Dream | ナノ

謝らないと


※後半半分くらいが花野乙女サイドの話になります。



歌の家を出て歩きながら、今日の彼女はどことなくおかしかった気がした。
いつもは見送るなんて言わんし、部屋かて汚いままやったのに。


(ま、今はそれより花野さんやな)


一度自宅に帰って着替えて、翔太が帰っとったから一声かけてから病院に向かう。
正面から入れば、やはりこの前同様にベテランの看護師が話しかけてきた。


「あら謙也ちゃん、今日も鍵忘れたん?」
「いや今日は別件で……面会ってできます?」
「面会? お友だちかしら?」
「ええまあ知り合いなんすけど……花野乙女さんって女の子なんやけど」
「花野さん? ああ、居たわね。ちょっと待って親御さんと一応先生にも聞いてみるわ」


看護師はすぐにどこかへと内線をかけ始める。
おとんはともかく、花野さんの親がOK出すかなぁ……もしかしたらそこであかんって言われるかもしれん。
時間がかかるかと思いきや、看護師は案外あっさりと内線を切ってしもた。


「お待たせ、短時間なら大丈夫、ですって」
「え……花野さんの親がええって言うたんすか?」
「ええ。わざわざありがとうございますってやたら低姿勢やったよ?」
「あ、そっすか」
「それとそこに名前は書いてね。規則やから」
「はい、ありがとうございます」


お礼を言ってから名簿を開く。一番下の空欄に名前を書こうとしたら、数行上に財前の名前を見つけた。
患者名の所は所はもちろん花野さんになっとる。


「ああ、そういやその子も花野さんへのお見舞いやったね」
「え?」
「財前くん。でも花野さんが取り乱しててな。親御さんがもう帰ってくれ言うてたんよ」
「……そうだったんすか」
「病室は201号室。場所はわかる?」
「はい。ありがとうございました」


いじめだけやなくて、こんなことになるなんてな。ふたりはどうなってまうんやろ。少し重い気持ちになりながら花野さんが入院しとる201号室のドアをノックする。


「どうぞ」
「失礼します」
「ああ、先生の息子さんがわざわざすいません」
「あ、いえ」


ベッド横に座っとった女の人が立ち上がり、丁寧にお辞儀までして挨拶をしてくれた。
多分、この人が花野さんのお母さんなんやろ。彼女がそのまま大人になったような美人さんやった。
話し方から言うて、俺と財前、花野さんが接点あるって知らんのやろ。


「お母さん、どなた?」
「先生の息子さんが、わざわざお見舞いにいらしてくれたのよ」
「まあ……わざわざすみません」


ベッドを囲っているカーテンが開いて花野さんが顔を出した。
俺の顔を見てびっくりしとったけど、顔の血色はいいし体調も良さそうや。


「忍足先輩?」
「あら、知り合いなの?」
「あ、えっと……。うん、同じ学校の先輩」
「まあ、そうだったの」


花野さんのお母さんの目が少し厳しいもんになった。
親が見てるとこでプールの事は聞けんな、多分聞いた途端に追い出されるやろ。それでも歌の無実を証明せなあかん。
とりあえずは当たり障りの無い質問をする事にした。


「体調、どや?」
「はい、だいぶ良くなりました。ただ授業に出れてないのでその辺りが心配ですが」
「大丈夫やって。退院したらざい……友達に見せてもらい」
「……」
「どないしたん?」


危なく財前の名前が出そうになった。何とか誤魔化せたかと思ったら花野さんが突然黙り込んだ。
顔を見れば、ぐっと唇を噛み締めて泣き出すのを我慢しとるような表情。
隣におったお母さんも不安そうな顔になっとる。


「乙女?」
「先輩、あの時の事を聞きにいらしたんですよね」
「えっ」
「!」
「……忍足先輩が助けに来てくれたことはぼんやりとですが覚えています」


花野さんのお母さんも驚いたように俺を見る。俺はあの事件に関係ないと思っとったようや。これあかんかもしれん。先に話題を振られるとは思ってへんかった。


「今朝、突き落とした人が特定されたと先生から電話をもらいました」
「なっ!」
「名前は聞きませんでした。知りたくもなかったし……卒業まで出てこないように厳重注意もするって」
「ちょ、花野さん話を」
「もう解決したんですから! 私のことは放っておいてください!」


珍しく声を荒げる彼女に呆然とする。あんな目に遭うたこともう思い出したくないっちゅー気持ちはわかる。
でも


「すみませんが、もうお帰りください」
「や、ちょっと待っ」


花野さんのお母さんは俺の腕をやや強引に引いて病室から追い出そうとした。
でも、まだ聞きたいことが聞けてない。俺は正直犯人なんてどーでもよくて。ただ、歌の無実を証明したいだけで。
何とか気張りながら花野さんに1つだけ質問をした。


