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縮まる距離


職員室から出て、各係の部屋を回りプリントを1部ずつリーダーの先輩方に渡してきた。
あとは会計と総務。どちらを先にと考えて、まずは総務に寄って領収証の件を伝えることにした。


「失礼します、花野先輩、これ会計からです」
「ありがとう、お疲れ様」
「それと、ちょっと相談というか、問題が」
「うん?」


首を傾げる花野先輩に先程会計の先輩に言われたことと、領収証の行方について知らせて頭を下げた。花野先輩は表情を強ばらせつつも私が外部生で会計の仕組みを知らなかったことを考えなかった自分の責任だと言ってくれた。


「テニス部、確か今週は他校との試合が入ってるって言ってたから」
「え……そうなんですか?」
「うん。だから校内にいないんだ。仁王の連絡先知ってるからとりあえず電話してみるね」
「はい、お願いします。私、もう1回会計行ってこれ置いてきます」
「うん、よろしく」


生徒会室を出たところでやっぱり相談してよかったと思った。自分だけで解決しようとテニスコートに行っても仁王くんはいなかったわけだし。あとは仁王くんに持ってきて貰うか、最悪私が取りに行ってもいい。さっき会計を出るときよりはやや軽い足取りで向かい、残った書類を渡す。一応まだ手伝いがあるか聞くと「ない」と言い切られてしまったので生徒会室に戻った。


「戻りました」
「おかえり、お疲れさま……って言いたいんだけどちょっといいかな」
「?」
「仁王と連絡とれなくて」
「え」


生徒会室に入ったところで聞かされたのは予想外の言葉だった。先輩が知っていた連絡先は仁王くんが中1の時の連絡先で電話も繋がらなければ、メッセージも送れなかったそうだ。


「で、一応聞くけど水野さんは仁王の今の連絡先って」
「知りません」
「だよね。あと知ってそうなのって」
「…………本人じゃなくてテニス部の奴に連絡して仁王に伝えて貰った方が速いかもしれないですね」


呟くような片倉くんの発言にハッとして、彼の方を見ると携帯を見ている。多分、アドレス帳を見ているんだろう。少しして彼は誰かに電話をかけ始めた。相手はすぐに出たようで「もしもし幸村?」と話始めた。
幸村くんならテニス部だし、きっと側に仁王くんもいると思っていたんだけど少し話して電話を切った片倉くんはため息をついた。


「幸村、今日は病院に行ってるみたいで」
「え」
「連絡先わかるか聞いたら、あいつは登録してある番号以外は絶対出ないよって」
「うわ、マジか」
「だけど、柳なら行ってるって言うんでちょっとかけてみますね」


片倉くんは再び携帯を操作して柳くんに電話をかけ始めた。が、練習中で電源を切ってあるようだ。すぐに終了ボタンを押して「出ません」と再びため息をついていた。


「片倉、今日はもう帰るんだよね」
「はい。ちょっと用事があるんで」
「……じゃあ私」
「私、連絡します!」


一瞬、花野先輩が躊躇ったように思ってすぐに割って入ってしまった。片倉くんがびっくりしたのか目を丸くしている。先輩もポカンとしたのを見て、しまったと思ったけれど理由を察してくれたようでふっと笑ってくれた。


「じゃあお願い。私も午後から先生たちと打ち合わせがあって忘れそうだから」
「わかりました。お昼くらいに電話してみます」
「よろしくね。あ、じゃあ連絡できたら一応私に教えて。連絡先交換しとこう」
「はい」


花野先輩と連絡先を交換したところで、乙女と共に他の総務が何人か戻ってきた。先輩に報告している中、彼女は何も言わずに私の隣に座って大きなため息をついた。


「お疲れさま、どうしたの?」
「設営の製作物会議でアイデア出ししてきたんだけど、頭メチャクチャ使って」
「ああ、なるほど」
「甘いもん食べたい。歌、購買行こう」
「いいよ。私もお昼御飯買いたいし」


今は11時をちょっと過ぎたところだから、早めにお昼をとって午後に備えてもいいし。貴重品を持って、一応花野先輩に声をかけてから乙女と共に生徒会室を出た。







購買で買い物をして生徒会室に戻るとさっきより人数が増えていた。お昼を食べたり机に突っ伏していたり、本を読んだり、早めの休憩を取っている。私も乙女と座って先程の領収証のことを話していたら携帯が鳴りはじめた。


「あっ」
「何、どした?」
「柳くんから。ちょっと出てくる」


乙女にそれだけ言って生徒会室を出る。画面に表示されている『柳蓮二』の3文字をもう一度確認してから、軽く深呼吸。電話に出れば「水野、今大丈夫か?」と耳に心地いい声が聞こえた。


「うん、大丈夫。どうしたの?」
「ああ。少し前に片倉から電話があってな、折り返しをしたのだが出ない。実行委員の方で何かあったのかと思い連絡したんだが何か知らないか?」
「うん、あのね、この前メジャーを買ったんだけど仁王くんから領収証貰い忘れてて」
「なるほど、そういうことか。少し待ってくれ」


柳くんは内部生だし、生徒会にもいたから月末毎に決算することを知っているんだろう。話が早くて助かる。少ししてまた電話の向こうから柳くんの声が聞こえてきた。


「すまない、今仁王が見当たらなくてな。あとでかけ直す」
「わかった、ごめんね色々任せちゃって」
「気にするな。ではまた」


フッと電話が切れて、思わずため息が出た。ちょっとでも柳くんと話ができて、今さらドキドキしてくる。浮かれた気持ちで生徒会室に戻り席につくと乙女が話しかけてきた。


「柳何だって?」
「片倉くんが出なかったから私にかけたんだって。領収証のこと伝えられたよ」
「ふーん。随分柳と距離縮めたじゃん」
「えっ?」
「だって他に実行委員で連絡先知ってる人はいるでしょ? 片倉が出なくても佐藤さんとか……それこそお姉ちゃんとか」
「!」
「片倉がダメだったから次が歌っていうのはそれだけ信頼されてるんじゃない?」


言われてみて、確かにそうだと思ってしまう。辺りを見ても佐藤さんも2年の生徒会の先輩だって携帯は手に持ってたり、机の上に置いてある。柳くんが電話するなりメッセージを送るなりすればすぐにわかるはずだ。


「歌、顔真っ赤」
「乙女が余計なこと言うからでしょ!」
「はいはい、ごめんごめん」


ケラケラ笑って反省の色が見えない乙女の肩を軽く叩く。もしも、もしも乙女が言った通り、柳くんが私のことをすぐに思い浮かべて連絡してくれたなら。それだけ距離を縮められたんだって、幸せな気持ちになった。







機嫌がいいとどうしてこうも身体を動かしていないと落ち着かないのか。午後からの作業ではハリキリすぎて作業終了時間にはクタクタになっていた。
教室に戻るとまだ全員揃っていないようで、数人が固まって雑談をしている。


「まだ先輩たち戻ってきてないんだね」
「打ち合わせ長引いてるんじゃない? 先生達との調整って一番大変らしいし」


なんて話をしながら、とりあえず携帯の電源を入れる。柳くんからはまだ折り返しが来ていなかった。休憩中に仁王くんを見つけられなかったんだろうか。だとしても彼の性格ならメッセージくらい送ってくれててもいいと思ったんだけど。


「柳から連絡来てない?」
「うん。忙しいのかな」
「んー……そうかもね、試合出るんだったらアップとか。1年だから雑用もあるだろうしね」
「そう、だよね」


連絡出来ないくらい忙しいのに余計なことを頼んでしまって、申し訳ないという気持ちが強くなる。元々、柳くんには関係がないことだから余計に。
領収証のこと、私も聞いていたのに何でちゃんと確認しなかったんだろう。会計の先輩にも本当のことは伝えられてないし。さっきまでは明るかった気持ちが段々と暗くなるのを感じながら、もう一度携帯の画面を見た。

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