Dream | ナノ

優先順位


※最後の方が柳目線



領収証の件は無事解決して、8月を迎えた。暑さも忙しさもじわじわと増してきて、今日も学校を出たのは7時前になってしまった。
乙女と一緒に校門へ向かっていると、テニスコートの方から「ありがとうございましたー!」と大きな挨拶が聞こえてきた。


「あ、テニス部も今終わったんだね」
「みたいだね……歌、見に行く?」
「え?」
「柳に会えるかもよ」


ニヒヒといたずらっぽく笑う乙女の肩を軽く叩きながらも足はテニスコートに向かっていた。
会うだけじゃなくて、駅まで一緒に帰れたらなんて下心を持ちながら。
こっそりコートを覗くと幸村くん主導で1年生が片付けをしていた。その中にはもちろん、柳くんもいる。


「幸村」
「あ、花野」


珍しく乙女から幸村くんに話しかけていた。「実行委員も今終わったの?」なんて世間話をしている。急に変わった態度に驚いていると、幸村くんがくすりと笑って教えてくれた。


「今ね、休戦中なんだ」
「き、休戦?」
「そう。ほら、ちょっと前に歌が仁王のイリュージョンに騙されたことあったでしょ?」
「あれの一因は花野が俺を避けることだからね。だから今は一時休戦中で仲良くしとこうって」
「そんな付け焼き刃で仁王を誤魔化せる確率は30%台だ」
「!」


聞こえた声に振り向くと呆れた顔をした柳くんがいた。ドキッとしたのは一瞬。その熱はすぐに冷めた。
なぜだろう、目の前にいる柳くんは確かに柳くんなんだけど。


「どうした、水野」
「え」


私を気遣う声ももちろん、柳くんだ。でも、ときめかない。いつもなら水野と名前を呼ばれるだけで胸が温かくなるのに。
それにこんなにじーっと見られていても全く照れない。なんで? とない頭をフル回転させてたどり着いた結論は


「もしかして、仁王くん?」
「何?」
「なんだっけ、イルミネーション?」
「…………イルミネーションじゃなくて、イリュージョンじゃ。ピカピカ光らせるな」


ゆらり、と柳くんの姿が消えて仁王くんが現れた。乙女と幸村くんは目を丸くして私と仁王くんを見比べている。
一方仁王くんは私に正体を見破られたことがちょっと不満だったらしく、不服そうな顔をしていた。


「何でわかった」
「え?」
「俺が参謀じゃないって」
「何でだろう。声聞いても姿見てもときめかなかったんだよね」
「ほう……恋の力っちゅーやつか」
「そんな大層なもんじゃないと思うけど。ね、乙女たちもわかってたでしょ?」


大袈裟な言い方だと思って、乙女たちに同意を求めた。たぶん、ふたりもわかっているだろうと。けど、乙女は幸村くんと顔を見合わせてから私の思っていたこととは真逆のことを言い出した。


「いや普通に柳だと思ってたわ」
「えっ」
「俺もだよ。蓮二だと全く疑わなかった」
「ほらの。俺だと見破ったのはお前さんだけじゃ」
「嘘ぉ」


ふたりの顔を見ても嘘を言っているようには見えなかった。と同時に私はそんなに柳くんのことが好きなのかと自覚もさせられて、一気に恥ずかしくなってきた。頬に集まる熱をなんとか冷やそうと手を当ててみるけど無意味だ。


「そんな水野に参謀から伝言じゃ」
「伝言?」
「ああ。少し距離を置かせてくれ、だそうだ」
「え」


ガン、と頭を殴られたような衝撃に襲われた。私、柳くんに何かしてしまっただろうか。最後に会ったのは領収証を持ってきてくれたときで……その時はこれから協力してくれるとか言ってて……もしかしてその協力ができなくなった? だから距離を置かせてくれ? いやいやその前に領収証の件で呆れてしまったとか


「おい、聞いとるか水野」
「へ?」
「やっぱお前さん面白いのぉ。全部顔に出とる」
「んなっ!」
「安心せい、柳はお前さんに愛想つかしたわけじゃない。なあ、幸村」
「…………そこで俺に話を振るのかい?」


