Dream | ナノ

全部、はっきりと


※前半、財前目線の話です。


ケンヤさんからメールが来たんは、その日の夜やった。スピードスターにも程があるでしょう。
メールには彼女が会いたがっていることと共に面会時間と部屋番号も書いてあった。


「……ほんま、あの人こーいうとこマメやな」


お礼を伝えるメールを送って携帯を閉じる。
乙女が俺に会いたがっとる。けど、それが別れを告げるためやったとしたら? 転校するのかて、ホンマは俺ともう会たないからで。


(このまま会わんで別れた方がお互いのため何やないの?)


ベッドに寝転がり、目を瞑る。
さほど疲れとるわけやないのに、段々体が重くなってきた。







気がつくと教室におった。
俺は自分の席に座って、いつも通りヘッドフォンで音楽を聞いてる。
聞いている曲が終わって、次の曲に移ろうという時、小さな声が聞こえた。


「……くんっ!」
「え……」


次の曲が流れ始める。伏せていた顔を上げて辺りを見回すと廊下に乙女が立っとった。
その顔は今にも泣き出しそうな、苦しいもの。目には涙が溜まって零れそうになっとる。
慌ててヘッドフォンを取ろうとするけど、取れない。ウォークマンの音量も下がらずむしろ音は大きくなっとる。


「ーーーー!」
「何や、乙女!」
「ーーーー!」
「聞こえへん! っくそ!」


どうすれば乙女の声が聞こえるんや。近づいてみようにも身体が動かへん。
立ち上がることも出来ず、とうとう乙女は涙を溢れさせて走り去ってしまった。


「っつ、待てや、乙女!」


気づくと急に辺りが静かになって、目の前には自室の天井が広がっとった。
手元にあった携帯を開いて時間を見ると、あれからまだ30分も経っとらん。
さっきのが夢だと気づくのに、少し時間がかかった。


「……何ちゅー夢見とんのや」


逃げようと思った俺に警告するような夢。
あの時も乙女を助けられへんくて、後悔したっちゅーのに。
と、携帯がまたメールの受信を告げた。確認するとそれはケンヤさんからやった。


「……わかってますよ、大きなお世話っすわ」


メールにはただ一言『明日行けよ』とだけ書いてあった。
ホンマ、この人、他人の背を押すんが得意やな。







ちょうど部活もなかったし、午前中から忍足医院に向かう。その間も帰りたい気持ちが強くて、変な汗をかいとった。
受付にある面会者名簿に自分の名前と乙女の名前、部屋番号を書く。
乙女のいる病室は同じ階にあるからすぐに着いた。


「……ふぅ」


一度大きく深呼吸をして、ドアをノックする。中から乙女らしき声で「どうぞ」と言われた。
何も言わずにドアを開けると、ベッド回りのカーテンが閉まっとる。


「お母さん? 今日早いね、まだ面会時間始まったばっか」
「乙女」
「!」
「……カーテン、開けてもええ?」
「……うん」


どうやら俺を見舞いに来た母親と勘違いしとったらしい。
カーテン越しに聞けば、乙女の影が小さく頷いた。最後に会うたのは約1週間前。
だたそれだけやっちゅーのに、顔を見るとやっぱり好きやって想う。


「乙女」
「……光くん……ごめっ」
「謝らないかんのは俺の方や」


気がついたら俺は乙女を抱きしめとった。拒否されたらどうしようかと思ったけど、彼女も俺に腕を回してきた。
たったそれだけで、乙女が俺と別れ話をするつもりがないこともまだ俺を好きでいてくれとることもわかってしまった。







財前からメールが返ってきたのは夕方やった。花野さんと仲直りしたことと、月曜日からは部活に出ることが珍しく長文メールで書いてある。
そして、その最後には『水野先輩に謝りたい』と書いてあった。


「……そか、仲直り出来たんやな」


これでひと安心や。あとは2人の問題やから俺が出来るんはここまでや。
財前に歌の方に聞いておくとだけ返して俺はすぐに彼女に電話をかける。


「もしもし?」
「おう、歌。今平気か?」
「うん、何?」
「財前からな、花野さんと仲直り出来たて連絡来たんや」
「そっか、よかった」


心底安心したように言う歌。ホンマにあの2人が心配やったんやな。
けど……それっておかしない? 財前のことが好きなら多少は残念に思うんじゃあ。


「謙也?」
「えっ、ああすまん。それでな、財前が歌に謝りたいて」
「……うん。私も財前くんに話したいことがあるからちょうどいいかも」
「話したいこと?」
「はっきりさせようと思ってるんだ、全部。ちゃんと言うよ」
「それって」


言葉を濁してるけど、歌のやつ告白する気なんか。電話越しに彼女が頷くのを感じた。
告白したところで財前がOKするわけでもないのに、何でや。


「……でないと、謙也と向き合えないから」
「うぇ!?」
「何、そのアホな声」
「や……え……俺とって、え?」
「っ!」


どうやら声に出す気はなかったらしい本心が漏れたらしい。息をのむような音が聞こえた。
俺と向き合うって、それってつまり……。黙ってしまった歌に恐る恐る声をかける。


「あの、歌さん?」
「何でさん付け」
「や、何となく……さっきのってその、期待してええんか?」
「……想像にお任せする。じゃ、財前くんと会うのにどうすればいいかわかったら教えて」
「お、おお」


俺が返事をした直後、電話が切れた。携帯をベッドに投げ出してその場にゴロンと寝転がる。
歌が、俺と向き合うって。それは肯定的に捉えてええんかな。彼女の最近の様子を思い返すとそうやろなあと思ってしまう。


「……全部はっきりさせる、か」


歌からの衝撃発言に忘れそうになったが、財前に連絡とらんと。
投げ出した携帯を取って、財前に都合を伺うメールを送った。







財前から返ってきたメールには月曜日の放課後、部室でとだけ書いてあった。
それを歌に月曜日の朝、登校中に伝えれば彼女からも了承の返事を得られた。


「じゃ、放課後テニス部の部室行ってくれ。俺が出来るんはここまでやからな」
「ん、わかった……ね、謙也」
「何や?」
「部室の前まで着いてきてくれない? その後は先に帰っててもいいから」


俺が出来ることはこれだけ、かと思ったら歌は遠慮がちにそう言った。
まったく、先に帰れなんてどの口が言うてるんだか。
思わず歌の頭にポンと手を置く。顔を上げた彼女はびっくりした顔しとる。


「何が先に帰ってええ、や。ちゃんと待っとる。お前らの話聞こえんようにちょっと離れたところでやけどな」
「謙也」
「全部、はっきりさせるんやろ?」
「うん」


力強く頷いた彼女に満足して笑えば、歌も笑い返してきた。
きっと緊張しているであろう彼女には申し訳ないけど、放課後が待ち遠しくなっていた。

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