Dream | ナノ

かっさらっても文句はなしだ


※柳目線


了承の返事が耳に入った途端、一気に独占欲が沸いた。もう他の誰にも彼女を渡したくはない、衝動的に水野を抱き締めて腕の中に閉じ込めた。


「あ、の……柳くん?」
「なんだ?」
「いっ、たん、離れませんか?」
「なぜ?」
「なぜって」
「水野が俺の恋人になったと、もう誰かにとられることはないと安心させてくれ」
「いやいや、私が誰にとられるっていうの」


困ったようにつぶやいた水野に言葉は返さず、代わりに抱き締める力を少しだけ強めた。
自分が注目されていることにまだ気づいていないのか。花野と一緒にいて、仁王に気に入られ……と思いつつどこからが仕組まれていたことだったのか、思考を巡らす。


(確か、最初は)


水野の好意に気づき、距離をとった頃に起こった。あれは8月半ば、大会を間近に控えていた日だった。







「4組の外部生にかわいい子いるよな」
「え、マジ?」


精市との自主練習を終え、部室のドアノブに手を伸ばしたのと同時に聞こえた会話に動きが止まった。
声の主は同級生だ。去年、同じクラスでたまに話をする程度だったが聞き覚えがある。


「誰?」
「名前わかんねーんだけど、あれ、会長の妹といつもつるんでる」
「あー、あの子か……いや、かわいいか?」
「俺は割とあり寄りのあり。性格知らねーけど」


花野と一緒にいる外部生、すぐに水野のことだとわかった。
自分を平凡だと思っている彼女は、まさかこんな風に噂されているとは考えもしないだろう。しかしそれ以上に、自分が動揺していることに驚いた。静かに息を吐き、気持ちを落ち着けてからドアを開く。


「おー柳、お疲れ」
「ああ、お疲れ」
「あ、そうだ、さっき話してたんだけど、柳なら知ってるかも」
「何だ」
「4組の外部生で、花野妹と一緒にいつもいる女子がかわいいってコイツが言うんだけど知ってるか?」


指を指された方は「おい柳に何聞いてんだよ」と慌てている。俺がそういった話題を好まないと思っているのか。高等部に上がり、弦一郎がいなくなってから『硬派』な部類に分けられることが多くなったな……思わずついたため息に目の前のふたりがあたふたし始めた。


「あ、いや。知らねーならそれでいいんだけど」
「…………ああ。悪いが、顔もわからない」
「そ、そうだよなぁ」
「変なこと聞いて悪かった」
「気にするな」


顔もわからないとは少々言い過ぎたかもしれない。だがこれ以上他の男と彼女の話をする気にはなれなかった。彼等も話題がつきたようで「そろそろ帰るか」とロッカーを開き、着替え始めたところで部室に精市が入ってきた。


「幸村、お疲れ」
「お疲れ。まだ残ってたんだ」
「あ、いや。ちょっと話が盛り上がっちまって。もう帰るよ」
「ふーん。まあいいけど、程ほどにね」
「お、おお」


精市はふたりを一瞥すると「お疲れ」と声をかけてきた。短く返事をしてユニフォームを脱ぎハンガーにかけておいたシャツを羽織る。ボタンを留めながらふとあのふたり組に目を向ければ気まずそうに顔をしかめていた。


(精市に花野関係のことは聞きづらいか)


去年、赤也が「花野先輩って綺麗っすよねー」と言った後、精市が完膚なきまでに叩きのめしていたことは記憶に新しい。もちろんテニスの試合で、だが。
レギュラー陣を始め、部員全員が精市の前で花野乙女のことは口にすまいと誓った出来事だ。


「そうだ、蓮二」
「ん?」
「次の試合のオーダーどう思う? 俺はダブルスが少し心配なんだけど」
「ああ、ちょっと待ってくれ」


前回のミーティングで発表されたオーダーは3年生の部長が決めたものだ。確かにダブルスのメンバーは引っ掛かった記憶がある。
ロッカーにしまってあるノートを取りだし、メモをしたページを開くと精市が覗き込んできた。


「じゃあ俺ら帰るわ」
「ああ、お疲れ」
「鍵よろしくな」
「ああ」


俺たちが込み入った話になると考えたのか、ふたりは荷物をまとめて出ていった。パタンとドアが閉まると精市は呆れたように首をかしげる。


「だらだらする余力があるならもう少しメニュー増やしてもいいかな」
「帰る気力を回復していたんだろう」
「蓮二は優しいね。俺だったら好きな子の噂されて、あんな風に交わせないな」


予想していなかった言葉に目を見張ると精市はクスリと笑った。


「聞こえていたのか」
「まあね。だけど、何で俺に聞いてこなかったのかな? 4組なのに」
「心当たりがないのか」
「ん?」
「……何でもない。それよりこのダブルスだが」
「ああ、こことここ交換した方がいいと思うんだ」
「俺も同意見だ。シミュレートすると勝率が6%ほど上がった」
「じゃあ俺からそれとなく伝えてみるよ。変わるとは思えないけど」


今の部長は下の意見をあまり汲まないタイプだ。それ故に色々と口を出す精市はあまりよく思われていない。たまに衝突しそうになると2年の毛利先輩が仲に入り諌めることもあるほどだ。


「……あ」
「どうした?」
「あのスマホって蓮二のじゃないよね」
「ああ」


ノートを片付け着替えを終えたところで精市が指を指したのは先程ふたり組が座っていたベンチだった。
黒いスマホが1つ置いてある。当然俺のではない。


「忘れ物か。取りに来るだろうか」
「さすがにスマホなかったら気づくよ。どうしよう」
「今日はもう全員戻ってきているのか?」
「いや……俺が上がった時にはまだ仁王が残ってた」
「仁王が?」
「ほら涼しくならないとやる気にならないタイプだから」
「……ああ」


確かに今日は昼間の練習でも姿を見なかった。戻ってくることも考慮すると、誰かひとりが残っていた方がいい。


「戻ってくるかもしれない、精市は残っていてくれ」
「蓮二は?」
「校門の方まで見てくる。スマホは置いておいた方がいいだろう。もし戻ってきたら連絡をくれ」
「わかった」


荷物は置いたまま、貴重品だけを持って部室を後にした。校門の方まで歩いていると少し前に目立つ銀髪が見えた。
仁王と、あのふたり組もいて何か話している。間に合ってよかった、と安堵したのは一瞬だった。


「水野じゃろ? 俺もかわいいと思う」
「だろ? ほら、モテ男の仁王が言うんだから間違いねーだろ」
「うーん、そうかあ」


聞こえてきた仁王の声に足が止まった。先程より強い危機感を覚えたのは、7月のあの時のことを思い出したからだ。
仁王と水野が買い出しに行ったあの日、校門の近くで話をしていたふたりの姿が脳裏を過る。

「柳?」
「!」
「もう出て来て……って、荷物は?」
「お前たちを追ってきたんだ、部室にスマホを忘れてないか? 黒いやつだ」
「えっ……あ、マジだ。取ってくるわ」

駆け足で戻って行ったのは水野をかわいいと言っていた方だった。もうひとりとはその場で別れ、俺は仁王と共に部室へと歩きだす。

「もう練習はいいのか」
「ああ」
「あとでメニューを聞かせてくれ。今後の参考に」
「聞きたいのはメニューじゃないだろ?」
「……何が言いたい」

仁王に尋ねれば「おお怖」と両手を挙げた。しかし表情をみれば、面白がっているのは明白だ。

「水野のこと、俺はかわいいと思う」
「!」
「今はまだ、花野妹の影に隠れて目立たないが、何かきっかけがあればあっという間に手の届かない場所に行くぞ、あいつは」
「……」
「今はまだ、水野も参謀が好きでいて、待ってくれてる。が、待ちくたびれたところに他の男が付け入るかもしれん」
「付け入る、だと?」
「例えば、俺、とかがな」

ドンッと、胸に何かが当たったような痛みが走る。仁王の言うとおりだ。俺はこのままの関係がいつまでも続いて、時期を見て想いを告げれば水野は受け入れてくれると思い上がっていた。
だがもし、水野が待つことに疲れて、俺への気持ちも離れていったら?

「参謀が躊躇している間に俺がかっさらっても文句はなしじゃ」

仁王の言葉にひどく、胸がざわついた。

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