何とか首を動かして幸村くんを見ると、困ったように笑っていた。一瞬、乙女を見て小さくため息をつくと観念したように話始めた。


「うん、まあ、俺のせいかもね」
「何したのよ!」
「ちょ、ちょっと乙女」


乙女が今にも殴りかかりそうな勢いで幸村くんに詰め寄ったから思わず間に入ってしまった。「休戦中なんでしょ?」と彼女を落ち着けたところで幸村くんは事の顛末を話してくれた。
柳くんが私の好きな人を幸村くんと勘違いしていたこと、それを否定したこと、さらに深く考えてしまった柳くんにヒントを与えたことも。
最後まで話を聞いて、言葉が出なかった。


「何で否定して、誰だろうねで濁さなかったのよ!」
「部活に身が入っていなかったから」
「はあ?!」
「蓮二は立海全国制覇に必要な人物だよ、この大事な時期に余計なことで悩んでほしくない」
「余計な、って……歌の気持ちは余計なことだっていうの?」
「ああ。俺にとってはね」
「!」


幸村くんの言葉に私の頬にあった熱はとっくに冷めていた。彼は何も言えなくなった乙女の方から、私の方に向き直る。


「ごめんね、水野さん。俺の中で君の優先順位はとても低いんだ」
「ゆ、優先順位?」
「俺にとって1番大切なのはテニス部で、部員で仲間なんだ。彼らが真面目にテニスに向き合えない状況は学年のリーダーとしてはもちろん、俺個人が嫌なんだ」
「……」
「君の気持ちを意思を考えず勝手なことをして悪かった。でも、俺が与えたのはヒントだけで、答えに行き着いたのは蓮二自身だ。距離を置きたいっていうのも何か考えがあってのことだと思うんだ、だから……待っていて欲しい」


幸村くんの言葉の端々から柳くんを想ってのことだと伝わった。
それに、私のせいでテニスに身が入らなくなるのは嫌だ。私はテニスをしている柳くんも好きなんだから。


「……わかった」
「歌」
「ありがとう、水野さんならわかってくれると思ってたよ」


ほっと笑った幸村くんに私も思わず笑ってしまった。けど乙女は不満そうだ。私のことを想ってくれてるのがひしひしと伝わってくる。


「いい友達持ったのう」
「!」
「話し込んでるとこ悪いが、幸村が戻らんと俺たち帰れないんじゃ」
「ああごめん。じゃあ、花野、水野さん、また実行委員会で。今月後半には俺たち参加できるようになると思うから」


仁王くんと共に片付け終わったコートの方に幸村くんは戻っていった。
コートの端の方に柳くんもいて、こちらを見ている。目が合った途端にそらされてしまったけど、今は仕方がない。


「乙女、帰ろう」
「でも」
「いいの。待つよ」


しばらくはテニスコートにも近づかないでおこう。柳くんが安心してテニスをするために、それが今の私ができる唯一のことだと思うから。







水野と花野がテニスコートから離れていくのを見て、仁王がうまく伝えたのだとわかった。
今の俺は彼女に合わせる顔がない。少し距離を置きたいという俺の考えを仁王はあっさり見抜いて、伝えてきてやるというから見守っていたのだが……。


「伝えてきたぞ」
「……」
「何じゃその顔」
「まさかあんな伝え方をするとはな」
「ちゃんと、参謀の意図もわかってたぞ、水野は待つとさ」
「そうか」


伝わったのならそれでいい。あとは俺自身の問題だ。だがその前にやらなければならないことがある。


「蓮二、この後時間ある?」
「ああ。自主練か」
「まあね」
「ほう、面白そうじゃ。俺もやるナリ」
「仁王が? 珍しいね」
「日が落ちてからの方がやりやすい」
「なるほどな」


片付けを終えて部室に戻る同級生たちを見送って、俺たちはまたコートにネットを張り始めた。
今の俺がやるべきこと、それは全国制覇だ。水野のことは気がかりだが待っているという彼女を信じたい。


「いくぞ」
「いつでも」


ボールをトスして、精市のいるコートへ思いっきり打ち込む。もちろん、精市は返してきた。頭をフル回転させて次にどこへ打つべきかを瞬時に判断する。
ここなら返せないだろうという位置でも精市はあっさり返してくる。神の子と言われるだけあるな、と尊敬の念を抱きながら俺も打球を返した。

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