花野さんにお金出して貰うんじゃ申し訳なくて、かなり少な目に注文してしもた。
だからすぐに足らんくなって、財前と一緒に追加注文しに来たんやけど……並んでから2人で大丈夫かと心配になってきた。
「あの2人、何話してるんすかね」
「ぇえ、あぁ?」
「何すか? その奇声」
「……何でもあらへんわ。まあ、世間話やないの?」
財前につられてそちらを見れば、歌は花野さんの話を聞いて頷いているように見える。
すると、花野さんが突然鞄を漁り始めた。どうしたのかと注視しとると、彼女は鞄から薬を取り出し飲んだ
「……なあ、財前」
「何すか?」
「昨日、花野さんを俺ん家で見たんやけど」
「!」
「お前がこの前本人から聞け言うた理由はあれやったんやな」
「……はい」
俺はおとんが医者やっちゅーことだけしか知らんから、花野さんの何処が悪いのかはわからん。
でも財前の態度を見れば、かなり重度のものなんわ何となく察せられる。
「乙女が東京からこっちに越してきたのもそれが理由なんすわ」
「えっ」
「こっちの病院に乙女の病気を専門に見とる人がおって、その先生を頼ってきたらしいっすわ」
「……それってもしかして」
「ケンヤさんのお父さん、なんすかね? 詳しくは教えてくれないんすよ」
はあ、とため息をついた財前は暗い顔をしとった。
花野さん、随分財前に隠し事しとるな。恋人同士ってそんなもんなんか?
「女子に絡まれとるのも全然話してくれへんし」
「えっ」
「ケンヤさんと一緒に来た時だってそうだったんでしょ? 理由は知らんけど派手な奴等によお呼び出されてるんすよ」
「おま、それ知って」
「わかりますよ。けど、何かあったのか聞いても教えてくれなくて……俺、頼りないんすかね」
こんな自信のない財前を俺は久々に見た。いつもは余裕があって、俺の方がへたれてることが多いのに。
そこで順番が来てしまい、それ以上は何も話さずに注文と受け取りを済ませて席に戻った。
*
「それじゃ、また学校で」
「失礼します」
「おう、またな」
財前と花野さんが揃って歩き出したのを見送って、俺も歌と歩き出す。
にしてもさすがに食い過ぎたか、腹が重い。
「あー、食った食った」
「すごい量食べてたけど……豚になってもしらないよ?」
「家まで走ればチャラやチャラ」
「どうだか」
「俺いつも部活帰りにあれくらい食ってたで? それでもこの体型や。太りにくいのかもな」
「……」
歌は急に黙ってしまった。あかん、怒らせたか。そっとその横顔を見ると、怒っとるというより何か憑き物が落ちたような、すっきりしたっちゅー顔。
花野さんと何かあったんかな。さりげなく聞いてみることにする。
「花野さんと何かあったか」
「えっ?」
「すっきりした顔しとるで」
「そうだね、すっきりしたっていうか、敵わないなって思ってさ」
静かに歌は話を始めた。
財前は本当に花野さんが好きだということ。自分が好きになった財前は既に花野さんが好きな財前だったこと。花野さんの財前に対する気持ちがとても大きいということ。
「まだすっぱり諦められたわけじゃないし、もう少し時間が必要だと思うけど。きっと吹っ切れると思うんだ」
「そ、か」
「そうしたら次に進める気がする」
次に進める気がする、か。その先に俺はおらんのやろ。
俺のそんな気持ちに気づく素振りもない歌は呑気に鼻唄なんて唄っていた。
*
財前たちと飯を食いに行ったのは結局それきり。季節は変わり、衣替えの季節になった。
「うわ、謙也が学ラン着てる」
「あかんの?」
「いつもせかせかしてるから暑くないのかと思って」
「いやー、さすがに今日の冷え込みには勝てんわ」
学ランを着始めた10月の半ばの月曜日。
その日は季節外れに冷え込んどった。いつも通り歌を1組に迎えに行きそんな他愛ないことを話す。
「あれ? 花野さんや」
「あ……忍足先輩と水野先輩」
「もう帰るんか?」
「ええ、そうしたいのは山々なんですけど」
下駄箱に着くと花野さんがおった。
困ったように眉を下げる彼女には違和感がある。もう帰るっちゅーのに鞄も持っとらんし、下足ではなく上履きを履いとる。
もしかして、と思っとると隣におった歌がズバリと聞いた。
「鞄、と靴もかな、隠されたの?」
「掃除当番だったので、終わって教室に戻ったら鞄がなくて」
「教室探しても見つからんくて、外出ようとしたら靴も無くなってたんか」
「……はい」
おそらくあの財前ファン達の仕業やろけど。ちらりと歌を見れば辛そうに顔を歪ませとる。
「財前はこの事知っとるんか?」
「お話ししました。それで今、外を探してくれてます」
「そっか。じゃあ私たちも手伝うよ。ね、謙也」
「えっ」
確かにこれだけ事情を聞いて「頑張って」と帰るのも酷やけど。俺の顔を見た歌は静かに微笑んだ。
もう大丈夫だ、と言いたげに。
「せやな」
「え、でも」
「事情を知ったのに放っておけないよ。花野さんは私と一緒にもう一度中探してみよ」
「ほなら、俺は財前と合流して外探すわ」
「わかった。じゃ、何かあったらお互いの携帯に入れよう」
「よっしゃ、じゃあ後でな」
ポケットに入れた携帯を取り出して財前に連絡をすれば講堂裏にいるという。
急いでそこに向かえば、財前は汗だくになりながら草を掻き分けとった。
こんなん、試合の時に何度か見たきりやで。驚きながら声をかける。
「オーイ、財前」
「……ケンヤさん、ホンマに来たんすか」
「当たり前やろ。困っとるやつは放っておけへんっちゅー話や」
講堂の裏は草がかなり伸びとって、ジャングルみたいになっとった。
テキトーに放り投げたら多分荷物見えんくなるくらいや。缶や紙パックのジュースなんかの空き容器も捨てられとってかなりカオスなことになっとる。
「今日あの人はどうしたんすか?」
「あの人?」
「水野先輩、でしたっけ。いつもケンヤさんと一緒に帰っとる」
「ああ、歌なら花野さんと中探しとるで」
「そ、っすか」
「それがどうしたん?」
財前が歌のこと気にするなんて初めてや。気になって問い詰めると、財前は手を止めて軽く払いながら口を開いた。
「ケンヤさんの知り合いなんでこんなこと言うもんやないと思うんすけど、俺あの人あんまり得意やなくて」
「えっ」
「いっつも俺のこと、何か変な顔で見てくるんすよ。何て言えばいいのかわからないんすけど。
それがちょっと不気味で」
「そ、そうなんか」
そら、歌がお前のこと好きやからや!
なんて口が裂けても言えんけどな。しかしこいつ、自分に向かってる好意に鈍感やな。花野さんが女子に呼び出しされてる理由が自分だなんて思ってないんやろ。
「財前」
「何すか?」
「お前、もーちっと女心っちゅーもんを勉強した方がええで?」
「うわー、ケンヤさんには言われたないわー」
俺が出来る最大限のアドバイスが不満だったのか、それだけ言って財前はまた手を動かし始めた。
言い返してやろうかとも思ったが止めた。今やるべきはそんなことやないからな。