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手をこまねく理由はない


まるで魔法のように目の前の仁王くんが幸村くんに変わった。
驚くと同時に、納得した。おそらく暑がりの仁王くんが特に文句も言わず野外に出たことも、周囲にある木陰を通らずまっすぐ突き進んだことも、幸村くんだったからだ。


「驚かせてごめんね、水野さん」
「あ、いや……でも、どうして?」
「君の優先順位が上がったんだよ」
「へ……?」


ポカンとする私にニコリと笑いかけた幸村くんはそれ以上何も言わず。今度は柳くんの方に目を向けた。


「さて、蓮二。ここまでお膳立てしたんだ、決着つけてくれよ」
「……どこからが」
「それはあとで教えてあげるよ。でもその前にやるべきことがあるでしょ?」
「!」


と言いつつ私に目配せをすると、側に置いてあった段ボールを手にとって鍵を柳くんに押し付けた。


「頼まれたことはテキトーに理由つけてやっておく。水野さんが怒られないようにしておくからゆっくり話していいよ」
「しかし」
「会計も、まあ先輩がどうにかしてくれてると思うよ」
「……そうか」


最後にじゃあね、と言って幸村くんはプレハブ小屋から出ていった。
空気が張り詰めた気がする。お互い久々過ぎて緊張しているんだと思う。
私だって、柳くんに気持ちを知られてからこうして話すのは初めてで、手汗がやばい。暑いのもあるけど。


「……とりあえず、外に出るか」
「えっ」
「ここは風通しも悪いし、熱中症になる」
「ああ、うん」


頷いて一緒にプレハブ小屋を出た。外の方が幾分か涼しい。
お互い係の仕事を抜け出しているからあまり人目にはつきたくない。どこに行くのかと思ったら普通に校舎に入っていく。


(どこに行くんだろう)


下駄箱で靴を履き替えて、歩いていく。着いたのは1年生のクラスが並ぶ廊下の一番奥。『学年集会室』と名前はついているがほぼ空き教室と化している部屋だ。常に鍵が開けっぱなしになっていて、たまに生徒がたむろしているけど今日は誰もいない。


「ここならあまり人目につかないだろう。この階では委員も部活動もしていないからな」
「う、ん」
「……こうして、話をするのは久しぶりだな」


ふっと笑った柳くんと目があった途端、胸が高鳴った。
本当に久しぶりだ、最後に話したのは確か領収証を受け取った時だから7月の終わり。
8月は私は委員会で、柳くんは全国大会で忙しくて、しかも私の気持ちが伝わって気まずくなってしまったから見かけても話しかけることはお互いなかった。


「まず、確認してもいいだろうか」
「あ……」
「水野が俺を好き、というのは事実だろうか」


頬が一気に熱くなる。知っていたけど、改めて問われると恥ずかしくて胸が苦しくなる。
ぐっと汗ばむ手を握って目を閉じる。
柳くんが、たとえ幸村くんに嵌められたとしても私と話をしてくれるのはきっと気持ちの整理がついたからだ。
イエスだとしても、ノーだとしても。ちゃんと話をしよう。素直に、自分の気持ちをはっきり伝えよう。
目を開いて、まっすぐに柳くんを見つめる。


「うん。私は……柳くんが、好き、です」
「そうか……。それと、水野は初対面から俺の名前を知っていた。なぜか聞いてもいいか?」
「初めて、柳くんのことを知ったのは中学の時なの」
「えっ」


そういえばこのことはまだ乙女にしか話していなかった。
柳くんの名前だけを、塾の広報で見かけたこと、きれいな名前だと思っていたこと。
中間テストの結果発表の時に柳くんを初めて見かけたこと。同じクラスの幸村くんを訪ねている時、いつもかっこいいと思っていたこと。
親睦会で話をして、ドキドキしたのと同時に先輩が好きなんだって気づいたこと。
憧れだ、って言い聞かせて諦めようとしたけどテニスをしている柳くんを見たらやっぱり好きだと確信したこと。
プレゼントを買いに行ったときは複雑な心境だったこと。
柳くんが振られたのに驚いたこと。
何とかプレゼントを受け取って貰えた後「ありがとう」と言われて嬉しかったこと。
1学期にあったことを話終えたところで柳くんが小さく手を挙げた。


