Dream | ナノ

また友達として


第1回の総務係の集まりは自己紹介と、参加出来る日の申告をして終わりとなった。部活にも委員会にも入っておらず夏休みの予定なんてない私はいつでもと申告しておく。乙女はお盆のちょっと前から帰省するらしく、数日来れない日があるそうだ。


「あれ? じゃあ花野先輩も?」
「いやお姉ちゃんは夏期講習とかあるからこっちにいるんだって」
「夏期講習って、え、これもやって?」
「そうだよ。忙しくないと死ぬんじゃないのあの人」


いつも忙しなく動いていると、呆れたように言う乙女と視聴覚教室を出る。
他にも数人、廊下を歩いているんだけど私の目はすぐに柳くんを捉えた。隣には幸村くんがいて、ラケットの入ったバッグを持っているからテニスコートに行くのだろう。


「お、柳じゃん。声かけないの?」
「…………へ?」
「へ、じゃなくて。声くらいかけたら? あの日以来話してないんでしょ」
「いやいやいや、無理だよ」
「何で?」
「何でって」


そんなの恥ずかしいからだ、と言おうとして乙女には緩く抱き締められたことを話していないことを思い出した。
私が預かったプレゼントをゴリ押しして渡して、そこをわざわざ戻ってきてくれた柳くんに治めてもらい、家まで送ってもらいつつお礼を言われたことしか話していない。
あわあわしている私を尻目に乙女はふたりに声をかけてしまった。


「柳、と幸村」
「花野か」
「珍しいね、君から俺に話しかけてくるなんて」
「いや幸村には特に用ないから」
「酷いな」
「なら俺に用か? ああ、水野」
「へっ!」


一歩離れたところで3人が話終わるのを待とうとしたけどそれは叶わなかった。まさか柳くんから声をかけてくれるなんて思ってなくて、変な声で返事をしてしまう。慌てる私を落ち着かせるように乙女がポンと背を叩いた。


「何ぼーっとしてるの」
「だ、だって」
「はあ……。私、先に行くわ、柳との話が終わったら来て」
「えっ」
「だったら俺も先に……って、花野ちょっと待ってよ」


私の返事も聞かずに下駄箱へ向かう乙女を追いかける形で幸村くんも先に行ってしまった。突然、ふたりきりになって呆然とする私は目の前の柳くんの顔が見れない。柳くんは乙女たちを見送っていたから私に背を向けていたのが幸いした。


「結局花野は俺に何の用があったんだ」
「へ?」
「あちらから声をかけてきたはずだが用件を言わずに行ってしまった」
「ああ、いや……なんで、かな?」
「……特に何も聞いていないということか」


くるりと柳くんがこちらを向いて、ばっちり目が合った。それだけなのに胸がドキッとしてうまく言葉が出なくなる。緊張して、すぐに顔を逸らしてしまった。


「どうした?」
「あ、いやちょっと……それより、私に何か話があるの?」
「ああそうだ。この前のこと、改めて礼を言いたくてな」
「この前って」
「先輩の誕生日のことで。あの後、先輩からメールが来てな」
「えっ」


逸らした顔を前に戻して柳くんを見ると、携帯を操作して画面を見せてくれた。表示されていたのはメールの受信画面で、花野先輩からのものだ。内容は気持ちに答えられなかったことへの謝罪と、プレゼントへのお礼だけではなく最後に水野さんと仲良くね、と書かれていた。


「ここに書かれていたから、というわけではないがこれからも話をしてもいいだろうか」
「えっ」
「あの日から何となく避けられているように思えてな。俺の思い違いならいいのだが」
「……あ、いや」


柳くん、気づいていたんだ。理由はわからないみたいだけど、それもまた彼らしいのかな。ちょっと鈍いというかそういうところも含めてやっぱり好きだなって思わず口許が緩んで小さく吹き出してしまった。


「どうした?」
「ううん、律儀だなって思って」
「?」
「……私こそ、何かあの日から気まずくてちょっと避けてたんだ、ごめんなさい。文化祭の係、よろしくね」
「ああ」


私の言葉に柳くんはふっと微笑んで頷いてくれた。それだけで私の心拍数は一気に上がってしまう。だけどさっきみたいな緊張はほどんどなくて自分でも驚くくらい気持ちは穏やかだった。







