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恋は盲目


結局、学校にいる間柳くんから連絡はなかった。帰る前に花野先輩に一言報告してから学校を出る。家にはいつもよりちょっと遅い時間に着いた。家族に軽く挨拶をしてから自室に入り、すぐにベッドへ倒れこんだ。


「つっかれたー」


ヘトヘトだけど制服のポケットから携帯を取り出して開く。柳くんからはまだ何の連絡も来ていない。もう部活も終わっている時間だろうに何でだろう。疲れすぎて忘れてしまっているのかもしれない。
このままでは眠ってしまいそうだからとりあえず身体を起こして部屋着に着替えていると携帯が鳴った。慌てて画面を見れば着信画面には『柳蓮二』と表示されている。


「も、もしもし!」
「水野、すまない。今平気か?」
「うん。もう家にいるから大丈夫」
「そうか」


柳くんの声の後ろからざわざわと喧騒が聞こえる。どこかまだ外にいるようだ。
こんな遅くまで部活をしていたのに面倒なことを頼んでしまったと申し訳ない気持ちが強くなる。


「仁王から領収証は預かった」
「ありがとう。じゃあ明日にでも取りに行くよ」
「その必要はない。実は、これから帰るのだが、今若葉東駅にいてな」
「え、若葉東駅って」
「お前が思っている隣の若葉東駅で間違いない。領収証を渡すから、駅まで出てきてくれないか?」
「うん、わかった」
「頼む。暗くなっているから気を付けて」


最後にそれだけ言われて、柳くんは電話を切った。隣駅からは電車で5分くらい。降りたりする時間を含めてもそんなにかからないはず。急いで外に出れる服に着替え直してから、家族に一声かけて家を出る。待たせるのは悪いから、走って駅に向かうとちょうど電車が着いたようで、改札から人が出てきていた。


「水野」
「!」
「すまない、急がせたようだな」


改札の方ばかりを見ていたから、外にいたことに気づかなかった。柳くんが先に私を見つけて声をかけてくれた。


「は……大丈夫、そんな……急いでない」
「息が切れた状態で言われても説得力はないぞ」
「あ……は、そう、だよね」
「どこか、座ろう。俺も小腹が空いているからな」
「えっ?」


一応財布は持ってきてあるけど、そんなにお金は入っていないかも。ではなく、領収証を受け取ったら「またな」で帰ると思っていたからこの展開は予想外だ。緊張して、すぐに動けない。
その間に柳くんは、ファストフード店と喫茶チェーン店のポスターを見比べていた。どっちに入ろうか迷っているみたい。


「水野はどちらか希望はあるか?」
「うぇ……えっと……じゃあこっち」
「では行こう」


少しだけ迷って喫茶店の方を選んだ。中途半端な時間だけど店内はそこそこ混み合っていた。それでも2人がけの席は空いていたのですぐに座れたけど。柳くんが注文をしてくれるというので飲み物だけお願いした。
列に並んでいる柳くんを見て、ふっとため息をつく。と、離れたところに座っていた人たちの声が耳に入った。


「ねえ、あの人かっこよくない?」
「え、どれ?」
「ほらあの……背の高い人」
「えー、そうかな」
「私はタイプだよ、ああいうあっさりめの顔立ちの人」


ぎくりとしながら列の方を見る。どう見ても柳くんのことだ。他の人から見てもやっぱりかっこいいんだ。
そんな柳くんとふたりでいることが急に恥ずかしくなってくる。私なんかと一緒で柳くんに不快な思いをさせている気がして、つい顔を伏せて、足元を見てしまった。


「水野?」
「っ……あ、おかえり。注文出来た?」
「ああ。俺の頼んだ軽食に時間がかかるようだ。後で持ってくるらしい、飲み物だけ先に貰ってきた」
「そうなんだ、ありがとう。これ、お金」
「いや別に構わ」
「今日はお礼じゃないんだから払わせて」


飲み物代ぴったりの小銭を柳くんの前に出すと、少し考えた後受け取ってくれた。前のアイスと違って今回は私が迷惑かけているんだから本当なら軽食分だって出した方がいいんだろうけど……今そんなにお金持ってないからなあ。
そんなやり取りをしている間に軽食が出来たようでお店の人が運んできてくれた。玉子のサンドイッチだ。


「食べてからでもいいか?」
「うん、全然。気にしないから食べて?」
「では、いただきます」


ピシリと背筋を伸ばして軽食のサンドイッチを食べる柳くん。それを眺めながら私も飲み物に口をつけた。相変わらず食べ方綺麗だな、何度か一緒にご飯を食べたことがあるけど毎回育ちのよさをひしひしと感じる。


「ああ、そうだ」
「何?」
「領収証だ、渡しておく」
「あ、ありがとう」


受け取った領収証を無くさないように財布に仕舞う。後で花野先輩に連絡するのも忘れないようにしないと。色々考えながら動いていると、柳くんがじっと見ていることに気づいた。


「柳くん?」
「!」
「私に何かついてる?」
「いや、すまない。その……随分忙しなく表情が変わっていたのでな。つい、見てしまった」
「え、嘘っ」
「ああ。わかりやすい、素直……それは水野の長所だと思うぞ」


ふっと笑いながら言う柳くんにドキッとしつつも、それは長所なんだろうかと困惑する。
ああでも、彼からしたらわかりやすい相手っていうのはデータを取りやすいってことなのかも。だから長所だと思ったのかもしれない。


「お前は今、わかりやすい相手はデータを取りやすい。だから俺が長所と捉えた。と考えているだろう」
「!」
「図星か」
「…………柳くんには何もかも見透かされてる気がする」
「そうでもない。俺にだってわからないことはあるさ」
「例えば?」
「例えば……そうだな」


考えるように手を口元に運び考えたのはほんの一瞬。もう聞くことは決まっていたかのように柳くんは次の一言を発した。


「お前の好きな人について」
「まだ、諦めてなかったの?」
「悪いが、諦めは悪い方だ」


ぴしゃりと言い放たれた一言に清々しさすら感じる。


「水野の話から推測しようとしたが情報が足りなくてな」
「そりゃ、あんまり言ってないし」
「今、俺が知っているのは水野に好きな相手がいることと、その相手は別の誰かを好いていることくらいだな……あと1つだけ聞ければ予想が出来る」
「1つ?」
「その相手を意識、知り合ったのはいつなのか」
「それ言ったら柳くんわかっちゃうでしょ」
「ほう。つまり、俺とも面識のある人物ということか」
「!」


にやりと笑う柳くんを見て、しまったと思った。つい、返事をしてしまったけど黙っていた方がよかったんだ。
これ以上は何も話さないぞと、口を結んで彼から目を逸らす。


「……おおよその検討はついた。これからは協力させてもらおう」
「えっ?」
「しばらくはそいつも忙しいからな。落ち着いたら……夏の大会が終わった頃に動きだそう」
「んんっ?」


柳くんが一体何を言っているのかわからない。私の好きな人がわかった……んだよね? それにしては落ち着いているというか。
もしかして、自分じゃないと思ってる? いやでも他にいる? 混乱して返事が出来ない私の態度を了承したととったのか、柳くんは携帯を出して時間を確認した。


「もうこんな時間か。家まで送ろう」
「え、いやいいよ」
「呼び出したのは俺だ。水野に何かあったら俺は自分を責めることになるからな。だから送らせてくれ」
「……わかった、じゃあお願いします」
「では行こう」


荷物を持って店を出ると、外はすっかり暗くなっていた。ふたりで私の家まで歩くのはこれで2回目。その時は道がわからないと言っていた柳くんの前を案内するように歩いていた。
でも、今は横を歩いている。


「日が暮れたというのにまだ随分と気温が高いな」
「そうだね。全然涼しくならない」
「暑すぎて夜寝ている間に熱中症になることがあるそうだ。しっかり水分補給をしないとな」


ちらっと横を見ると、柳くんの頭はかなり上の方にある。すぐ横には意外にも筋肉質な腕があってテニスをしているかっこいい姿とか、あの日抱き寄せられたこととか色々と思い出してしまった。


(やっぱり好きだな)


最終的にはそれしか考えられなくなる。柳くんの全てが好きで嫌いになる要素なんて微塵もない。
きっとこれが『恋は盲目』ってことなんだな、と柳くんの話に頷きながら思っていた。

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