Dream | ナノ

変わる想い


私からということで受け取ってくれなんて、アホなことを言っている。普通だったら何言ってるんだと話を切り上げて離れるだろう。
でも、花野先輩はそんなことをせず、私のことを真っ直ぐに見ていてくれた。


「このプレゼント、私も一緒に買いに行ったんです。柳くんから相談されて」
「え……ああ、もしかして乙女が私に欲しいもの聞いてきたのって」
「私が頼みました。それで、日曜日に待ち合わせて一緒に」
「じゃあ中身は文房具、だね」
「はい。オレンジのシャープペンと空模様のノートです」
「そっか。柳が、ね」


しみじみと呟く先輩の声から申し訳ないという気持ちが汲み取れた。自分のためにそこまでしてくれたのに、拒んでしまったことを後悔しているように感じる。もう一押しすれば、もしかしたら受け取ってもらえるかもしれない。


「これを、買いに行った時のことを聞いて貰えませんか?」
「……うん、じゃあちょっとだけ」


ちょうど電車も来たけど、長くなりそうだったからベンチに座った。一呼吸置いてから、日曜日の出来事を事細かに先輩に話す。
駅を出るまで混んでいたから、手を引いてもらったこと。
柳くんの選んだ店がちょっとずれていて、結局私がいつも行っている雑貨店で買ったこと。お礼に、と帰る前に一緒にアイスを食べたこと。


「このプレゼントにはたくさんの思い出が詰まってて……だから無駄にしたくないんです」
「水野さん……」
「お願いします、受け取ってください」


長い話の最後には泣きそうになっていた。でも何とか堪えて、改めて先輩にプレゼントを向ける。
こんなことを勝手にして、柳くんに嫌われるだろう。それでも今はこのプレゼントが無駄になってしまうのが、嫌だった。プレゼントなんて買いに行かなければよかったと思ってしまうのが辛かった。


「……それはあなたと柳が2人で私のために選んだ、ただの誕生日プレゼント、ってことなの?」
「っつ」
「本当にそれでいいなら、受け取れるけど……どうなの、柳」
「えっ?」


先輩の目は私の後ろに向けられていた。まさかと思って振り返ると少し離れたところにさっき別れたはずの柳くんが立っている。
どうして、と聞こうとする前に柳くんは近づいてきた。


「先ほど、電車に乗ってから反対ホームに先輩がいるのが見えてな。水野と鉢合わせする確率は80%以上。何か起こる確率も同等と考えて、一駅で降りて戻ってきた」
「さっき電車から降りてくるのが見えたんだけど水野さん気づいてなかったみたいだし、話も終わってなかったから……ごめんね」
「いえ。ですが、やはり戻ってきてよかった」


呆然としていた私はその一言でハッと我に返る。随分と勝手なことをしてくれたな、と怒られて当然のことをしてしまったのだ。
柳くんから預かっただけのものを勝手に意図を変えて渡そうだなんて、最低だ。さっきまでは嫌われてもいいと思っていたけど今さらそれは嫌だなんて勝手なことだ。


「お前は思っていたより突飛なことをするんだな」
「ごめん、なさい」
「その話はあとで聞こう。 ……花野先輩」
「何?」
「それは俺と、水野からのプレゼントです。他意はありませんので受け取って貰えませんか?」
「!」


驚いて柳くんの顔を見れば、真っ直ぐに花野先輩を見ている。その表情に偽りはないように見える。ゆっくりと今度は花野先輩の方を見ると呆れながらも微笑んでいて、柳くんの方を見ていた。


「本当にいいんだね?」
「はい」
「わかった。じゃあ、受け取るね。ありがとう、ふたりとも」


私の手からプレゼントの紙袋を受け取ると花野先輩はにっこり笑った。ほっと一息ついたところでまたホームに電車が入ってくる。


「私、次の電車に乗るから柳、水野さんのこと送ってってあげなよ」
「えっ」
「そのつもりです。帰るぞ、水野」
「えっ、ええっ?!」


柳くんは私の返事も聞かずに手を引いて、電車に乗り込んだ。閉まるドアの向こうで花野先輩は笑顔で手を振っている。
電車の中はそこそこ混んでいてドアの前で隣合って立つけど私からは気まずくて声をかけられなかった。


(いや、これ絶対に怒ってるよね)


ちらりと柳くんの方を見れば、窓の外を見ている。その横顔も綺麗で、やっぱり好きだなあって思う。それくらい私は柳くんに夢中なんだ。もっとそばにいたいって、隣にいたいと欲張りになる。
すると、ふいに柳くんがこちらを見た。ばっちり目が合ってドキッとしてしまう。


「何だ、俺の顔に何かついているか?」
「え、あ……いや」
「俺が怒っている、と思っているのだろう?」
「……はい」
「怒っている、というよりは呆れている。それと少々の驚きだな」
「えっ?」
「水野は何かアクションを起こす時に周囲に相談するタイプだと認識していたが、俺に何の相談もなく先輩に渡そうとしたのは少々驚いた」
「本当に、おっしゃる通りで」


話の流れでああなったものの、本来ならどこかで柳くんに一言連絡すべきだった。花野先輩に強く「それでいいのか」と聞かれた時に答えられなくなって、もしあの場に柳くんが来ていなかったらどうなっていたのか。


「……だが、それほどあのプレゼントのことを考えていてくれたんだな」
「えっ?」
「気持ちの整理はついていたから、明日プレゼントは引き取って部の誰かにやる予定だった。が、それでは一緒に選んだ水野の気持ちを無視するところだったな」
「あ……いやそんなこと」
「あるだろう。すまなかった」


考えていたのはプレゼントではなく柳くんのことだよ。だなんて言えるはずもない。小さく頷いた私の反応に柳くんは概ね満足したらしい、また視線を窓の外に戻した。
それから少しして、私の家の最寄り駅に着いた。ふたりで電車を降りて改札をくぐる。


「本当にここまでで大丈夫だよ?」
「そうはいかない。かなり日が暮れているからな、家の前まで送らせてくれ」
「お家の人心配するよ?」
「大会前に部活がある日は早くて8時過ぎに帰宅している。それに比べれば早い方さ」
「うー……わかった」


何を言っても引く気はないと判断して、私が折れることにした。駅を出てから家までは徒歩10分かからないくらい。その間も特に何かを話すわけでもなく、黙々と歩き続けた。
家に着くまでこのままかな、と思っていたら急に柳くんが立ち止まった。


「どうしたの?」
「言い忘れていたことを思い出した」
「何?」
「花野先輩にプレゼントを渡せたのは水野のおかげだ、ありがとう」
「!」


それだけ言うと柳くんはスタスタと先を歩き始めてしまった。一方、言われた私は顔に熱が集まるのを感じていた。
だって、柳くんが


(あんな笑顔、初めて見た……)


お礼を言った時、彼の顔はやや微笑んでいるように見えた。声も優しい感じだったし。普段のクールな雰囲気や凛とした横顔も好きだけど、ああいうふわりとした温かな微笑みも好きだなと、柳くんへの気持ちが一気に大きくなった。


「水野、どうした?」
「えっ?」
「俺はお前の家がどこにあるかはわからないぞ」
「あ、ごめんっ!」


慌てて駆け寄れば「全く仕方がないな」と言いたげな柳くんの顔。私が立ち止まった原因が自分にあるなんて微塵にも思ってないんだろうな。悔しいけどそれを口にする勇気はまだない。
だけど……いつかはちゃんと伝えたい。彼の恋を願う女友達でいいと思っていた諦めの気持ちはいつしかそんな気持ちに変わっていた。

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