次の日、文化祭の準備があるならブラウスを1枚買いなさいとお金を渡されてから家を出た。総務に行く前に買おうと海風館に向かったが学用品の販売は登校日を含めた3日間しかしていないと言われてしまった。はあ、とため息をつきながら出ようとした時、入ろうとした人とぶつかりそうになった。


「お、っと」
「あ、すみませ……あ」
「ん? 確か総務の係で一緒だった……水野」
「えっと、仁王くん、だよね」
「そうじゃ、よく覚えとったのう」


ぶつかりそうになったのはあの銀髪の彼、仁王くんだった。どうやら彼も私の存在を認識していたらしい。意外と物覚えがいい人のようだと感心していると私をじーっと見ていることに気づいた。


「な、何?」
「いや? ここで何も買わんかったのかと思ってな」
「ブラウス買いに来たんだけど今日扱いないって言われて」
「外部生がよくやるミスじゃな。すぐ必要なんか?」
「まあ出来れば……文化祭の準備だし汚れたり汗かいた時用にもう1枚ほしいなって」
「なるほど。で、この後時間はあるか?」
「え、いや。すぐ総務行くようだからあんまり時間ない」
「なら、先に総務に行くか。俺も飲みもんだけ買ったら行くから先に行きんしゃい」
「?」


どうやら仁王くんはブラウスを買える場所を知っているらしい。この後総務に行くなら続きはそこで聞けるだろう。海風館を出て、総務係の活動場所である生徒会室に入ると既に花野先輩と、乙女、片倉くんたち元生徒会の役員の1年生が集まっていた。


「あ、歌。おはよう」
「おはよう。えっと今日の活動って」
「おはよう水野さん。今日は最初だから文化祭で使う部屋の下見かな」
「下見?」
「うん。使っていい部屋を先生に確認したから、どれくらいの広さの教室がいくつあるのか、清掃が必要か、あとは備品のチェックもね。椅子や机が各部屋いくつずつあるのか、サイズも確認しないと」
「そんな面倒くさいことまでやるの?」
「去年まではその面倒くさいことを生徒会の役員だけでやってたのよ」


乙女の発言に花野先輩はぴしゃりと返した。そういう細かな仕事をしつつ広報や会計なんかもやってたんじゃ、確かに毎年トラブルが起こるわけだ。前のホワイトボードに校内の地図を貼り出して、分担を決め始めたところで、片倉くんが「あ」と声を出した。


「メジャーどうします? これだけの人数分用意出来てないです」
「……今いくつある?」
「6個です」
「ふたり一組だとしても……1個足らないね」
「じゃあ俺、買ってきますよ」


急に聞こえた優しい声色に驚いて、そちらを見れば一番後ろの席に幸村くんが座っている。いつの間に入ってきたのか、まったく気づかなかった。ポカンとする私たちを無視して幸村くんはさらに続けた。


「海林堂なら売ってますよね、俺この後部活の備品買いに行くんでついでに行ってこれますよ」
「本当に? じゃあお願い。領収書貰ってくれればあとでお金は渡すから」
「わかりました。……あと、水野さん」
「うぇ、私?」


幸村くん偉いなとか思っていたら突然名前を呼ばれて、思わず辺りを見回して自ら指を指して確認するというアホっぽい行動をしてしまった。幸村くんは静かに頷きながらもクスッと笑っている。


「さっき仁王からブラウス買いたがってたって聞いて」
「え、あ、うん。そう、だけど」
「これから行く海林堂なら取り扱いがあるから一緒に行こうか。仁王からもそれを頼まれたんだ」
「頼まれたって……本人は?」


不機嫌そうな乙女が幸村くんを睨み付けながら話に入ってきた。最近は特に幸村くん嫌いが強くなっている気がしている。けど、彼はそんな乙女の怖い顔にも怯むことなく笑顔を絶やさない。


「女の子に無理矢理腕引っ張られてどっかに連れ去られてた」
「……相変わらずモテるね、あいつ」
「何なら花野も一緒に行く?」
「結構です!」
「はいはい。じゃあ、乙女は私と組んで、水野さんは幸村と組んで海林堂行って戻ってきたらこの範囲よろしく。あとは……」


ふたりの話が途切れた絶妙なタイミングで花野先輩が話を仕切り直して、ついでにふたり組まで作り上げた。そういえば、何で幸村くんは今日来ているのに、柳くんは来ていないんだろう。同じテニス部なら、スケジュールは一緒のはずなのに。
そんな疑問を持った私の横で、幸村くんがニヤッと笑ったことに全く気づいていなかった。

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