Dream | ナノ

色外に現る


「ねえ、聞いた? 侑士くん転校するんやて」
「え、マジ?」
「嘘やん。好きやったのにー」
「あーあ、同じ忍足なら、謙也の方が転校すればええのに」
「なー、歌もそう思わへん?」
「え?」


急に話を振られた彼女はポカンとしていた。
でも、ちょっとうーんと考えた後に口を開いた。


「私は別に」
「え、何で!?」
「侑士くんでも謙也くんでも、誰かが転校するのは悲しいよ。でも、謙也くんいなくなったら困るもん」


俺がいなくて困るって、どういうことなんかその時は正直よおわからんかった。けど、必要とされた気がして、嬉しくて……。俺は何があっても彼女、水野歌の味方でいようと思ったんや。







数年後、その彼女が俺の前で顔を真っ赤にしている。必死な形相っちゅーのはこういうのなんだろうな、なんて思っていたら彼女がゆっくり口を開いた。


「謙也が好き……です。」
「っつ」
「もしまだ、私が好きなら……付き合ってください!」
「……まだ好きならて、そんなん決まっとる」
「えっ」


ずっと好きやった女の子からの告白。今まで何度か告白されたことはあったけど今回はかなり嬉しい。顔に熱が集まる。俺の声に顔を上げた歌は今にも泣き出しそうな顔をしとった。


「好きでもない奴のために無実を証明する、なんて考えへんわ」
「それ、って」
「俺の気持ちは前に伝えたやろ。それは変わってへん」


俺の言葉に彼女の緊張が一気に解けたのが伝わる。同時に目が潤み始めて、涙が一筋頬を伝った。
泣いてることに彼女は気づいてないらしい。そっと彼女の手を取った。


「何泣いとんねん」
「なっ」
「そんな顔せんといてや、俺は歌の笑顔が好きなんやから」


そのまま何かを言おうとする彼女の手を引いて抱き寄せる。
そいえば前にもこんなことしたな、あん時は悲しくて泣いてた歌を慰めるためやった。
でも今は違う。


(もうこれからは泣かせへんからな)


彼女を泣かせるのはこれが最後だ。これからはずっと笑っていられるように側にいてやりたい。
改めて力を強く抱き締めてやると、腕の中で「うっ」と彼女が呻いた。


「ちょ、急に力入れないでよ」
「あ、すまん。つい、嬉しくてな」
「……! もう」


そのまま解放すると、彼女はハンカチで涙を拭いた。困ったように眉を下げとるけど嬉しそうやった。
ああ何か幸せやなあ。口元が緩む。


「ねえ謙也」
「ん?」
「これからもよろしくね!」
「おお、こちらこそ」


改めて言うと緊張すんな、これ。照れ臭くて笑い合っとるとゴホンと誰かが咳をしたような声がした。
ハッとして思い出したのは、ここが学校内でテニス部の部室前であること。
恐る恐る振り返ればそこには財前がおった。


「ざっ、財前、いつからそこに」
「言ってええんすか?」
「……」
「部室に忘れもん取りに来たら話し声聞こえたんで一応隠れたんすけど。ま、ハグくらいならええんとちゃいます?」
「!」
「なっ」


呆然とする俺たちの前を通って財前は部室に入っていった。居たたまれなり、互いに顔を見合わす。すぐに出てきた奴の手には何かコンビニの袋があった。それが忘れ物っちゅーやつやろ。
そのまま俺らの前を素通りするかと思いきや、少し歩いたところで立ち止まり


「ケンヤさん」
「な、なんや?」
「あんまりせっかちになって水野先輩困らせたらあかんですよ」
「……は?」
「せやから、そういうことするにもちゃんと手順踏んで」
「やかましいわ!!!」


言いたいことを察した俺はすぐに奴の言葉を遮った。慌てて歌を見ると財前が何を言いたかったのかわからんかったんやろ。意味がわからんと、首傾げとった。







それから俺たちは登下校以外にも昼休みや放課後、休日も出来るだけ一緒におるようになった。
今日は期末テストが近いんで歌の家で勉強会。リビングで課題を進めとったら歌のおかんがニコニコしながらお茶を持ってきてくれた。


「はい、謙也くんどうぞ」
「ありがとうございます」
「歌も。勉強するなら自分の部屋でもよかったんじゃない?」
「いや、だって……私の部屋汚いし」
「だから掃除しとけっていつも言ってるの。っと、そうそう忘れるところだった」


ポンと、歌のおかんが何かを思い出したようにキッチンの方へ戻っていった。
一体何だろうとお互いに手を止めて様子を伺う。すぐに戻っていた彼女の手には数枚の写真があった。


「これね、この前本棚整理してたら出てきたんだけど……これ謙也くんと歌よね?」
「えっ? あ、ホンマや」
「あ、これ確か忍足侑士くんのお別れ会の写真だ」
「せやせや。うわ、懐かしい」


写真の真ん中には幼い頃の侑士。俺はその右隣で肩組んでピースしとる。俺たちの両隣は別の女子がおって、歌は左端で控えめに笑っとる。
他には遠足の時や、運動会の時の写真。どれも俺と歌は離れて写っとる。


「隣り合って写ってるのはないね」
「せやな。こん時はただのクラスメイトやったし」
「けど、お前あれやで、俺がいなくなったら困るみたいなこと言うてたんやで?」
「え、いつ?」


あー、やっぱりまだ思い出してへんのやな。ちょうど歌のおかんはトイレか何かでおらんし。ちょっとなら話しても大丈夫やろ。


「この前話したやろ? 俺がお前に惚れた時の話」
「!」
「あん時に言うてたんやで。謙也がいないと困るって」
「…………あっ」
「思い出したか?」
「あー、うん。でも謙也が思ってるような意味で言ってないよそれ」
「へ?」


と、そこでタイミングよく歌のおかんが戻ってきた。違う意味ってどーいうこっちゃと思っとると歌はおかんに話しかけた。


「ねえねえお母さん」
「何?」
「侑士くんが転校するって話した時にさ、謙也くんの家じゃなくてよかったねって話したの覚えてる?」
「ああ、そうよ。忍足医院は歌のかかりつけだからって話よね」
「そうそう」
「はあ!?」
「ここら辺で小児科ってないから、本当に忍足医院があってすごく助かってるのよー。先生もいい人だしね」


ニコニコと笑った歌のおかんはまたキッチンで何か作業をしはじめた。
一方俺は、事の真相を聞いて一気に落ち込む。何やかかりつけて。俺まったく関係あらへんやん。


「けど、今は謙也が思ってる意味でいなくなったら困るからね」


小さな声で呟くように言ったのはすぐそこに親がいたからだろう。
ハッと顔をあげれば、歌はちょっとだけ赤い頬でいたずらっぽく笑っとった。
そんな彼女の笑顔につられて俺も笑う。ああ幸せだなと感じながら。


ーFinー

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