「ひとつ聞いてもいいだろうか」
「何?」
「前にも聞いたが、なぜ俺のためにそこまでしたんだ」
「えっ」
「……プレゼントを買った時点で、お前は俺のことを好いていた。なのに自分の気持ちを押し殺して俺と先輩の仲を取り持とうとした。その理由はなんだ」
「もちろん、好きだったから。私は柳くんの恋を応援する女友達って位置にいようってその時は思ってたんだ」
「……そんなことを」
「でもね、柳くんが振られて思っちゃったんだ。もしかしたらチャンスがあるかもって何かすごいコロコロスタンス変えてるよね、情けない」


こんなに気持ちを変えて幻滅されるかもしれない。
それでもこうして話しているとスッキリしている。ずっと溜めていたモヤモヤがはっきりしていくようで心が軽くなっていった。


「水野もそうして迷っていたんだな」
「えっ」
「……俺も似たようなものだ」
「柳くんも?」


静かに頷いた柳くんはゆっくり話し始めた。


「あの日、先輩に振られた後、なぜか水野の顔が浮かんだんだ」
「えっ」
「図書館にいると聞いていたから向かった。もちろんお前はいて……見た途端安心したんだ」
「それで、泣いた?」
「ああ」


少し恥ずかしそうに柳くんはうつ向く。あの時のことは今思い出してもドキドキしてしまう。


「一緒に帰って、駅で別れて。その時電車から先輩が見えて……。水野はあの時俺からプレゼントを預かっていたから会ったら気まずいと思った。だから、一駅で降りて戻ったら」
「私が空回っていた、と」
「まあそうだな……だが、それと同時に嬉しかったんだ」
「えっ」
「水野が俺のために動いてくれて、先輩と話をしてくれて……素直に嬉しいと思った。先輩がプレゼントを受け取ってくれたことより」
「!」
「その時はそれで終わったんだ。いい友人を持った、と。だがその後、夏休みに入ってすぐに仁王と買い出しに行っただろう」
「あの領収証の時?」
「ああ。その時仁王と話していることに、少しイラッとした。そして、お前に好きな相手がいることに驚いたし、何とか仲をとりもってやりたいと思った。幸せになって欲しいと願った」
「……」
「相手が誰かと考えて、行き着いた答えが精市だった」
「え」
「なんだ」
「どうしてそうなったの?」


どういうプロセスで私の好きな人が幸村くんになったのか。素直に気になって聞くと、柳くんは私から得た情報の中で『好きな人がいる』というものに着目した、と教えてくれた。
なるほど、確かに私は幸村くんが乙女を好きだと知っていた。だからあの日、領収証を届けに来てくれた日に「これからは協力させてもらおう」だなんて言っていたのか。


「その答えに行き着いた時、俺はがっかりしていた」
「がっかりって、何で?」
「理由ははっきりしなかった。だが、今ならわかる」


ゆっくりと柳くんと目が合う。少し離れたところにいた彼が近づいて来て、私の手をとった。


「水野が好きだからだ」
「!」
「さっきお前も言っていたな、スタンスが変わりすぎて幻滅されるのではないかと。それは俺も同じだ」
「えっ」
「先輩に振られてまだ2ヶ月も経たず、俺はお前を好きだと思っている。早すぎると言われることが怖くて、伝えるつもりはなかったが」


とられた手にぐっと力が込められて、軽く引っ張られた。
額がとん、と柳くんの胸元にぶつかる。


「他の男にとられると思ったらいてもたってもいられなかった。少なからず俺に好意を抱いているとわかっているのに手をこまねく理由はない」
「!」
「俺と付き合ってくれないか、水野」


柳くんの心音が少し速くなった気がした。
柳くんから好きだと、付き合ってくれと言われて断る理由なんてない。


「もちろん、よろしくお願いします」


頷きながら返事をしたのと同時に、もう片方の腕が私の背に回されて、強く抱き締められた。

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