保健委員の集まりが終わったところで思いきって白石くんに話しかけてみた。
私から話しかけることなんて滅多にないからか、彼はちょっと驚いているように見える。
「水野さんから話しかけてくるなんて珍しいな」
「まあね……謙也のことでちょっといいかな?」
「ええで。あ、俺教室に用事あるから歩きながらでええ?」
「いいよ、私も謙也迎えに行かなきゃだし」
頷くと白石くんは穏やかに笑った。うーん、やっぱりイケメンだな。
2組の教室へ向かい歩き出しながら話を切り出した。
「色々と謙也に気遣ってくれたみたいで……ありがとうございました」
「ハハッ、何のことやらさっぱりやな」
「えっ?」
「俺は、ケンヤの友達が困ってるっちゅーからちょっとした助言と手助けしただけやで」
「謙也の友達?」
「……何や恋愛関係で色々あったらしいで、俺の友達がって相談されたんや」
「!」
白石くんの言い方で、謙也が私のことは隠して話をしていたことを察した。
そっか、最初に私が秘密だと言ったからそれを守ってたのかも。
「でも白石くん、わかってるよね」
「せやな。そこがあいつの詰めが甘いとこや」
「……」
「大丈夫やて、他の奴には言うてへんから。俺も言う気ないし、な」
白石くんの性格からしてその言葉は信じていいと思うけど。
そこで2組についてしまったからそれ以上は何も聞けなかった。
*
珍しく2組で雑誌読みながら待っていた謙也と合流して学校を出た。
その途中でお見舞いの品にお花を買ってから忍足医院に向かった。
「あら謙也くん。今日は彼女と一緒なん?」
「え?」
「ちっ、ちゃいます! 彼女やのーて、同級生です!」
受付で名簿に名前を書いていたら話しかけてきた看護士さんは謙也の知り合いらしい。そんな風に茶化された。
謙也が慌てて否定したのにチクリと胸が痛む。
(私も謙也に同じ事してたんだよね)
「ったく、すまんな」
「あ、ううん別に気にしないから」
「そんな慣れるほど言われてたんか。ん、次歌の名前書いてや」
申し訳なさそうに顔を歪める謙也に、そうじゃないと言いたかった。
けどその前に謙也は名簿を書き終わってその言葉は遮られる。
好きだってこともちゃんと伝えないと。いつまでもこのままじゃダメだ。
「書いたよ」
「ん、じゃ行くか。201号室や」
謙也のあとについて行けば病室にはすぐ着いた。
コンコンとノックすれば中から女の人が顔を出した。
かなりの美人で、花野さんが大人になったらこんな風になるだろうと思わせる人。多分、この人が花野さんのお母さんなのだろう。
「まあ、忍足さん。その節はお世話になりました」
「あ、いえ、俺は特に何も。えと、今日花野さんは?」
「先程検査が終わって戻ってきたところです。どうぞ、お入りになってください」
「じゃ、お邪魔します」
花野さんのお母さんはやたらと謙也に低姿勢だ。
初めて話を聞いたときに先生達を制止したって聞いていたから、もっと強い人なのかと思っていたけど……。
とか色々考えていたら、花野さんのお母さんがこちらを見ていることに気づいた。
「あ、えっと」
「……もしかして、水野歌さん?」
「はい、そうですけ、ど!?」
私が肯定し終わるその前に花野さんのお母さんは私の手を取りぐっと握る。
何事かと内心驚いている私に、花野さんのお母さんは口を開いた。
「娘を助けてくれてありがとうございました」
「あっ」
「あなたが誰より早く駆けつけて、乙女を引き上げようとしてくれたと聞きました」
「……でも、実際私は何も」
「いいえ、もしもっと水を飲んでいたら大変なことになっていました。だから、本当にありがとうございました」
「あの……えっと」
「お母さん、その辺りにて手を離してあげてください」
いつまでも強く手を握られて、困っていたらベッドの方から声がした。
話が聞こえていた花野さんが助け船を出してくれたらしい。
花野さんの言葉に我に返ったお母さんはそこでやっと手を離してくれた。
「あ、ああ、ごめんなさい」
「いえ、大丈夫ですから」
「ごめんなさい、私昔からこう、すぐに周りが見えなくなってしまって……。お花ありがとうございます。生けて来ますのでごゆっくり」
恥ずかしそうに顔を赤くしたお母さんは私の手にあった花束を持つと病室から出て行った。
ドアを閉めてから私と謙也はベッドの方に近づき、花野さんに声をかける。
「お母さんいい人だね」
「ええ。あの」
「謝らまらなくていいよ、花野さんは何も悪くないから」
いつも謝ってくる花野さんのことだから第一声で謝ってくるだろうなと思っていた。
先に牽制すると黙ってしまった。今日私がここに来たのは謝罪の言葉を聞くためじゃない。
むしろその逆なんだから。
「今日は、お礼を言いに来たの」
「え?」
「ありがとう、私の事助けてくれて」
「……そんな、私がちゃんと言えばよかったんです。水野先輩じゃないって」
「でも、先生には突き落としたの誰だって聞かれただけなんでしょ?」
「それは、そうですけど」
「あの子達の名前を知らないんだから、知らない上級生って言うのは当たり前だよ」
あの時のことは花野さんにとって辛い事だったと思う。
でもそれを思い出してまで私じゃないと言ってくれた。
だから私は友達とまた学校で笑え合えた。お礼を言っても言い尽くせない。
「でも……」
「うん?」
「でも私、忍足先輩に聞かれなかったら水野先輩が疑われているってわかりませんでした」
「いっ……」
「え? 謙也?」
「はい。あの出来事の2日後くらいにお見舞いにいらしてくれたんです。そこで」
「わーっ! 花野さんそれよりちょお聞きたいことあるんやけど!」
それまでずっと黙って成り行きを見守っていた謙也が慌てて割り込んできた。
何か聞かれたらまずいことでもあるんだろうか。問い質そうとしたがその前に謙也が話を切り出した。
「財前のことなんやけど」
「!」
「ちょ、謙也」
「いいです、続けてください」
財前くんのことは私も気になっていた。でもこれは花野さんたちの問題で、私たちが首を突っ込むことじゃないと考えていたんだけど……どうやら謙也は違ったらしい。
「この前あいつがお見舞いに来た時に言うたことは本心なんか?」
「……!」
「もしそうやないならちゃんと会うて話して欲しい。あいつ今、相当腑抜けとるから」
「……そう、ですよね」
辛そうに顔を歪める花野さん。私はただ黙って見ているしかなかった。
ちらりと謙也を見れば、いつも以上に真剣な顔をしている。不謹慎だけど、少しドキリとしてしまった。
「……わかりました。光くんに、会いに来て欲しいと伝えてください」
「ん、わかった。都合悪い日とかはあるんか?」
「ありません。お願いします……頼むばかりになってしまってすみません」
「ええって。じゃあ今日帰ったら連絡しとくわ」
「はい」
頷きながらも花野さんの顔は暗かった。思わず謙也と顔を見合わせてしまう。
こんな状態で帰れない、どうするんだと謙也を睨みつける。
と、彼はため息をついて口を開いた。
「財前は会いたがってたで」
「えっ」
「でも会いに行くんが怖いって、花野さんに嫌われたんやないかって」
「そんなことっ!」
「ないよな。ほな、会いに来たらそう伝えたってや。んで、ちゃんと仲直りしてや」
「……はい」
静かに頷いた花野さんはさっきよりは幾分か穏やかな表情になっている。
やっぱり、謙也ってすごいな。人の気持ちを察して、安心させることが出来るんだから。
そして私はそれに何度も助けられた。多分、本人は気づいていないと思うけど。
謙也のそういうところがやっぱり好きだなーと改めて実感した。