Dream | ナノ

彼女には敵わない


財前くんが私を覚えていなかったのがショックだった。なのに私はあれから残りの日程を消化して、次の日も普通に学校に行って、普通に休日を過ごしている。


(何でだろう。言われた時は辛かったのに)


ベッドに寝転がりながら先日の事を思い出す。
冷静に考えれば、財前くんが私の事を知らなくて当然だ。お互いに名乗ったわけでもないし、知っていて欲しいなんて私のワガママだと思う。
傷はついたけど、思ったよりは浅い。そんな感じだった。


ーーピロン


携帯が鳴ったのはそこまで考えてため息をついたのと同時だった。
内容を確認すると謙也からのメッセージ。話があるから家の前に来てくれという内容だった。


「何だろう」


鏡で軽く身なりを確認してから部屋を出る。台所でご飯の準備をしているお母さんに一声かけてから外に出た。
謙也はそこにもういて、私の姿を見ると軽く手を上げた。


「悪いな、部屋の電気ついとったからおると思て」
「それは別にいいけど。話って何?」
「今日、部活出て財前と話したんや」
「!」
「いや、お前のことは何も言うてへん。でな、花野さんが俺等に改めてお礼をしたい言うてるんやて」
「お礼?」
「おお。それで月曜の放課後にでも、俺と歌と財前と花野さんで遊びに行かへんかって」


お礼なんていいと断ることも出来たのに、あの2人に会うのが辛いかもしれないこともわかっているのに、私はいいよと答えていた。
何となく、謙也は私が嫌がるなら自分が悪者になってでも断るんじゃないかと思ったから。


(謙也にはそんなことして欲しくない)


でも何でそんなことを思ったのかわからなかった。
辛いなら逃げればいい、俺はお前の逃げ場所になってやると言われていたんだから甘えればいいのに。
話を無理矢理切り上げて、部屋に戻ってからもその答えは出なかった。







そして月曜の放課後。どこかで軽食を取ろうということになり、有名なファストフード店に入った。
4人でまとめて注文して、支払いは花野さんと財前くんにお願いして私と謙也は席に座った。


「歌、大丈夫か?」
「うん」
「辛いなら早めに言いや。テキトーに言うて帰るから」
「ありがとう」
「お待たせしました」


注文の品を持ってきた財前くんと花野さんが私たちの前に座る。
あの時のことを改めてお礼されて、それぞれポテトやハンバーガーを食べながら雑談を始めた。
ただ、花野さんは財前くんに本当のことを教えていないみたい。財前くんは彼女に大袈裟やと言っていた。


「足らんわ」
「え?」
「自腹で追加してくるわ」


謙也が立ち上がったのは話始めてものの数分の出来事だった。何が足らないのかと思ってトレーを見るとそこにはもう食べ物はほとんどない。
ぽかんとする私と花野さんに比べて、財前くんは慣れているのあまり気にする様子もなく立ち上がった。


「ほなら俺も行きます。乙女は? 何か買うてこよか?」
「いえ、大丈夫です」
「さよか」
「歌は?」
「いや……まだあるし」
「ん、わかった。じゃ、行ってくるわ」


謙也達を見送りながら、相変わらず謙也は食べるの早いなぁなんて思ってしまう。
ふと、前を見ると花野さんと目が合った。何か話さないとなーと考えていたら彼女から声をかけてきた。


「あの、改めてこの間はありがとうございました」
「いや本当に大したことしてないし。ただ、聞いていい?」
「はい、何でしょう」
「財前くんに本当のこと言ってないの?」


私の問いに花野さんは俯いてしまった。そんな顔も綺麗だな、なんて呑気に思う。


「はい、言ってません」
「何で? 相談した方がいいんじゃない?」
「ただでさえ心配をかけているのにこれ以上頼ることは出来ません」
「心配って、そんな感じしないけど」
「……」


確かに財前くんは少し過保護というか、花野さんを教室まで送り届けた時も何か心配していた節はあったけど。
その時、花野さんの腕時計が小さくピピッと鳴った。すると彼女はふっとため息をついて鞄から何かを取り出した。


「財前くんが私を心配する理由はこれです」
「えっ」
「薬を飲んでいるんです。生まれつき体が悪くて」


一言すみませんと言ってから花野さんは薬をいくつか飲んだ。
ふうと息を吐き、少し沈みがちに話を続ける。


「私、今年の4月から四天宝寺に通うはずだったんです。でも、初登校日の前日に発作が起きて。1ヶ月程入院することになってしまったんです」
「そう、だったんだ」
「新しいクラスに馴染めなくて困っていたら財前くんが声をかけてくれたんです。休んでいる間のノートとか、プリントとか全部見せてくれて。ありがたかったです」
「……」


花野さんの声は段々と明るくなっていく。財前くんに優しくしてもらって、次第に仲良くなってお互いの趣味の話になったそうだ。


「私、読書が好きなんです。それでおすすめの本を貸したら面白いって言ってくれて」
「おすすめの本?」
「はい。あまり有名ではないのですが、志家田このみさんという方の書かれている『庭球博士』というシリーズなんですけど」
「!」


そういえば財前くんと初めて会った時、彼はあの本を読みながら「薦められたから読んだら面白かった」と言っていた。
あれは花野さんのことだったのか。
そして多分あの時からもう財前くんは


「花野さんしか、見えてなかったんだ」
「えっ?」
「いや、何でもない。財前くんと仲良くね、花野さん」
「はい」


ニコッと笑った花野さんはやっぱり可愛くて、彼女には敵わないななんて思ってしまった。
私の好きな財前くんは、花野さんが好きなものを好いている財前くんだったことになるのか。
あーもう私に勝ち目なんて最初からなかったんだ、とか思っていたら謙也と財前くんが戻ってきた。


「戻ったで」
「おかえり、遅かったね」
「結構混んでたんで、時間かかりました」
「おかえりなさい」
「って、何その量」


財前くんがシェイク1つなのに対して、謙也のトレーにはハンバーガーやポテトがたくさん乗っている。
呆れる私に謙也はなぜか勝ち誇ったような顔をした。


「俺を誰やと思っとるんや。去年のくいだおれ王やで?」
「ああ、そーいえばそんなくだらない称号持ってましたね」
「くだらないって何や、くだらないって。王やで王! キングやで?」
「そーいう寒いのは氷帝の跡部さんだけで充分っすわ」
「何やて?!」


謙也と財前くんのやりとりがおかしくて、私は花野さんと顔を見合わせて笑ってしまった。
その後、謙也が食べ終わるのを待ってからその場は解散になった。

prev  next
目次には↓のbackで戻れます。

BACK
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -