Dream | ナノ

俺が好きだから


※柳目線


水野から領収証の話を聞いた俺は、仁王を探した。練習試合先のため日陰がどの辺りに出来ているかを把握するのに時間がかかり、見つけた時には休憩終了の10分前になっていた。


「初めて来たところだというのによくこんな場所を見つけるな」
「ん……何じゃ参謀」
「もうすぐ休憩が終わる、それと領収証を持っているか?」
「りょうしゅーしょ?」
「とりあえず目を覚ませ」


日陰とはいえこんな暑い中でよく眠れるものだ。ちょうど持っていたスポーツドリンクを渡すと、仁王は寝ぼけながらもかなりの量を飲んだ。相当喉が乾いていたようだ。
スポーツドリンクを返し、大きく伸びとあくびをした仁王はゆっくり立ち上がった。


「わざわざお迎えご苦労じゃったな」
「別にお前を迎えに来ただけではない、領収証を持っているか聞きたい」
「領収証? 何の?」
「先日水野と買い出しに行っただろう? その時に領収証を貰っているはずだ」
「ああ、あれか」


ジャージのポケットから小銭入れのようなものを出した仁王はそこからさらに1枚の紙を取り出した。日付や店の名前、代金から恐らく水野が探していたものだろう。


「やはりお前が持っていたか」
「そういえば渡し忘れとった。すぐ渡した方がいいんか」
「ああ。決算は毎月末だ。もう明日がギリギリだろう」
「なら、参謀が渡しに行きんしゃい」
「何?」
「俺がすっとぼけて忘れるかもしれんじゃろ?」
「その場合、メジャー代金はお前の自腹になるぞ」
「こんくらい構わんよ」


ふっと笑いながら仁王は俺の前で領収証をひらひらと揺らした。渋々それを受けとると仁王は近くにあったラケットを持ち再び伸びをする。首の辺りから間接のなる音がした。


「そういえば、参謀は水野が好きなんか」
「……何?」
「最近よく話しとるじゃろ? こうして動いているのも好きだからじゃないのか?」
「……」


答えのない問いを問いかけられ、言葉が出なかった。返事をしない俺に、仁王もこちらを向く。そして俺の顔を見ると驚いたように目を丸くした。


「何だその顔」
「…………いや、その質問の意味がわからなくてな」
「意味もなにも、そのままじゃろ。参謀、いや、柳蓮二は水野歌を異性として好きなのかって聞いたんだがの?」
「異性として……?」


仁王からの問いを再び頭の中で反芻する。
俺は水野が困っているから手を貸したにすぎない。例えこれが花野や精市でも同じ事をしたはずだ。
だが、それとは違う感情があるのも事実だ。胸に燻る不思議な感情だ。
この気持ちは何だ? 水野のことを考えると強くなるこの感情は……。


ピーーーッ!
「!」
「集合時間じゃな」
「……ああ」


コートの方からホイッスルの音が聞こえる。休憩時間は終わりだ。仁王と共に歩き出す。


「俺よりはいい頭してるんじゃ、ちゃんと考えんしゃい」
「何」


仁王にしては珍しく駆け足で俺を追い抜かしコートに戻って行った。







水野を家に送り届け、駅に向かって歩き出す。時刻はもう7時を過ぎているのに暑すぎる。ため息をつき、第一ボタンを外した。
歩きながらこの数ヵ月のことを思い返していたのは、先程仁王に聞かれた質問の答えが出なかったからだ。


(確か、最初は)


初めて水野を認識したのは入学式だった。精市を尋ねて4組に向かうとやたらに機嫌がよく、その理由は少し離れた席に座る人物を見てすぐにわかった。


「今年は花野乙女と同じクラスか」
「蓮二。そうだよ、今年どころか3年間一緒だからね、本気になるよ」
「あまりしつこいと嫌われるぞ、ほどほどにな」
「わかってるよ」


ふっと笑った精市の目はすぐ彼女に戻った。中等部時代から同じクラスになったことがなかったから、相当嬉しいのだろう。俺も倣ってそちらを見ると、花野は見慣れない女子生徒と話をしていた。


「あれは誰だ?」
「ん? ああ、水野さんだよ。高校から立海に入ったって言ってた」
「外部生か」
「うん……そういえば、うちのクラス外部生多いな」


話はそのまま4組に外部生が多いという話になり、水野のことは一度頭から離れた。
次に接点があったのは確か、親睦会の時だ。ふたりで初めて話をしたのもその時。
精市が花野を怒らせて、追いかけて。取り残された彼女に俺が声をかけたんだ。


「全く、あいつは花野のことになると色々と不器用になるな」
「あの、もしかしてなんですが幸村くんって」
「中等部時代からずっと、花野を気にしている。まあ、恋情だろうな」
「恋情……て」


言葉を詰まらせた水野を見ると、呆けた顔をしていた。その時はわからなかったが、今ならわかる。
もしかしたら、彼女は精市が気になっていたのではないか、と。
精市は中学時代から有名人だったし、県内に住む彼女が精市に会うために立海を選んで進学してきたと考えれば筋が通る。


「話術がメキメキと上がる10の秘密。これでいいのか?」
「!」


昼休みに花野と俺と4人で昼食を取った日の放課後、彼女は話術の本を探していた。精市とあまり話せなくて、話術を向上させようと考えたのかもしれない。


「ひとつ、聞いてもいいか」
「何?」
「なぜここまで親身になれる」
「えっ?」
「きっかけは俺がお礼をしたいというお前にプレゼント選びの手伝いを頼んだことだ。もし俺がお前の立場ならプレゼントを選んだら、うまくいくといいねと言うだけで終わると思ったのだが」
「……さあ、なんでかなぁ」


俺に何かと親切にしていたのも、俺が精市と仲が良いから。友人の俺によくして、精市の好感度を上げて、少しでも振り向いてもらおうとした水野の努力だったのかもしれない。素直にそんなことを言えるはずもなく、水野は言葉を濁したのだと。

その考えに行き着いた時、俺はがっかりしていた。







「領収証、渡せたんか」
「……ああ」


翌日も茹だるような暑さの中、練習試合が行われている。熱中症対策にととられるこまめな休憩の最中、声をかけてきたのはやはり、仁王だった。


「それで、答えは出たんか」
「答え?」
「参謀は水野が好きなのか」
「それをお前に伝える義務はない」
「そーいうと思っとった」


ふっと笑った仁王はそれ以上何も言わずに去っていった。引き際をわかっているのだろう、今の俺には何を言っても無駄だ、と。


「あ、いた。蓮二ちょっといいかな?」
「どうした?」
「毛利先輩が次の試合のことで話があるって珍しく来てるんだ。休んでるところ悪いけど」
「構わない。行こう」


精市と共にコートへと向かう。ジージーと鳴く蝉の声が耳について、さらに暑さを助長させていて歩く足もいつもより遅くなっていた。


「あ、そうだ。領収証のこと聞いた?」
「ああ。昨日無事渡した」
「渡したって、仁王が持ってたんじゃないの?」
「俺が預かって、直接水野に渡した。その方が確実だからな」
「へえー。何だかんだ蓮二って水野さんのこと好きだよね」
「……そうだな」
「?!」


俺の発言に精市は目を丸くして息を飲んだ。当然の反応だ、精市には中学時代から花野先輩のことで相談していた。
しかもフラれてからまだ1ヶ月も経っていない。早すぎる心変わりだと思ったのだろう。


「え、好きって……そーいう好き?」
「自分でもよくわかっていない。恋情なのか友情なのか」
「何だ……びっくりした」
「やはり早いと思うか?」
「えっ?」
「もしこの気持ちが恋情だとしたら……心変わりが早すぎると思われるだろうな」


思わず、胸の辺りに手を当てる。もし俺が水野と同じ立場だったら、結局恋人が欲しいだけで、誰でもよかったんだと考えるかもしれない。軽蔑されることは避けたい。
だから俺は……


「この気持ちが恋情だとしても伝えることはない」
「蓮二」
「それに、彼女には想い人がいる」
「え、気づいたの?」
「何?」
「あ」


精市の言葉には、水野の好きな人を知っているという意図が含まれていた。


「知っているのか?」
「うーんまあ……花野経由で色々聞いててね。水野さんの好きな人は知ってる」
「お前じゃないのか?」
「は?」
「俺はてっきり、水野の好きな相手はお前だと」
「はあ?!」


珍しく大きな声で驚く精市を久々に見た。意味がわからず呆然とする俺の前で精市は頭を抱えている。


「違うよ、どうしてその結論に至ったの」
「俺は水野から、好きな人がいることとその相手には他に好きな相手がいると聞いた」
「それで?」
「その好きな相手が俺の知り合いであることも聞き出して……共通の友人と言えば花野とお前と……最近だと仁王や片倉達もいるが……。その中で水野が好きな相手を知っているのは」
「俺しかいないって思ったわけか」
「ああ」
「なるほど……蓮二がミスリードするなんて珍しい」
「何?」
「水野さんが好きな相手は俺じゃない。確実にね」


精市の目を見れば、嘘をついていないことは明白だった。だが他に誰がいる。共通の知り合いで、水野と恋愛の話をするくらいに親しい間柄の人物。


「うーんじゃあ、ヒントだけ」
「ヒント?」
「うん。見ててじれったいから」
「?」
「蓮二が水野さんと親しくなったきっかけを考えれば答えが見えるかもね」
「俺と水野が?」
「あとはその、俺よりいい頭で考えてもらうとして。今は部活中だから、私的なことは終わってからにしよう」
「あ、ああ」


スタスタと先を歩き始めた精市に俺も続く。部活中だと窘められたが、コートに戻る間だけと考えを巡らせた。
俺が水野と親しくなったきっかけは親睦会の時。精市が花野と話をしていて、そこに俺が加わりさらに水野が入ってきたことだ。


「あ……や、やなぎ、くん」
「? ああ。確かに俺が柳蓮二だが」


そこで何かが引っ掛かった。彼女は外部生でクラスすら違う俺の名前をなぜ知っていたんだ。花野に聞いていたとしたら、理由は何だ。
精市が好きなら「幸村くんの隣にいる彼は誰だ」と聞く可能性もあるが……精市はそれはないと断言している。


「っ……ふふ、ごめん柳。この子、水野歌っていうんだけど柳とずっと話してみたかったんだって」


その後の花野の発言から水野は俺と話がしたいと思っていたらしい。だがその理由も聞きそびれている。会が始まり、幹事の俺は呼ばれたからだ。
幹事の仕事をしていたら入り口の方が騒がしくなって、様子を見に行ったら……


(花野先輩がいた。妹といたから水野も絡まれていて)


花野先輩の存在を思い出した途端、ハッとした。精市の言った『親しくなったきっかけ』は最初の会話ではない。その後、何度かの会話を経て花野先輩のプレゼントのことを相談したことだ。
そしてあの日、俺は確かに言った。


「柳くんは花野先輩が好き、なんだよね?」
「……ああ、好きだった」


なぜこんな初歩的なーー自分を入れ忘れる、なんてミスをしたんだ。


(水野は俺が花野先輩を好きだと知っていた)
「気づいたみたいだね」
「!」


いつの間にか目の前にはコートがあった。精市は俺が考え耽っているのに気づきながら声をかけなかったのだろう。
わかってしまえば、簡単なことだ。
親睦会で、水野が俺の名前を知っていた理由も、話をしたいと思っていたことも……親身になってくれたことも全て


「俺が好きだから……?」
「さあ? 自分で確かめたら?」


精市はそれ以上何も言わずにコートに入り、毛利先輩の方へ向かって行った。
俺もそれに続こうとしたが、行き着いた答えが衝撃的すぎて、足を動かせなかった。

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