▼ 05
その日尾形が市子を訪ねると店にはフク一人だった。市子は足りない物を買いにお使いに行っていてもう帰ってくる頃だとフクが教えてくれる。尾形とフクはその頃にはもう顔見知りになっていたから彼女から適当に座って待つといいよと言われ尾形は大人しく店の中で待つことにした。
尾形は頬杖をついてぼんやりと市子を待っている。そんな尾形をジッと見ると仕込みをする手を止めてフクは声をかけた。
「軍人さんは市子ちゃんの事が好きなのかい」
直球過ぎるフクの質問。尾形は顔を上げてフクを見る。
尾形から口説かれたなんて話を市子はフクにしないが日々市子目当てに熱心に通う尾形を見ていると市子に対する好意は明らかだ。
「ああそうだな、一緒になりたいと思ってるよ」
「あの子にはもう亭主がいるよ」
「知ってるよ」
尾形があまりにも簡単にそう言うものだからフクは驚いて目を丸くした。尾形の好意は分かっていたがまさか市子が結婚していると知っていて特別な関係になりたいと願っているとは思わなかったのだ。
「人の物を奪ってまで一緒になりたいのかね」
「ああなりたいね、市子は俺の運命の女なんだ」
フクの言う事がごく一般的な意見だろう。年寄りの説教ではないが極々当然の事をフクが言えば尾形は悪びれる事もなくそう答える。
「人の物と言っても夫婦は元々他人だろう、老い先短い両親から引き離そうとしている訳ではないんだ男に対しての罪悪感はないね」
市子に店を手伝ってもらうようになって市子目当てに店に来る男も増えた。だが彼らは市子が美人だからその場で話すのが楽しいようでそれ以上に市子に迫ろうすればフクがいつも止めに入った。これまでの男達は市子の旦那さんに見つかるよと言えばなんだ旦那がいるのか残念だ、なんて言いながらそれ以上市子を困らせるような事を言ったりしなかった。だがこの尾形と言う男は違う。市子に夫が居ようが構わず、その夫から市子を奪っても罪悪感はないと言う。
「そうかい…」
強がりではなく、それはこの尾形の本心なのだろうとフクは思った。ジッと見てくる尾形の視線がどこか不気味でフクは視線を反らすと仕込みの作業を再開した。
「ばあさん旦那に告げ口でもするか?女房を狙っている男が居るぞ、と」
「そんな事するもんかい」
そんな野暮なことしないよ、とフクは言う。
それを聞いて尾形は利口だな、とニヤリと笑うのだった。
prev / next