Dream | ナノ

好きな人の話


下駄箱近くの自販機はお茶を中心に売り切れランプがついていた。柳くんの目当てのスポーツドリンクはまだあったけど、私が買おうと思っていたお茶は売り切れている。仕方なくいつも飲むものよりは濃いお茶を買った。


(う……苦い)
「水野は濃い味が好きなのか?」
「えっ?」
「それはお茶の濃さを売りにしているものだからな」
「いや、いつも買うやつ売り切れたから」
「そうか」


柳くんも隣で買ったばかりのスポーツドリンクを空けて飲んでいた。余程喉が乾いていたのか半分くらい無くなっている。
はあ、と一息ついているけどコートに戻る気配がない。外よりは若干涼しいからもう少し涼んでいくつもりなのかな。


「俺に、出来ることはあるだろうか」
「えっ?」
「……その、お前の好きな人物について、だ」
「!」
「水野には色々と世話になったからな。この柳蓮二、今度はお前の力になりたいのだが」


真剣な眼差しを向けられて、顔に熱が集まる。さっきまでお茶の苦さはどこかへ飛んで行ってしまった。
ふと、そこで仁王くんへの違和感の正体がわかった。普通、あまり親しくもない、初対面の相手に「協力してやる」なんて言えないはずだ。だってどんな人物なのかもわからないし、自分と合わないだけじゃなくて、柳くんにとって害になる人間かもしれないのに。


「さっきも言ったけど、これは私だけの力で何とかしたいと思ってるから」
「しかしお前は俺に協力をしてくれた」
「うん、そうなんだけど。……私の好きな人ね、他に好きな人がいるんだ」
「!」
「だから、柳くんと状況は似てる、かな」
「……そうか」
「うん……じゃ、私戻るね。それ、貰っていいかな」


表情を曇らせる柳くんからメジャーの入った袋を受け取る。申し訳ない気持ちになるのは柳くんが私のことを真剣に考えて、協力を申し出てくれているとわかっているから。それだけ強く築いた信頼関係を壊して、また新しく築く勇気は私にはなかった。







メジャーを持って割り振られた部屋に来たところで、部屋の長さを測るのはもう1人いないと難しいことに気づいた。
当初は幸村くんに化けた仁王くんがいたけど、色々あって彼はいない。どうしようか途方に暮れていたところに他の部屋を計測し終わった片倉くんと佐藤さんが通りかかって、手伝ってくれた。


「本当にありがとうございました」
「いや、まさかあれが仁王だとは」
「私たちも気づかなかったし、今度からは気を付けないとね」


そんな雑談をしながら生徒会室に戻ると今朝いた総務係は全員揃っていた。私たちが最後だったらしい。黒板に報告された数値を書き込んでいた花野先輩がニコッと笑いながら声をかけてきた。


「おかえり。あれ? 幸村は?」
「花野先輩、あれ仁王だったみたいですよ」
「え、そうなの? 全然気づかなかった。腕上げたな〜」
「腕上げたなって……それで水野さん、ひとりになって困ってましたよ」
「そうだよね、ごめんね、水野さん」
「い、いえ」


苦笑いをしながら謝る姿すら可愛いな、花野先輩。メモを渡して、ぐるりと室内を見回すと乙女が手を振っていた。隣が空いていたのでため息をつきながら座ると前で話していたことが聞こえていたのか「お疲れ」と軽く肩を叩かれた。


「もうこの短時間で色々ありすぎて疲れた」
「そういえば、仁王のこと教えてなかったね」
「そう、何あれ。イルミネーションとか言ってたけど」
「イリュージョンね」
「あんな姿形だけじゃなくて声まで変えられるなんて、何者なの」


今思い出しても、理屈がわからない。未だに夢を見ていたんじゃないかと思うくらいだ。勢いに任せてさっき買ったお茶をぐいっと飲む。相変わらず苦い。


「はい、じゃあ今日の活動はこれでおしまい。お疲れ様でした」


ちょうど前ではまとめが終わったようで花野先輩が締めの言葉と共に軽く頭を下げた。今日はこのまま帰っていいようなので、荷物をまとめて生徒会室を出た。







総務の仕事が始まって1週間が過ぎた。初日こそ、お昼前に終わったが、日を追う毎に仕事量が増え、先週の終わり、学校を出たのは5時過ぎだった。
今日はどれくらいかかるのかと思いながら総務に顔を出した月曜日。生徒会室には主だったメンバーしかおらず、花野先輩はずっとパソコンに向き合って手を動かしている。隣に座る片倉くんと2年生の先輩も同じ。挨拶をして今日の活動内容を聞くと片倉くんが大量の書類を渡してきた。


「これ、去年の文化祭の各団体の予算ですって会計に渡してきて。多分あっちもピリピリしてると思うけど、もし何か手伝えそうなことあったら手伝うなりこっちに報告して」
「わ、わかりました」
「ん、よろしく」


簡単なお使いかと思いながら生徒会室を出て、会計が活動をしている教室に向かう。ノックをして総務であることを告げると、どうぞとやや低めの声で言われた。ドアを開けるとそこにはさっきの花野先輩と同様にパソコンを凄い形相で睨み付ける3年生の先輩がいた。確か、会計の人だ。


「何、用件手短に」
「そ、総務の水野です。去年の文化祭の、各団体の予算をお持ちしました」
「あー、やっときた。そこ置いといて」
「は、はい」
「あと領収証は?」
「…………え?」
「先週花野がメジャー買ったからって言ってたんだけど、その領収証。預かってない?」


先輩がじっと私を見る。そういえば、買い出しを頼まれた時に領収証の話はしていた。その日のことを思い返して、領収証はどうしたか、そもそも会計をしたのかを思い出せば……


「あ、あの」
「何」
「えっと、多分、仁王くんが持っている、かと」
「…………はあ?」


先輩の眉間の皺が深くなり、声には怒りが滲み出ている。まずい、と思った瞬間ため息をつかれてしまった。
何やら不穏な空気の中、先輩は受け取った書類をやや乱暴に置くと怖い目でこちらを見てきた。


「あなた、文化祭実行委員会ってか立海の行事に関わるの初めて?」
「え……はい。今年から入学したので」
「ああ外部生。立海の行事の会計ってね月末に一度決算をするの。その月にいくら使ったかをまめに出す方がミスが少ないから」
「は、はあ」
「つまり、8月になってから7月に貰った領収証出されてもお金、出せないってこと」
「あ……」


言葉を失う私に先輩は畳み掛けるように、準備にすら顔を出せないテニス部に会計を任せることが花野先輩のミスだ、と呆れたように言った。
それは違う、一緒に買い物に行ったのは私だと言いたかった。けどこれ以上怒りを買うのが怖くて黙っていることしか出来なかった。


「とにかく今月中に領収証出すように花野に伝えておいて。あ、あとこれ職員室で20部ずつコピーして1部ずつ各係のリーダーに渡してきて。あまりはここに持ってきてね」
「は……はい」


頷く私の顔色は多分、かなり悪かったと思う。新たな書類を受け取って一礼をすると早足で教室を出た。
職員室でコピーをしながらも気持ちは落ち込んだまま。ずっとため息ばかり出てくる。テニス部に行って直接領収証を貰ってこようか、いや勝手に動いてこの仕事を遅らせるのはまずい。とりあえず、今出来るのは花野先輩に相談することだ。


(だって、柳くんが言ってたし)


花野先輩にプレゼントを渡したあの日、水野は何か事を起こす前に周囲に相談すると思っていたと柳くんは言っていた。多分だけど、それが私の長所だと感じてくれているんだろう。なら、今度こそ彼の期待は裏切りたくない。
ピピッと音がなり、20部のコピーが終わった。まずは目の前の頼まれたことをこなそうと職員室を出た。

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