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もしかしてW不倫?!


「ここ、いいっすか?」


いつも通り謙也と食い倒れビルでご飯を食べていたら声をかけられた。聞き覚えのあるその声に顔を上げれば予想通り、財前くんがお盆を持って立っている。ただ、彼の眉間にはシワが寄っていて不機嫌そうに見えた。


「ええで、誰もおらんし」
「どーもっす」


謙也の隣、私の正面に座ったけど財前くんの表情は明るくならなかった。混んでいてイライラしていたわけではなさそうだ。温かそうなきつねうどんを食べている財前くんは時々箸を止めてははあ、とため息をついている。
何か悩みがあるのは一目瞭然で、そんな後輩が目の前にいるのに放っておけないお人好し。
それが、私の彼氏である忍足謙也だ。


「財前、何かあったんか?」
「何がです?」
「顔、怖いよ?」
「そんな顔に出てます? 俺」
「出まくりや。何があったん?」


既に食べ終わっていた謙也は、財前くんの方に身体を向けた。一方まだ食べ終わっていなかった私はどうしようかと迷ったけど、箸を置いて財前くんの方を見る。財前くんのきつねうどんはあとスープと麺は一口分くらい残っていて、彼もちょっと迷った後箸を置いて顔を上げた。


「乙女が先週から保健室登校しとるんですけど」
「あ、退院したんや」
「よかったね」
「ありがとうございます。って、それは全然ええんですけど……」
「けど?」
「放課後、俺が部活終わるまで待ってくれてて。で、その間ずっと白石部長と話しとるんすわ」


財前くんが悩むことと言えば部活か彼女である花野さん絡みのことかなと予想していたけど、そこにもうひとりの知り合いが絡んでくるとは思っていなかった。
白石部長って、つまり白石蔵ノ介くんだよね。保健委員でイケメンで謙也の友達の。


「しかも、俺が来ると話止めて出てくし。乙女に何話してたんって聞いてもはぐらかされるし」
「それは気になるね」
「で、ケンヤさん達なら何か知っとるかなって思ったんすけど」
「残念ながら初耳やな」
「ですよね」


がっくりと肩を落とす財前くん。まさかこんな修羅場みたいなことになってるなんて思いもしなかった。しかもあの白石くんと花野さんに限ってそんなこと信じられない。暗い気持ちの中、ふと前に座る謙也を見ると、何か考え込んでいた。


「けど、浮気ではないと思うけどな」
「は? 根拠あるんすか?」
「おう。確か白石、彼女がおるってこの前言うてたで」
「えっ」
「それいつです?」
「えっとでも随分前やな、歌と付き合い始める前やったから」


私たちが付き合い始めたのはつい最近だからその言い方はあんまり参考にならない気がするんだけど。記憶を思い返した謙也が言うに、白石くんから彼女の話を聞いたのは9月頃だったらしい。


「9月て、今もう11月っすよ、2ヶ月近く前やないですか」
「せ、せやな」
「……もう別れて、フリーになったから花野さんに手出してる、とか?」
「白石が?」
「あの白石部長が?」


自分で言ってみてもやっぱりあり得ない。白石くんが花野さんと財前くんが付き合っているのを知らないのかもと一瞬思ったけど、謙也から色々話を聞いているから知ってるだろう。
それは別として白石くんの彼女、かあ。どんな人なんだろう。同じ学校の人なのかな?


「どう考えてもあり得へん。けど」
「けど?」
「白石部長の彼女ってどんな人なんすか?」
「あ?」
「ケンヤさん、聞いてきてくださいよ。まだ付き合うてるのかも含めて」
「な、何で俺が」
「水野先輩も気になりますよね?」
「…………へっ?」


心の中を読んだのかと思うくらいのタイミングで財前くんにそう聞かれて上ずった声で返事をしてしまった。
きょとんとする謙也を見た後、財前くんを見れば何かを目で訴えている。私が気になるって言えば謙也が聞いてきてくれると思ってるのかな。
いやいや謙也だってそんな簡単じゃないでしょ。


「気になるん?」
「えっ?」
「歌は白石の彼女がどんなか気になるん?」
「……うん、まあ」
「よっしゃ、ほなら聞いてきたるわ」
「え、でも」
「歌が気になるならしゃーないわ。俺に任しとき!」


ニッと自信満々な笑みを浮かべているけど、私の彼氏簡単すぎない? こんなチョロくていいの? そんな彼の横で財前くんは残っていたきつねうどんを食べている。あと一口だけだったし、すぐに食べきった彼はお盆を持って立ち上がった。


「単純やな」
「何か言うたか財前」
「何でもありません。ああそうだ、ついでに乙女にも顔見せてやってください。喜ぶと思うんで。じゃ、何かわかったら連絡ください」


さっきよりは幾分かすっきりした表情になった財前くんはそのまま去ってしまった。
そこで、私は自分のご飯を食べきっていないことと昼休みがあと10分程しかないことに気づいた。


「う、わあと10分!」
「あ、まだ食い終わってなかったんか」
「うう、急いで食べる!」


慌てて箸を持ってご飯を食べ始める。色々考えたいことはあったけどそれは後回しにして、謙也もびっくりするくらいの速さでご飯を口に運んだ。







その日の放課後、2組の教室に行けば謙也が机に突っ伏していた。
ホームルームが終わっているから教室にはもう数人しかいない。その中のひとりが私の姿を見て、おっと声を上げた。


「謙也ー、嫁が迎えにきてんでー」
「えっ、ちょ」
「今日も仲良お帰るんやろー」


かあっと顔に熱が一気に集まる。まさか私が謙也と付き合っていることがここまで浸透しているなんて思わなかった。困って謙也の方を見れば、むくりと起き上がった。


「おいこら、歌困らせんなや」
「は?」
「……歌困らせてええのは俺だけっちゅー話や」
「!」
「おっ、お熱いねーお二方!」
「お幸せにー!」


何、火に油注いでるのよ! なんて言えば今度は夫婦漫才とか言われるのが目に見えてる。
黙って俯いていると帰り支度を終えた謙也がやってきた。今度こそ一緒に教室を出る。


「すまんな、ホームルーム終わったの全然気付けへんかったわ」
「いやいいけど。何かあったの?」
「……さっき午後休みにな、白石に彼女おるんか聞いたんや」
「おお、さっそく。さすがスピードスター」
「せやろ? 俺偉いやろ? 褒めてくれんの歌だけやで」


泣き真似をする謙也がかわいくて、ちょっと高いところにある頭を背伸びしてなでてみる。
こういうとき、ちょっと屈んでくれるところが優しいなと思うんだけど。


(こういうことしてるからすぐバレるのか)
「でな、結論から言うと彼女はおるんやて」
「あ、そうなの」


まああれだけかっこいいのにいない方が変だよね。でも、当の謙也はどこか浮かない顔をしてでも、と話を続ける。


「どんな奴なんか聞いたら、名前はカブリエル言うらしい」
「!」
「色黒で寒いとこが嫌いな、ポニーテールの似合うグラマラス美女らしいで」
「と、年は?」
「聞いてへんて。まあ女の人に年齢聞くんは失礼やからな」


それでどこか元気がなかったのか。そりゃ友人の彼女がまさかそんな……想像の斜め上を行く相手なのだから……。
って、ちょっと待ってじゃあ花野さんとのことは。と聞こうとしたら謙也も同じこと考えていたらしい。


「ねえそれって」
「……おお、そのまさかやで」
「だっ……W不倫」


周りにまだ人がいたから至って控えめに言ったけど、これはとんでもない事態だ。
謙也が机に突っ伏してしまうのもわかる。後輩とその彼女と友人が絡んだ緊急事態なのだから。


「でっ、でもまだ白石くんと花野さんが浮気してるとは」
「けど、保健室で会うてるってそういうことやろ!?」
「や、たまたま保健委員の当番が被ったとかさ」
「いやいやいや……でも、とりあえずそっちも探るか。行くで」
「行くってどこに?」
「保健室に決まっとるやろ」


確かにこの状態を放っておくことは出来ない。むしろ白石くんを止めないと。
謙也に頷いて、急いで保健室へと向かった。







保健室前の廊下は静かで、誰もいない。そっとドアに近づいて中を覗けば、確かに花野さんと白石くんが向かい合って話をしていた。


「うわ、マジかいな」
「白石くんがそんな人だったなんて」


しかも2人も目がキラキラしてとても楽しそうに話をしている。花野さん、財前くんといるときはもっと大人しくて静かな子なのに……。
それだけ気持ちが白石くんに傾いているのかな。


(ふたりには幸せになって欲しいんだけどな)
「……突入するで」
「えっ」
「あかんやろ、こんなん。財前辛いやろ……」
「……」


確かに財前くんの気持ちを考えればすぐに止めるべきだ。こんな間違っていることをいつまでも続けていいわけがない。
だけど、その前にガタンという音が保健室から聞こえた。白石くんが立ち上がっている。どうやら帰るようだ。


「ほな、俺は財前が来る前に帰るな」
「え、もうですか?」
「また財前に見つかったら誤魔化すの大変やろ」
「……そう、ですね」
「じゃあ今度の日曜よろしくな」
「はい。先輩の家にお迎えに上がりますね」
「おお頼むわ。ほなな」


慌てて廊下の影に隠れて白石くんが帰っていくのを見送る。漏れ聞こえた会話はもう完全に……。


「なあ今のって」
「もしかしなくても」
「「だっ……W不倫っ!」」


こんな不穏な言葉がハモるなんてあんまりだ。恐る恐る見た謙也の顔色はあんまりいいものではなかった。

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