い出して少しでも現実から逃避したくなったのか。

「尾形さん…」

酔いが完全に覚めていない市子は尾形に甘えたくなった。尾形の頬に手を回すと尾形は嬉しそうにニコリと笑う。

「市子」

ああ、やっと市子を抱ける。
そう言って尾形は市子に口づける。市子もそれを拒否せず受け入れる。

その夜二人は一線を越えたのだった。


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