「花野さんを突き落としたんはホンマに歌やったんか!」
「……え?」


花野さんの驚いた顔を見たところで俺は病室から追い出されてしもた。
ああ、あかん。これもう入れてもらえへんやろ。


(結局まともに話は聞けんかった)


歌にどう言えばええんやろ。悲しむよなぁきっと。どうしようもない絶望しかない。
結局、俺にはもう帰ることしかできなかった。







忍足先輩が出て行った後、病室は急に静まり返った。お母さんがため息を付きながらドアを閉めて、私の方へ戻ってくる。


「……まさか、院長先生の息子さんが関わっていたなんて」
「……」
「ごめんなさい、乙女。怖かったわよね」
「え、ええ」


曖昧な返事をしてしまったのは、さっき忍足先輩が言った言葉が引っ掛かっていたから。
水野先輩が私を突き落とすなんて、そんなことあり得ない。だって私を突き落としたのはあの人達だ。私が落ちた直後に光くんと忍足先輩が来てくれて……あの人達を捕まえてくれたんじゃないの? 


「あれ、でも」
「乙女?」
「その時水野先輩って……?」


水野先輩なら私を探してくれるはず。なのにその場にいないのはおかしい。
それに私は大切なことを忘れている気がする。


(確か、あの時……)


私を突き落とした人達は口々に何かを言っていた。思い返せばこの後、足音が聞こえた気がする。これが光くんたちのものかと思っていたけど、よく考えたらあの人達が去っていった時のものだったのかもしれない。


(……そうよ、この足音が光くんたちのだとしたら)


陸に上がるまでの時間が長すぎる。それにその前、私は、誰かに腕を引かれた。


「花野さん! 捕まって!」


そんな声とともに差し出された手だった。
けどその人は引っ張られない。一度離してくれと言っている気がした。


「乙女っ!」


そうよ、光くんの声がしたのはその手を離した直後だった。それから聞こえたのは何人かの大人の声。
何を話しているのかはわからないけど、助けにきてもらえると安心して力が抜けた。
次に目を覚ますと私はこのベッドに横たわっていた。


「花野、大丈夫か」
「は……い」
「一体誰に来ないなことされたんや」
「……上級生の女子……名前は知りません」


そこでズキリと頭が痛くなった。あの時の事を思い出すと水の冷たさだとか落ちる前に浴びせられた罵倒や暴言が容赦なく私を襲う。
でも思い出さなくてはいけない。光くんより前に私を助けようとしてくれた人のことを。


「っつ!」
「乙女、どうしたの?!」


お母さんの声に思考は停止し、一気に現実に戻される。
やっと思い出した。私を光くんたちより前に助けてくれた人がいたこと。
そして、それはきっと


「お母さん、お願い。先生を呼んで?」
「先生? 忍足先生のこと?」
「違う、学校の先生。どうしても確認したいことがあるの」







先生が来たのは次の日の夕方だった。
体調を気遣ってくれたけど、私はすぐに本題を切り出した。


「あの、私を突き落とした犯人がわかったって言ってましたよね」
「あ、ああ」
「名前を教えてくれませんか」
「!」
「乙女、一体何を」
「お願いします。決して復讐するとか、そんなことではありませんから」


先生の目をジッと見る。
私の意思を感じ取ったのか、先生は小さくため息をついてちらりとお母さんを見た。
お母さんも私のこんな姿は見た事が無かったからだろう。顔面蒼白のまま頷く。


「本当は教えるなと言われているんだがな」
「はい」
「……3年1組の水野歌という生徒だ。本人は否定しているが、お前が落ちた場所に居た上級生の女子は彼女しか」
「違います」
「は?」
「えっ?」
「水野先輩ではありません。先輩は私の事を助けようとしてくれたんです」


突き落とされた後、最初に私を助けようと伸ばされた手と声は水野先輩のものだった。
はっきりと思い出した。
もしあの時手を伸ばしてくれていなかったら私はもっと大量に水を飲んで沈んでいたかもしれない。


「突き落としたのは多分……他の方だと思います」
「なっ」
「……!」
「すまない、学校に戻る」


担任の顔が一気に青ざめて、慌てて病室を出て行った。
ドアが閉まった瞬間、一気に力が抜けて私はそのままベッドに身を預けた。


「ふぅ」
「乙女、あなた」
「緊張しました」
「そう、今はゆっくり休みなさい」


お母さんは何も言わずにぎゅっと抱きしめた後、私を優しくベッドに横たわらせた。
退院したら水野先輩に謝らなければ、ドッと来た疲れに身を任せて目を閉じた。

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