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後悔先に立たず


携帯いじりながら外に飛び出す謙也を見送ってから改めて上履きに履き替える。
2の7に向かいながらも花野さんは謝ってばかりだった。


「すみません、ご迷惑をおかけして……」
「花野さんが謝る事何もないよ」
「だけど……お帰りになるところだったのに……」
「乗りかかった船ってやつだから。それに探し物は人が多い方が早く見つかるよ」
「……はい」


教室には誰もいなかった。これなら私が入ってもお咎めはないだろう。さっき見たとは言っていたけど、改めて彼女の席と他の生徒の席も全部確認した。
ロッカーや、掃除用具入れ、ゴミ箱の中も全部見たけど手がかりはない。


「鞄ってどんなの?」
「水野先輩がお使いになっているのと同じ、学校指定のスクールバックです。目印に黒猫のマスコットがついてます」
「中身は?」
「教科書とノート、お弁当箱と……」
「もしかして、薬?」
「はい。予備はあるのでなくても支障はないんですけど……」


取り繕ったような笑顔だったけど、実際は不安なんだろうな。私はこの通り健康に生まれているから、彼女の気持ちを全部汲み取ることは出来ない。


「水野先輩?」
「えっ……ああ、何?」
「すみません、ちょっとお手洗いに行ってきます」
「あ、うん、わかった」


少し照れ臭そうに彼女は言うと教室から出ていった。
その背中を見送りながら、彼女も大変だよななんてその時は思っていた。







花野さんが戻るまで、教室をもう一度探していたら謙也から連絡が来た。
彼女のものらしき靴を見つけたらしい。とりあえず、これで家には帰れるから一度合流しようということになった。
2の7にいることを謙也に知らせると、財前くんと共に靴を持って現れた。


「あれ? 花野さんは?」
「ん、ああトイレだって言ってさっき出ていったけど」
「さっきって……どんくらい前っすか?」


財前くんに聞かれてふと時計を見る。
ずっと教室を探していて時間を気にしていなかったけど、言われてみればかなり前だった気がする。
それと同時に嫌な予感がした。慌てて女子トイレへ走る。


「花野さん! いる!?」


トイレに向かって呼び掛けても返事はなく、個室のドアも全部開いている。
一通り中を覗いても誰もいない。唯一閉まっていた掃除用具入れの中にもだ。
まずいと思って外に出ると、青い顔をした財前くんがいた。


「乙女は?」
「あ……」
「おらんかったんすね……。俺は乙女を探すんで、先輩等は鞄探してください」


吐き捨てるように言うと、財前くんは走り出してしまった。
今、花野さんがいなくなるのはかなりまずい状況だ。
どうして私は彼女をひとりで行かせてしまったんだろう。もしかしたらあの日、呼び出していた子達に捕まってまた何か言われているかもしれない。


「ちょ、待て財前」
「謙っ」
「財前止めてくるわ、ちょお待っとって」
「う、ん」


確かに財前くんの脚力に追いつけるのは私より謙也だ。頷いたのを確認した謙也は彼の名前を呼びながら追いかけ始めた。
ここに立っててもしかたない。もしかしたらまだ近くにいるかもしれないし、探さないと。


「あ、れ」


ふと、窓の外を見るとプールが目に入った。この時期は水泳部も活動していなくて、誰もいないはず。
なのに3、4人くらいの人影があった。


「花野、さん?」


目をこらして良く見れば花野さんだった。彼女の前には女子生徒が3人立っている。
と、その中の1人が何かをプールに向かって放り投げた。小さくドブンという音が聞こえる。
多分あれは、花野さんの荷物だろう。


「なっ……!」


謙也と財前くんを呼び止めようとしたけど、2人とももう姿が見えない。階段を駆け下りながら謙也にプールとだけメールを打つ。
急いで昇降口から外に出てプールに向かう途中でドボンという大きなものが水に落ちるような音が聞こえた。


「……まさか」


全速力で走って、プールの前までついた。
何故か鍵が開いていたからそのまま入るとばしゃばしゃと水をかく音が聞こえる。


「花野さん!」


声をかけながら近づくと、花野さんが助けを求めていた。
水の中から白い手が見え隠れしている。


「たっ……す……」
「捕まって!」


彼女の腕をを何とか掴んで引っ張る。けど、花野さんの体重を引き上げられるほどの力は私にはなかった。誰かに助けて貰わないと私まで溺れてしまう。


「ごめ……花野さん、一旦離して……」
「……っ! うっ……」


だけど、私の言葉は彼女に届かない。必死なのと水飛沫の音に掻き消されているんだろう。
そんなことを思っていたら手が滑って、花野さんと離れてしまった。


「あっ……今誰か呼んでく」
「乙女!」
「歌、花野さん無事か!」


入口からした声にそちらを見れば、謙也と財前くんが入って来た。後ろから養護の先生もついてきている。
溺れている花野さんを見た財前くんが飛び込もうとしたが、それを他の先生が止めた。
やっぱり大人の方が判断力がある、体育の先生が倉庫から浮き輪を投げ入れている。


「花野ー、それに捕まれ!」
「浮きながらこっち来い!」
「あー、こらあかんな。自分行きますわ」


少しして、花野さんが体育の先生によって助けられてプールサイドに上げられた。
すぐに養護の先生が容態を確認する。


「かなり冷えてるね、温めんと。保健室連れて行ってください。あと救急車の手配もお願いします」
「わかりました」
「水野さんもびっしょりやな、ジャージあるからそれに着替えて」
「は、はい」
「歌、とりあえずこれ」
「あ、ありがと」


謙也は私に学ランの上をかぶせた。その温かさにホッとする。自分でも気づかない内に冷えてたんだ。謙也にお礼を言いながら花野さんを見れば、先生たちが持ってきた担架に乗せられて運ばれていった。


「とりあえず、俺等も教室に」
「何でですか……」
「え?」
「何でこないなことしたんですか? ……水野先輩」


教室に戻ろうと謙也が言おうとした途端、財前くんが口を開いた。
こんなこと、って私何かしたかな。心当たりがなく首を傾げる。


「は?」
「ちょ、財前何言うて」
「何で乙女をプールに突き落としたんすか」
「!」
「腕に縋っとる乙女ひっぺがして、殺す気やったんですか?」


そこで財前くんが、花野さんは私に突き落とされたと勘違いしていることに気づいた。
誤解だ、と言おうとしたけれど睨まれて言葉が出ない。
何も言えずに俯いたのを肯定ととったのか、財前くんは吐き捨てるように呟いた。


「……もし乙女に何かあったら絶対に許しませんから」
「な、ちょっと待て財前」
「謙也……いいよ」


今ここで言い争っても、財前くんの誤解を解くのは難しい。それよりも花野さんに付き添っていて欲しい。
俯いて足元を見ていたら、謙也に肩叩かれた。


「とりあえず着替えよ。歌も風邪引くで」
「……謙也」
「お前はそないなことせんやろ。な、行くで」
「……うん」


謙也に腕を引っ張られるようにプールから出た。
教室でジャージに着替え終わり出たところで救急車のサイレンが聞こえた。
花野さんを搬送するんだろうな。そう思っていたら謙也に抱きしめられた。


「歌のせいやない」
「……っつ」


その言葉に堰を切ったように涙があふれて来る。
あの時、私が一緒にトイレに着いて行けばよかった。
誰か先生を呼んでから行けばよかった。
溺れている花野さんを引っ張り出すんじゃなくて浮き輪を投げていればよかった。
そうすれば、こんなことにはならなかったかもしれない。
ぼろぼろと泣く私を、謙也は黙って抱きしめてくれた。

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