Dream | ナノ

都合のいい推測


柳くんが好き、隣にいたい、彼女になりたい。彼に対する気持ちが変わったからと言っても関係に劇的な変化はない。
あれから数日経って、もう終業式の前日。帰ろうとしたところで乙女に捕まり、半ば引っ張られる形でキング・シーを訪れていた。


「そっか、そんなことがあったんだ」
「うん」
「しっかし、お姉ちゃんに好きな人がいたとはね。初耳」
「乙女、知らなかったの?」
「知ってたら事前に教えてるよ。で、歌はこれからどうするの?」


話題になったのはやはり、あのプレゼントを渡した時のこと。柳くんが「好きな人がいるから」と断られたことや、その後、駅で話をした時のことだけを乙女に話した。さすがに柳くんに緩く抱き締められたことは言えない。今思い出すだけでも顔に熱が集まるくらい恥ずかしいんだから。


「どうするって?」
「柳の恋は終わったわけだし、もう遠慮する要素はないじゃない?」
「!」
「諦めたわけじゃないんでしょ?」
「…………まあ、そうなんだけど」


自分はそんなにわかりやすいのだろうか、と小さくため息をついた
隣にいたい、柳くんにもっと見て欲しい、距離を縮めたいと考えているのは本心だ。今がチャンスだと思っているのも間違いはない。
ただ、目の前には問題がある。


「もう夏休み、でしょ?」
「うん、そうだね」
「幸いなことに補習もなくて帰宅部で委員会にも所属してない私は学校に用事がないわけで」
「あー」
「柳くんはテニス部の練習と、生徒会の手伝いもあるみたいだから夏休み中はずっと忙しいらしい」


夏休みの予定から違うわけだ。真っ白なスケジュールの私に比べて、強豪テニス部に所属する柳くんはおそらく忙しいだろう。この前こっそり幸村くんに聞いたら生徒会の手伝いも引き受けていると言われた。


「しかも生徒会の手伝いってことは、花野先輩ともまだ関わりがあるでしょ」
「うん、まあ」
「柳くんは気持ちの整理ついたって言ってたけどさ、気持ちなんて変わるものだし。やっぱり好きだなー諦めたくないなーってまた思うかもしれないし」


現に私がその状態なのだ。あれだけテスト終わりに柳くんの女友達でいいと思っていたのに結局、彼女になりたいと思っている。
人の心や想いは変わる。それは私もよくわかっているつもりだ。


「歌さ」
「うん?」
「それは全部推測でしょ?」
「えっ」


乙女の言葉に彼女を見れば、頬杖をついて呆れたような顔をしていた。注文していた飲み物を一口飲んで口を潤した彼女はふうと小さく息を吐いた後、ちょっと考えながら話を始めた。


「確かに歌はそうだったかもしれない。でも、柳は違うかもしれない」
「!」
「推測するなら自分の都合のいいように考えるのも悪くないと私は思うよ」
「……でも」
「うだうだ悩むなんて歌らしくないよ。いつもだったら後先考えないで行動してるじゃない。プレゼントもだけど、ほら、柳と話すために生徒会に……ってそうだ!」


そこまで話して乙女は何かに気づいたようだ。ポンと手を打って目をキラキラ輝かせている。


「ねえ、歌。文化祭の実行委員やろうよ!」
「文化祭の、実行委員?」
「うん。9月の終わりに中等部と合同で海原祭があるの、それの実行委員会は夏休みから動いてて、毎年終業式に委員を選出するのよ」
「えっと、それが?」
「だから、柳の言ってる生徒会の手伝いってのもそれだって! 今期の生徒会最後の行事だからお姉ちゃんと柳の様子を近くで見れるよ」
「!」
「それで柳がどう動くか見てから歌がどうするか、改めて考えてみるのもいいんじゃない?」


確かに、柳くんと花野先輩の様子を近くで見てから判断出来る。それに近くにいればまた柳くんから相談を受けるかもしれないし……その時は今度こそきっぱり諦めないといけないけど。
それでも少しでも柳くんの側にいれるなら、そう思った私は乙女の提案を受け入れることにした。







そして翌日、終業式が終わり1学期最後のホームルームが始まった。
夏休みの諸注意を受けた後、担任が「ああ、そうだ」と文化祭の実行委員について話を切り出した。


「最低でも各クラス2名以上だ。誰か立候補いるか」
「「はい!」」
「花野と水野か。他にいないならふたりに任せるが」


私と乙女は同時に手を挙げた。他に挙手をしている人はいない。夏休みに部活動以外で学校に来るのは普通億劫だろうし、このままスムーズに決まると思ったらすっと手が挙がった。


「先生、俺もやります」
「げっ」
「幸村くん……?」


クラスの全員が一瞬ざわついた。だって幸村くんはテニス部の一員で、夏の大会を控えている。そちらに注力すべきではと誰もが思ったから。もちろんそれは担任も同じだ。


「お前、テニス部は」
「まだ1年で正レギュラーではありません。それに中学時代は部活ばかりしていて学校行事に積極的に参加できなかったので高校ではもう少し積極的に活動しようと思ってて今年はチャンスかなって」
「……まあ、いいだろう。基本的には花野と水野に頼むようになるが大丈夫か?」
「えと、私は構いませんけど」


ちらり、と乙女の方を見れば顔が引きつっている。幸村くんのこと苦手だもんね。とか思っていると「あの」と遠慮がちにまた手が挙がった。


「私もいいですか?」
「なら私も」


あれよあれよと言う間に女子数人が挙手を始めた。幸村効果、恐るべし。最終的に私と乙女、幸村くん以外に5人の女子が手を挙げて、1年4組の文化祭実行委員は8人と大所帯になった。
担任もこれだけいれば最悪幸村くんが抜けてしまっても大丈夫だろうと全員の名前を手元の紙に書いている。


「最初の集まりは月曜日の朝9時から視聴覚教室であるから、全員参加しろよ。それじゃあ終わり。号令」


礼をしてみんなが夏休みだと浮かれている中、乙女は怖い顔をして幸村くんを睨んでいる。一方幸村くんは何を考えているのか、他の実行委員になった女子たちと話をしていた。


(なんか、荒れそう……)


どうか穏やかに終わりますように、心の中で祈りながら荷物を全て鞄の中に突っ込んだ。







土日を挟んで月曜日を迎えた。9時から始まると言われていたが少し早めに学校に向かう。
柳くんに会えるかもしれないと思ったらいてもたってもいられなかったから。学校の最寄り駅で降りて改札をくぐり歩いていると後ろから足音が聞こえてきた。


(同じ委員の人かな?)


急いでいるのか、その人は早足で私を追い抜かしていった。長い銀髪をひとつにまとめていて、それがしっぽみたいに揺れているのが目を引いたのだけど、なぜか左右にふらふらと歩いている。
体調が悪いのかと心配になったけど、その理由はすぐにわかった。


「あ、日陰か」
「うん?」
「っ!」


ふらふらしているのは日陰を通っているからだとわかって思わず口に出てしまった。しかも周囲には誰もおらず、それは目の前の彼にも聞こえてしまったらしい。慌てて口を塞いだものの、銀髪の彼は私を一瞥すると、特に何も言わずそのまま学校の方へ歩き出す。


(……は、恥ずかしい)


同じ委員で顔を合わせたら気まずいかも。いやでも、委員だってかなりの数いるらしいし気づかれないだろう。もしかしたら委員ですらないかもしれないし。と、自分の都合のいいように推測して、気を持ち直してから私も学校に向かって歩き出した。

prev  next
目次には↓のbackで戻れます。

BACK
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -