Dream | ナノ

いい加減、素直になれよ


8月も後半に差し掛かり、文化祭実行委員会はさらに多忙を極めていた。今日も6時過ぎまで作業が終わらなくて、クタクタになりながら乙女と校舎を出た。


「……あ、テニス部」
「え?」


校門付近で乙女がポツリとつぶやいた。そばにある駐車場には1台のバスが止まっていて、そこからぞろぞろと人が降りてきている。
最後に3年生の先輩が優勝旗と立派なトロフィーを抱えて降りてきたのが見えて、ああ優勝したんだなってすぐにわかった。


(柳くんは……)


と探しはじめてすぐに見つかった。いつもよりちょっとだけ疲れた表情をしている。
それだけ、厳しい大会だったのだろうか。側にいって、お疲れさまと声をかけたくなるのをぐっと堪える。


「行こう」
「いいの?」
「うん。邪魔したくないから」
「……わかった」


きっと彼の全国大会はまだ終わっていない。収集したデータを分析して来年に繋げる戦略を練るはずだ。
それが終わったら、たぶん私のことを考えてくれるんだと思う。
私の知る柳蓮二という人はそういう人だ。







テニス部のメンバーが文化祭実行委員会に顔を出したのは9月1日の放課後だった。


「長い間参加できずにいて申し訳ありませんでした。今日から本番までよろしくお願いします」
「うん、よろしくー。じゃあ早速だけど幸村と仁王は広報の手伝いよろしく、柳は会計ね」
「はい」


花野先輩からの指示に返事をする柳くん。元々生徒会にいたから、重要な役割に回されたんだろう。
その後ろ姿をじーっと見ていたら、急に振り返った彼と目が合った。すぐに視線を逸らしたけど、バレたよね。


「お姉ちゃん、私たちは何すればいい?」
「ステージかな。装飾品作りに人手が欲しいって言われてるんだ」
「わかった」
「足りなそうだったら連絡してね。誰か向かわせるから」
「はーい」


ステージ運営の活動場所は体育館近くにある理科室だ。乙女と一緒に教室を出たとると「あ」という声が聞こえた。反射的にそちらに目を向けると、幸村くんと仁王くんが居る。


「花野、ちょっと」
「何?」


幸村くんに手招きされて乙女が近づいていく。話が長くなるようなら先に行っていようかと思ったけど、二三言葉を交わしただけですぐに戻ってきた。


「歌さ、今日仁王と行動してもらっていい?」
「え、何で」
「広報の先輩が仁王のファンらしくて。それもやっかいな」
「あー」
「ステージは装飾品作りだし、あいつ結構手先器用だから問題ないと思うんだけど。お姉ちゃんには私から言っとくし」
「でも、そうすると乙女は幸村くんと動くことになるけど」


あれだけ幸村くんを苦手だと公言していたし態度にも出ている。ちょっと前の彼女なら「断る」と即答していたはずだ。


「……まあ、しょうがないよ」
「?」
「ああ、でも歌が嫌なら断るよ」
「別に嫌じゃないよ」
「なら、そういうことで」


乙女は再び幸村くん達のもとへ戻り、今度は仁王くんが近づいてきた。


「無理言ってすまんの、水野」
「いえいえ」
「じゃあ行くか。場所は理科室だったな」
「そうだよ」


広報の活動場所は真逆の教室だから、その場で乙女たちと別れた。







理科室につくとステージ運営の委員たちがひたすら紙で花を作っていた。体育館全体に飾るつもりらしく、かなりの量が必要だとか。


「5枚で1個作ってくれ。作り方はわかるよな?」
「あれですよね。こう、段々折りにして真ん中止めてってやつ」
「そうそう。空いてる机でやってくれ」


と説明しつつ封の開いていない花紙を渡された。私はピンク色、仁王くんは水色だ。空いている机はちょうど1つしかなくて、仁王くんと向かい合うように座った。


「小学生以来だな」
「私中学でもやったよ」
「ほう。何か係だったんか」
「係というよりは、全員にノルマが課せられてて」
「なるほど」


そんな会話をしながら、手を動かし続ける。端が余ったりしても意外ときれいに出来るから不思議だ。ふと気になって仁王くんの作ったものを見れば、私が作ったものよりも形が整っていて、思わず「うわ」と声が漏れた。


「どうした?」
「すごい上手だね、花」
「そうか?」
「何かコツとかあるの」
「そうじゃの……開くときに1枚1枚ピンと張るように意識する、とかか」
「ふむふむなるほど」


さっそく実践しようと紙を引っ張りだしたら3枚しか残っていない。仁王くんのホチキスもカチンと空打ちをした。
前の教卓に座って作業をしている係長の先輩に聞けば新しいものを貰えるだろうと思い立ち上がると仁王くんも一緒に来てくれた。


「あの、紙とホチキスの芯もなくなったんですけど」
「ああちょっと待って……あ、こっちもないわ。悪いけど備品庫から持ってきてもらっていいかな」
「備品庫?」
「わかりました。鍵は職員室ですか?」


備品庫とは何か聞こうと思ったら仁王くんが把握していたらしい。そうだという先輩は空になった段ボールを指差して、これに詰めれるだけ詰めてきてと指示してきた。


「紙とホチキス芯と、他に必要なもんありますか」
「じゃあ紙テープも。次わっかつくるから」
「わかりました。行くぞ、水野」
「あ、うん」


段ボール箱を持った仁王くんと共に理科室を出る。職員室で鍵を借りると一緒に紙を渡された。何をいくつ持ち出すのか記録して、鍵を返すとき一緒に提出しろ、とのこと。
意外と面倒くさい仕事だけど、まあ総務ってそういう仕事だもんな。職員室を出たところではて、と思う。


「備品庫ってどこ」
「中庭じゃ」
「え、じゃあ」
「外に出るぞ」
「うえー」


現在の気温もそこそこ高いのに。さらに気を重くして仁王くんについていく。下駄箱から自分の靴を持ってきて、中庭に出る。
ジージーという蝉の鳴き声がやたらと耳についた。


「あっつ」
「暑いっていうと余計暑くなるぜよ」
「え」
「こっちじゃ」


中庭のど真ん中、ギラギラと日が照っている道をスタスタと歩く仁王くんに違和感を覚える。何だっけ、そういえば前にもこんなことがあった。あれはいつだっけ……


「水野」
「!」
「どうした、そんなとこつっ立って」
「あ、ごめん」


我に返って後を追うと中庭の端、校舎の影になるようにプレハブ小屋が建っている。出入り口になっている引戸には『備品庫』と書かれた埃を被ったプレートが貼られていた。


「こんなところにあるんだ」
「ああ」


引戸を開いて入ると中は薄暗かった。入口側にある電気のスイッチを押すとパッと辺りが明るくなった。
だけど


「え」


備品庫にあったのは猫車や花壇用の肥料といった園芸用品ばかりで、どう見ても紙やホチキスの芯といった事務用品があるようには見えない。
意味がわからず振り返ると仁王くんが黙って立っている。


「に、おうくん?」
「柳に言われなかったか?」
「……な、何を」
「仁王には気を付けろ、って」


ゆっくりと仁王くんが近づいてくるから、思わず後退り。でも狭いプレハブ小屋だから数歩で棚に背が当たった。
それでも距離を詰めてくる仁王くんはあと1歩近づけば体がくっつきそうな位置で立ち止まった。


「あ……」
「水野、俺は」
「っっ、仁王!」
「!」


ダンッという大きな音と共に、プレハブ小屋に人が入ってきた。はあはあ、と大きく息を切らしたその人――柳くんは、流れる汗を軽く拭いながら私たちに近づいてきた。


「水野に何をしようとした」
「別に何も」
「とぼけるな。なぜ精市と共に広報の仕事をしているはずのお前が、広報に全く関係のないここに、水野といるんだ」
「……ふっ」
「何だ」
「テニス以外でもそんなに熱くなれるやつだったんだな、蓮二は」
「!」
「え……」


急に声が変わったことに私も柳くんも目を丸くした。そんな私たちを交互に見た後、ニッと笑った仁王くんは前髪を掴み引き上げる。
銀色の髪はあっさりとなくなり、現れたのは濃紺で緩くうねる髪。


「せ、いいち」
「いい加減、素直になれよ。蓮二」


はあ、とため息をついて腕を組んだ幸村くんがそこにいた。

prev  next
目次には↓のbackで戻れます。

BACK
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -