Dream | ナノ

詐欺師と参謀


校舎を出ると外はかなり暑かった。時折風は吹くものの涼しいものではない。気づけば隣を歩いていたはずの幸村くんが数歩先にいた。


「うー、暑い」
「確かに。この暑さは身体に悪そうだ」
「えっと、海林堂ってどこ?」
「キング・シーからさらに奥行ったところだよ」
「ってことは」
「うん、1回学校から出るよ」


つまり、この暑い中あの坂を往復するわけか。考えただけで気が重くなって、ブラウスは今日帰るときでいいやと校舎に戻りたくなる。
でも今は花野先輩からお使いを頼まれていて、しかも幸村くんも一緒なわけで、それは許されない。


「面倒くさいって顔してるね」
「だってこの暑さだよ」
「まだ涼しい方だよ、午後になると日陰から出たくなくなるし」
「あー、テニス部、大変らしいしね」


校門を出たところで少しだけ距離が詰まった。私に合わせてゆっくり歩いてくれているようだ。この暑い中、申し訳ない。しっかりしなきゃと顔を上げると幸村くんがふらふらと左右に揺れて歩いているように見えた。


「あ、れ?」
「どうかした?」
「幸……村くん?」


その光景には見覚えがあった。昨日の朝、学校へ向かう途中に見かけた、日向をよけるように日陰を歩いていた彼。
そこまで思い出した時、幸村くんと目が合った。彼はにっと意地の悪い笑みを浮かべたかと思えば、その姿が陽炎のようにゆらゆらと不鮮明になって……。


「に、おう……くん?」
「その反応、新鮮じゃな」


さっきまでそこにいた幸村くんは、仁王くんに変わっていた。一体何が起こっているのかわからない。夢でも見ているのではと頬をつねってみたら痛みが走る。多分、夢じゃない。


「人が驚く姿は見ていて楽しいのぅ」
「な……」
「イリュージョンいうてな、俺の特技じゃ覚えときんしゃい」
「あ、悪趣味」
「何とでも」


思わず出た言葉にも彼は動じず、ひょいひょいと器用に日陰を通って歩いていく。私もその後ろを何とか着いていく。意外と速い。
だけど、坂を降りて住宅街に着いて日陰がなくなると速さはゆるくなった。


「さっさと買い物済ませて戻るぜよ」
「それは同意するけど、何で?」
「何がじゃ」
「何で幸村くんに……変身? してたの?」


変身という表現が合っているのかわからなかったけど、一応聞いてみた。が、質問に答えず歩き出してしまった。
暑いからさっさと店に入ろうということなんだろう、仕方ない。私も彼に倣って歩みを進めると目的地はすぐそこだったようだ。


「ここぜよ」
「本当だ、立海大学附属中高制服取り扱いありますって書いてある」


中に入ると、冷房が効いていて涼しかった。ほっとしたところで軽く店内を見てみる。文房具やら雑貨、本にちょっとしたお菓子や飲み物も扱っている何でも屋さんのようだ。レジにいた店員さんにブラウスのことを聞けば、ありますよ、と笑顔で言われた。
サイズを伝えると、レジの後ろのスペースに引っ込んでいく。


「ありそうか」
「うん。メジャーは?」
「あった」


彼の手には確かに、生徒会室で見たものと同じメジャーがあった。少しして、ブラウスを手に店員さんが戻ってきた。ふたりでそれぞれ会計を済まして店を出るとせっかく冷房で冷えた身体はすぐに暑くなった。


「「あっつ」」


出てくる言葉はそれだけだ。声が重なったから互いに顔を見て、ため息をついた。早く戻ろうと思っても、住宅街では暑さが、学校の前では坂が私たちの体力をじわじわと奪い、速度はかなり遅め。何とか校門についた頃には海林堂を出て15分程過ぎていた。


「やっとついた」
「全く、お前さん歩くの遅すぎじゃ……っと、幸村になっといた方がいいかの」
「えっ?」
「出てくる時は幸村じゃったからな」
「あ、そうだそれ!」
「うん?」
「さっきも聞いたんだけど何で幸村くんになってるの?」


さっきあやふやにされてしまった質問を再び彼にしてみた。すると、はあ、とため息をついて軽く前髪を上げる。また校舎に向かって歩き出しながら仁王くんは渋々といったように答えてくれた。


「花野避け」
「花野って」
「妹の方。あいつは幸村のこと嫌いじゃからな。あの姿で誘えば誰が行くかって反発するじゃろ」
「まあ確かに。でもなんで?」
「お前さんが気になったから」
「えっ?」


予想していなかった答えに驚いて、それ以上聞き返せなくなる。仁王くんとは昨日が初対面で、しかも会話らしい会話はしていない。昨日の朝のことを彼も覚えていたのだろうかと思ったがそうではなかった。


「昨日、委員会終わりに参謀……柳と話してたじゃろ? それでちょいと興味を持った」
「どういうこと?」
「あいつがテニス部でも生徒会でもない女子、しかも外部生と話してるのが珍しくてな」
「えっ……」
「しかもかなり親しげに。あんな参謀初めて見た」


中学からの付き合いがある仁王くんの言うことには信憑性があって、嬉しくなってきた。私が柳くんにとって少しでも特別な存在に近づいているのかもしれないと思えた。にやけそうになる口許をそれとなく手で隠してみたけど、目の前の彼はふっと笑っている。


「柳のこと、好きなんか?」
「へっ?!」
「わかりやすいな」
「……よく言われる」
「協力してやろうか?」
「!」
「柳とは中学からの付き合いじゃ。そこそこ仲もいいし取り持ってやることも出来る」


仁王くんからの提案は惹かれるものがあった。柳くんの知り合いが協力してくれるなら心強い。
だけど、何か引っ掛かってすぐに頷けなかった。その理由を色々考えようとしたけど、暑くて頭が働かない。


「仁王、そこで何をしている」


急に耳に入った言葉にハッと我に返った。耳に心地よい、好きな人の声だったから余計に。振り返れば予想通り、そこには柳くんがいる。ユニフォーム姿で、ラケットを持っているから部活中なのはすぐにわかった。


「や、なぎくん」
「! 水野、なぜ」
「同じ総務なんじゃから一緒にいてもおかしくないだろ」
「いや? 今日男子テニス部は他校との合同練習だからこちらに来るようにと連絡してあったはずだ。お前が文化祭の方に出ているのはおかしいはずだが」
「プピーナ」
「……お前は今すぐテニスコートに行って部長に謝るべきだろう」
「そうじゃな、じゃあこれ頼んだ」
「なんだこれは」


仁王くんは持っていたビニール袋を柳くんに押し付けて、それ以上何も言わずにテニスコートの方へ歩いて行ってしまった。
取り残された私は柳くんを見る。ビニール袋の中を覗いて、メジャーが入っているのを確認した彼は小さくため息をついた。


「教室の計測に使うメジャーが足りず、買い出しに行っていたのか?」
「……」
「水野?」
「!」
「大丈夫か?」
「あ、うん……。えっと、そう、メジャー足りないから買ってきてって先輩に言われて」


柳くんの言葉が私に向けられていたことにすぐ気づけなかった。暑さと仁王くんからの提案とその違和感と色々なことに頭がパンクしそうだったから。とりあえず、校舎に入ったら何か飲もう。


「……俺はコートに戻らなければならない」
「そ、そっか。じゃあ、メジャーは私が」
「だが、ちょうどスポーツドリンクを切らしてな。自販機に買いに行こうとは思っていた」
「へ?」
「そこまで一緒に行ってもいいだろうか」
「! もちろん!」
「では行こう」


ここから一番近い自販機は校舎に入ってすぐの所にある。柳くんが私を気遣ってなのか、本当に飲み物を買うつもりだったのかはわからない。でも、こうしてちょっとの時間でも柳くんと一緒に過ごせるのは嬉しい。


「仁王とは何を話していたんだ?」
「えっ!」
「変なことを言われて困っているなら教えてくれ。注意しておく」
「いや、全く変なことは言われてないから」
「俺と目が合ったときに困惑しているように見えたが?」
「ううっ」


柳くんが好きなのでそれとなく仲を取り持ってやると言われた、なんて本人に言えるわけがない。だからって今の柳くんに何でもないと言っても心配されそうだ。余計に深く聞かれるかもしれない。でも嘘はつきたくない、彼に対して不誠実な気がするから。


「……好きな人と、仲を取り持ってやろうかって言われて」
「!」
「あ、でもこういうのって自分で何とかするべきだと思うから! 仁王くんには協力は不要だってだけ伝えておいて!」
「あ、ああ。わかった」


柳くんは頷きながらも動揺しているように見えた。さっきまで冷静でピシッとしていた雰囲気も緩んでいるように感じる。勢いよく言ったから驚いたのかも。
だけど……私に好きな人がいるって聞いて、柳くん、どう思ったかな?
ちょっとでも気持ちを動かせたならいいな、なんてまた自分の都合よく想像していた。

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