Dream | ナノ

恋の終わり


「先程花野先輩に直接会って誕生日のお返しだと渡そうとしたが、受け取ってくれなかった」
「何、で」
「…………好きな人がいる、と言われた」
「!」
「一応調べていたんだが、そんな情報は出てこなかった。俺のデータもまだまだということだ」


ふっと息を吐いた柳くんは笑っているように見えた。でも私はその姿に違和感しかない。何で、そんなにすっきりした顔をしているんだって。
好きな人にプレゼントを突き返されたのに、悔しそうにすることもなく淡々と事実を述べている。


(違う。柳くんはいつもそうだ)


本心をうまく隠して花野先輩と一緒にいる時も一歩引いて困っている時だけ言葉をかけてきた。
だから今もきっと、私に気を使わせないようにしている。心配をかけさせないように平気なふりをしているのかもしれない。


「水野?」
「柳くん」
「何だ?」
「無理、してない?」


自然と、私の口からはそんな言葉が出ていた。せめて私の前では無理をして欲しくない。辛い気持ちを全部吐き出して欲しい。
失恋の、痛み。それはきっと私がこの前感じたものと同じはずだから。


「柳、くん?」
「……っ」


彼の目から一筋の涙が伝って、頬を濡らしていた。そんな顔も綺麗で、やっぱり私は柳くんが好きだなって思う。
スカートのポケットからハンカチを取り出して、柳くんに差し出す。それを柳くんが受けとるかと思ったら……そのまま腕を引っ張られて気づけば柳くんのシャツが目の前に広がっていた。


「っ、あ、やな」
「すま、ない。少しだけ……」
「……うん」


引かれた手はすでに解放されていて、柳くんの手は私の後頭部にだけ優しく添えられていた。普通ならドキドキしてしまうけど、不思議とそんな気持ちにはならない。自分でも驚くくらい落ち着いて、その状態を受け入れている。
そしてそれは外が薄暗くなって柳くんが落ち着いても変わることはなかった。


「すまなかった、急にあんなことをして」
「ううん。いいよ、気にしないで」
「ハンカチは洗って返す」
「いやそのままでも」
「俺の気が済まないから、そうさせてくれ」
「……わかった」


泣き止んだ柳くんは少しだけスッキリしているように見えた。ハンカチを綺麗に畳み直して鞄に仕舞っている。それからあの紙袋を見た。どうすべきか考えているようだ。


「それ、どうするの?」
「ああ。とりあえず持ち帰ろうと思っているが」
「私が預かろうか?」
「何?」
「持ち帰っても、見たらまた辛くなるんじゃないかなって思って」
「……そう、だな」


柳くんはその紙袋私に渡してくれた。カサリという耳につく。自分の荷物と共にそれを持って図書室のドアの方を見れば、柳くんが立っていた。


「どうしたの?」
「遅くなってしまったから家まで送ろう」
「え、でも」
「遅くなってしまったのは俺のせいだからな。送らせてくれ」
「じゃあ、お願いします」


素直に頷くと、柳くんはほっとしたように微笑んだ。そういえば、こうしてふたりで帰るのは初めてだ。ちょっとだけ駆け足をして柳くんの元に向かえば「そんなに慌てることはない」と苦笑いをされてしまった。


(あ、笑ってる)
「水野は電車通学か?」
「うん、そうだよ。ここから5つ先」
「そうか……」
「こんな時間まで学校にいること滅多にないから、何だか不思議な感じがする」


いつもはもう少し早く、帰宅部の子達がたくさんいる時間帯に帰るから誰もいない校舎は新鮮だった。
夏だからまだ日の光があるけど、冬ならもう真っ暗になっているんだろうな。そんなことを思いながらぼんやり歩いていると、後ろからしていた柳くんの足音が聞こえないことに気づいた。


「柳くん?」
「ひとつ、聞いてもいいか」
「何?」
「なぜここまで親身になれる」
「えっ?」
「きっかけは俺がお礼をしたいというお前にプレゼント選びの手伝いを頼んだことだ。もし俺がお前の立場ならプレゼントを選んだら、うまくいくといいねと言うだけで終わると思ったのだが」
「……さあ、なんでかなぁ」


とぼけてみたけど、理由ははっきりしている。私の恋が今日終わると思っていたから。綺麗な形で終わらせて、素敵な思い出にしようと思っていたから。
なんて、こんな理由を言えるはずがない。そんなことをしたら柳くんが余計に気に病むだろうし。


(っていうのは建前で、本音は言うのが怖いんだよね)
「自分でもわからない、ということか」
「……うん」
「そうか」
「ねえ、私もひとつ聞いていいかな?」
「何だ?」
「柳くんは花野先輩が好き、なんだよね?」


この質問はずっと気になっていたことだった。柳くんが花野先輩が好きなんじゃないかと気づいたのは親睦会の時、そして幸村くんからの忠告で確信したんだけど。実際柳くんの口から聞いたことは今までなかった。


「……ああ、好きだった」
「……」
「だから余計に、残念だ。受け取ってもらえなくて」
「……うん」


ちらりと私の持つ紙袋を見ながら柳くんは呟くように言った。その一言で私の心のもやはさらに重さを増す。ちょっとだけ泣きそうになるのを堪えて小さく頷いた。
それから学校を出て、駅につくまでずっと無言。端から見たら私たちはかなり異様なカップルに見えたかも。


「えっと、次の電車……ありゃ、行っちゃったばっかりだから10分後か」
「少し待つようだな」
「だね。柳くんは電車通学?」
「ああ。上りに乗る」
「私、下り。あ、上りはすぐ来るね。やっぱりここまででいいよ」
「しかし」
「柳くんが帰るの遅くなっちゃうし、定期外だからお金もかかっちゃうでしょ?」
「……わかった。では、ここで」


渋々といった雰囲気で柳くんは私の提案を受け入れてくれた。改札をくぐったところで目の前に来た上り電車に柳くんは乗り込む。ドアが閉まるまで、彼は私の方を見ていてくれた。
発車した電車を見送ってから、私も連絡通路から電車の来るホームへと向かう。


「水野、さん?」
「えっ」


連絡通路からホームへ出たところで聞き覚えのある声で呼び掛けられた。まさかと思いそちらを見ると少し離れたベンチに花野先輩が座っている。
あれから随分と時間が経っているからもう帰ったものだとばかり思っていたのに、どうしてこんなところにいるのだろう。


「花野先輩」
「今帰り? この時間帯で知り合いに会うことあんまりないからびっくりしちゃった」
「あ……えっと」


と、花野先輩の目が私の持っている紙袋を捉えた。まずいと思って隠そうと思った時には遅くて、先輩の顔は途端に曇りはじめる。


「それ、もしかして」
「……柳くんの、です」
「何で水野さんが?」
「……預かったんです、柳くんから……。その、見ているとあなたのことを思い出すからって」
「……そう」


花野先輩はふっとため息をついた。やっぱり先輩気づいていたんだ。柳くんが自分に好意を向けていることに。だから好きな人がいるから受け取れないと正直に話をした。それが彼女なりの誠意だったのかもしれない。


「あの、どうしても受け取ってもらえませんか?」
「えっ?」
「先輩は柳くんの気持ちに応えられないから受け取らなかったんですよね、だったらその……これ私からってことで受け取ってもらえませんか?」
「へ?」


自分でも何を言っているんだと思う。でもこれにはたくさんの思い出が詰まっていて、それが全部無駄になるのはイヤで……わけがわからないことを言っているは重々承知している私を見て、先輩は目を丸くしていた。

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